踏んだ俺が悪いのか、踏まれた猫が悪いのか ──語り部庁には人間笑い袋がいた

南天ときわ

短編

猫を踏んだ。猫だと思う。猫じゃないかな、たぶん。半透明で、しっぽが二つに分かれてるけど。踏んだ瞬間にふぎゃあって鳴いたし、一応。

それにしても踏んづけてる方の足の裏が、分厚い靴底越しなのに、冷たいのとあったかいのが同時にくるんですが? 濡れて冷たい訳じゃなく、じわっと冷気と暖気が混ざって来る感じ。

やだこれホントに猫なの?

そして俺の灰色の脳みそよ、なぜ今脳裏を駆け巡るのが「猫踏んじゃった」なのか、俺は小一時間ほど問い詰めたい。しかも軽快なピアノのリズムに乗るのは、本来の歌詞じゃなく、うろ覚えの子供がご機嫌で歌うアレだ。


「ふんじゃーふんじゃーふんじゃった……」


これ、足退けたほうがいいんだろうか。踏んづけたワリに元気そうなんだけど……じたばたしてるし。

それに通りの一本向こう側から「逃げたぞ!」とか「確保急げ!」とか、「結界から出すな!」とか、それなりに物騒な声が聞こえるわけですが……。


「ねぇ、お前なにし……」

「目標発見! 今、一般じn、ぇ、一般……じ、い、いぇぇぇええ……!?」


いえーい?

ピースでも返した方がいい? あ、違う?

俺? 通りすがりの一般人です。


「それにしてもそこのお兄さん方……」


どえらく取り乱しているお兄さんの、少し離れた向こう側に新たなお兄さん二人。片方は腹抱えてうずくまって震えてるけど、いいの? 妙に手入れが行き届いて、やたらと長い髪の毛が地面でとぐろ巻いてるよ? 呼吸できてる?

それにもう片方のお兄さ……お兄さん? いや、こっちもこっちでやたらと厳ついなこの人。でもかっけぇー。眉間のシワ取ったらかなりな美形じゃね? まあいいや、そっちの厳ついお兄さんは猟銃っぽいの片手だけど銃刀法大丈夫? 猟師の会とかに所属してる人?

でもこの辺は害獣って言っても、そこら辺の路地裏とかにネズミとかイタチみたいな何か細長いのとか、後は犬猫くらいしか見ないよ? あ、あとたまにタヌキ。


「……っふひ、ひひひ……っ、ぃやキミさぁ、よくそれ踏めたねぇ」

「踏めたというか、踏んづけちゃったと言うか」


それにしても、すんごい笑うじゃんこの髪長い人。息切れして、ちょっと危ない人みたいになってますよ。あ、いつものこと? 厳つい方のお兄さん、お疲れさまです。

てかこの猫っぽいの、半透明なクセに持てるのか。首根っこつまんだら持てちゃったよ。


「あのー、この猫……ねこ? お兄さんたちの飼い猫ですか」

「あ、違う違う。それ俺らの猫じゃないから。悪いんだけど、ちょっとそのまま持っててくれないかな?」

「……おい、一般人に持たせるな」


そのままって言っても、さすがに首根っこつかんだままはちょっとなぁ……抱っこでいいか。よーしよーし、大人しくし……っとぉあ、うねうねしないで。頼むから腕の中でうねうねしないで。

ちょっと待ってね~じゃないのよ、状況見て? 俺、困ってるよ? ドジョウすくいもかくやよ? 片方のお兄さんも、言葉少なだけど明らかに困ってるよ。手ぇ出しあぐねてるよ。こっちは人見知りか。


「……っ、ぅお、わ、ちょ、おとなしく……っ」

「はぁい、おまたせ~。これ貼ったら大人しくなるからねー……って、あ」


ぺたってなんか貼られた。猫(仮)じゃなくて俺に。

こいつ「あ、」って言った、「あ(やっちゃった)」って絶対言った。


「やっば、始末書」

「結界内に一般人がいる時点で始末書だ阿呆」


そんな言葉も聞き終わらない内に、空気が震えた。

「ズアッ」って、そんな音人生で初めて聞いたんですが。勢いに負けて尻もちついた足元から、光が巻き上がって、勢いよく何かが編み上げられていく……って、これ籠だな。えらいトゲトゲのついた鳥籠だな。


「あー……ごめんね、それ触んないでね~。茨だからホントに怪我しちゃう」


怪我しちゃうって、マジかー……え、これホントに本物? 厳つい方のお兄さんも深々ため息を吐きながら頷いたってことは、マジモンの茨か。でも、なんで茨……っつーか、猫(仮)どこ行った?

尻もちついたままきょろきょろしてたら、お兄さん二人が茨越しにしゃがみ込んで、俺を見つめてくるわけですが。主に頭の上を。俺の頭の上がなに。見物料とりますよ、監禁犯ども。


「出してもらえたりは……」

「今はちょっとできないかな~」

「……すまん」


ですよね~……知ってた。

思わず遠くを見つめたら、髪の長いお兄さんが厳つい方のお兄さんの腕を取って見せてくる。二の腕辺りに着けられてるのは「語」の一文字。

え、待って。コレって某巨大匿名掲示板のオカルトカテゴリとかで、ちょこちょこ都市伝説っぽく書かれてるヤツじゃないの?

何だっけ、童話の……


「えーと、そのね? この腕章知ってるかな?」

「え、あー……と、アレですか? 都市伝説とかで時々流れる、赤ずきん庁とか、なんとか……?」

「ぶっふぉ……っ」


髪の長いお兄さん、沈没。もうあの人の髪、砂ぼこりまみれじゃないの? 洗うの大変そう……。もう片方のお兄さんも、そっぽ向いて震えないで。

俺本気で困ってるのよ。通りすがりに猫踏んじゃっただけで、この扱いよ?


「……語り部庁、調律課第一班、中級一位御伽草士。『猟師ハンター』と呼ばれている」


いや淡々と肩書を語られましてもね? 状況は淡々としてないからな? おれ、檻の中。 どぅーゆーあんだすたん?

その横で髪が長いお兄さんが肩を震わせながら片手を上げた。


「っふ、ひひ……っ、赤ずきんちゃ……っ、語り部庁観測課、特殊保護班の御伽草士、塔上ラエルでぇす」


緊張感もへったくれもない自己紹介に、俺の中の何かがスッと冷めた。

……うん、呑気に名乗る余裕があるなら早くここから出してくれんかね?


あとあの猫(仮)ホントにどこ行った? 誰か教えて?



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そんなこんなでご丁寧に名刺をゲットした訳だけれども。茨越しに丁寧に渡されたものの、説明はゼロ。

……ホウレンソウって言葉、知ってる?

しかも鳥籠から出してもらえない理由も、ついぞ語ってもらえたりはしなかった。

そっと差し出された折りたたみタイプの手鏡を覗き込んで、答えを知ったがな!


「なんぞこれ……」


猫耳が生えてる。どこに? ……俺の頭の上ですね。

微妙に手触りもあるのが何とも言えない。

ツヤツヤスルスル、短毛種だね。

ええぇ……この年で猫耳コスプレは遠慮願いたいんだけど……って、これ感覚繋がってるみたいなんですが?

つまんで引っ張ったら絶妙に痛いって勘弁してよ、もう……。


「……もしかして、コレですか」

「もしかしなくても、ソレなんだよねぇ」

「これはなにゆえ?」

「君が抱っこしてた猫が、吃驚して飛びついた結果かな~」


……ゆるい。返答がゆるすぎる。

ちなみに尻尾は生えてなかった。

改めて座を正した後に、あちらとこちらで見つめ合う茨越し。お見合い距離なんですよコレ。

ちっとも嬉しくない。

塔上と言った長髪の男はマジマジと俺を見て、一人で何かを納得するように頷いている。

猟師ハンターと言った厳ついお兄さんの方をチラリと見たら、何やらどこかと連絡を取っているらしく、シッシッと手を振られた。

俺、可哀想。


「この辺りの昔語り、知ってる?」


と、塔上さんの声。さっきまでの緩い声なんか幻だったの? って言いたくなるような静かさ。


「……いえ、俺この辺り地元じゃないんで」

「そっか~。この辺りにはね、昔々のそのまた昔、もう継がれた話すら失うくらいの昔に、お婆さんと猫が住んでたんだって」


そこから始まった話はこうだ。

ある年、この地を治めていた殿様が代替わりしたそうだ。そして理不尽に年貢を上げられ、民の生活は困窮し、その日の暮らしさえままなくなるほどだったという。

お婆さんもその一人。それでもお婆さんは猫とほそぼそ、平和に暮らしていたそうな。しかしそれも束の間。世は荒れ、世間には物取りや山賊、野盗等々破落戸が溢れたそうだ。

そしてある日、お婆さんは物取りに襲われ殺されてしまったそう。家は荒らされ、数も少なかった金目の物すら持ち去られた。お婆さんと暮らしていた猫も、そのどさくさに紛れるように殺されたらしい。傷だらけになってもお婆さんを守ろうとしたのか、その爪と牙には人のものと思われる皮と僅かな肉が残っていた。

身内もいなかったお婆さんとその飼われていた猫を、近隣の者たちは憐れみ、そっと寺で弔ってやったそうだ。

しかしそれからしばらくして、弔ってやった者たちに少しばかりの変化が訪れた。

ある者の家の前には時折、花や木の実、川の魚などが無造作に置かれ、またある者の家の前には何故か土塊や獣の糞が置き去られ、戸口に獣の爪痕が残された。

それと共に、猫の低く唸る声が時折響くようになった。

それがしばらく続いた頃、ひっそりと噂が流れだしたという。

土塊や獣の爪痕を残された家には、人の道に悖ることをした者がいるのではないか、と。

事実、そうだったそうだ。

戸口に爪痕を残された家の家人は、物取りに扮しお婆さんを襲った者たちや、野盗まがいの事をしていた者たちばかりだったそうだ。

彼らは口を揃えて言ったという。


猫が来る。


夜な夜な、猫がくる。自分が鼠や虫のように小さくなり、猫に追われて遊ばれ、爪で裂かれ、喰われるでもなく牙を立てられ、腸が落ちても死にきれず、身が千切れ動けなくなって、ようやく目が覚めるのだ、と。

寺に駆け込んだ者は、そこの住職に泣きわめいて縋ったそうだ。

住職は話の経緯を聞き、その身勝手さに呆れ、先日弔ったばかりのお婆さんと猫をそれはそれは憐れみ、悔やんだ。そのまま祟り殺されてしまえ、とまでは言わないが報いはしっかり受けよ、と彼らを追い返したらしい。

さりとて、祟っているらしい猫をそのまま化性にしたままは憐れだと、住職は祠を作り、この地の者たちに愛したものを命がけで守り抜いた尊い獣だ、と祀るように伝えたそうだ。

そして時は流れ、今。


「語られなくなった物語が面白半分に歪められ、オカルト系で有名なブログや掲示板、SNSで語られたせいで話が変質した。猫が暴走しだして、俺たち『語り部』が、ここに駆り出された訳なんだけれどもね」


話も一区切り、塔上さんは相変わらず俺の頭に生えてる猫耳を見てる。

それはもうマジマジと。……その視線で俺、焼き切れちゃわない?


「いやー、沈静してほしかったのに興奮しちゃって治まらなくてさぁ。ドンパチしてたら逃げちゃって、君が踏んじゃった、みたいな?」


えへ、じゃないんだよなぁ……。じゃあなにか、踏んづけた猫(仮)がその昔話の猫で、俺に生えた猫耳はその猫(仮)の耳だと。

……出会い頭の事故にしても、不運の程がなくない?

通りすがっただけなのに……。


「それでその耳、その猫のっぽいんだよねぇ。籠の外に逃げた様子もないし……と言うわけで、えー……と、午前三時二十六分、めでたくその猫確保(仮)。兼、一般人保護ってことで~」

「……保護じゃないんだよなぁ」


ボヤいた声は華麗にスルーされた。

猟師さんも連絡を取り終わったのか、ようやくこっちを向いたけれど、無情にも肩をすくめただけだった。

俺の人権の復帰を疾く求めたい。


「観測課から観測値のデータが届いた」


聞き慣れない言葉に耳をそばだてる。

こぢんまりとしたサイズの、そこら中でよく見るタイプのタブレットを、ガタイの良い男二人がぎゅうぎゅうになりながら覗き込んでいる。むさ苦しいですよ、お兄さん方。

そんな俺の視線を知ってか知らずか、二人の視線は画面の上を忙しなく動いていた。


「お、早いねぇ。……鳥籠ができた時の衝撃で半同化っぽいな……異能変質の可能性、かぁ……」

「結界を超えたらしき付近の時間に、因果律の乱れはない。おそらくは無自覚な超越系の異能持ちだな」

「同調率がかなり高いけど、ここの昔語りと共鳴した雰囲気もないし……どっちかってーと、アレじゃない?」

「……猫踏んじゃった」

「だーよねぇ。……っふ、ふひ……っ、ねこ、ふんじゃ……ぶっふぉ」


……どうにかなんないのかな、この人間笑い袋。


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