第2話
あれらの正体はよく知らない。
妖怪かもしれないし、宇宙人かもしれないし、はたまた異次元からやってきた未知の生命体なのかもしれない。いずれにせよ大差のないことだ。
ただ奴らの目的だけはわかっている。世界侵略だ。その目標は、
何年か前、米国の大統領の就任式をテレビで見た。聖書に手を置いて宣誓する彼の顔には風穴が空いており、丸い穴の奥から合衆国議事堂が垣間見えた。顔面の内側を絶えず
英語の発音とはかけ離れた未知の言語で繰り出される演説を、頭や手足の数がおかしい三十万人の聴衆が聞き入っており、肉塊としか形容できない存在も多数見受けられた。まともな人間は一人としておらず、まさしく
人類はもうだめだ。そう確信した日である。
無論、最初は自分の頭を疑った。物心がつく前から他人が気づかない化け物の姿が見えて、両親を
広がる空が暮れなずみ、一番星が輝いていた。影絵にも似た山々が点在する
私の家は道路に面していた。何の変哲もない二階建ての一軒家で、猫の額ほどの庭と自家用車を駐車する場所が詰めこまれている。
鍵も閉まっていない玄関の扉を開ける。出迎えたのは廊下を覆う暗闇だった。小さく呟く。
「ただいま」
その一言は静寂に呑まれた。わかり切っていたことなので、私は玄関の
最初の段差にかけた片足を下ろし、
廊下の冷たい感触を足の裏に感じながら、息を詰める。色の強弱が変わる光が近づくにつれて、雑音が入り混じった笑い声が聞こえてくる。わずかに開いた
襖の隙間から顔を出して、中を覗く。明かりが消えた居間で、ブラウン管のテレビだけが光彩を放っていた。漫才番組のつもりだろうか。演壇の上で下半身が結合した異形の漫才師が、二つに裂かれた上半身同士で掛け合いをしている。観客席を押し潰す腸に似た巨大な芋虫が映し出され、
その前に両親は座っていた。かつて日々の出来事を語り合った丸い
母親は植物人間という例えが正しいのか。ブラウスとスカートから覗いた手足は植物の根に置き換わり、畳の上に垂れている。頭部には口唇の形をした花弁が複数生えて、中心にはサッカーボールほどの眼球が天井を仰いでいた。甘い匂いの源は母だ。
テレビの中の風変りな漫才が面白いのか、頭のない父が肩を揺らし、母は唇の花弁でおぞましい笑い声を立てた。悪夢と呼ぶのに相応しい光景に、私は立ち尽くした。踵を返し、暗い廊下を走って階段を駆け上がる。
自室へと逃げこみ、乱暴にドアを閉めた。動悸が治まらない。カーテンの向こうから電灯の明かり仄かに透けて、暗がりから見慣れた部屋の光景を浮かび上がらせる。もう座ることのなくなった勉強机、マックのパソコン、壁にかけられた中学時代の制服。
着替えることもなく、ベッドに体重を預けた。スプリングが軋む。枕に顔を埋め、
かすかに階下から響いてくる笑い声に耳を塞ぐ。まだ
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