第二話 五芒の光よ、私をこの苦難から救い導き給え

#5  ⇒ 旅での事件遭遇のシーン


「――それで、結局そいつの手元に残ったのは、痩せたロバ一頭と古着一着だけ……つまり〝その美味い話〟ってのは嘘八百で、そいつは最初から最後まで騙されてたってわけさ……」


 穏やかな空の下で、舗装のされていないような田舎道で荷車を牽くラバの隣のハリーは饒舌だった。

 もともとハリーは口数の多い男だったが、それにしても今日は朝からずっとこうだ。


 ハリーの〝馬鹿話〟を、ナットは、ラバの荷車の後ろをついて歩く〈ウォレ・バンティエ〉の機室キャブの中から聞いている――ハリーは、戦機に乗ったナットにも聴こえるような声量で管巻いていた…――わけで、して面白くもない話をこうして延々と聞かされている。


 ――無理もない。


 だがナットは、昨日ハリーが受けた仕打ちを思えば、これは仕方がないと思っていた。

 ラバをはさんで並んで歩いているデリクも、それはきっと同じだろう。



 何があったか。は、このような経緯いきさつだった――


 先の戦機武芸試合トーナメントで、見事、サー・ウェズリーの仇を討ちリーク卿の目に留まったナットら一行は、リーク家の麾下に迎えようとの誉れを辞して〈ウォレ・バンティエ〉を北部のグロシン砦――サー・ウェズリーの生家で、兄で家長のサイラスの居城――へと届ける旅の許しを得る。

 リーク卿はナットらの申し出にいたく感嘆し、〈ウォレ・バンティエ〉をナットらに託すこととし、わざわざ〝紹介状〟をしたためて送り出してくれたのだ。


 一行は〝リーク家の使いの者〟として〈王の道〉を北へと旅を始めたのだが、〈河間平野〉から〈地峡平野〉を抜け〈北部〉へと入ろうという頃になってハリーが言い出した。


 俺の生まれた村に寄って行こう。


 それで立ち寄ったハリーの故郷だったが、行ってみればハリーの父は七年前に他界しており、生家は継母とその二人の娘のものとなっていた。


 もともと継母との折り合いが悪くて奉公に出されたということは、十年ぶりの再開とは思えない継母の冷淡な態度から、容易に察せられた。

 さすがに〝身の置き所〟の無いことを察して家を辞去したのだったが、その背中に「紫光を遮りたまえ」と〝不吉を払う〈五芒の印〉〟まで切られたのだ。……それはこたえたろう。


(※〈紫の光〉は『五芒正教』のう〈五芒の光〉の中で〝客人〟を表す。客人は不吉も呼び込むものとされ、〝印を切って〟紫の光を遮りそれを払う、というまじないごと。)



 ――その後、教会の父親の墓の前に立ち、二言三言を語りかけて教会を後にした。そうして村を出るまでずっと黙っていたハリーだったが、翌朝、村を出てからは、王の道へと戻る田舎道を行く道すがら、ずっと馬鹿話を続けている、ということなのであった。



 それから少し時間が過ぎ、この日四度目の行軍休憩 (※半刻一時間歩いた後の〝1/8刻ワンエイス〟砂時計の砂が落ちる間の休憩)のときだった。


は何かな?」

 道の端に屈めさせた〈ウォレ・バンティエ〉から降りてきたナットが、木陰で昼食の残りの干し果物ドライフルーツを手のひらの上に広げようとしているデリクに訊いた。


 二人の向けた視線の先――一行がこれから歩いて行こうとしている田舎道――から、男が一人で近付いてくる。


「わからない……何だろうな」

 デリクは表現で返すと、手のひらの干し果物を口へと放った。

 つと隣にハリーが寄ってきた。その表情かおには、理解し難いことに直面した者によく現れるような〝眉間に皺〟が寄っている。


 一方、男はどんどん近づいてきた。それは人間で、痩せた若い男で、〝ヘイヤールの民〟の特徴である金髪碧眼をしていて、そしてだか服を着ていなかった。

 〝一糸纏わぬ裸体フルフロンタル〟が、平然と、真っ直ぐに田舎道を歩いてくる。……ナニも隠すつもりはないらしい。


「やあ。良い日だねグッドアフタヌーン」 少々気取った音調イントネーションだった。


「やあ……」

 男が軽く片手を上げて挨拶してきたので、デリクが代表して応じた。

 そこで目が合ってしまったのだったが、気まずさに言葉が続かない。……それはそうだろう。


「何を、してるんです?」

 ようやくそう訊いたデリクに、男は口の端を持ち上げるようにして答えた。

「あーその……、〝優歩ゆうほ〟だ」


 その聞き慣れない単語に、デリクのみならず、他の二人も当惑の表情となって男を見返す。


優歩ゆうほを知らない?」

 男の方は、面倒くさそうな表情かおになって、それから説明し始めた。

「つまり……〝すべてを失った者が深く思い煩いながらひたすらに歩いていく〟という意味で…――」


「盗賊の仕業か?」

 それを皆まで聞かず、ナットが別の角度から状況を質した。

 男は(何がおかしいのか)クスリと笑い――おそらく〝自嘲〟だろう…――、何度か小さく頷いてからこう答えた。

「答えは〝ノー〟だ。……同時に〝イエス〟でもある」 そうして大げさに、溜息交じりに肩をすくめてみせる。「不本意ながら清貧を誓った、そんなところだ」


 デリクとハリーが、ああ、と互いに目線を交わした。……大方、賭け事に負けて身包み剥がされた口だろうとでも思ったようだった。

 そんな二人に気付き、男は〝投げり〟な口調になって話を締め括りに掛かった。

「――優歩とは誇り高い行いといえる。自尊心と決意と五芒の光への信仰心の表れだ。……五芒の光よ、私をこの苦難から救い導き給え」


「何者だ?」

 もはや〝なるべく関わらない〟ことを決めたらしいデリクとハリーに代わって訊いたのは、やはりナットだった。デリクとハリーは、露骨にならない程度に顔を顰めて距離を置き、見守っている。


「心魂と幽なる客人の光――〝名もなき旅人〟は仮の姿……」

 さて男の方は、そんなデリクとハリーを無視し、慇懃いんぎんな――自分の出で立ちやこの場の状況にそぐわないことが明らかだったが…――自己紹介を返したものだった。

「バートランド・ホジキンソン、技師メイスターです。……お見知り置きを」

「何の?」

 〈技師メイスター〉との名乗りにナットは興味を持ったようだった。隣ではデリクがと苦笑している。

 男は、フンと鼻を鳴らして、ナットの背後に鎮座する〈ウォレ・バンティエ〉をチラと見遣って答えた。

「――戦機ウォー・マシーン


 にわかには信じられないというふうに、ナットは傍らの同僚二人に向いた。

 知識階層でもある〈技師メイスター〉は希少な存在だったし、戦機を扱う〈戦機技師〉ウォー・マシーン・メイスターともなれば専門性の高い分野をきわめた者となる。……間違っても〝田舎道を素っ裸で歩く〟ような変人ではあるまい。

 デリクもハリーも、小首を傾げて応じて見せた。


 その反応が癇に障ったか、男――〝バート〟バートランドは横並びの三人の間を敢えて押しのけるようにして歩を進め、〈ウォレ・バンティエ〉の前にたたずんだ。

 そうして古い機体を見上げてしばし観察すると、おもむろに口を開いた。


「北方の外骨格フレームだな」

「ああ。こいつはグロシン砦の……」

 人のいいデリクが〈ウォレ・バンティエ〉について判っている限りを伝えようとするのを、技師メイスターバートは遮った。

「違う違う……、と言ったんじゃない…――」

 そうして背中越しに、自らの〝見立て〟を開陳して見せる。

「…――と言ったんだ。素体からして北方産とみた。違うかい?」


 その〝見立て〟は的を射ていた。

 三人はサー・ウェズリーから、〈ウォレ・バンティエ〉はもともと北方の戦機だと聞いていたのだ。

 最古参の従騎士エスクワイアだったデリクは、その装甲艤装が、南方の様式で改修される前の、小ぶりな装甲板を金具や紐で連結した薄片鎧ラメラーアーマー――典型的な北方戦機の艤装様式――だったのを憶えている。肩の装甲など、南方の〝流行の艤装〟で改装を加えたのはサー・ウェズリーだった。故人には〝流行〟の格好スタイルに弱いところがあった。


 控えめながらも感嘆の目線となってしまった三人に向き直った技師メイスターバートが、満悦の笑みを浮かべている。


「当たりだ」 仕方なく、一同を代表してデリクが肯いて返した。


 バートは大きく頷くと、それから〈ウォレ・バンティエ〉を見遣って言った。

「ちょっと動くところを見てみたいな」 ……気が大きくなっているのか図々しい。

 ナットは一つ頷くと、〈ウォレ・バンティエ〉の機室キャブへと上がった。




「誰が手を入れたのか知らんが、ひどい仕事だ――」

 大剣クレイモアを手に取っての形稽古を目にしたバートの一声目がこれだった。

「外装はデタラメ……特に肩のアーマーは酷いな。……これじゃ腕だって上がらんだろ」

 ここでもサー・リアムの〝見立て〟と同じことを言われたのだった。


 それからバートは、しばらくこんな調子で古い戦機の艤装とその動きについて思い付いたことを口にしていたのだったが、ナットが機室から降りてくると、きっぱりと言ったのだった。

「これじゃ勝てない」


 それまで黙って聞いていたハリーが、これにはキレた。

「おいおい! てめぇ、さっきから黙って聞いてりゃ、さんざん好き放題なことのたまいやがって、いったい何様だ」

 いまにも殴りかかりそうな同僚を横から抑えるようにデリクが割って入った。

「べつに〝いくさ〟をするわけじゃないんだ」 ……しかし、それを言ったら身も蓋もない。


「…………」

 バートは押し黙って三人の顔を見返す。ちょっと信じ難い、という表情になったか。

 少ししてから、少し落胆したしたように、田舎道の先――彼が歩いてきた方――を顎で指し示して言った。

「じゃ、この先は進めないな」


 三人は怪訝な表情になり、その言葉の意を問う視線をバートへと向ける。

 バートは一本調子の声で物騒なことを告げた。

「この先で〝強盗騎士〟が居座ってる。私が見たところ〝並〟マイナー格以上の戦機だし、機士の腕前が普通なら、この状態のこいつで戦うのはどうかと思うけどね」


 今度は三人の方が黙ってバートを見やることになった。



「どうだろう、諸君――」

 そんな三人に、バートは提案をした。


「私に服と食事を与えてくれれば、この機体の面倒を見よう。……少なくとも現状いまよりはマシな調整セッティングを施せると思うがね」

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