原始人女子の巣立ち
裏律
1.天空の覇者の墜落を成したのは、原始人
この日、世界的な危険地帯の一つである、魔境の、生態系の頂点に君臨する、天空の覇者が、初めて、地に墜ちた。
魔境と呼ばれる大地に、その上空を、
無機質な鋭利さを宿す、六つの目は、危険な魔獣が
“ソレ”が見下ろす先では、後ろ脚で立つ、小さく黒い生き物の群れに、その上空を包囲した配下の、鳥型魔獣たちが、襲い掛かっているところであった。”ソレ”にとっては、小競り合いくらいでしかない、その争いは、しかし今までとは違う様相を呈している。
上空からの、配下の魔獣たちの、勢いが付いた突進を、しかし小さい群れは、余裕を持って、
魔境の覇者の一角の、その配下として、長らく、苦戦を知らなかった魔獣たちが、攻めきれないでいた。しかも時間が経つごとに、形勢不利の様相を呈している。
久しく起こることのなかった配下の苦戦に、”ソレ”が、その戦いを注視した瞬間、それは起こった。配下の中でも、上位の強さを持つ魔獣が、吹っ飛んだのだ。そして吹っ飛んだ魔獣は、図ったかのように、他の配下の魔獣が集まっている場所に、突っ込む。
その時、小競り合いが始まって以降も、戦いを俯瞰的に眺めるばかりであった”ソレ”は、初めて、小さな群れを注視する。六つの目に、真っ先に写ったのは、その小さな群れの中心で、細長い歪な、薄汚れた白い棒を、振り切った姿勢をした生き物であった。その生き物は、”ソレ”にとっては、他の有象無象と同じく、矮小であり、かつ小さな黒色の群れの中で、少し、薄い体色をしていたが、一際、大きな体格を持っていた。
その生き物の姿を見て、”ソレ”は、率直に、みすぼらしい、と呆れと侮蔑の感情が漏れる。
しかし、そのことよりも先に、”ソレ”が、真っ先に思い出したのは、この魔境において、己と同じく生態系の覇者の一角たる、あの暴虐にして、勇猛な、
あの猛々しい狒に似た姿をしながらも、みすぼらく脆弱な身を晒す、その生き物の、恥の知らなさに苛立ちつつも、”ソレ”は、そんなことよりも、こんな矮小な生き物の姿で、想起してしまった狒への、大きな罪悪感を抱く。
苛立ちと罪悪感を抱えながら”ソレ”は、三対、六つの目に、
すると”ソレ”の目下で、狒に似た生き物に、配下の魔獣の一匹が、猛烈な速度で突進する。狒に似た生き物は、歪な棒を、一回、振り切るように体の周りで回転させることで、一周してきた持ち手を、身を乗り出すような前項姿勢になり、両手で握り直す。一瞬、細くなった持ち手部分が、配下の魔獣の方向を向き、棒の太い部分を担ぐような姿勢となる。次の瞬間には、目の前まで急接近してきた鳥型魔獣の顔面に、狒に似た生き物は、回転の勢いが乗った、棒の太い部分を、身を引き、押し出すような動きで、叩きつける。
配下の魔獣は、狒に似た生き物の一撃により、顔面が
”ソレ”は、鈍い速度で飛んでくる配下の魔獣を、悠然とした動きで、避け、すぐさま小さな群れに、意識を向け直す。すると先程まで、そこに居た、狒に似た生き物が、忽然と姿を消していた。そのことに”ソレ”は、六つの目を、
その刹那、”ソレ”の横を通り過ぎる、配下の魔獣から、影が一つ飛び出す。
配下の魔獣が通り過ぎた側の、三つの見開いた目には、あの狒に似た生き物が、飛び掛かってくる姿が、写る。
”ソレ“が、なぜ、と思う、間もなく、その歪な棒に、細かな外骨格の連なりが、蠢くかのようなオーラが、太い部分に収束していき、次の瞬間には、狒に似た生き物は、”ソレ”の顔面に、歪な棒を、猛烈な勢いで叩きつける。
己の顔面の骨が、潰れていく鈍い音を聞きながら、棒に罅が入る音も聞き、地に落ち始める”ソレ”は、己の身を砕きながらも、罅が入っただけの歪な棒に、驚きながら、片側の三つの目を向ける。
狒に似た生き物は、片手だけ棒を持つと、墜落していく”ソレ”を、強く足蹴りにして、先に落ちていった配下の魔獣のところまで跳んでいく。その刹那、”ソレ”の三つの目には、狒に似た生き物の、手の形に凹んだ棒の持ち手が、写る。
先に配下の魔獣と共に、地に落ちた、狒に似た生き物は、配下の魔獣を、地面に付く数舜前に、強く蹴り、跳び上がることで、地面に衝突する勢いを帳消しとし、着地する。そしてすぐに自らの群れに戻ると、数匹の小さく黒い生き物を担ぎ、奇妙な群れは逃げ去っていく。
配下の魔獣たちは、群れを追撃することはなく、墜落した”ソレ“の元に集まってくる。
”ソレ”は目の幽けし淀みの灯を強める。すると”ソレ”の陥没した頭部の、機能を失った部位に、目に宿っていたのと同じ、淀みの灯が集い、やがて幽かな動きで陥没が盛り上がり、失った機能を取り戻す。しかし形だけは、元の形を取り戻した頭部は、しかしその傷口からは、とめどなく血が滴り落ちている。
配下の魔獣たちに囲まれながら、立ち上がる”ソレ”は、逃げていく小さな群れを、三対、六つの目にて見送りながら、初めて落ちた大地の、知ってはいたが、今まで実感をしていなかった広大さを感じていた。
原始人女子の巣立ち 裏律 @riritsu
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