財布を落とした話

@mmms93

第1話

このまえ財布を落とした。

整体に行こうと思い、昔から鞄を持たないスタイルに憧れがあり、寒い日だったのでダウンジャケットのポケットに家の鍵と携帯、AirPods、財布と携帯をぶちこんでご機嫌に家を出た。

整体のドアを開けた瞬間に、違和感。いやにポケットに余裕がある。整体の先生には申し訳ないが、すぐに整体を出て祈る気持ちで自転車にまたがり来た道を戻りながら財布を捜索、もちろん見つからず、そのうち雨まで降ってきて半泣きで交番へ。遺失物届を出してカード類を止めて、、とそうこうしているうちに結局その日は整体にはもちろん行けず、ほぐしてもらえなかった重い身体と悲しい心を引きずり雨に打たれながら帰宅。

わたしの人生において、いままで一度も財布を落としたり失くしたことがないというのは数少ない自慢できることのうちのひとつだったため、現実を受け止めることができず家に帰宅してからはずっとNetflixでもたいまさこさんが出演しているドラマを眺めていた。

心が疲れたとき、わたしの視神経がもたいまさこさんを求めることはこの出来事によって発見された新事実である。そして夜も更け、もうじき日付も変わるという頃チャイムが鳴った。なんと財布を拾ってくれた親切な方が、免許証の住所を見て、雨の中わざわざ自宅まで届けてくれたのである。日本というこの国の治安に、身も知らずの方に、こんなにも感謝したことは後にも先にもない。

大したことではないから、と謙虚におっしゃるその御方から住所をなんとか聞き出し、翌日改めてお菓子を持ってお礼に行った。謙虚なその御方はそのときも大したことではないと言いながらちょっと待っててね、と玄関先にいるわたしを置いて何かを取りに階上へ。もしかしてみかんとかくれるのかなと思った。なんたって財布を無傷で返してもらえた人間である。夢みがちにもなる。キャッシュカードやクレジットカード等の再発行手数料は勉強代と思うことにする。

やがて戻ってきたその人はわたしに一枚のチラシを手渡した。そのチラシには布教で有名な政党の立候補者が弾けんばかりの笑顔で写っていた。

なるほど、ぜひ清き一票を、とのことである。前々から思っていたけれど神のおもちゃにされている気がする。生きづらいこの世の中で一筋の明るい出来事が起きたと思ったらこれである。

しかし自分の人生に希望を見出し、励ますことができるのはいつも自分自身なので、このチラシのことは忘れてとりあえず財布を拾ってもらい、届けてもらったことのみ脳に記憶しようと思った。その後選挙が近づくたびに我が家に訪問があり、対応のため街に立っている神を信じる人を探す宗教の人から渡された冊子を逆に渡し、でたらめの知識で聖書について語り、布教返しで立ち向かった話は長くなるのでまたの機会に。

アダムとイヴがりんごを食べたことは本当に間違いだろうか?自分が裸であることに気づき、恥ずかしいと思うことは生きる上で必要なことでは?

なにはともあれおかえりわたしのお財布、ありがとう日本。おやすみなさい。

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