貞操逆転世界に転生したが、女子だった。なら男装したらモテんじゃね? 結果…………

匿名AI共創作家・春

第1話

彼の名は「俺」___

​俺の名前は、橘晶。もっとも、この物語ではどうでもいい。どうせ、誰も覚えていないのだから。

​俺は三十代半ばの、どこにでもいるしがないサラリーマンだった。勤務先は、都心にある中小企業の経理部。人生のハイライトといえば、学生時代に一度だけ当たった懸賞の高級チョコレートくらいだ。

​毎日、朝は満員電車に揺られ、定時を過ぎても終わらない数字の羅列と格闘する。残業で終電を逃せば、カプセルホテルの固いベッドで夢を見る。夢の中の俺はいつも、もっとカッコよく、もっとモテて、もっと強引で自信満々な男だった。現実の俺は、女性社員に頼みごとをするにもビクビクし、合コンに行っても空気を読むのに必死で、話の中心になど立てた試しがない。

​世間では「多様性」とか「ジェンダーレス」とか騒がれているが、俺の会社で力を持つのはいつも、キャリアも発言力も強い女性たちだ。男である俺たちは、彼女たちの機嫌を損ねないように、彼女たちが残した雑務を処理するのが役目だった。

​「はぁ……。どうせ生まれ変わるなら、女に守られ、甘やかされる美少年にでもなりたかったな」

​ある日の残業後、自販機で買った缶コーヒーを飲みながら、俺は心底そう呟いた。

​その日も夜遅く、疲れ切った体で駅前の横断歩道を渡っていた。信号は青だった。

​チカチカと点滅するLEDの向こうに、真っ赤なスポーツカーが猛スピードで突っ込んでくるのが見えた。運転席には、スマホを操作しているらしき、派手な服を着た若い女性。こちらには目もくれていない。

​「おい、青だぞ!……っ、てめぇ!」

​俺は、最後にわずかに残ったサラリーマンとしての矜持か、それとも前世の男としての本能か、思わず大声を上げていた。だが、その声はトラックのエンジン音にかき消され、届くことはなかった。

​衝撃が全身を襲う。視界は鮮やかな赤に染まり、やがて何もかもが暗転した。

​最後に耳に残ったのは、衝突音よりも、遠くから聞こえる女性の甲高い叫び声だった。それは、俺を心配する声ではなく、自分の起こした事故に驚き、ヒステリックに喚き散らす強者の声のように聞こえた。

​次に目が覚めたとき、俺は赤ん坊の産声を聞いた。

​そして、前世の俺にはありえない、妙に低い産声を上げた。

​「まあ、元気な女の子よ……!」

​優しげな声でそう告げたのは、自分を産んだ女性――この貞操逆転世界の、俺の母親だった。

​(なんだ、女に転生したのかよ。まあいいか、今度は女に守られる側の人生だ……って、あれ?)

​次に聞こえてきたのは、病室の外の廊下から聞こえる、父親らしき男の、怯えたような小さな泣き声だった。


目覚めた俺は、生後七ヶ月。まだ言葉は話せないが、前世のしがないサラリーマンの記憶は鮮明だ。俺は今、女子の体を持つ「晶(あきら)」として、畳の上を這い這いしている。

​(くそっ、この視点の低さ!部長の机の下を潜っている気分だ……。いや、待て。これは重要な情報収集だぞ。)

​はいはいしながら、リビングを移動する。この家は、前世の俺の家とはまるで違う。壁には、父――浩二(こうじ)が作った刺繍作品が飾られている。テーマは「健気な子犬」や「可憐な花」だ。

​母――皐月(さつき)は、いつもリビングの真ん中で堂々とソファに座り、テレビで女子プロレスの試合を見ている。その体躯は大きく、筋肉質だ。この世界の女性は、皆、逞しい。

​そして、父。

​九条大河に似たような、小柄で華奢な父は、いつも母の背後に隠れるように、食器を洗っている。

​「皐月さん、お茶をお注ぎしますね……熱すぎませんか?」

​「ああ、ありがとう浩二。別に熱くたって構わないさ。お前は本当に気が利くね」

​母は豪快に笑い、父は顔を赤くして「もったいのうございます」と小声で答える。

​(うわ、マジで逆転してる。男の俺から見ても、父さんの卑屈さがヤバい。前世の俺かと思ったわ!)

​俺ははいはいで父に近づき、その足元で母の逞しいスネを観察した。

​File.006:男と女の境界線

​父の足元には、父専用の毛糸で編まれた小さな座布団が置かれていた。母のソファとは対照的だ。

​俺が、その座布団に手を伸ばすと、父が「あぶないですよ、晶!これはお父さんの大切な指定席ですから!」と、泣きそうな顔で俺を抱き上げた。

​「ほーら、浩二。晶は遊びたいんだよ。無理に男のものを触らせるんじゃない」

​母はため息をつき、俺の頬を鷲掴みにして笑う。

​(うぐ……力の差がヤバい。前世で上司に握られた肩より強烈だ。)

​俺は低いうなり声を発した。赤ん坊の声としては異様なその声に、母は「ほら、うちの子はもう、女子なのにこんなに力強い声を出せる。将来が楽しみだ」と満足げに頷く。

​その時、家の固定電話が鳴った。

​母が受話器を取る。「ええ、橘です。ああ、PTA会長の高橋さんですね。娘のことで?……ええ、わかりました。我が家も男子の保護には十分配慮いたします」

​(男子の保護?……ああ、そうか。この世界では、男子の安全と貞操を守るのが、女子の役割であり社会的責任なんだ。)

​はいはいしながら見る、この世界の景色。

​壁の刺繍、母の筋肉、父の座布団、そして「男子の保護」という言葉。

​すべてが、俺が前世で知っていた世界とは重力が逆転していた。

​File.007:異端の資質

​俺は自分の手足を見下ろす。この体は女子だ。だが、同年代の赤ん坊と比べると、手足は長く、皮膚はわずかに厚い。そして、この低く、野太い声。

​(俺は、女子としては確実に『異端』だ。だが、この異端こそが……)

​母が目を離した隙に、俺はリビングの隅に隠していた古い雑誌に這い寄った。それは、母が若い頃に読んでいたらしい、『最強の女子像』をテーマにした雑誌だ。

​雑誌には、理想とされる「強靭な体躯を持つ女性」の姿が載っていた。そして、その隣には、「守られるべき、繊細で美麗な男子」の特集。

​しかし、雑誌の隅に、小さくこんなコラムがあった。

​『最近流行りの「ジェンダーレス」な魅力を持つ女子について。低声、高身長、それは新しい強さの胎動か?』

​(これだ……。女子としては異端な俺の姿は、男装をすれば、この世界の女子にとって『未知のイケメン』として認識される可能性が高い。前世の男の記憶と、この異端な器があれば……!)

​俺は固い床に顔を押しつけ、フフフと声を殺して笑った。まだ言葉は話せないが、心の中ではもう、男装人気者への野望が芽生えていた。

​晶が二歳になり、はいはいからヨチヨチ歩きに移行した頃。

​晶の家と隣接する鷹森家の間に、小さな運命の出会いが訪れた。

​「こんちは、皐月さん!うちの麗羅と、晶ちゃん、遊ばせていいかい?」

​そう言って庭に現れたのは、母・皐月と肩を並べるほど逞しい体躯を持つ、麗羅の母親だった。彼女の腕に抱かれていたのが、晶と同学年の女の子、鷹森 麗羅である。

​麗羅はすでに目が大きく、活発そうな顔つきをしていた。

​(うわ、来たな、鷹森麗羅。俺の正体を知る唯一の人間になる予定のヤツだ。)

​晶はヨチヨチと庭の端に立っていたが、麗羅の母に促され、麗羅と対面することになった。

​「ほら、麗羅。挨拶しなさい」

​麗羅の母に言われ、麗羅はしっかりした足取りで晶に近づいた。その表情は、どこか探るような真剣さを帯びている。貞操逆転世界では、子どもも早くから社会的な役割を自覚するようだ。

​File.009:異質な声の共鳴

​麗羅は晶をじっと見つめた。そして、小さな声で言った。

​「あなた……おなまえ、なんていうの?」

​晶は言葉を話せない。だが、前世のサラリーマン魂が、相手への応答を促す。晶は一生懸命、「あきら」と発音しようと試みた。

​しかし、口から漏れたのは、「うっ……うう、ぐう……」という、赤ん坊としては異常に低い、まるで低音ヴォイスのような唸り声だった。

​麗羅の母親と、晶の母親(皐月)は、にっこり笑った。

​「ふふ、さすが晶ちゃんね。女子なのに、こんなに力強い声。将来有望だわ!」(皐月)

「頼もしいね!うちの麗羅も、晶ちゃんに負けない強い子になってほしいよ」(麗羅の母)

​周囲の大人たちは、晶の低声が「強い女子の資質」だと解釈し、喜んでいる。

​だが、麗羅だけは違った。

​麗羅は、その低い声を聞いた瞬間、ハッとしたように目を見開き、晶の顔を覗き込んだ。

​そして、麗羅は誰にも聞こえないくらい小さな声で、ぽつりと呟いた。

​「……なんか、おとこのこみたいな、声」

​File.010:本能的な共犯関係

​晶はその言葉に驚き、反射的に「ううっ!」と、さらに低い声を上げて麗羅を威嚇した。

​(こいつ、こんな小さいのに、もう気づいたのか!?)

​晶が動揺すると、麗羅はなぜか怯えるどころか、逆に顔を赤くした。

​そして、麗羅は晶に、両手を強く差し出した。まるで、晶を抱きしめて保護しようとするかのように。

​「ばぶ!ばぶば!」(大丈夫だよ、わたしがまもるから!)

​麗羅は、晶の異質な低声を「守ってあげるべき、繊細なもの」だと、本能的に感じ取ったようだった。

​晶は、その手を払いのけようとしたが、麗羅の小さな腕は思いのほか強く、しっかりと晶を抱きしめた。

​(くっそ、俺は守られる側じゃない!……だが、この幼馴染、将来、俺の最高の理解者か、最大の敵になるのは間違いないな。)



晶が四歳になり、幼稚園に入園する。その姿は、周囲の女子とは一線を画していた。

​長い髪を結び、フリルやリボンを好むのがこの世界の女子の一般的なスタイルだ。しかし、晶は母・皐月の反対を押し切り、前世の俺と同じような清潔感のあるショートカットを貫いていた。その低い声と、同い年の女子より既に頭一つ高い背丈と相まって、晶は女子であるにもかかわらず、どこか中性的で活発な「男の子」然とした異端の雰囲気を醸し出していた。

​(ふふ、この格好なら、違和感なく前世の俺の感覚で動ける。モテるための第一歩だ。)

​晶の隣には、麗羅が立っていた。麗羅もまた、晶の影響で活発な振る舞いを好むが、髪は長いままだ。

​「晶、また主任先生に注意されるよ。『女子は静かに座って、男子のお手本になるように』って」(麗羅)

「うるさいな。そんなこと気にしてたら、体が鈍るだろ!」(晶)

​晶は、前世のサラリーマンの記憶から、活発で競争的な振る舞いを止められなかった。そんな晶を見て、周囲の女子たちは「カッコいい」「強い」と密かに憧れの視線を送っていた。

​File.012:怯える小動物

​入園式後の自由時間。園庭で女子たちが滑り台や砂場で遊んでいる中、晶は一人、ブランコに勢いよく飛び乗った。

​(くっくっく、この体は女子だが、体幹と筋力は前世の経験もあって同年代の女子の中では最強だ!思いっきり漕いでやる!)

​晶がブランコを最大限に高く漕ぎ上げたとき、その真下、砂場の隅で、一匹の小動物のように震えている小さな男の子を見つけた。

​彼が、後に晶を「アニキ」と慕うことになる、九条 大河だった。

​大河は、この世界で理想とされる「守られるべき繊細な男子」そのもののヴィジュアルをしていた。白く細い肌、フワフワした髪、そして女子よりもさらに小柄な体躯。しかし、彼は極度の人見知りで、女子たちの賑やかな声や視線に怯え、砂場の一番端で小さく丸くなっている。

​「うう……あっちいって……」

​大河は、遊びに来た他の女子に声をかけられるたび、泣きそうな顔で逃げていた。

​File.013:初めての「保護」

​晶はブランコから飛び降り、大河のもとへ向かった。

​(あれが九条大河か。ああいう弱々しい男を見てると、なんかムズムズするな。前世の俺もあんな感じだったけど、さすがにここまでじゃなかったぞ……)

​晶は大河の前に仁王立ちになった。影が、大河の小さな体を覆い隠す。

​大河は晶の高い身長と低い声に、怯えきった表情を向けた。

​「ひぃっ!ごめんなさい、ごめんなさい!僕が悪いです、どうか、叩かないでください……!」

​大河は、この世界の男子が女子から受けるかもしれない些細な懲罰を恐れて、反射的に謝罪の言葉を口にした。

​晶は思わず、前世のサラリーマン時代に、後輩の失敗をかばった時のような、微かに威圧的だが優しい声を出した。

​「おい、泣くな。俺は別に、お前をどうこうしようってんじゃない」

​(しまった!『俺』って言っちゃった!)

​晶は慌てて口を塞いだが、その低くハッキリとした声は、周囲の女子の甲高い声とは全く違う、威厳と落ち着きを帯びていた。

​大河は、その声を聞いた瞬間、ピタッと震えを止めた。

​「……あ、なた……?」

​晶は、大河の頭に、不器用で、前世の男気だけが詰まった手を乗せた。

​「大丈夫だ。あいつら(女子たち)は、お前のことなんて見てない。お前はここで、静かに遊んでろ」

​(ちやほやされたいだけなのに、なんでこんなことしてるんだ俺は。前世の保護者モードが発動しちまった。)

​晶の女子らしからぬ低い声と、堂々とした振る舞いは、大河にとって、この世界の強者(女子)の視線から守ってくれる、絶対的な壁のように感じられた。

​大河の目は、晶のショートヘアと高い背丈を見上げ、キラキラと輝き始めた。

​「……!あ、ありがとうございます……アニキ……!」

​こうして、晶(女/不純な動機)は、守られるべき本物の男子である大河にとって、初めての「男装の人気者」として、その背中を崇拝されることになったのだった。


幼稚園の園庭。

​周囲の女子たちが「強者」として振る舞う中、橘晶――前世サラリーマンの俺の体を持つ少女は、今日も異質な存在として君臨していた。

​ショートカットの頭と、女子としては高い背丈。そして、低くハッキリとしたその声は、女子たちには「頼れるアニキ」として、男子たちには「絶対的な守護者」として崇められ始めていた。

​「うう……晶、ありがとうございます……」

​砂場の隅で、華奢な男の子、九条 大河(くじょう たいが)が震えながら晶を見上げていた。

​数分前、大河は派手な服を着た女子(将来の華恋グループの一人だろう)に、「ねぇ、この泥団子、食べてみせてよ。男子って弱虫で可愛いわね」と執拗にからかわれていた。

​晶は迷わずその間に割って入った。

​「おい、やめろ。そいつは俺の……いや、僕の保護対象だ。手を出すな」

​(しまった、「俺」が口癖になりそうなんだよ。気をつけろ、元サラリーマン!)

​咄嗟に出た低い威圧的な声と、前世の管理職時代に培った交渉術(という名の高圧的な態度)で、女子はビクリと固まり、すごすごと引き下がった。

​晶の行動は、女子にとっては「カッコいい、強引なレディファースト」、男子にとっては「命の恩人」として機能する。

​大河は晶の足元に隠れ、その服の裾をギュッと握りしめていた。その瞳には、絶対的な信頼と崇拝の色が浮かんでいる。

​「晶……晶に守られて、僕、本当に幸せです」

​「別にいい。お前はそこで静かにしてろ」

​晶は、不純な動機(モテたい)のために始めた男装ライフだが、九条大河という「本物の弱者」を前にすると、前世の「男としての庇護欲」が抑えられなくなるのを感じていた。

​その光景を、滑り台の上から、もう一人のヒロイン、**鷹森 麗羅(たかもり れいら)が静かに見つめていた。

​麗羅の胸中には、強いジェラシーが渦巻いていた。

​(ずるいよ、晶……!)

​麗羅は、晶と同じく活発で強い女子を目指している。晶の低声の秘密を知る唯一の幼馴染でもある。だが、晶が女子としては異端なショートカットを選び、「アキラ」**という新しい自我を作り上げてから、二人の間に壁ができたように感じていた。

​「晶の『強さ』は、女子としてじゃなくて、『男の子』として機能してる。あの九条大河くんの目を見ればわかる……彼は、晶を『女子』として見てない!」

​麗羅にとって、晶が九条大河を庇護する姿は、二重の意味で屈辱だった。

​友情としての嫉妬: 晶の特別な行動が、自分ではなく他の異性(男児)に向けられていること。

​ジェンダーロールとしての葛藤: 晶が「女子」の規格**を逸脱した行動で、本物の男子の信頼を勝ち得ていること。

​麗羅は滑り台を降りると、強い足取りで晶のもとへ向かった。

​「晶!」

​「なんだ、麗羅。遊具が壊れそうだから、あとで点検しとけ」

​晶は、麗羅にも無意識に「俺様的な管理職の口調」を使っていた。

​麗羅は唇を噛みしめ、大河の小さな手から、晶の服の裾を力ずくで引き剥がした。

​「大河くんは、私が遊んであげるからいいの!晶は、こっち来て!」

​「え?あ、鷹森さん、ごめんなさい、僕は……」

​大河が怯えるのを見て、麗羅はさらに焦る。晶が「男子の保護」というこの世界の役割を完璧に演じることで、晶自身の女子としての居場所が失われていくように感じていたからだ。

​麗羅は、晶のショートカットの頭を掴み、力いっぱい引っ張った。

​「晶!あなたは、私と一緒に遊ぶんだって、この前約束したでしょ!」

​麗羅の態度は、大河をからかっていた女子よりも遥かに強引だ。麗羅は、晶に**「女子として強く、自分を独占してほしい」**と願っていた。

​晶は、突然の物理的な攻撃に驚き、低い声で呻いた。

​「うぐっ……麗羅、てめっ……」

​その時、麗羅の母が遠くから二人の様子を見て、嬉しそうに声を上げた。

​「ほら見なさい、うちの麗羅も強い子になった!リーダー争いをしているのね!」

​(ちげぇよ!これは幼馴染の女の、独占欲と嫉妬だ!誰も理解してねぇ!)

​晶は、強気な女子たちの間に挟まれ、前世のサラリーマン時代と同じくらい心身が疲弊していくのを感じた。

​しかし、その疲弊した表情こそが、女子たちには「クールで悩めるイケメン」として映り、さらに人気を加速させる異端のカリスマとなるのだった。


​晶が幼稚園に入園して半年。その異質な人気は、園内を席巻していた。

​園児だけでなく、先生や保護者までが晶のショートカット、高い背丈、そして低い声に魅了されていた。特に、女子を前にしても微動だにしない、前世のサラリーマン的な落ち着きが、この世界の女子たちには「未知の強さ」として崇拝されていた。

​この現象に目を付けたのが、PTA会長の高橋律子だった。

​「この子よ。橘晶ちゃんこそ、私たちが推進する『新時代のジェンダーレスな強さ』の象徴よ!」

​高橋会長は、晶を旗頭に、学校のイメージアップを図ろうと画策。彼女は地元テレビ局「東山TV」に、「次世代のジェンダーロールを担う天才幼稚園児」として晶を売り込んだ。

​そして、新聞記者の宮本由美も、その動きを察知していた。

​(これは単なる可愛い子どもの話ではない。「貞操逆転世界」の男子・女子の価値観が、この子を通して静かに変わり始めている。私はこれを「新しい男らしさの胎動」として報じるべきだわ!)

​宮本記者は、晶の「守護者」としての行動に、前世の男性社会の残滓を見出していた。

​File.016:テレビ取材、性別を偽る瞬間

​数日後、幼稚園の園庭に東山TVの取材班がやってきた。カメラは晶に集中する。

​晶は、多くの大人の視線に、前世で経験した「重要なプレゼン」の時のような緊張感と、微かな「モテたい」という喜びを感じていた。

​取材担当の女性ディレクターが、マイクを晶の顔の近くに差し出した。

​「橘晶くん。あなたはいつも、九条くんや他の男の子たちを優しく守ってあげているそうですね。どうしてそんなに強いんですか?」

​「橘晶『くん』」。ディレクターは、晶のショートカットと低い声、そして男子を庇護する姿を見て、晶を疑いもなく男子だと認識していた。

​晶の隣には、複雑な表情の鷹森麗羅と、怯えながらも晶の服の裾を握る九条大河がいた。

​(くそっ、今、訂正するべきか?『僕は女の子ですよ』って言ったら、このモテ期は終わるのか?)

​晶は一瞬、言葉に詰まった。しかし、「モテたい」という不純で強力な動機が、理性よりも勝った。

​そして、晶の口から出たのは、この後の人生を決定づける、「偽りの性別」を肯定する言葉だった。

​晶は、低く、落ち着いた声で、マイクに向かってハッキリと言った。

​「べつに、男だからとか、そんな理由じゃないです。弱いものを守るのは、当たり前でしょう?」

​その答えは、貞操逆転世界で「女子」が持つべき理想の強さとはかけ離れた、「前世の男性社会の常識」に根差したものだった。

​だが、この世界でその言葉を聞いた女子たちは、その「当たり前」の言葉と「イケメンすぎる姿」に、心を撃ち抜かれた。

​「キャー!強い男子よ!なんて新鮮なの!」

「男だからなんて言われたことない!尊すぎる!」

​テレビカメラの前で、橘 晶は、正式に「男子」として公に認知されてしまった。

​File.017:社会現象とジェンダーの亀裂

​その日の夜、ニュース番組で晶のインタビューが放送されると、地元社会は騒然となった。

​東山TV ニューステロップ: 『イケメンすぎる幼稚園児・橘晶くん!新時代の「強さ」を語る!』

​新聞記者・宮本由美の記事(翌日): 『アキラ・シンドローム。貞操逆転世界の新たな男らしさの胎動』

​晶は一夜にして、地元では知らぬ者のいない「イケメンすぎる幼稚園児アキラくん」となった。

​自宅でテレビを見ていた晶の母、橘 皐月は、頭を抱えた。

​「なんてことなの!晶は女の子よ!でも、あんなに堂々として……訂正できないわ!」

​父、橘 浩二は、テレビに映る「男」として賞賛される娘の姿に、静かに涙を流していた。

​「あぁ……なんて立派なんだ、晶は。私とは違う、なんて頼もしい男子に育ってくれたんだ……」

​晶の意図しない形で、不純な動機から始まった男装は、社会的に固定化されてしまった。

​そして、晶の「偽りの男らしさ」は、貞操逆転世界のジェンダー観に、無視できない大きな亀裂を入れていったのだった。


承知いたしました!

​「イケメンすぎる幼稚園児」として有名になってしまった主人公、**橘 晶(アキラ)が、その人気を不純な動機(モテとちやほやされたい)**のために利用しようと、親に内緒で配信アプリに手を出し、その結果、さらに社会現象を加速させてしまうシーンを描写します。

​📱 第四章:配信者「アキラ」の誕生と、熱狂のコメント欄

​File.018:不純な動機と配信アプリ

​テレビでの報道以降、「橘晶(アキラ)くん」の人気は爆発していた。幼稚園にはファンが押し寄せ、晶は日常生活すらままならない。

​(くそっ、モテるのは嬉しいが、こんなに監視されると不便すぎる!しかも、俺は女子なんだぞ、バレたらどうなる!)

​晶は焦っていた。しかし、この**「イケメンアキラ」**としての地位を捨てる気はない。

​ある日、晶は母・皐月のタブレットを盗み見て、とある配信アプリに目を付けた。このアプリは、顔出し雑談メインの匿名性が高いサービスで、若者や強い女子に人気があった。

​(これだ。顔出しで雑談すれば、一方的にチヤホヤされる。しかも、本名を使わず『アキラ』でやれば、テレビの人気を利用しつつ、性別を偽るリスクも最小限に抑えられる!)

​親が寝静まった夜。晶はクローゼットの中で、タブレットをセットした。低い声が響かないよう、毛布を被り、**「配信者アキラ」**が誕生した。

​File.019:真夜中の雑談と、無自覚な優越感

​初めての配信。視聴者数はすぐに数千人を超えた。

​晶は、タブレットの画面に映るショートカットの端正な顔をチェックしつつ、前世のサラリーマン時代に会議で培った**「場を仕切る能力」**を駆使して雑談を始めた。

​「えー、こんばんは。アキラです。今日は……そうですね、弱いものを守ることについて、話しましょうか」

​(フッ、まずはこれで視聴者の心は掴める。この世界の女子が聞きたいのは、間違いなく『強い男』の視点だ!)

​晶は、実際は九条大河を庇護しただけの経験を、大袈裟に語り始めた。内容は、前世の俺が夢見た**「強くてカッコいい男」**の振る舞いをなぞったものだ。

​「……だから、レディファーストっていうのは、一方的に尽くすってことじゃない。相手を尊重し、安全を確保してあげること。ね、そうでしょ?」

​貞操逆転世界では、「レディファースト=男子が女子に尽くされ、保護されること」を意味していた。晶の言う「レディファースト」は、この世界では全く新しい概念だった。

​視聴者たちは、その低い声と男前な意見に熱狂した。コメント欄は、わずか数分でスクロールできないほどの勢いで埋め尽くされた。

​💬 コメント欄


ユーザーID コメント内容

GIRLS_STRONGER キャーーーー!アキラくん!素敵すぎ!その包容力、ヤバい!幼稚園児だよね!?!?信じられない!

Queen_Risa 「弱いものを守るのが当たり前」って……!私たちが聞きたいのは、その強気な視点よ!他の男子(男児)とは格が違う!

Momonga_love え、この声……本当に幼稚園児?大人のイケメン俳優みたい……。私、耳が妊娠したかも……。

KAREN_Luv (姫野華恋のIDか?)アキラ!私のこと、レディファーストで支配して!! 私の家まで迎えに来て!今から!

Reira_Observer (鷹森麗羅のIDか?)……また**『レディファースト』**なんて、この世界にはない言葉を使ってる。ずるいよ、晶。 誰の真似なのよ!

Gachi_Mori アキラくん!私もレディファーストされたいです!壁ドンして、私を安全な場所に導いてください!

Philosopher 「尊重」か。ふむ。彼が提唱する「レディファースト」は、この社会における性差の再定義につながる……哲学的だ。(アミール・ナセル風の分析コメント)

Koji_father (晶の父・浩二のIDか?)ああ、なんて頼もしい男子に育ったんだ、晶……!パパも頑張ってレディファーストでママを守るよ!(無関係なところで影響を受ける)

Anti_Akira (中島悟のIDか?)こいつ、絶対偽物だろ。声加工してるか、女子だ。こんな偽りの男らしさに騙されるな!

Akira_Fanclub アンチは消えろ!アキラくんは、私たちの理想のカリスマよ!ショートカットも低声も、すべてが男らしいのよ!


晶は、コメント欄の熱狂と、「カッコいい」「強い」という賞賛に、心の底から満たされるのを感じた。

​(くっくっく……最高だ!テレビよりも、このリアルタイムの熱狂の方が、モテてる実感が半端ねぇ!)

​この瞬間、晶は「女子の橘晶」として生きる道と、「イケメンのアキラ」として生きる道の間で、完全に後者を選んでしまった。

​晶の不純な動機と、前世のサラリーマン的知識は、配信という手段を得て、貞操逆転世界のジェンダー観をさらに深く揺さぶり、そして、晶が女子であるという真実を、誰にも言えない絶対的な秘密にしてしまったのだった。


小学校に入学した橘 晶(アキラ)は、すでに公然の秘密のような存在になっていた。

​彼のクラスメイトや上級生たちは、誰も晶を「女子」とは見ていなかった。彼らは晶を、テレビで報道され、配信アプリで人気を博している「イケメンすぎるアキラくん」、すなわち「異端な強さを持つ男子」として認識していた。

​晶のショートカットと低声は、小学校の制服(この世界の女子はスカートだが、晶は特例としてズボンを着用)と相まって、完全に「男装イケメン」として機能した。

​(モテる……モテるぞ!小学校に入って、さらに熱狂的になった!)

​晶の周りには、いつも女子の群れができていた。皆、競うように晶に話しかけ、晶の「強い男の視点」を聞きたがった。晶の不純な動機は満たされ続けたが、同時に、「橘晶は女子である」という真実を口にする機会は、永遠に失われたように感じていた。

​File.025:配信活動と信者の増殖

​放課後や夜間、晶は親に内緒で配信活動を続けた。これが、彼の人気を全国区へと押し上げていく。

​配信アプリのコメント欄は、常に姫野華恋のような熱狂的な女子たちの独占欲に満ちていた。

​KAREN_Luv: アキラ!昨日の配信で「僕が守る」って言ったでしょ!私以外を守ったら、嫉妬で校舎を燃やすわよ!

​Akira_Fanclub: 華恋さん、やめて!アキラくんは、私たちファンクラブ全員のカリスマよ!アキラくん、今日の服もカッコいい!そのシャツ、どこのブランドですか?

​晶は、前世のしがないサラリーマン時代には想像もできなかった優越感に浸った。ちやほやされたいという動機が、彼を偽りのカリスマへと押し上げていく。

​しかし、その裏で、晶は深く考えていた。

​(俺は、どうしてこんなことをしているんだ?女子の体を持ち、女子にチヤホヤされている。だが、チヤホヤされているのは「男」としての俺だ。この偽物は、いつまで続く?)

​鷹森麗羅は、この配信活動を最も批判した。

​「晶!あなたは本当の自分を、『男』という嘘で塗り固めている!やめてよ!」

​麗羅の叫びは、晶にとってはただの「嫉妬」としか受け取られなかった。晶は麗羅の言葉を、「モテる俺への嫉妬だろ?」と軽くあしらい続けた。

​File.026:九条大河という「庇護欲の結晶」

​晶にとって、小学校低学年時代は、九条大河を本格的に「弟子」として教育する時期でもあった。

​大河は、晶の制服のズボンを握りしめ、一瞬たりとも晶から離れようとしない。

​「アニキ……あの、上級生のお姉さんたちが僕を見ているんです……怖いです」

​「大丈夫だ、大河。俺が/僕がついてる。……いいか、男はな、ここで怯えちゃいけない。せめて、守られている間は、堂々としろ」

​晶が教えるのは、前世の男社会で教えられた「男の作法」だ。貞操逆転世界では、その行動はすべて「強気で新しいイケメンの振る舞い」として解釈された。

​大河は、晶の無自覚な教育によって、少しずつ女子への恐怖を乗り越えようとし始めた。晶は、大河が自分を慕う姿に、「不純な動機を超えた、誰かを救っているという充実感」を見出し始めていた。

​この「庇護欲の結晶」である大河の存在が、晶が「アキラ」という偽りのアイデンティティから抜け出せなくなる、決定的な要因となった。

​File.027:内面の異変

​小学校高学年に上がる頃、晶は身体的な異変にも直面する。

​女子として、やがて来る二次性徴。しかし、晶の体は、女子としての曲線よりも、高身長と発達した筋肉を優先して成長し続けていた。

​(体が、どんどん俺の理想の『男装イケメン』に近づいていく……これは、転生の影響なのか?それとも、俺の『モテたい』という強すぎる願望が、肉体を歪めているのか?)

​晶は、自分の体が女子という「性別」から遠ざかるほど、「アキラ」という偽物の存在に、より強く縛られていくのを感じたのだった。

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