理不尽な理由でクビを言いつけられた俺は、美少女に頼まれて一緒に小さな喫茶店を立て直すことに決めた
白玉ぜんざい
第1話 クビ
「お前、今日でクビだ」
その言葉を耳にした瞬間、ぐにゃりと世界が歪んだような錯覚に襲われた。
仕事が終わった後に話すことがある、と昼間に言われたときから何となく、嫌な予感があったんだと思う。
「……え」
タバコのニオイが充満する事務所には、俺の他に二人の男がいる。
そのうちの一人、ずんぐりむっくりな体型と気怠げな表情、目の下のクマが印象に残る男の人はこのファミレスの店長だ。
「て、店長……。今、なんて?」
店長の隣にいるのは俺の一年先輩の社員、唐沢さん。身長が高く、鋭い目つきが特徴的な黒髪の男。
「だから、クビだって言ってんだよ。いつまで経っても仕事ができねえままでさ、そろそろ使えない奴と一緒に働くのも限界なわけ」
はあ、と盛大な溜息をつく唐沢を見て、同意するように店長がにやにやと笑いながら頷く。
「仕事ができないって……」
俺が働くのはファミレスチェーン店。高校卒業後、ここへ就職して一年が経った。
俺なりに頑張ってきたつもりだった。
確かに唐沢さんのようにテキパキとした動きはできないし、店長のように本社の人と上手くやり取りはできない。
けど、店内の掃除には人一倍力を入れていたし、アルバイトの人とだってしっかりとコミュニケーションを取ってきたつもりだ。
効率の良い仕事は出来なかったかもしれないけど、お客様一人ひとりを大切にする接客は心掛けてきた。
それは、意味がなかったことなのか?
「だってそうだろ。俺なんか入社して一ヶ月も経った頃にはフロアをガンガン回してたぞ?」
「フロアでの仕事は遅い、バイトとくっちゃべってサボる、せめて雑用くらいやれと頼んだシフトもロクに作れやしない。聞かせてくれ凪原、お前は何ができるんだ?」
唐沢さんに続いて、店長も呆れた声を漏らす。
営業時間は終わり、バイトのみんなはすでに帰宅している。事務所に残っているのは俺たち三人だけだ。
味方はいない。
俺が何か言わなければ、何も変わらない。
「……フロアや事務所の掃除には力を入れていたつもりです」
そう言った瞬間に、唐沢さんがわざとらしく盛大な溜息を見せた。びくっと、萎縮した体が震えてしまう。
「掃除なんてな、誰だってできるんだよ。自分の力は何だと問われて、一番最初に出てくるのがそれの時点でお前の底が知れてるわ」
くす、と唐沢さんが嘲笑してくる。
この人は、確かにテキパキと動いて現場を回す奴だのは思うけど、ところどころで仕事は雑かったりする。
俺はそういうところだって、できる限りのフォローをしてきたつもりだった。
確かに目には見えないことばかりだったけど、それらは一切評価されないことなのかな……。
「まあ、ここで君が何を言おうとクビは決定事項なんだよ。明日からはもう来なくていいからね」
「え、明日から!?」
「ああ。明日から新しいスタッフが来るからね。君の居場所はもうないんだよ」
あまりにも急なことに俺は思わず顔を上げる。
店長の言葉に、俺は何も言えないまま、口をパクパクと動かすことしかできない。
「聞いてただろ?」
「いや、自分は何も」
店長の問いかけに、俺はぶんぶんと首を横に振る。
「伝えておいてくれと言ったはずだが?」
店長が唐沢さんの方を向くと、唐沢さんは焦りを微塵も感じさせないポーカーフェイスを貫く。
「伝えましたよ。こいつが忘れてるだけでしょ」
唐沢さんが、鋭い目つきでこちらを睨む。
「いや、ちがっ」
「なんだ? お前は、俺が伝え忘れたって言いたいのか?」
やや強まった語気は、俺を威圧する。頭が回らない。心臓がキュッと縮まるような感覚に襲われる。
「……ッ」
ダメだ。
ここで何を言っても、この状況は変わらない。どう頑張っても、俺のクビは取り消されることはないんだ。
そもそも。
……こんなことまで言われて、それでもここに執着する理由はないよな。
この時、俺の中で何かが崩れたような気がした。得体の知れない虚無感のようなものに、俺の思考は停止した。
「……分かりました。今日まで、お世話になりました」
腹を括って、俺は頭を下げた。
こうして俺の社会人生活は一年という短い期間で一幕を終えた。
*
何も考えず、アラームに起こされることもなく惰眠を貪る日々が続いた。
三日ほど、そんな自堕落な生活を続けた俺は、昼飯を適当に済ませた後に病院へ向かうことにした。
『坂田さん、この前仕事中に怪我して入院したのよ』
昼飯を食べている時に、母さんが思い出したようにそんなことを言ってきたのだ。
坂田のじいちゃんは、近所で喫茶店を経営しているおじいさんだ。俺も子供の頃から世話になっていたので、本当のおじいちゃんのような存在でもある。
大きな病院の前に到着した俺は、建物を見上げてごくりと喉を鳴らした。
「……入口は、あっちか?」
有り難いことに、病院のお世話になることがほとんどなかったから、入るのはちょっと緊張するな。
若干の緊張を抱えながら、病院に入り、エレベーターに乗り込む。部屋の前で『坂田』の名前を確認してから部屋の中に足を踏み入れる。
恐る恐る進んでいると、四人部屋の一角に、見知った顔を見つけた。
「じいちゃん」
「おお、結人じゃないか。こんなところで奇遇だな」
六十を超え、髪も白くなり、老いていることが見て分かるような容姿。
ワハハ、と笑うその姿を見て、元気そうだなと安心する。
「じいちゃんのお見舞いに来たんだよ。さっき、母さんから聞いたからさ。大丈夫なの?」
ベッドの隣に置いてある椅子に腰掛ける。
偶然出払っているのか、今はじいちゃん以外には人がいないので、落ち着いて話せる。
「ああ。この通り、ピンピンしとるわ。ただ、腰が痛くてろくすっぽ動けん」
「それはピンピンしてるって言わないと思うけど」
それから、軽く雑談を交わす。
聞き上手なじいちゃんを相手にすると、ついつい必要ないことまで喋ってしまう。
仕事のことを話そうか、けど話すとしてどう説明するか、そんなことを考えていると、じいちゃんが少し真面目な声色になって問うてきた。
「お前さん、仕事を辞めたそうじゃないか」
「なんで……」
どうして知ってるんだ、という言葉を飲み込む。
よくよく考えれば母さん以外に有り得ないからだ。
母さんとじいちゃんも仲が良いから、お見舞いには来てただろうから、そのときに話したのだろう。
そのときに俺に話してくれれば、すぐにでもお見舞いに来たのに。そういうところはしっかりしてる母さんにしては、珍しいミスだな。
「そうなんだよ。いろいろあってさ」
どこまで聞いたかは分からないけど、暗い雰囲気にはしたくなかったので、濁して肯定する。
すると、じいちゃんは安心しろとでも言うようにニコッと笑った。
「いいじゃないか、それも。お前さんの人生はまだまだこれからなんだからよ。そこは結人にとって、本当の居場所じゃなかったってことだ」
ぽんと触れられた肩から、温かいものが体の中にじんわりと流れてくるような感覚があった。
この人の言葉はいつも温かい。不思議と安心するというか、すうっと嫌な気持ちが消えていくのだ。俺の憧れでもある。
「ん? するってえと何か、結人は今何してんだ?」
やや芝居がかった口調でじいちゃんが言う。そんな江戸っ子みたいな話し方するか?
何かを思いついたような態度に違和感は覚えつつ、俺は普通に答えることにした。
「……えっと、今は充電、かな?」
就活はしなきゃいけないけど、すぐに仕事が見つかるかも分からないから、バイトとかで繋いだ方がいいのだろうか、とか。
いろいろ考えないといけないことはあるんだよな。
「……つまり、ちょっと時間があるってことだな?」
にい、と笑ったじいちゃんは、まるでイタズラを思いついた子供のよう。
「ああ、まあ。有り余ってるけど」
何か面倒事を押し付けようとか、そういうことだろうか。
これまでずっと良くしてもらってたから、何かしら恩返しがしたいとはずっと考えていて、けどそういうのっていざ考えてみると何も出てこないもので。
だから、じいちゃんの頼みなら何でも引き受ける所存だけど。
「なら、一つ頼まれちゃくれねえか?」
*
喫茶ふらっと。
坂田のじいちゃんが経営している喫茶店の名前だ。
住宅が並ぶ一角にあるその店には『CLOSED』の看板が掛けられている。
マスター不在なのだから、当然っちゃ当然だ。
俺は病院でじいちゃんに言われたことを思い出す。
『ちょっと、店の掃除をしてきてくれねえか?』
この程度のこと、もちろん断るようなことはしない。むしろ、少しでもじいちゃんの助けになれるのなら、と二つ返事で了承した。
そして、今に至る。
店の鍵は預かっている。
けど、差して回すと鍵がかかってしまった。つまり、さっきまで開いていたことになる。
違和感を抱きながら、再び鍵を開けてドアを開けた。
その時だ。
「ひゃっ」
「わっ、と」
ちょうど中から出ようとしていたらしい人影とぶつかりそうになって、俺は慌てて足を止める。
可愛らしい声と共に、とんと俺の体にぶつかった人影が俺の顔を見てきた。
紺色のミドルボブの女性。
身長は俺とそこまで変わらない。
その顔は、店で何度か見たことがあった。
「あ、ごめんなさい」
とりあえず、驚かせたので謝ってみたんだけど……。
「……ひっ」
小さな悲鳴を漏らしたその紺色髪の女性は顔を青ざめさせ、突然足の力が抜けたようにがくりとバランスを崩して、そして――。
「え、ちょ、なに!?」
――気を失ってしまった。
理不尽な理由でクビを言いつけられた俺は、美少女に頼まれて一緒に小さな喫茶店を立て直すことに決めた 白玉ぜんざい @hu__go
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