1-2 背中を追う影

 朝の広場には、子どもたちの声がいつもより早く響いていた。

 競技会まで、あと四日と迫っているからだ。

 

 広場の端では大人たちが丸太を運び、競技のための杭を打ち込んでいる。

 白い石灰で引かれた走路は朝日に照らされ、祭りの始まりを静かに待っていた。


「今日は走り込みからだ!」


 青年団の声が飛ぶ。

 少年たちは一斉に駆け出した。

 乾いた土が跳ね、靴音が重なる。


 その先頭を走るのは、やはりレオンだった。

 無駄のない足運びで風を切り、振り返ることなく駆け抜けていく。


「速いなあ」


「今年も三連覇だろ」


「負ける気がしねえよ」


 誰かが言うと、周りの子どもたちも笑って頷いた。

 レオンは肩をすくめるだけで、その期待を受け流す。


「まだ始まってもないだろ」


 そう言って笑う横顔には、気負った様子はない。

 だからこそ、誰もが自然とその背中を追いかけたくなる。


 アレクも、その一人だった。

 息を切らせながら最後まで走り切ると、レオンが笑いながら近づいてくる。


「去年より速くなったな」


「そうかな」


「ああ。間違いない」


 その一言だけで、胸の奥が少しだけ温かくなる。


 休憩になると、子どもたちは木陰へ散っていった。

 アレクは広場の隅で、小さな木切れを拾い上げる。

 薪を割った残りらしく、手のひらほどの大きさしかない。


 親指で木目をなぞると、さらりと乾いた感触が返ってきた。

 削ったら、どんな形になるだろう。

 そんなことを考えていると、


「やっぱり触るんだな」


 後ろから声がした。

 レオンだった。


「うん。木を見ると、つい」


 アレクは照れくさそうに笑う。

 レオンは木切れを手に取り、しばらく眺めてから返した。


「前から思ってたんだけど」


「何?」


「お前、木を触ってるときだけ顔が違う」


 思わず目を瞬く。


「え?」


「裏の林で削ってるだろ」


「……見てたの?」


「何回か」


 悪びれることもなく笑う。


「夢中になってるから、全然気づいてなかったけど」


 恥ずかしくなって視線を逸らす。

 誰にも見られていないと思っていた。


「だからさ」


 レオンは木切れを軽く放り上げ、受け止める。


「今年は木工にも出ろよ」


「僕が?」


「ああ」


 迷いのない返事だった。


「長老が頷くなら、お前の作品かもしれない」


 胸の奥に、小さな火が灯る。

 それでも、その温かさだけは確かだった。


「俺は三連覇を狙う」


 レオンはまっすぐ前を向く。


「だから、お前も本気でやれ」


 その言葉には、自分の勝利を疑わない強さと、友を信じる素直さが混ざっていた。


「……うん」


 アレクは静かに頷く。

 届くとは思ってない。

 追いつけるとも思わない。


 それでも。


 その背中を追いかけたいと、初めて心から思った。


 広場を渡る朝風が、二人の間を吹き抜ける。

 少し前を歩くレオンの足跡をなぞるように、アレクはゆっくりと歩き出した。

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