走る列車、恋風を乗せて。

沙水 亭

1両目

ある日、私はとある噂を耳にした。


その列車は廃線になった線路を行く当てもなく走り続けると。


ほんの興味本位だった、わざわざ見に行く事ではないと分かっていたのに、なぜか私は……


その列車に乗ってしまった。









麦依むぎよりさん!」


「はい」


私は麦依むぎより沙織さおり、趣味なし友達なしの虚無人間。


「これ、頼める?」


「はい」


今日も上司から追加された仕事をこなす日々。


「……」


(麦依さんチョロw)


(さっすが麦人形ねw)


……いつもの陰口。


(ねぇねぇ聞いた?幽霊列車の話)


(え、なにそれ)


(なんでも、この辺りに無人なしびと駅って駅あるじゃん?そこに2:00に無人の電車が通るんだって!)


(え、なにそれ、実話?)


(噂程度だけどね〜)


(あんたそういう話好きだよね〜)


……幽霊列車。






結局残業で帰るのが遅くなってしまった。


「……1:50」


丑三つ時まであと少し……


「……行ってみようかな」








無人駅……たしか随分前に廃線になった駅だったはず……


「……あと一分」


待合のベンチに座って時間まで待つ……


するとどこかから踏切の音が聞こえてきた。


「まさか……」


すると静かに電車が止まった。


「……ほ、本当に……」


電車の扉が開くと猫が一匹出てきた……?


「……おや?お嬢さん、ワシが見えるのかえ?」


「え?」


ど、どこから?


「下じゃよ」


「え……まさか、猫が?」


「ワシは猫又じゃ」


「猫又?」


「ほれ」


尻尾が……分かれてる?


「お嬢さんは列車に乗るのかい?」


「あ、いえ……」


「なら早いうちに引き返したほうがええぞ」


「え?」


「お嬢さん、良くない相が出とる」


「な、何の相なんですか?」


「さぁ、そこまではわからん、ほら行ったいった」


私はそのまま家に帰ることにした……








「まさか……本当にあったなんて」


腕時計を確認すると2:31と表示されていた。


「早く帰らないと」


明日はまた仕事なのに……








今日はもう寝てしまおう、一応お風呂とご飯は食べたし。


「……おやすみ」


…………………


『ミツケタ』


「っ!?」


な、何……今の声。


「ハッハッ……」


何故か胸が苦しい、それに息が上がる……


「な、なんなの……」


急いで電気をつけるけど何もない……


「なんなの……」


寝れないよ……こんなの。


〚お嬢さん、良くない相が出とる〛


良くない……相ってこれ……?


『オンガエシ』


また聞こえた……っ!


「なんなの……」


しかしその後謎の声はピタリと止まって聞こえなくなった。









翌日


結局一睡もできず徹夜の出勤に。


「……」


(ねぇ、アレ入れた?)


(はい……)


いつもの陰口か……


(良くやったわ)


「……」


喉乾いた……お茶。


置いておいたペットボトルのお茶を飲ん……


「……ん?」


苦い?


「……」


どうせ徹夜で舌がバカになっちゃったんだろう……気にしないで仕事。


「……あれ」


鼻血?


「……ッ」


気持ち悪い……トイレっ!






「おえぇぇぇ……」


何……?吐き気が止まらない……っ。


「……あ」


意識が……








『オンガエシ……オン、カエス』


あれ……まぶたが閉じてるのに、光が見える。


『シンジャ、ダメ』


光が近づいて……来る?


『ダメ!!』


眩しっ!!






「っ!」


あれ……体調が……悪くない?


「吐いたら治った?」


徹夜はダメなんだな……しっかり寝なきゃ。







「……え?」


なんで、外が夜に……?


「嘘っ、気絶してる間に夜に?」


……いや、それなら誰かが私を見つけてるはず……なのに目が覚めた時にはトイレだった。


「なんで?」


「お嬢さん」


この声……!


「猫又の」


「可哀想に」


「え?」


「お嬢さん、半分死んじまってるよ」


「…………え?」


今……死んだって……


「でもお嬢さん面白いね」


「何が?」


「死んでるのに死んでないところがね」


「え……どう言う事?」


「半分幽霊になってるのさ」


「は、半分?」


半分って……どういう半分?


「とりあえずお嬢さん、あの駅に行くと良い」


「な、なんで?」


「良い相が見えるね」


「……」


……この猫の占いは当たった、なら……


「行ってみる」


「幸運を祈ってるよ」


猫又は壁をすり抜けて消えていった……








無人駅へ行ってみると、そこにはさっきの猫又が座っていた。


「来たね」


「……ねぇ、なんであなたは私に親切にしてくれるの?」


「そうさね……それは列車に乗ったらわかるよ」


「乗る?あの幽霊列車に?」


「あの列車は〚魂を救う列車〛と呼ばれている」


「魂を……救う」


「さぁ、そろそろじゃぞ」


昨日と同じ時間に踏切の音が聞こえてきた。


「あ……両親に連絡でも入れるかい?」


「私両親いないから」


「そうじゃったか」


両親は事故で死んだ、19歳の時に。


それ以降は一人で過ごしてた。


「……私、どうなるんだろう」


「それはお嬢さん次第じゃ、じゃが良いようになる」


「……わかった」


どうせもう生きてないんだし……


すると電車が止まりドアが開いた。


「さぁ、いってらっしゃい」


「う、うん」


「達者でな」


ドアが閉まり、電車は走り出した。






「……」


誰もいない?とりあえず座っておこう……


「こんばんは」


「っ!」


い、いつの間にか隣に女の子が座っていた。


「可愛らしい乗客じゃな」


「あ、あの……」


わらわは座敷わらしのめい、よろしく」


「よ、よろしく……」


可愛らしい手……


「……ん?」


なんか、ヌメッてしてる……


「わっ!?」


カエル!?


「アハハハ!良い反応じゃ!」


「な、何!?」


「安心せい、おもちゃじゃ」


「な!何でこんなことを!?」


「えらく緊張してる様子じゃったから、和らげる為にな」


「……」


な、何なの……


「榠様、また悪戯イタズラですか?」


奥の車両から背の高い男の人が歩いてきた。


「れくりえーしょんじゃ」


「それを言うならリラックスでしょ」


「むぅ……最近の言葉は難しいのぉ……」


「あ、あの……」


「紹介遅れました、私は彼岸ひがん、この〚恋風列車こいふうれっしゃ〛の車掌をしております」


「あの……この列車って魂を救う列車って聞いたんですけど」


列車の名前からはそんな事を想像できない。


「「え?」」


「え?」


違うの!?


「……あの猫又さんが言ってたんだけど」


「あの猫め……ホラを吹きおったな」


「はぁ……今度注意しておきます」


「ち、違うの?」


「全然違います」


「えぇ!?」


「この列車は〚幽世かくりよ〛と〚現世うつしよ〛を行き来する列車じゃ」


「な、なんでそんな事を?」


「魂を送迎する為です」


「魂を?なんで?」


「魂を現世に残したままでは妖怪や怪異が生まれてしまう、それを防ぐのが目的じゃな」


「な、なるほど……」


「ですが最近は現世の迷える魂の数が異常でして、頻繁に停車しては回収を繰り返してます」


だから噂になったんだ……


「ま、とりあえずは落ち着いたようじゃがな」


「ええ」


「わ、私はこれからどこに?」


「え?閻魔様のところじゃが?」


「え?」


「え?って……主死んで……あれ!?」


「榠様?どうしました?」


「ちょっ!手見せてみぃ!」


「は、はい」


手を見せるとまるで手相を見るように触り始めた……


「た、大変じゃ!彼岸!」


「な、何ですか」


「この娘!生きておる!」


「「えぇ!?」」


私生きてるの!?


「いや……半分?な、なんじゃこれ……?」


「た、たしかに……少し薄い」


「え、薄いんですか!?」


「あ、魂の形がですよ?」


「な、なんだ……」


「しかしどうする……半分生者の者を乗せた事など今までないぞ」


「閻魔様に連絡します!」


彼岸さんは別車両の方へ走っていってしまった。


「とりあえず客室車両に案内しよう」








「ここが主の部屋じゃ」


案内された場所は明らかに大きい部屋だった。


「こ、ここを使っていいんですか?」


「構わん、誰も使わんからな、じゃが少し埃っぽいかもしれんが」


「だ、大丈夫です」


「ではまた呼びに来るから休んでおれ」


「はい」


……掃除しようかな。









「彼岸よ、どうだった」


榠は車掌室に行き彼岸と話すことに。


「とりあえず連れてこいとの事です」


「そうか、とりあえず4番客室車両に案内しておいたぞ」


「ありがとうございます」


「……あの娘、まるで生きてるとは言えんかったな」


「ええ……感情をなくした人形のようでした」


「じゃが驚いた姿は可愛かったがな」


「気に入りました?」


「少しな」


「……とりあえず、榠様着替えと食事を」


「うむ」










「ふぅ」


一通り掃除できたかな。


「お、綺麗になっておるな」


「わっ!?」


「良い反応をしてくれるの」


「……な、何か?」


「ほれ、着替えじゃ」


「あ、ありがとうございます」


「着方はわかるか?」


「わかりません」


「よい返事じゃ、ほれ、脱がんか」





「わぁ……」


綺麗な淡い青の着物……


「うむ、妾の見立ては間違ってなかったな」


「ありがとうございます」


「そうじゃ、主名前は?」


「麦依沙織です」


「沙織か、良い名前じゃな」


「ありがとうございます」


「しっかし……」


「な、何ですか?」


「まるで、感情が薄いの、何かあったか?」


「……実は4年前に両親を亡くして、それ以来いろんな事に興味を持てなくなって」


「そんな事があったのか」


「……それで会社では麦人形って陰で呼ばれてました」


「……」


すると榠さんは私を抱きしめて頭を撫で始めた。


「よしよし」


「あ、あの」


「今まで頑張って来たのぅ、偉いぞ」


「……」


な、何でだろう……涙が出てくる。


「ほら、泣け泣け、泣けるうちにな」


「はいっ……」






「……落ち着いたか?」


「はい」


「少し良い表情になったな」


「そ、そうですか?」


「うむ、では少し待っておれ」


榠さんは部屋を出ていった。


「……お母さんみたいだった」


でもお母さんは……あんなに優しく撫でてくれなかったな……


「……ふふ」


「お、笑ったな?」


「わぁっ!?」


「良い事じゃ!ほれ!」


あ、いい匂い……


「これは……」


「主の食事じゃ」


白米に鮭、味噌汁……定番の和食だ。


「苦手なモノでもあったか?」


「い、いえ……久しぶりに固形物を見たなって」


「こ、固形物?」


「仕事をしてからはろくに食事を食べれてなくて、いつもゼリーとサプリメントを」


「……よく今まで生きてこれたな」


「今思うとそうですね」


「……ったんと食べるといい」


「? はい」


あ、美味しい。









彼女は大丈夫だろうか……


「……ん?」


榠様が彼女の部屋から出てきた?


「榠様?」


「……のう、彼岸よ」


「はい」


「妾、母になっちゃう……」


「は?」


何言ってんだ……この人。


「あまりにも可哀想じゃ!!」


「な、何があったんですか?」


「沙織は……」






「……それは」


何があったか聞いたが、とても酷い話だ……


「あの子には温かさが必要じゃ!!」


「珍しいですね、あなたがそこまで肩入れするなんて」


「決めた!」


「何をです?」


「彼岸よ!妾は沙織を雇う事にした!」


「……なるほど?」


「どうじゃ!?」


「私も賛成ですが、ひとまず閻魔様に話してからですね」


「そ、そうじゃったな……」


「悪いようにはしないと思いますが……」


「……妾心配」


「私もです……」











「……ん!美味しい」


初めて焼き鮭食べたけど、美味しいんだ。


「……」


そういえばいつの間にか榠さん居ないな……


「……ま、いつの間にか居るのも消えるのも座敷わらしらしいか」


コンコン


ん?ノック?


『彼岸です』


「どうぞ」


「失礼します」


この人は礼儀正しいな……


「さて、これより幽世へ参りますので説明を」


「はい」


「あ、食べながらで構いません」


すると彼岸さんは小さなプロジェクターを取り出して資料を映し出した。


「まず、現世と幽世の違いから」



資料 壱

ー〚幽世〛は〚現世〛とは違いとても広いので迷子になられると捜索は困難。ー


「どれくらい広いんですか?」


「ざっと現世の世界地図2枚分かと」


「広っ」


「続いて」



資料 弐

ー幽世には〚あやかし〛が潜んでいます、無闇に接触しないようにしましょう。

最悪の場合魂を食われるか、壊されます。ー


「そんなに怖いところなんだ……」


「優しい方々が多いのですが、一部例外がございますので」


「あの、魂が食べられるのはわかるんですけど、壊されるって?」


「粉砕や切断などですね、もし破壊された場合、転生や蘇生が不可能になります」


「怖っ……」


「これに関してはあやかしも例外ではなく、彼らも破壊されてしまうと同じ状況に陥ってしまいます」


「な、なるほど……」


「と、これが現世と幽世の違いでして、次が今回の肝、閻魔大王について」


「閻魔様って、あの嘘をつくと舌を抜かれるって言うあの?」


「はい、その閻魔様です」


「そこで何をするの?」


「閻魔殿では死者の選別が行われるのです」


「天国か地獄かの?」


「はい、そこでもし嘘をついたとバレた場合、舌を知っこ抜かれてしまいます」


「それって、何も喋れなくならないの?」


「瞬時に生えてきます、こうニョキニョキと」


「うわ……」


「話を戻しますが、嘘か否かを確かめる方法がこちらの〚浄瑠璃鏡〛と呼ばれる鏡です」


「綺麗な鏡」


いろんな装飾がされてる……


「こちらの鏡は言わば監視カメラです、生前限定ではありますが、全て記録されています」


「へ〜……」


「ちなみにあの世なのでプライバシーのクソもありません、なのでトイレからお風呂、ベットの中まで見られます」


「……ま、まぁ仕方ないよね」


警察でも場合によってはそういう事するって聞くし……


「あと、閻魔様は大変優しい方なので緊張されなくても大丈夫ですよ」


「は、はい!」


と言われてもなぁ……


「……質問はありますか?何でも構いません」


質問……あ。


「彼岸さんってあやかしなの?」


「はい、私は送り犬と言うあやかしでございます」


「犬?でも耳とか尻尾ないけど」


「もちろん隠しておりますので」


「へー……」


ちょっと見てみたい。


「他に質問は?」


「え〜っと……」


もう無いかな。


「ありません」


「もしあれば何時でも聞いて大丈夫ですからね、それでは」


彼岸さんは荷物を持って部屋を出ていった。

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走る列車、恋風を乗せて。 沙水 亭 @shastytpp

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