番外編「英雄たちの休日」
王国に平和が訪れて、しばらく経ったある日のこと。
司は、パーティーメンバー全員に、休暇を取ることを提案した。
「いつも張り詰めっぱなしじゃ、いい仕事はできないからな。たまには、息抜きも必要だ」
という、司のプロデューサーらしい配慮だった。
こうして、「原石の輝き」のメンバーは、初めての休日を、王都の観光としゃれこむことになった。
「うわー! すごい人! これが市場ってやつか!」
リョウガが、子供のようにはしゃいでいる。串焼きの屋台から漂う香ばしい匂いに、早速引き寄せられていた。
「リョウガ、落ち着いてください。はしたないですよ」
ミリアは、人混みに少しうんざりしながらも、ものめずらしそうに露店に並ぶ魔法道具を眺めている。
「見てください、司さん! あそこに、可愛い髪飾りがあります!」
「アンナさん、走ると危ないですよ!」
アンナとレオも、すっかり王都の雰囲気を楽しんでいるようだった。
そんな四人の姿を、司は少し離れた場所から、微笑ましく見守っていた。
戦場では頼もしい英雄である彼らも、こうして見ると、年相応の若者たちだ。こういう時間も、彼らの成長には必要なのかもしれない。
「チームのエンゲージメントを高めるには、仕事以外のコミュニケーションも重要だからな」
などと、また前世の癖で分析してしまう自分に、司は苦笑した。
その時だった。
「きゃあっ!」
人混みの中から、小さな悲鳴が聞こえた。見ると、幼い少女が、チンピラ風の男たち数人に絡まれている。
「お嬢ちゃん、一人かい? 俺たちと、いいことしない?」
男たちが、下品な笑みを浮かべて少女に迫る。
その瞬間。
リョウガが食べていた串焼きを放り出し、アンナの目がカッと見開かれ、レオが少女の前に立ちはだかり、ミリアの指先がかすかに光った。
司が止める間もなく、事態は一瞬で決着した。
リョウガの拳がチンピラの一人を殴り飛ばし、レオの盾が残りの男たちの攻撃を完璧に防ぎ、アンナの炎の魔法が男たちの足元を威嚇するように燃え上がり、ミリアの蔓が彼らをがんじがらめに縛り上げていた。
ものの数秒の出来事だった。
あっけにとられる市場の人々。
縛り上げられ、情けない悲鳴を上げるチンピラたち。
そして、「しまった」という顔で、司の方を恐る恐る振り返る、四人の英雄たち。
司は、深々とため息をついた。
「……今日は、休日だと言ったはずだが?」
「いや、その、体が勝手に……」
「だって、女の子が困ってたし……」
四人は、バツが悪そうに言い訳をする。
司は、やれやれと首を振ると、縛り上げられたチンピラたちをちらりと見た。
「まあ、人助けはいいことだ。あとは衛兵に任せて、行くぞ」
「「「「はい!」」」」
四人は、叱られなかったことにホッとしたように、元気よく返事をした。
その後、一行は、人気のレストランで食事をしたり、劇場で芝居を観たりと、思い思いに休日を満喫した。
夕暮れ時。王都を見下ろす丘の上で、五人は並んで夕日を眺めていた。
「なあ、司」
リョウガが、ぽつりと言った。
「俺、今日、分かったことがある」
「なんだ?」
「俺たちが守ったのは、王国だけじゃねえ。こういう、なんでもない一日なんだなって」
串焼き屋の親父の笑顔。楽しそうに買い物をしていた親子。今日、自分たちが守った、名もなき人々の穏やかな日常。
その言葉に、他の三人も、静かにうなずいた。
「そうだな。その通りだ」
司は、リョウガの頭を、わしわしと撫でた。
「だからこそ、俺たちは、もっと強くならなきゃいけない。この平和を、ずっと守り続けていくためにな」
「おう!」
夕日に照らされた英雄たちの顔は、決意に満ちていた。
彼らの休日は、こうして終わった。
明日からは、またそれぞれの才能を磨く日々が始まる。
世界中の、まだ見ぬ原石たちを救い出し、この平和な一日を、未来永劫に続けていくために。
司は、頼もしい仲間たちの横顔を見ながら、プロデューサーとしての決意を、新たにするのだった。
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