第2話
中学の門をくぐる瞬間、俺の胸は高鳴っていた。
(くっくっく……ようやくこの舞台か!)
小学校時代に確立した「イケメンのアキラ」としての地位は、この中学校でも揺るがないだろう。なんせ、テレビと配信アプリのおかげで、俺の「偽りの男らしさ」はすでに伝説化しているのだから。
制服のズボンは特注品だ。女子の制服はスカートだが、俺は「異端の男子」という設定を守るため、生徒会に特別に申請させた。高い身長に低い声、そしてこの特注のズボン。鏡に映る俺は、完璧なクールなイケメン**だった。
「晶!ちょっと待ってよ!」
後ろから、息を切らした鷹森麗羅が追いついてきた。彼女は相変わらず俺のそばにいるが、その表情は複雑だ。
「あなたがズボンで登校するなんて、やっぱり変だよ!女子として生きるって、諦めたの!?」
「うるさいな、麗羅。諦めたんじゃない。これはモテるための戦略だ」
(それに、この女子の体でスカートを履くのは、元サラリーマンの俺には耐えられない屈辱だ)
俺は軽く麗羅をあしらい、足早に校門を潜った。その瞬間、周囲の女子たちの視線が一斉に俺に集中するのを感じた。
(ああ、この熱狂!これが俺の求めていたものだ!)
File.029:冷徹な分析者、桐島怜
昇降口を通り、教室へ向かう廊下。多くの生徒が行き交う中、俺の足を止める者がいた。
生徒会会計の腕章を付けた、一人の男子だ。
小柄で華奢な体躯、整然とした制服の着こなし。彼はこの貞操逆転世界が理想とする「模範的で守られるべき男子」そのものだった。
桐島 怜(きりしま れい)。
俺はすぐに彼だと察した。配信で俺の行動を冷静に分析していた、あの神経質な生徒会役員だ。
怜は一歩も動かず、まるで標的を定めるように俺をじっと見つめていた。その瞳には、熱狂や憧れなど微塵もない。あるのは、冷たい警戒心と、静かなる敵意だけだった。
「……君が、橘晶(アキラ)くんですね」
怜の声は、高くて透き通っていた。この世界の典型的な男子の声だ。対して、俺の喉から出る声は、低く、太い。
「そうだが、何か?」
俺が短く答えると、怜は腕章を軽く指で叩き、口を開いた。彼の口調は、まるで法律を読み上げるかのように、冷静で分析的だった。
「『何か』ではありません。君は女子でありながら、特例の制服(ズボン)を着用し、さらにその異端な振る舞いによって、学園のジェンダー秩序に深刻な影響を与えています」
(な、なんだこいつ!?いきなり核心をついてきやがった!)
File.030:秩序への宣戦布告
怜は俺の低身長とショートカットを、まるで不具合のある部品をチェックするかのように、無感情に観察した。
「君の低声、そして庇護的な行動は、この社会における**『男子は守られるべき存在』という規範を揺るがしている。特に、君の配信活動で広めた『レディファースト』という概念は、私たち男子の献身的な役割**を歪めるものだ」
怜は一歩、俺に近づいた。その顔には、焦りや感情的な動揺は一切ない。
「私は生徒会会計として、学園の規律と秩序を守る義務がある。橘くん。君の偽りのカリスマが、この学び舎で混乱を引き起こす前に、私は君の行動を矯正させていただきます」
晶は思わず、フッと笑ってしまった。
(矯正だと?面白ぇ。この貞操逆転世界に来て初めてだ。俺の「モテたい」という不純な動機を、『秩序の敵』として、真正面から捉えてきたやつは!)
俺は低い声で、怜に答えた。
「それはご苦労なことだ、生徒会会計さん。だが、俺は俺のやり方で、この中学校を面白くするつもりだ」
俺の目の前には、純粋な秩序を守ろうとする美しい男子(ヒーロー)。そして、その後ろには、俺の「偽りの男らしさ」に熱狂する強い女子たち(ヒロイン)がいる。
俺の不純なモテたい願望と、怜の完璧な秩序。この二つの力がぶつかり合うことで、中学校という新たな戦場は、一気に火蓋を切って落とされたのだった。
中学校の廊下で、新入生である橘 晶(アキラ)が、生徒会会計の桐島 怜と対峙したという事実は、瞬く間に全校生徒に広まった。
この学校で、怜が生徒会権限を盾に「秩序」を振りかざすことは、周知の事実だ。普段、誰も逆らえない怜に、入学したばかりのショートカットの異端児が「面白くする」と返答したのだ。
その日の昼休み、晶の教室の前には、彼を一目見ようとする上級生(女子が主)や、その状況に戦々恐々とする本物の男子たちが溢れていた。
「あれが、アキラくん……テレビに出てた子だ」
「ヤバい、噂以上の低音ボイス!そして、この身長……私より背が高い……!」
「桐島会計と睨み合っても、表情一つ変えなかったらしいぞ。本当の男子なのか……?」
晶は、その注目を前世で得られなかった快感として受け止め、堂々とした態度を崩さない。
(くっくっく、狙い通りだ。この注目こそが俺のエネルギー源だ!)
晶が特に注目を集めたのは、この学校の「強者」である上級生の女子たちからだった。
二年生の藤原 響子(ふじわら きょうこ)。他校の不良女子番長だった彼女は、晶の「強い男」然とした態度に、新鮮な興奮を覚えていた。
「へえ、アイツがアキラか。桐島のヤツに堂々と喧嘩売るとはな。あの威圧感、ただの女子じゃねぇ。いや、男子にも見えねぇ。……喧嘩の相手としては面白そうだ」
彼女たちの目に、晶は「保護の対象」ではなく、「戦うに値する異端のカリスマ」として映り始めた。貞操逆転世界に飽き飽きしていた彼女たちにとって、晶の存在は、刺激的で新しいおもちゃだった。
三年生の黒崎 凛(生徒会長)と皇 鈴音(副会長)も、晶に静かな関心を寄せていた。
「凛会長、桐島会計からの報告です。橘晶は、規律違反の兆候あり、と」
「ふふ、予想通りね。鈴音。桐島くんは優秀だけど、『退屈な秩序』に縛られすぎているわ」
凛は窓の外、体育館に向かう晶の姿を見つめた。
「あの異端の存在が、この学園に新しいエネルギーをもたらすかもしれない。生徒会長として、私は彼の『動向』をしばらく観察するわ。崩壊させるか、利用するか……」
生徒会のトップまで巻き込み、晶の存在は「学園全体の議題」となっていった。
一方、本物の男子たちの反応は複雑だった。
晶の「弟子」となった新入生の九条 大河は、上級生の男子たちに対し、熱心に晶の偉大さを説いて回った。
「聞いてください!アニキ(晶)は、『男は守られてばかりじゃない』ということを証明してくれる方です!アニキの配信を見てください!『レディファースト』とは、女子を保護し、尊重することだと説いています!」
大河の宣伝により、晶は「男子の地位向上を目指す救世主」という、本人の意図とはかけ離れた英雄的解釈をされていく。
だが、大半の男子、特に桐島 怜を信奉する模範的男子たちは、晶に強い不安を覚えた。
(あんな強気な男子(のふり)のせいで、私たちまで『強さ』を求められたらどうするんだ!)
彼らは、晶のせいで「守られるべき」という安寧の地位が脅かされるのではないかと恐れ、晶のアンチグループを結成し始めた。
こうして、橘 晶は入学初日から、全校生徒の価値観を二分する存在となり、彼の「不純な動機」は、学園全体を巻き込む壮大なジェンダーバトルの火種となったのだった。
貞操逆転世界に転生したが、女子だった。なら男装したらモテんじゃね? 結果………… 匿名AI共創作家・春 @mf79910403
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