第9話 シャドウ・コンシリエリ

 東京に戻った芹沢敦は、京都で決意した通り、神崎隼人からの連絡を待った。しかし、連絡よりも先に、彼の「悪の道」を決定づける、奇妙な出会いが訪れた。

​ 

 1. 大杉漣似の老師と「異界の刀」

 ​ある夜、いつものように虚無感を埋めるため、彼は公園のベンチで一人酒を飲んでいた。その公園の片隅で、彼は一人のホームレスを目撃した。

​ そのホームレスは、俳優の大杉漣を思わせる、穏やかだがすべてを見透かすような眼差しを持ち、身なりは汚れているものの、どこか達観した雰囲気を漂わせていた。

​ 敦が何気なく缶チューハイを差し出すと、ホームレスは微笑んでそれを受け取った。

​「兄さん、あんた、近いうちに**『越えてはいけない線』**を越えるね。目が、もう向こう側の光を捉えている」

​ 敦は動揺を隠せなかった。このホームレスが、自分の内奥の憎悪を知っているかのような口ぶりだったからだ。

 ​ホームレスは、古びた毛布の中から、奇妙な拵えの日本刀を取り出した。刀身は黒く光らず、柄には煤けた真鍮の緒が巻かれている。

​「これは、私が**『時代』を越えて見つけたものだ。悪人の血を吸うたび、その斬った人間が最も強く生きた時代、あんたの『妄想した時代』へ、魂だけを運んでくれる。あんたに必要なのは、現代のエアガンや爆弾じゃない。『魂を斬る刃』**だ」

​ ホームレスは、そう言うと、刀を敦に差し出した。

​「ただし、この刀は、**『理不尽な悪』**だけを斬れ。そして、斬った後、あんたはそいつの時代の地獄を見ることになる」

​ 敦は、その刀を本能的に受け取った。手のひらに伝わる重みと、金属の冷たさ。ホームレスは、満足そうに頷くと、毛布を深く被り、闇の中に溶け込むように消えていった。

 2. 裏稼業への正式加入と「ステルス迷彩」

​ 神崎からの連絡が入ったのは、その翌朝だった。指定されたのは、京都で見た大森南朋似のクリーニング店の裏。

​「ようこそ、芹沢。俺たちは**『影の調停者(シャドウ・コンシリエリ)』**という組織だ。法も神も裁かないゴミを掃除するのが仕事だ」

​ クリーニング店の店主(大森南朋似)が、店の裏のシャッターを開けると、そこは地下へ続く階段になっていた。地下には、ハイテク機器とサーバーが並ぶ、まるでSF映画のような空間が広がっていた。

​ 神崎は、敦を連れて部屋の奥へと進んだ。そこには、軍用装備のような、特殊な繊維で作られたスーツが陳列されていた。

​「あんたは『頓知』として動く。警察や監視カメラ、あらゆる目から逃れる必要がある」

​ 神崎が指さしたスーツは、光を屈折させ、着用者の輪郭を曖昧にする技術が組み込まれていた。

​「これは、最新の**『光学ステルス迷彩スーツ』だ。我々の組織の技術者が開発した。これを着れば、あんたは文字通り、『闇夜の細工師』**になれる」

​ 敦は、自分の体が、虚構と現実のテクノロジー、そして古代の魔術的な力によって武装されていくのを感じた。

​ 神崎は、真剣な目つきで、敦に一つのファイルを手渡した。

​「これが、あんたの最初の『仕事』だ。ターゲットは、あの面接官、岩田。彼は最近、裏で暴力団と手を組み、不当な地上げを始めている。彼の『悪』は、もう法では裁けないレベルだ」

​ 神崎は続けた。

​「あんたの刀と、このステルス迷彩で、悪を斬れ。そして、**『時代』**を体感してこい」

​ 敦はファイルを開いた。中には岩田の動向、地上げの計画、そして彼の自宅の間取り図が詳細に記されていた。

​ ポケットの中の「異界の刀」が、彼の復讐心と、新しい人生への渇望に応えるかのように、冷たく脈打っていた。

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