葉隠学園
猫墨海月
第517期前 葉隠学園 迅堂采の邂逅
その昔、世界には前世の記憶を誰も持たない時代があったのだという。
信じられない話だが、それが世界の実情で、確かな歴史であった。
むしろ、ここまで2000年。前世の記憶を持つ人など殆ど居なかったというのが普通だったのだという。
前世の記憶を持つ人が現れたのは、ここ100年程のことらしい。
生まれたときからそれが普通だった私からしたら当たり前のことも、100年遡れば普通じゃないらしい。
不思議な感覚、だった。
私には想像もできない世界だったから。
初めて知った時、その受け入れ難さに驚いた。
そしてそれに酷く重い恐怖を抱いた。
だけど私、その瞬間思ったんだ。
――思ったんだ
そんな世界なら、どれだけ、幸せだっただろう。って。
◇◇◇
着慣れない服を身に纏い、いつもより大きい鞄を持ち運ぶ。
まだコートを手放せない温度を孕む風は私と彼の間を抜け、私達の出発点へと流れ行く。
見慣れた街とも、もう今日でお別れだった。
「なんか、あっという間だったよね」
「……本当にね。嘘みたい」
だよねぇ、と笑う彼に私も笑顔を返す。
彼の笑顔も私同様、どこか哀愁漂うものだった。
私達の家には、14歳になるまでに記憶を思い出せなかった子供は生家を離れ、新しい土地で生きていかなければいけないという決まりがある。
14歳の今記憶を持たない私達も、それは例外ではなく。
本家の血筋でありながら記憶を思い出すことがなかった私達は、決まりに従いこの生まれ育った地を離れなければいけない。
「……
「…ううん。大丈夫」
ああ、どうしてだろう。
初めから決まっていたはずのことなのに、なぜだかどうして、こんなにも悲しい寂しさを感じてしまうのか。
改札で鳴る緑の矢印。
15時36分、府中本町行きと映す光が目の奥を叩いていて。
苦しい程に易しい嘘が、また脳裏を巡った。
「行こう、
それを振り払うよう私は少し乱暴に呟く。
どうせ何も変わらないから、変えようとも、思わなかった。
改札を抜ける為、見慣れたICカードを取り出す。
前を歩く彼のカードには、藍色のリボンが揺れていた。
寒さで震える右手が改札にカードを翳し、
何の問題もなくドアが開く。
家を出た時から手にかかっていた荷物の重さはもう、気にならなかった。
正しい行き先の番線で、降りたホーム。
対岸に見える誰かの瞳。
私達には関係がないから、
二人で時間表示をみて立ち止まった。
――瞬間
「采っ!!!」
ホームに私の名が響き、触れる手に誰かの温度。
その温度が嫌な程冷たくて。
反射的に、後ろを向いた。
だけど。
その顔に、見覚えはなくて。
「あ、あの……」
喉から出た音は、多分、その手より冷たかった。
それでも目の前の女性はお構い無しに私の手を取る。
「……本当に、会えるなんて…。私のこと、覚えてませんか?…いえ、覚えてなくてもいいんです。あなたが居ることに、変わりはないから」
彼女の言葉はとても自分勝手で。
初対面の相手に向けるようなものではなかったけれど。
なんだかそれが、逆に安心できてしまって。
「あなたは」
「
訪ねた名前にもう一度見覚えのなかったことが凄く悔しかった。
……だからかなぁ。
感極まった彼女に抱きしめられても、私は彼女を引き剥がさなかった。
そしてそのまま時間が経ってしまえばいいと思った。
だけどそんなこと、あり得ないから。
「采!大丈夫?その人誰――わっ!?」
後ろから届く絃の声。
電車の到着を知らせる、電子音。
他の誰かの走る足音。
それら全てを無視し、私は。
「ずっと、ずっと、探していたんですよっ……」
そう言って涙を流す女性の背に、そっと手を添えた。
それが、私、
葉隠学園 猫墨海月 @nekosumi
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