血湧き肉躍りて心弾む

@chauchau

第1話


 与えられた薪を飲み込んで、火はさらに大きく育つ。

 太陽が地平線に消えていき、闇が世界を支配する。街灯ひとつも存在しない辺境では、燃え盛る焚き火だけが唯一の拠り所だった。


「先輩は」


 薪にするには大きすぎた枯れ枝に少女は鉈を当てる。別の木で鉈を上からこつん、こつんと叩きながら火の番をしている男に声だけを投げかけた。


「なんだ」


 男は口数の多いほうではなかった。それでも、続かない言葉に黙ってられるほど孤独を愛しているわけでもなかった。


「ちょっと……言葉を選んでました」


「そうか」


「先輩は、頭がおかしいですね」


「選択の基準を教えてくれ」


「憧れていたわけですよ、これでも多少は」


 男が言葉のナイフの切れ味に眉をひそめていることなど構うことなく、少女は木を鉈に振り下ろす。カコンと音を立て、薪は半分にかち割れる。量産されていく細い薪を、男が火のそばで乾かした。


「欲に正直が冒険者だとして、他者を、それも弱者を助け続ける先輩を尊敬すらしておりました」


「過去形か」


「だってねぇ」


「憧れるのも尊敬するのも自由だが、現実はこんなもんだ」


「想定の範囲を超えますよ」


 火が安定したところで、石を積み上げたかまどに鉄のフライパンをセットする。長い時間を男と過ごした愛用品だった。


「新鮮な素材をつかった魔物料理が食べたいからって冒険者続ける人がいるとか考えられないですって」


「欲に正直が冒険者なんだろう」


「金! 地位! 女!! を想定しておりました」


「杓子定規に当てはめると碌なことにならん」


「はみ出しものはみんなそう言う」


 身体ひとつで危険に身を投じる冒険者にとって荷物の重さは死活問題だ。如何にして必要なものをどれだけ軽く準備するかに苦心している同業者からすれば卒倒してしまうだろう。

 頑丈のために軽さを犠牲にした極厚陶器の入れ物にまさか食用油を入れて持ち歩く馬鹿がいると知ったら。


 熱したフライパンの上で油が爆ぜる。

 頭上を通り過ぎた獲物に飛びかかる植物系魔物人面ニンニクをスライスして油へ放り込んだ。丁寧にひっくり返し、狐色になるまで焼き上げる。人面ニンニクの香りが少女の腹を鳴らしてしまう。


「なんですか」


「何も言っていない」


「食べることも仕事なんですけど?」


「そうだな」


 こんがりと焼けた人面ニンニクを一度皿にあげる。

 たっぷりと香りのうつった油の半分ほどを容器に入れる。そして、登場するのが本日のメイン。鶏を尾に持つ蛇の王、バジリスク。


「一撃で殺しているのも、魔物とはいえ命に敬意を示していると思っていたのに……まさか可食部を減らさないためとか、ありえないし……」


「敬意は示しているぞ」


「根底がズレているんですよ」


 分厚くカットした鶏部分を皮目を下にしてフライパンへと放り込む。

 途端、鳴り出す肉が焼ける音。つまらない言い争いなどかき消してしまう魅惑の演奏。


「……まあ美味しそうであることは否定しません」


「香辛料を取ってくれ」


「はいはい」


 ニンニクとは異なり、肉はひっくり返さない。

 このままじっくり7~8分ほど火を入れる。周囲へと広がっていく香りは、ただそれだけで涎が止まらなくなり、そして。


「埃が舞うから向こうでやってくれ」


「はいはい」


 夜行性の魔物を引き寄せる。

 助けるどころか肉から目を離そうとしない男の態度を信頼と取るか、無関心と取るか難しいところだった。


「……そういえば、あたしって魔法使いなんですよね」


「知ってる」


「世間一般的に魔法使いって後衛らしいんですよね」


「そうか」


「行ってきます」


「できるだけ遠くでな」


 10㎝の鉄板すら貫く光の矢を手の甲で弾いた男は、全神経を焼ける肉へと向けるのだった。

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