エピソード2 冒険者迷宮へようこそ

プロローグ 狂人の叫び

 その光景は彼が千年経った今でも脳裏に焼き付いていた。


 住んでいた館、周りの建物は全て燃えていた。あれだけ騒がしいかった街は一瞬にして、消し炭へと変わっていた。それを成したモンスターはジロリと目の前の獲物を見ている。

 恐ろしいモンスターを目の前に、彼は怪我で動けなくなっていた。


 この街の貴族であった両親から溺愛されていた彼は順調に我儘極まりない性格に育ち、使用人から街の人にまで嫌われていた。


 だから、この日も誰も彼を助けるようなことは無かったのである。


 本来なら彼を助けてくれたであろう両親はモンスターの襲撃により死亡。彼は逃げようとしたが、転んで動けなくなった。そんな彼を使用人たちは見捨てたのである。普段からの恨みつらみからの行動であった。


 周囲には人がいない。モンスターは目の前の獲物を捕食しようとする。迫りくるモンスターを前に、彼は自分を見捨てた使用人たち、街の人への罵詈雑言を心の中で唱えながら、動けずにいた。


 その時だった。


 どこからか来た光の砲弾がモンスターを吹き飛ばした。そして、彼の目の前には1人のエルフが立っていた。長い髪に小さな体、震えている手には杖を持っている。まだ幼い顔立ちの魔法使いは心配そうにこちらを見た。


「大丈夫?」


 その光景を彼は今でも忘れられない。



 懐かしい光景だった。彼の原点となるその光景は今でも彼にとって、希望の光となりえていた。


「セイヴィア……」


 彼はある魔法使いの呼び名を呟く。千年以上前、街を襲ったモンスターを打倒し、彼を助けた張本人。千年経った今では、知っている人が少ないであろう人物。かつて、魔王を討伐しに行った伝説の冒険者一行の魔法使い。そして、彼にとって愛おしくて仕方ない言葉。


「千年間、ずっと探したんだぞ……」


 助けられたあの日から彼はずっとセイヴィアの事を見つめていた。あの光を、彼女を自分の物にしたくてずっと。だが、そんな彼女は伝説の冒険者一行と共に魔王討伐に行き、そしてそのまま行方不明になったのである。


「会いたかった……」


 初心の森に小巨人ジャイアント・ゴリラを投入し、冒険者達を襲わせていた時のことだった。それは間違いなく偶然だった。命令の元、彼は冒険者を襲っていたが、その冒険者の中にいた。


 セイヴィアが。


 姿は違った。最後に見た時よりも、顔立ちも、姿も違った。エルフであることと、長髪である事以外は何もかも違った。

 だが、それでも。あれは、間違いなくセイヴィアなのだ。誰が何といおうと。そんな根拠もない確信が彼にはあった。


「可愛かったなぁ……」


 何もかもが違った彼女の姿を思い出し、彼はそう呟く。自分が操作していた小巨ジャイアント・ゴリラ越しで彼女を見ていた。千年ぶりに見た彼女。その彼女は、小巨人ジャイアント・ゴリラを前にして震えていた。怯えたような瞳で彼女は小巨人ジャイアント・ゴリラのことを見ていた。


 千年前では絶対に見せなかったその姿。


 可愛い。初めて見た、怯えた様子を脳裏に浮かべつつ、彼はそう思う。実力差は圧倒的なのは分かっている。だが、今度こそ行ける。

 千年前では彼女の仲間に邪魔されて出来なかった。だから、今度こそ彼女をこの手に治めたい。


 本当は小巨人ジャイアント・ゴリラを使って彼女を攫う予定だった。きっともしそれが叶っていたら、今頃、彼女は僕のモノとしてここにいたのだ。なのにだ。先の事を思い出して、彼は苛立ちが止まらない。


「あのゴミが……!」


 誰もいない空間に向かって、彼はそう叫ぶ。千年前、彼女の仲間によって邪魔されたことを思い出したのだ。翼の生えた剣士が彼の前に立ちはだかったように、黒髪の青年が彼の計画を止めた。


「次こそは、次こそは手に入れてやる……!」


 彼女は誰にも渡さない。あの光は、アレは僕のモノだ。彼はそう心の中で叫ぶ。諦めていた獲物が千年ぶりにやってきたのだ。この機会を逃してはならない。何としてでも、自分のモノにしなくてはならない。


「セイヴィアァァァァァァァァ」


 彼はもう一度、何もいない空間にそう叫んだ。狂人の叫びは誰にも届かず、ただ木霊するだけである。

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