孤島の世捨て人はモンスターパニックが起きてると言われても信じない。

すー

1話 不思議な島に漂流した






 真面目に生きてきた。


 ゲームも遊びもそこそこに、俺はまともな大人になるために生きてきた。


 しかしそんな俺を待っていたのは、否定の人生だった。

 

 職を失い、面接に落ちまくり、彼女に振られ、実家も追い出され――


 それでも頑張ろう、と思えるようになりたくて自分を慰めるための傷心旅行へやってきた。


 人生初の船旅。

 優雅に心を癒すはずだった俺、仙人せんじながれは、


「あっはは……世界さんも俺のことはいらねぇってか?」


 荒ぶる波で転覆した船を、俺は見つめて渇いた笑い声を漏らした。


 大事な人に、社会に否定され、拒絶され、それでも立ち上がろうとしていた俺の心は、


 今――この瞬間――ぽっきり折れた。


 誰が悪いなんてことはない。


 ただの巡り合わせ、不運だった、足りなかった、それだけだと頭では理解している。


 それでも追い討ちのような漂流による絶体絶命の状況は『世界が自分を嫌ってるんだ』と、自暴自棄になるには十分すぎる不幸だった。


(冷たい)


 そして助けが来ることもなく、俺の意識は途切れていった―――








――――これは夢だ。


 白い砂浜、美しい海、人っこ一人いない島に漂流した俺はと対峙していた。


 手に持つ流木の感触も、ゴブリンから漂ってくる臭気も、うだるような暑さも、喉の乾きも全てがリアルだ。


 それでも俺はこれが現実だなんて思えないし、思いたくなかった。


「そうだ、きっと俺は海に流されて、そして流れ着いた先で病院に搬送されて。 そうに違いない」


 だってじゃなきゃ可笑しいんだ。


 ゴブリンなんてファンタジー生物がいるはずない。


 そして倒したゴブリンが消えることも、アイテムを落とすことも、


『レベルが上がりました』


 そんな声が脳裏に響くのも、全てが非現実的。


 これが夢や幻覚でなくてなんだというのだ。


「まあ暇潰しにはなるかな、はは」


 夢だから、現実じゃないから戦えるし、未知を受け入れることもできる。


 ただ夢の癖に腹が減るのは、なんとも面倒くさいな、そう思いながら俺は探索を始めるのであった。







 サバイバルで生き残るために最低限必要なものは、水源、食料、そして拠点だろう。

 冬であれば火も必須か。


 ということで俺はそれらを求めて、森へと足を踏み入れていた。


 歩き慣れていない、というかそもそも靴がないので足が痛いーー夢なのに。


 動く度にしたたる汗がうっとうしいーー夢なのに。


 夢なのに何を必死になっているのか、と我に返ると空しくなる。

 だが仕方ないだろう、夢とはいえ苦痛は嫌で、解消できるなら何とかしたい。


 何より何もしないのは暇すぎる。


「ところでホントにどういう世界観の夢なんだろうな、これは」


 ステータスと呟くと、目の前に現れるゲームのようなホログラム。


ーー仙人せんじながれ


ーーレベル0→1


ーースキル、鑑定、アイテムボックス、


ーー能力値

MP 1

STR(攻撃筋肉) 3

DEX(器用) 5

VIT(頑強防御) 3

AGI(速さ) 3

INT(知力魔法攻)8

MND(精神魔法防バフの強さ) 20


ーースキルPT 33


ーー称号『漂流者……ランダムでスキルを取得する』『初めの討伐者……スキルPTを30付与』


 まるでゲームのような画面である。


 スキルポイントはスキル取得、強化、または能力値上昇に使えるらしい。


 スキルをタッチすると取得可能スキルが一覧で表示される。

 しかし現在のPTは33であり取得できない部分はグレーアウトしている。


「1回のレベルアップで3ポイントか……夢の癖になんでこういうところは渋いんだよ」


 そう文句を言いつつ、俺は3ポイントを消費して生活魔法(水)を取得した。


「はい、これで勝ちました。 水確保~!」


 ゲームであれば貴重なポイントは慎重に使うべきだーーしかしここは夢の世界である。


 それに戦闘では役に立たなさそうでも、今の状況においては悪くない選択なんじゃないだろうかと我ながら思ーーわない。


「ああああうめええ」


 喉の渇きを潤すための短絡的な選択であった。


 まあ俺が稼いだポイントだ。

 誰にも文句は言わせない。


 しかし問題はすぐに起きた。


「あえ? もう終わり……?」


 1回目はピンポン玉くらいの水が空中に出現した。


 しかしもう一口と思って、スキルを使っても水が出現しない。

 それになんだか体がだるいし、気分も落ち込んできた。


 俺は木に寄り掛かるように座って、頑張ってステータスを確認すると――


――MP1→


 魔力切れである。


 全く気にしていなかったし、それによって何が起こるなんてことも考えが回っていなかった。


「俺……死ぬのかな……?」


 そんなことを呟きながら――いや夢で、何をマジになってんだか、と苦笑いが漏れた。


「まあ夢だとしても――」


――食われたりするのは嫌だな――俺がそう呟きかけた時、


『GRUUUU』


 近くで何か、獣の唸り声が聞こえてきた。


(あーあ、余計なこと思うから……まあ夢だからいいけどさ)


 最悪の目覚めになるではあろうけど、これでようやく夢の世界から脱出できる。


 現実の自分がどんな状態になっているのか分からない。

 無事でも、待っている家族も、戻るべき場所もない。


――夢から覚めるのが怖い。


 そんな悲しい思考を最後に、俺の意識はブラックアウトしていくのであった。








 夢を見ていた。


『お兄さん、お兄さん』


 俺は女神の声で目を覚ました。


 後頭部が柔らかい。

 目を開くと、とんでもない美女と目が合った。


『大丈夫? 砂浜で倒れていたのよあなた、自分のことは分かる?』

『ああ、俺は辛いことがいっぱいあってそれで』

『ええ、いいのよ。 言いたくなければ。 だったらここで私と暮らしましょう。 悲しみも苦しみもないこの楽園で、死ぬまで』

『それもいいかもしれないね』


 俺はそうして島で美女と二人で暮らすこととなった。


 腹が減れば木の実を食べ、好きな時に眠り、そして俺は飽きることなく美女と交わりまくった。


 夏が過ぎ、冬が過ぎ、季節が何度と変わっていく。


 そして子供が生まれ俺たちは末永く幸せに暮らした。


 俺は彼女と砂浜に座り、水平線に沈む夕日を見ていた。


『俺あの時、君と出会えてよかった』

『にゃん』

『助けてくれてありがとう。 一緒に居てくれて、愛してくれて――』


――べろん


 エモい空気を壊すように彼女は長い舌で、俺の頬を舐めた。


『あ、ちょ、今違うかっら! ちょっとやめっ』


――べろん、べろん


『にゃんにゃんにゃ』


「やめてくれーっ……え?」


 景色が一変した。


 うだるような暑さに、顔から漂う涎臭さ。


 そして俺はふてぶてしい顔をしたでっかい猫と見つめあった。


「あれ? 愛しの君は? 俺たちの子供は? 俺の楽園は?」

「にゃふっ」


 混乱している俺を馬鹿にするように、デカ猫は鼻で笑うような鳴き声を上げるのであった。






「ああああああああ死にたい死にたい誰か殺してくれえええあああああ!!!」


 状況を理解した俺は羞恥と喪失感と、パンツに感じる独特の不快感でぐちゃぐちゃの感情の赴くまま地べたを転がった。


「にゃっふ、にゃん!」


 そしておもちゃと思ったのか、猫が楽しそうにじゃれついてきた。


「やめろ! あっちいけ! 見世物じゃねえぞ!」


 俺がそう言って睨みつけると、デカ猫は俺にまとわりつく。


 そしてすんすん、と股間で鼻を動かし「ぎにゃぁ」と臭そうに変な鳴き声を出した。


「い、いやこれは違うから!!」


 俺はデカ猫に夢精したことを言い訳する、というこれまでの人生で三指に入る愚行をかましたところで、思い出す――


「はは、まあ夢だしね!」

「にゃあ?」

「ノーカン、ノーカン」

「にゃはー」


 一人で納得する俺に飽きたのか大あくびをするデカ猫を見て、何やってんだろ俺とため息一つで一気に我に返る。


「で、お前は俺を食うつもりか?」


 鑑定するとデカ猫はカラフルロイヤルキャットという生き物であった。


 しかしレベルやスキルなどを見ようとしても靄がかかったように見えないーー所謂、レベルが足りないという奴だろう。


 俺よりこいつは生物として格が上なのだ。

 そもそもデカ猫と心の中で呼んでいるが、巨大なネコ科――サイズ的には動物園で見た虎よりも大きく感じる。


 俺なんか簡単に食いちぎられてしまうようなサイズ感なのだ。


 デカ猫にとって俺は餌で、俺がいつ死ぬかなんて奴の腹具合と気分次第なのだ――――まあ夢なんだけど。


「にゃー、にゃっ」


 デカ猫は後ろにするっと俺の後ろに移動すると、横たわるの豚人を足でテシテシした。


「んにゃぁ、にゃっにゃにゃ」


 もちろん何を言っているか正確には分からないが、何だか誇らしげである。


 そしてデカ猫は甘えるように、俺に体をこすりつけてきた。


「もしかして、お前俺を助けてくれたのか……?」

「にゃあん」

「おお、デカ猫よ!!」

「にゃんっ」


 まるでそうだとでも言うように鳴いたデカ猫を、俺は感極まってむぎゅっと抱きしめた。


 会社を首になった時も、彼女に振られた時も、親に家を追い出された時も、俺に優しくしてくれた奴なんていなかった。


 俺に優しくしてくれたのは楽園の君と、デカ猫だけだ。


(どっちも夢かーい)


 ちょっと虚しさが襲ってきたが、それでも今感じているこの温もりは嘘じゃない。


「決めた、お前の名前はデッカだ」

「にゃぁ?」


 こうして俺の孤独な漂流生活に、心強い相棒が加わるのであった――


――まあ夢だけど。











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