セイキマツ・イセカイ〜異世界転移は甘くない〜

@kyogetsu0820

第一話 『閃光は、俺たちを英雄?とした』

 平凡。

 もし自分をそう呼ぶことができたなら、どれほど楽だっただろう。


 顔も身長も、数値にすれば平均の範囲に収まる。特別に目立つわけでも、極端に劣っているわけでもない。街中ですれ違っても、翌日には忘れられてしまうような見た目だ。

 頭の出来も運動神経は、致命的に悪いわけでもなかった。それでも悪い方。何もしないままでは、すぐに下の下へと落ちてしまう。そのくらいの悪さ。


 人が努力せずに辿り着く場所に、俺は努力をして辿り着く。

 人が努力して辿り着く場所には、さらに努力を重ねても、ようやく足場に指が掛かる程度だ。


 それでも、逃げてはいなかった。

 投げ出してもいなかった。


 授業は真面目に受け、提出物は欠かさず出す。

 テスト前には、最低限の範囲を必死にさらう。

 クラスの中で「普通」と呼ばれる位置に留まるために、常に気を張っていた。


 誰も気づかず、気にとめない努力。

 だが、しなければ簡単に落ちてしまう努力。


 悪い意味での非凡。

 突出しないが、楽もできない。

 それが俺だ。


 正確には、俺であった。


 過去形なのには理由がある。

 ある出来事が、俺の人生を、そうした評価の枠組みから強引に引き剥がしたからだ。


 それだけ聞くと、悪い方から脱却したからよかったと思うかもしれない。最終的には、脱却をしたから間違いではない。


 けれど、ただ一つだけ、断言できることがある。

 その出来事は、俺にとって決していい出来事と呼べるものではなかった。


 ――――


 九月二十九日。

 高校二年生の俺にとって、それは何の変哲もない平日だった。


 テストも行事もない。短縮授業ですらない。

 朝から夕方まで、同じ教室で、同じ教師の声を聞き、ただ板書を写すだけの一日。

 退屈ではあるが、壊れない日常だった。


 三時限目が終わり、十分間の休み時間。

 次の授業の準備をしながら、隣の席の友人であり、クラス委員長でもある天ヶ瀬あまがせ悠斗ゆうとと、持ってきた菓子を交換しつつ、昨日放送されていたアニメの話をしていた。


 「なあ、昨日のやつ見たか?」


 「見た。流石にあれは今期で一番だろ」


 「だよな。作画も声優も......」


 そこまで言って、言葉が止まった。


 思考が途切れたわけではない。

 集中が切れたわけでもない。


 俺たちが言葉を止めたのではなく、他の外的なものが言葉を止めさせたのだ。


 閃光。

 それが教室を包んだ。


 一瞬で、すべてが白に塗り潰される。

 天井も、床も、壁も溶け落ち、距離感も方向感覚も失われた。

 どこを見ても同じ白で、上下も奥行きも分からない。


 反射的に腕を上げる。

 だが、片手では足りず、両腕で目を覆った。それでも眩しさは一切和らがなかった。


 太陽を直視したときの、あの焼け付くような刺激。

 それが、視界の奥へと無理やり押し込まれてくる。


 目の奥が痛い。

 涙が滲み、視界が歪む。

 耳鳴りがして、自分の呼吸音すら遠く感じた。


 まずい。

 理屈ではなく、本能がそう叫んだ。


 次の瞬間、意識が途切れた。


 ――――


 どれほど時間が経ったのかは分からない。

 気づいたとき、あの白い光は消えていた。


 恐る恐る腕を下ろし、指の隙間から周囲を確認する。

 眩しさはなく、視界ははっきりしている。

 危険はなさそうだと判断してから、ゆっくりと目を開いた。


 そこは、教室ではなかった。


 異様に高い天井。

 赤い絨毯が敷き詰められた床。

 左右には木製の長机と長椅子が整然と並び、正面には、布一枚で身体を覆った女性の像が立っている。


 ステンドグラスから差し込む光が、像へと続く赤い道を静かに照らしていた。

 先ほどの閃光とは違い、柔らかく、静かな光だ。


 息を呑む。

 声が出ない。


 周囲を見回すと、クラスメイト全員が同じように立ち尽くしていた。

 青ざめた顔。

 震える肩。

 状況を理解できず、視線を彷徨わせる者。


 人数も、立ち位置も、教室にいたときと変わらない。

 休み時間に外へ出ていた生徒は、ここにはいなかった。

 教室という空間だけを切り取って、どこかへ移動させられた。

 ありえない話ではあるが、そう考えるのが最も現実的に思えた。


 周囲の調度品から判断するに、ここは教会なのだろう。

 だが、祈る者の姿はなく、空気には人の温度が感じられない。

 静かすぎて、逆に不安を煽られる。


 そのとき、赤い絨毯を踏む足音が響いた。


 コツ、コツ、と乾いた音。


 像の向こうから現れたのは、白髪で痩せた老人だった。

 修道着らしき服に身を包み、歩みはゆっくりだが、迷いはない。

 深い皺の刻まれた顔には、穏やかな笑みが浮かんでいる。


 老人は俺たちの前で立ち止まり、静かに口を開いた。


 「ようこそ。英雄の皆様」


 その言葉が落ちた瞬間、空気が張り詰めた。


 「私はファルス・レギぺギド。この世界に仕える者です」


 英雄。

 その響きは、あまりにも現実離れしていた。


 「皆様は混乱していることでしょう。しかし、どうか落ち着いて聞いてください」


 レギぺギドは、俺たちを見回しながら、淡々と続ける。


 「私は、別世界より英雄を召喚しました。

  皆様には、この世界を支配する魔王を討伐していただきたいのです」


 一瞬の静寂。


 そして、次々に声が上がった。


 「どういうことだ!」と怒鳴る者。

 「ここどこなの......」泣き崩れる者。


 理解が追いつかず、恐怖と混乱だけが先に走る。

 教会は、一気にパニックに包まれた。


 その中心で、レギぺギドだけが静かに立っていた。

 貼り付けたような笑みを崩さずに。


 その表情は、どう見ても俺たちをとして迎えているものではなかった。

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