機械仕掛けの魔法都市

信濃川珍歩

第1話 青い星空

 

 少女は窓の外に広がる夜空を見上げる。

 しかし、そこには真っ暗闇が広がっているだけで何も見えやしなかった。


「お母さん……今日も星、見えないね」


 古びたカビ臭いベッドの上で横になっている母の手を握りながら、少女は悲しそうな表情で母の方へと視線を向けた。

 部屋には壊れかけのランプが一つ置かれており、金髪を一本に纏めた、頬のこけた母の顔を照らしていた。


「そうね……」


 すると、母はコホンコホンと咳を始めた。


「お母さん!」

「……だ、大丈夫よ」


 口を押さえていた手には真っ赤な血が付着していた。

 

「私お水持ってくる!」

「ありがとうキララ。暗いから気をつけてね」

「うん!」


 ランプを手で掴み、ひんやりとした感触を足裏で感じとりながら、慎重に部屋のドアを開けた。

 廊下は完全な真っ暗闇で、ランプの温かな光が道を照らす。


「……」


 歩き慣れているはずなのに何処か恐怖に似た緊張を感じる。

 暗闇に射すランプの光を辿る様に歩いていると一瞬、視界の端にキラリと光る何かが見えた気がした。

 咄嗟にソレを目で追う。


「……え、星?」


 ヒビの入った窓の先、真っ暗闇の空を光輝く何かが移動していた。

 それは流れ星の様に見えたが、よく見ると青白い炎だった。

 少しばかりの落胆を感じつつも、その後すぐに別の好奇心が追い抜いて来た。

 そう、あれはいったい

 その答えを考えていると、青白い炎は消えてなくなった。


「何だったんだろう……」


 少女は今しがた見た謎に疑問を感じつつも、台所で水を確保し元居た部屋へと戻った。


「お母さんこれ!」

「……ありがとうね」


 母はゆっくりと上半身を起こしコップを受け取った。

 

「お母さん! そう言えばさっき、空に青く光る流れ星みたいなものを見たんだよ!」

「……青く光る流れ星?」

「うん!」


 母は一瞬、何かを考えていた。


「もしかしたら……誰かが『魔法』を使ったのかもしれないわね」

「『魔法』?」


 母は人差し指を一本立てると、指先に光り輝く粒子が集まり始めた。

 そして、空中に光り輝く円を描いて見せた。

 光の粒子で構成された円は、フワフワと揺れ動いた後、シャボン玉が弾けるかのように消えた。


「えっ!?」


 少女は驚愕の声を上げた。


「これが『魔法』よ」

「す、凄い! お母さんそんな事できたの!?」


 母は小さく微笑んだ。

 しかし、その表情には何処か不安の色が垣間見えた気がした。


「ここには『魔法』を使える人達が少ないから外では内緒よ」

「なんで?」

「酷い事されたりするかもしれないからね」

「そんな……こんなに綺麗なのに」


 母は私の頭を優しく撫でた。

 

「大丈夫よ。いずれ貴方にも分かる様になるわ」

「うん……でも……でも」

「どうしたの?」


 その時、を思いついた。


「あ、そうだ! お母さん! 私――――――『魔法で夜空を照らす』よ!」

「……え?」

「『魔法』で星を作って暗い空を照らせば、お父さんが帰って来れるかも! きっと道に迷ってるだろうし、家の上におっきな星を作れば目立つし帰って来れるよね!」

「……キララ」

 

 母はそれ以上何も言わずに私を抱きしめた。

 いつもよりも力が強かった様に感じたけれど、もしかしたら少し寒かったのかな。


 その日は、母と一緒の布団で寝る事にした。


 そして翌日――――――母は冷たくなっていた。


――――――――――――


 作業台の上に、小さな金属性の部品を並べる。

 それぞれの部品にオイルを差しながら組み合わせ、正常に動作がするかの確認を行う。


 カチリ 

 カチリ

 カチリ


 動作に問題はなさそうだ。

 次に、横に除けて置いていた本体へと手を伸ばす。

 長針がカチカチと前後に動いており、短針は完全に停止していた。

 ガラス面には目立った傷はなく、とても丁寧に使用していたことが伺えた。


「……うん。これなら直るね」

「本当ですか!?」


 作業台の前で心配そうな顔つきでこちらを覗きこんでいた赤毛の少女は、向日葵の様に顔を明るく咲かせた。


「うん、心臓部に目立った破損は無いし、ちょっと可動部にゴミが詰まってるだけみたい」


 弱い風を吹きかけられる『魔道具』を使用し、丁寧に針の根本、その可動部に吹き付けていく。

 暫く作業をした後、バラバラになっていた部品を組み立て元の形へと戻した。


「はい、これでもう大丈夫だよ」


 作業台の上に置かれた腕時計は、息を吹き返した様にカチリカチリと再び時を刻み始めた。


「あ、ありがとうございます!おばあちゃんの形見の腕時計だったので本当にありがとうございます!」

「どういたしまして」


 赤毛の少女は、何度も頭を下げながら店を後にした。


「……ふぅ」


 作業台から離れるように立ち上がると、珈琲が入ったグラスを手に取る。

 そして、それを口へと運び中身をグッと流し込む。

 

 グラスを元あった場所へと戻し顔でも洗いに行こうとかと思ったその時、ふと母と一緒に撮った写真が視界に入った。


「……もうあれから十年か」


 母が病気で亡くなった後、母と交友関係にあった友人の家へと引き取られた。

 ユキネさん。

 『魔道具』修理の店を開いており、私に生きる為の知識を教えてくれた大恩人だ。

 だけど……


 視線を隣にある写真へと移した。

 そこには生前のユキネさんと、まだ小さかった頃の私が映っていた。


「……ユキネさん」


 しんみりとした感情を切り替えるようにもう一度グラスを手に取り珈琲を一気に飲み干した。

 すると、店の入り口に何者かが居る気配を感じ取った。

 

「あ、こんにちは。どういったご用意で――――――」


 その時、心臓が凍り付いたかのような衝撃が体を襲った。

 そう、そこには――――――とんでもないイケメンが居たのだ。


「……」


 あわわわわわわわわ、なんだこのイケメンは!?

 サラサラと揺れる絹の様に美しい金髪に、女神かと見まがうほどの美貌!に、この世で最も美しいと言われている『魔導石』かの如き、蒼く澄んだ瞳!

 ってか身なりから察するに、相当に高貴な身分の御方!? 魔法都市の王子様とかか!?


 そうこうと、あわあわしていると、不思議そうな顔を見せながら金髪の貴公子が中へと入ってきた。


「突然の訪問を謝罪したい」

「あ、あ……私の方こそ――――――生きていてごめんさない!」

「え……」


 金髪の貴公子は困ったような表情を見せた。


「あ、すみません! そ、それで……どう一体ご用件で?」


 すると、爽やか系イケメン男子は胸ポケットから一枚の写真を取り出した。


「私はウィリアム。この写真の人物を探しているのだが」

「ひ、人探しですか! えっと、拝見させてもらいますね!」


 バチクソ好みのイケメンが差し出した写真を覗き込む。

 すると、そこには――――――


「え……嘘――――――」

「心当たりが?」

「え、あの……私の母です」

「ほう……」


 困惑するキララとは対照的に、金髪の貴公子は鷹の様に鋭い眼光で相手の表情を観察していた。


「因みに、貴方の母君は今どちらに?」

「……十年前に――――――亡くなりました」

「これは失礼した」

「い、いえ。もう十年も前の話なので」


 金髪の貴公子は写真を自身の胸ポケとへとしまうと、神妙な面持ちでこちらを向きなおした。


「貴方に御兄弟などは?」

「いえ、私一人だったと思います」

「父君などは?」

「多分……母より先に亡くなってます」

「なるほど……」


 ウィリアムは少し困った様な顔で何やら考え始めた。

 会話に一瞬の空白が生まれるが、しかし私にはその間が丁度よかった。


 え、どうゆう事!?

 このイケメンがどうしてお母さんの事を探しているの?

 ……え、借金とか!?

 いやいやいや、お母さんに限ってそんなことは……待って!お父さんがもしかして……やった!?

 え、お父さんが居なくなったのって、死んだんじゃなくて蒸発したとかそうゆうやつ!?

 うそうそ、信じたくな――――――


「それでは、貴方でいいか」

「……え?」


 色々と考えていると、ウィリアムは何やら意味深な事を呟いた。


「『光り輝く奇跡』の力を継ぐ貴方が――――――」


 ウィリアムの体の周辺に青い火花がバチバチと音を立てて漂いはじめた。

 すると、ウィリアムの背後、店の入り口付近に黒ずくめの何者かが複数体現れた。

 手には刃物の様な物を持っており、顔には不気味な白い仮面が付けられていた。


「―――『【光星こうせい】の魔法使い』になってください」

「……え?」


 刹那、言葉の意味を理解する間もなく、複数の刃物がこちらへと飛んできているのが見えた。

 しかし、刃が到達するよりも早く、青い火花が爆発し、襲い掛かってきた凶刃を悉く吹き飛ばした。


「私は『【蒼炎そうえん】の魔法使い』ウィリアム・フォン・クロフォード――――――」


 ウィリアムは紳士的な動作で手を差し出してきた。


「――――――貴方をさらいに来ました」



 呆気にとられた顔をしている私の顔を、ウィリアムはそこはかとなく毒を含んだ和やかな笑みで見下ろす。


 そう――――――これが私キララ・ブライトと、ド畜生鬼畜紳士との最初の出会いだった。


 

 


 

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