#4


 最後の突撃で、対面相手マッチアップにサー・イーモンを引き当てられたという幸運に、ナットは〝正義の神の黄光〟に感謝したくなった。


 従騎士仲間のデリクがラバで得物をいて寄ってきた。その荷台には〝北部の剣〟で使う両手持ちの大剣――〈クレイモア〉が載っている。ナットは〈ウォレ・バンティエ〉に砕けたランスを捨てさせると、荷台の大剣クレイモアを掴まさせた。


 最後の突撃に際しては、競技がそのまま〝メレ乱戦〟に移行することもあって、木製の競技用ランスではなく実戦で使うものと同じ〝本身〟の得物を使うのだ。

 ただ、その刃は鈍らせたものか、そうでなければ布や革を巻いて〝威力をぐ〟ということをするのが慣習となっているが。……〈ウォレ・バンティエ〉が手にする〝大剣クレイモア〟も、その刃には厚手の布が巻かれている。


 すると、両陣営の隊列の前に、再びリーク卿の紋章官ヘラルドが進み出てきた。


「これよりは、白兵武器に限り武器の制限を解くものとする。存分に戦われよ」


 会場中の見物人から、どよめきの声が上がった。

 当の機士らは、リーク卿とギブニー卿との今朝の件が何らかの形で伝わっていたのか、動揺というほどのことも起こらず、皆、淡々と得物に掛けた布や添え板を外しに掛かっている。

 ナットも、〈ウォレ・バンティエ〉に大剣の刃を包む厚手の布を取り払わさせた。


 ――さあ、ここからだ。


 ナットは心を引き締めた。

 あの日、心に決めたこと…――騎士になるという夢――の実現は、今日、この試合に勝って、初めて一歩を踏み出せるのだ。……この突撃からの乱戦メレで、必ずサー・イーモンを討つ。



   ♠   ♡   ♦   ♧



 サー・リアムは、サー・ウェズリーの従騎士が、乗機の手にする大剣クレイモア剣身ブレイドに巻かれた布をくくった紐を、戦機の指先で難なく解くのを見て、(ほう)、と目を細めた。


 そんなことを苦にせずできるとは……。

 大抵の者は、そこまで繊細デリケートに戦機と交感ができず、従士に人手で解かせるものだ。


 サー・リアムが、今日よりの〈ウォレ・バンティエ〉の機士、ナットへの興味を新たにしたとき、紋章官が最後の突撃の合図を出した――。



   ♠   ♡   ♦   ♧



 ナットは、紋章官の合図とともに〈ウォレ・バンティエ〉を駆け出させた。

 サー・イーモンの〈マサファス〉も、同じように駆け出してきた。

 両機は、試合会場の中央で激突した。


「サー・イーモン……っ! この卑劣漢めっ」

放浪騎士ウェズリーの従騎士が……平民風情でっ!」


 大剣と長剣とが火花を散らした。


 大柄な〈マサファス〉は大型の円形盾ラウンドシールドを携えていたが、サー・イーモンはそれをかざすことなく、大上段から長剣を打ち下ろし、踏み込んできた。

 対する〈ウォレ・バンティエ〉は、両手持ちの大剣を〝防御の位置ディフェンスポジション〟から素早く振って、剣身の平の方で打ち払う。


 剣身が重なる瞬間、〈ウォレ・バンティエ〉は右足を少し外側に開くように伸ばし、剣を払った方向の逆側に重心を移している。

 〈マサファス〉の方は、不用意に打ち下ろした剣を外側に払われたために平衡バランスを崩し、いま少しで踏鞴たたらを踏むところだった。

 なんとか転倒だけは免れたイーモンの〈マサファス〉が、距離を取って〈ウォレ・バンティエ〉に向き直った。


 再び距離をとって対峙した二機の周囲では、やはり最後の突撃で転倒を免れたマッチアップが、それぞれに距離を取り対峙していた。もっとも、その多くはリスクを避けて、互いに盾を打って突撃を終えている。

 彼らにしてみれば、でもなければ、お互いに貴重な戦機を破損させるような無理な攻撃は――先史文明の叡智で作られた素体は、修復することができないから――避けたいのだ。だから乱戦の前の突撃は〝型通り〟に終えた。


 その〝何かしらの因縁〟を持つ二人――ナットとサー・イーモン――が、この〝乱戦メレ〟の主役であるのは明らかだった。……自然、観衆の視線は〈マサファス〉と〈ウォレ・バンティエ〉に集まった。



 〈ウォレ・バンティエ〉の機室キャブの中では、ナットが先の剣撃の応酬に違和感を覚えていた。

 大型で膂力パワーのある〈マサファス〉にしては、払った剣筋から伝わる手応えが鈍かった。

 重さは確かに感じた。……だが、剣身がぶつかり合ったあとの反応が如何にも鈍い。


 だから〈マサファス〉があれだけ体重を乗せた斬撃だったにも関わらず、それほど力を加えなくとも、押し切られることなく剣筋を払うことができた。――初太刀ということもあって間合いを取り直したが、払った剣にもう少し力を加えれば〈マサファス〉を組み伏せることさえできそうだと、そう感じた――。


 だが〝直感〟ファーストインプレッションを信じすぎるのは危険だ。

 ナットはもう少し探りを入れることにして、先とは打って変わって慎重に〈ウォレ・バンティエ〉に足を進めさせる。


 相手の大振りな斬撃を払う様に数合を打ち合う。

 強打はせず、防御の姿勢ディフェンスポジションを崩すことなく相手の動きを観察した。


 それを怖気おじけゆえと見たのか、サー・イーモンの〈マサファス〉はかさかって攻め立ててきた。

「どうした小僧っ、マサファスの前に、キサマの骨董品は手も足も出んか?」


 その大振りの〈マサファス〉の動きは、確かに、黒々とした巨躯と相まって見栄えはしたろう。が、その場で戦っている多くの機士の目には、如何いかにも危うい動きと映っていた。


 明らかに若い従騎士が駆る〈ウォレ・バンティエ骨董品〉は、サー・イーモンの動きを見切り、慎重に機を窺っている。


 事実、数合を打ち合ったナットは、サー・イーモンの乗機に対する評価を、こう下していた――。


 膂力パワーはあっても敏捷性と反応速度は並以下だ。


 〈マサファス〉型については、よく見知っていた。サー・ウェズリーが何度も戦っていたから――。

 素体は、大柄で膂力に優れつつ素直な反応を返す〈アドリゴス〉類。体格のわりに滑らかな動きをする。〈マサファス〉型の艤装は、そんな膂力と運動性を兼ね備えた素体に堅牢な装甲を纏わせつつも運動性能の低下を最低限度に抑えた、完成度の高いものである。


 だがサー・イーモンの乗機は、明らかに、自分で振った剣身の遠心力を御すことができておらず、その刃筋は常に大振りだった。

 イーモンの機士としての素養の問題はさて置き、恐らく敏捷性・反応速度が水準に達していない〝格落ちレッサー〟の素体に艤装だけ〈マサファス〉のものを施した紛い物、というのがサー・イーモンの〝マサファス〟の正体なのだろう。


 そうナットは結論付けた。

 確信をしてしまえば、もうこれ以上〝なまくら剣術〟に付き合うことはない。


「その骨董品相手に、息が上がってるのはどこの似非えせ機士なんだよ!」

 ナットは〈ウォレ・バンティエ〉の足を停め、サー・イーモンを挑発した。


「骨董品と言えども戦機には違いないからな! 壊すことなく手に入れるために手心を加えているのが……判らんかっ!」 ……彼としては、本気でそのように思い、〝マサファス〟を操っていたのだろう。


 そううそぶいて、サー・イーモンは〈マサファス〉に長剣を振り上げさせた。

 それがナットの狙いだった。――最初に交わした剣撃の再現である。


 無造作に袈裟に振り下ろされた長剣を、ナットは、腰を下げさせた〈ウォレ・バンティエ〉に大剣で打ち払わせる。

 外側に平衡バランスを崩した〈マサファス〉が今度こそ踏鞴たたらを踏むことになったとき、〈ウォレ・バンティエ〉は右足を踏み込んで潜り込むように動いていた。


 得物を払われ伸びきった右腕の付け根、装甲のない脇関節が、無防備に覗いている。

 ナットは、両の手に握らせた大剣クレイモアの切っ先を、正確に突き入れた。


 ぐしゃりと金属のひしゃげる音がして〈マサファス〉の右腕は力なく垂れ下がった。素体の関節が貫かれたのだ。

 先にも記したが〝先史文明の産物〟である素体は、この時代の技術では修理することができない。

 利き腕の機能を失った戦機の価値は、粗方あらかた、失われたに等しい。


 その戦機の機室キャブの中のサー・イーモンは、何が起こったのかを把握することもできなかったろう。

 勢いのままに大きく平衡バランスを失った〈マサファス〉が、懐に潜り込まれた〈ウォレ・バンティエ〉の大きな肩の装甲に突き押され後方に飛ばされても、このようなこと、あり得ぬ! と思っていたかもしれない。


 だが仰向けとなった機室に〈ウォレ・バンティエ〉の大剣が突き立てられる段になって、ようやく状況――自らの敗勢――を解したのだった。


「――…おとなしく裁きを受けるか? でなければこの剣が機室を貫く!」


 その声を聴いたサー・イーモンは歯噛みしつつも、結局、〈マサファス〉の残った左手から盾を放り、降参の意を示すしかなかった。



   ♠   ♡   ♦   ♧



 騎士と従騎士の一騎打ちが終わると、その周囲で〝メレ乱戦〟を戦っていた参加者は、それぞれに相対する敵方の武勇を讃え、次々に剣を収め始めた。


 彼らからすれば、で大事な愛機を損壊のリスクにさらすようなことは、〝まっぴら御免〟というのが本音なのだ。……実際、その場の全員が、サー・イーモンの〈マサファス〉が右腕を喪うのを見てもいる。


 唯一〈ウォレ・バンティエ〉の鹵獲ろかくという皮算用をしていたギブニー卿の配下だけが、わずかに戦う姿勢を見せはしたが、それもサー・リアムの〈シュマルド〉が立ち塞がるように動けば、もうそれ以上の無理を通すような真似はしなかった。



 全機の剣戟がおろされたのを確認したリーク卿の紋章官ヘラルドが閉会を宣して、この日の戦機武芸試合トーナメントは終幕となったのだった。

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