第十三話「偽りの終わり、本当の始まり」
オルバンス公爵に剣を突きつけ、静かに勝利を告げたゼイド様。
その姿は、血と埃に汚れていても、俺の目には誰よりも輝いて見えた。
「く……くくく……」
追い詰められたオルバンス公爵は、不意に、乾いた笑い声を上げた。
「終わり?終わりだと?まだだ……まだ、終わらんよ!」
そう叫ぶと、彼は懐から小さなナイフを取り出し、自分の腕を切りつけた。
そして、その血がしたたる腕で、近くにあった松明の火を掴み取ったのだ。
「じゅっ……!」という肉の焼ける音と共に、オルバンス公爵の腕が炎に包まれる。
彼は、そのまま燃え盛る腕を、近くにあったカーテンに叩きつけた。
「ぐはははは!全て、灰にしてくれるわ!貴様の愛も、誇りも、この砦と共にな!」
乾燥したカーテンは、あっという間に燃え上がり、炎は瞬く間に天井へと燃え移っていく。
木造の梁が、ぱちぱちと不気味な音を立て始めた。
「ゼイド様!」
俺が叫ぶ。
ゼイド様は、狂ったように笑うオルバンス公爵を一瞥すると、すぐに俺の元へと駆け寄ってきた。
「リアム!無事か!」
彼は、俺を繋いでいた鎖を、剣の一振りで断ち切ってくれた。
解放された俺は、たまらず彼に抱きつく。
「ゼイド様……!ゼイド様……!」
「すまなかった。怖い思いをさせた」
彼は、俺の頭を優しく撫でながら、力強く抱きしめ返してくれた。
再会を喜ぶのも束の間、ごう、と音を立てて、天井の梁が焼け落ちてくる。
「くそっ……!ここも長くは持たん。出るぞ!」
ゼイド様は俺の手を引いて、出口へと走り出した。
背後では、オルバンス公爵の狂ったような笑い声が、炎の音に混じって響いている。彼を捕らえるよりも、今は俺の安全が最優先だ。
燃え盛る広間を駆け抜け、俺たちはなんとか砦の外へと脱出した。
振り返ると、黒鷲の砦は、巨大な松明のように、夜空を赤く染めながら燃え上がっていた。
やがて、大きな音を立てて、砦は完全に崩れ落ちる。
あの炎の中で、オルバンス公爵が助かったとは思えなかった。
「……終わったんだ」
俺がぽつりと呟くと、ゼイド様はこくりと頷いた。
「ああ。……全て、終わった」
その時、遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。
ルカさんを先頭にした、ゼイド様の部下の騎士たちが、松明を掲げてこちらへ向かってくる。
ゼイド様が一人で砦に向かった後、心配したルカさんたちが、後を追ってきてくれたのだ。
「ゼイド様!ご無事でしたか!」
「リアム様も!」
駆け寄ってきたルカさんたちの顔には、安堵の色が浮かんでいた。
ゼイド様は、部下たちに事後処理を指示すると、改めて俺に向き直った。
「リアム」
真剣な声で、名前を呼ばれる。
俺は、ごくりと喉を鳴らした。
「あの手紙のことだが……」
「!」
俺は、慌てて首を横に振った。
「い、いいんです!あれが、オルバンス公爵の罠だったって、分かってますから!」
「いや、聞け」
ゼイド様は、俺の肩を掴むと、まっすぐに俺の瞳を見つめた。
その紫水晶の瞳は、真摯な光で満ちている。
「確かに、最初は任務のためだった。お前を、偽りの番として利用した。そのことは、事実だ。……本当に、すまなかった」
彼は、深く頭を下げた。
帝国最強の騎士団総長が、俺なんかに、頭を下げている。
「や、やめてください!顔を上げてください!」
俺が慌てて言うと、彼はゆっくりと顔を上げた。
「だが、お前と過ごすうちに、俺の心は変わった。偽りなんかじゃない。俺は、心の底から、お前を愛している」
はっきりと、告げられた言葉。
俺の胸が、ぎゅっと締め付けられるように熱くなる。
「リアム。もう一度、言わせてくれ」
ゼイド様は、俺の前に跪くと、俺の手を取った。
それは、騎士が、生涯の忠誠を誓う時の、最も丁寧な誓いの形。
「もう偽りじゃない。俺の、本当の番になってくれ。これからの人生、全てを懸けて、お前だけを愛し、守り続けると誓う」
その言葉は、どんな宝石よりも輝いていて、どんな音楽よりも甘く、俺の心に染み渡った。
涙が、頬を伝って、彼の手にぽたぽたと落ちる。
俺は、泣きながら、それでも精一杯の笑顔を作って、こくこくと何度も頷いた。
「はい……!はいっ……!喜んで……!」
俺の返事を聞いて、ゼイド様は、心から安堵したように、柔らかく微笑んだ。
そして、立ち上がると、俺の涙を優しく指で拭い、そっと唇を重ねた。
それは、燃え落ちる砦を背景にした、俺たちの、本当の始まりを告げる誓いのキスだった。
その後、オルバンス公爵の悪事は、全て白日の下に晒された。
彼に協力していた貴族たちも、一網打尽に検挙される。
そして、俺を虐待していた村の家族や叔父も、公爵と繋がりがあったことが分かり、法によって正しく裁かれることになった。
もう、俺を脅かすものは何もない。
俺とゼイド様は、たくさんの人に祝福されながら、正式に番としての誓いを交わした。
偽りの関係は終わり、俺たちは、本当の番になったのだ。
灰色の世界にいた俺を、黒銀の騎士様が見つけ出してくれた。
俺の世界は今、幸せの色で、きらきらと輝いている。
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