第3話

 終わった。俺の夏も、俺達の夏も、全て終わった——

 最後の場面。土壇場の絶好の機会を、俺はこの手で逃してしまった。あんな形の幕引きを向かえるなんて、あまりにも惨めだ。


 高校野球は何が起こるか分からない。

 どれだけ優れた強豪校でも、ジャク将校に負けることはある。一つの小さなミス、一つの小さな緊張の胃とは判断を鈍らせ、体が硬直し、結果的に今回のような結果を招いてしまう。


 俺は控室で黙ったままだった。

 最後の場面。最後の夏。俺が打てていれば……芯を捉えていれば、こんなことは無かった。ライトフライに倒れるなんて……言い訳にしかならない。


「まあ元気出せよ、お前のせいじゃねぇから」

「久保……」

「俺達の夏は終わったけどな、まだ先はあるだろ? やろうと思えば、大学でも社会人でもできるんだからよ」


 久保の目は死んでいなかった。諦めていない、まだ先を見つめている。

けれど涙をこらえているのは事実で、国屋挿しが滲んでいた。

 結局俺が打てればこんなことにはなっていない。それが分かっているけれど、チームスポーツの必然で、誰かを責めても仕方が無い。ここに居る全員は優しいから、薄ら笑いを浮かべると、悔しさを表には出さず、俺のことも責めなかった。


「悪かった。俺が打てていれば……な」

「そんなこと言ったって変わらないだろ?」

「中条」

「お前のせいじゃないだろ、瀬綿。俺達の実力はここまでで、運が無かった。それだけだ」


 何でもいいから理由が欲しかった。

 それがあれ亜救われると思っていた。

 けれど違った。俺達は勝つために辛い練習を乗り越えて来た。そんな運なんて簡単な言葉では納得出来ない。

 だからこそ、堪えていた大粒の涙が溢れて止まらない。滝のように流れると、声にもならない泣き声が控室の中に響いていた。


「「「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ」」」——




 俺達は控室を後にした。

 いつまでも控室に居る訳には行かず。帰りのバスも待機している。


 それに次の次に別の学校が使うことになっている。

 俺達は負けた悔しさもあったが、綺麗に掃除をしておいた。これで次に使う高校の奴らが、気持ちよく使える筈だ。


 結局これくらいのことしか俺達には出来ない。既にボロボロに疲れた体を叩き動かすと、揃って控室を出る。

 目深に被った帽子は、目元を覆い隠していた。これで誰にも表情を悟られない。高校生の、マウンドで泣き喚くことも出来なかった自分達を恥じるように、真っ赤になった顔を隠している。


「バスも駐車場で待機している。早く行くぞ」

「「「おうっ!!!」」」


 キャプテンである中条に言われた。

 俺達は胸を張ることが出来ないが、それでも声だけは忘れない。

 視線を落としたまま、通路を歩いていると、急にむさ苦しくない声がする。


「瀬綿君!」

「ん?」


 声を掛けられた気がした。気のせいだろうか? けれど今の声は、女子の……俺の大好きな女子、八幡さんの声だ。

 こんな時に聴こえるなんて、相当な幻聴だ。妄想が激しい自分を悔やむと、視線を落としたままトボトボ歩く。

 謎に恥ずかしくなってしまい、区部をブンブン振ると、俺は目の前の奴にぶつかった。


「久保? なんだ、先に行ってくれないか」

「お前、アレを見ろよ」

「あれ?」


 久保に言われて視線を向けた。

 ハッ!? そこに居たのは、幻覚ではない。本物の八幡さんで、俺の陣層がバクバク鼓動する。


 如何してここに八幡さんが居るんだ?

 もしかして、本当に見に来てくれたのか?

 ヤバい、緊張する。声が出ない。息が詰まる。全身が熱くなると、ダラダラと汗を流した。恥ずかしくなってしまうと、俺は体が固まった。


「お前のこと呼んでたぞ」

「えっ、俺のこと?」

「ああ。やっぱり誘った甲斐があったな」


 確かに誘わなかったら来てくれなかったかもしれない。けれどこんな情けない姿を晒すことになるなんて……飛んだ恥晒しだ。

 消えたい。消えてしまいたい。今すぐここ庫から居なくなりたい。小さくなってしまう体。図体だけが大きいだけで、強く出られない俺は、八幡さんを前にして身動きが取れなくなる。

 

「行ってやれよ。待ってるぞ?」

「いや、俺は……」

「打てなかったくらい気にするなよな。ほら、行けって!」


 久保に背中を押される俺。

 止めてくれ。今の俺が八幡さんに会う資格は無い。

 そう思っているが、八幡さんは可愛く手を振っている。


「瀬綿くーん、おーい!」


 あぁ……癒される。やっぱり好きだ。可愛い。

 三年間、一時も忘れることは無かった。

 俺は八幡さんが居たからここまで頑張れたことを改めて噛み絞める。


「ほら、行けって」

「あっ、おい!?」

「中条には俺が上手く誤魔化しておくからよ。ほら、早く行けって。こんなチャンス、もう無いかもしれないぞ?」


 久保は両手を使って俺の体を押し出す。

 固まっていた体が急に柔らかくなると、久保のニヤニヤした笑みがウザい。

 ムカついてしまうが、これもアイツなりの優しさなんだろうな。


「なんて言えばいいんだ、こんな俺は……」


 けれど今の俺に会う資格は無いのは確か。

 結局負けてしまった。本当はホームランを打ちたかった。

 ダサい自分に嫌気が差すも、その足は八幡さんの前まで真っ直ぐ向かっていた。

 正直な自分の恋心は誰にも止められないらしい。

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2025年12月20日 20:47

恋するホームランバッター 水定ゆう @mizusadayou

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