第2話


 はい。

 ナノマシンとの初邂逅から一日が経ちました。


 何事もなく平和……と言えれば良かったんですけんども、非常に残念なことに……。


『お前たちはもう完全に包囲されている! 速やかに子どもたちを解放しなさい!』

「うるせぇっ! さっさとバスを用意しろっ!」


 現在、孤児院にて、施設職員もといジャッカー構成員数人が武装しての立てこもり中な状況となっております。


 あ、発砲した。


 見た感じ、散弾銃か。至近距離で撃たれたら間違いなく死ぬよなぁ。


 ……はぁ。

 古き良き時代の刑事ドラマかなって遠い目をしたくなる。


 いやほんとちょっとこれ、どういうことなんでしょう、もう訳が分かりませんわ。


【警察の初動対応ミス、といわざるを得ません】


 それなぁ。

 確かに匿名で通報した形になるけどさぁ、もうちょっとこう、裏取りの内偵というか部隊を準備してからというか、相応のやり方があったんじゃないかなぁ。サクラ……散っちゃったよ。


【初手、制服警察官による訪問は誤りとしか言いようがありません】


 うん、しかも馬鹿正直に訪問の経緯を言っちゃうもんだから、施設職員が豹変して乱闘というかなし崩し的に交戦状態になっちゃったし……。


【対応マニュアルに不備がある、あるいはジャッカー関係の危険度判定に誤りがあるように判定できます】


 ジャッカーって国家転覆をはかるようなテロ組織なのに、この対応はマズいですよとしか言いようがないですわん。


【ジャッカーの本拠地制圧より十年、またその間に世界規模の大災禍が起きたこともありますので、組織内部での優先順位の低下及び認識の共有不足が生じたと推定されます】


 そういうこともあるか。

 こちらとしては治安機関を信じての行動だったんだけど……、犠牲者と遺族には本当に申し訳ないとしか言えない。


【警察に殉職者が出てしまったのは、誠に遺憾であります】


 お話相手になってくれている制御AIさんと脳内で話をしながら周囲を見渡す。


 人質としてかはわからないが、食堂に集められた院の二十人を超える子どもたち。

 怯えて泣いているのは俺よりも幼い子ばかりで、他はうむ、なんというか、かなり見たくない状況というか、虚空を見つめてブツブツ言っていたり、息してないんじゃないかって心配になるくらいに蹲っていたり、呆けた顔で涎垂らしながらえへへえへへと笑っていたり、お猿さんのように鼻息を荒くしながらおにんにんやおまんまんを擦っていたり、訳の分からない言葉で騒いだかと思うとコテンと倒れたり、俺のお腹にしがみついて顔を擦り付けてはくんかふんすしたり、本当にもう色々とカオスな状態になっている。


 これ、やばいですわよ。


【ナノマシン不適応による症状と判定できます】


 なるほど、俺達は人体実験されたって奴ですね、わかります。


【肯定せざるをえない状態です。様子を確認する限り、適切な処置が行われなければ、後二日ほどで廃人となる可能性があります】


 ……わかりたくなかったなぁ。

 というか、ナノマシンを入れるのってさ、普通なことじゃないの?


【社会における普通ではありません。ナノマシン投与はジャッカー内の一部に限る状況です】


 なら、これまでにこういった症状は?


【ジャッカーでは戦闘員に投与されて、ある程度の効果が確認されていた段階です。ただし、これは身体能力の向上を求めたものであり、制御AIを投与しない単純な仕様となっています】


 人体改造……筋力増強とか骨密度強化とかって奴か。


【肯定であります。制御AIによる統御により、新たな能力の開発が今回の目標であったのではないかと推定されます】


 そっか。


 あ、また撃った。


 お腹にしがみつく力だ強くなったので、ぽんぽんと背中を叩いてあげる。

 この短い髪は同い年のキョウだったはず。勝気でよく俺のおかずを奪い取ってくれてたんだけど、まぁ今回ばかりはこうなっても仕方ないよね。


 ……ううむ、それにしてもこうして人質になっているのも疲れてくるし、もう寝てていいかな?


【今後、戦闘が激化する可能性は80%以上と推定されるため、危険と判断します】


 バス用意しろって叫んでるし、こっちを撃たんとは思うが?


【証拠隠滅を図った場合、その限りではありません】


 それはありえるか。

 でも流れ弾とか、当たるときは当たるだろうし……、あ、当たった時、血が出たら止められそう?


【銃創部の止血及び治療、また弾丸の摘出も可能であります】


 なるほど、他の子は?


【難しいと判定します。当方で確認する限り、あなたはナノマシンに適応しすぎている状態で、過剰にナノマシンが生成されている状態でありますので、可能ということになります】


 過剰、か。


 ………………あ、もしかして、三つ目の玉。


【肯定であります。余剰分は陰嚢部に集約管理しております】


 そ、そういうことだったのか。


 ……ん、んんっ?


 過剰生産されるってことはさ、う、うわわわぁぁぁっ、玉が大きくなりすぎて爆発するぅぅぅっ、なんてことは?


【こちらで管理しますので、そういったことにならないように務めます。ですが、定期的な放出を実施する方が心身の安定に繋がると判断します】


 多すぎると管理しきれないってこと?


【必要以上に体内に含まれた場合、様々な反応が引き起こされると推定されます】


 具体的には、どんなのがある?


【食欲、睡眠欲、性欲、排泄欲等、欲望の過剰及び自制心の低減であります】


 行きつく先は七つの大罪かよ。


【自慰行為による疑似精液での放出が可能となりますので、適時実施を推奨します】


 制御AIに射精じゃないナノマシン放出管理される俺……、同人誌でも書こうかなぁ。


【構図や絵柄の相談、各種作画の補助、予算及び進捗管理等々、お手伝いいたします】


 うわーい、高性能だー。


 って、ばっ、いきなり銃口をこっちに向けるんじゃないよっ!


 お腹で震えている子を守るため、懐に収める形で覆いかぶさる。


 ばんどんぐえぇぇぇぇーーーーーー、し……。

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