『俺達のグレートなキャンプ198 体力限界突破!ブレイクダンス大会』
海山純平
第198話 体力限界突破!ブレイクダンス大会
俺達のグレートなキャンプ198 体力限界突破!ブレイクダンス大会
夕暮れの薄紫色が空を染める頃、某県の山間にある「緑風キャンプ場」に石川のハイエースが滑り込んできた。タイヤの音がジャリジャリと砂利を噛み、まるで「今日も何かやらかすぞ」と宣言しているかのようだ。
「よっしゃあああああ!着いたぜええええ!」
石川が運転席から飛び降りた。その勢いたるや、まるで戦場に降り立つ兵士のごとく。両手を大きく広げ、深呼吸しながら周囲のキャンプサイトを見渡す。その瞳はギラギラと輝き、まるで獲物を探す肉食獣のようだ。日焼けした顔に浮かぶ笑顔が、これから何か恐ろしいことが起こる予感を漂わせている。
「石川さん、今日は...今日は普通のキャンプですよね?」
助手席から降りてきた千葉が、期待と不安の入り混じった表情で聞いた。目がキラキラしている。新品のアウトドアウェアに身を包み、帽子のつばがまだピンと立っている。キャンプ歴三ヶ月の初々しさが全身から溢れ出ている。
後部座席から富山がため息混じりに降りてくる。長い黒髪をポニーテールにまとめ、こなれたアウトドアファッションに身を包んでいる。その表情は既に「また何かやらかす気だ...」という諦めと警戒が半々で混ざり合っている。眉間に小さなしわが寄り、肩が微かに緊張で強張っている。
「普通?ハハッ、千葉よお!俺達のキャンプに『普通』なんて言葉はねえんだよ!」
石川がバシッと千葉の背中を叩く。千葉の体がぐらりと揺れ、帽子がズレる。
「今日はなあ...」石川が腰に手を当て、胸を張る。空に向かって指を突き上げ、まるでヒーローのような決めポーズ。「第198回記念!『体力限界突破!ブレイクダンス大会』を開催するぜええええ!」
「はああああああ!?」
富山の悲鳴が山々にこだまする。その声量たるや、山頂まで届くかのよう。近くのサイトで焚き火の準備をしていた家族連れが、ビクッと肩を震わせてこちらを振り向いた。子供がお母さんの服をギュッと掴んでいる。
「ブ、ブレイクダンス!?」富山が両手で頭を抱える。指が髪の毛をグシャグシャにかき回す。「石川!あんた前回の『真夜中の大声合唱大会』でキャンプ場の管理人さんにめちゃくちゃ怒られたの忘れたの!?あれ、土下座したでしょ!?三回も!」
「あれは反省してる!だから今回は昼間...いや、夜だけど、音楽付きで文化的にやるんだよ!」
「それ全然反省してないいいいい!」
富山の叫びに、石川は「細けえことはいいんだよ!」とヘラヘラ笑っている。千葉は相変わらず「ブレイクダンス、面白そうですね!あ、ウィンドミルとかやるんですか!?」と目を輝かせている。この温度差。この絶望的なまでの温度差。富山の胃が痛くなる。
「第一、私達誰もブレイクダンスなんて踊れないでしょ!?」
「だからこそやるんだろうが!できねえことに挑戦する!それがキャンプの醍醐味じゃねえか!」
石川が力強く拳を握りしめる。その顔は本気だ。本気で言っている。これまで『全員で逆立ち耐久大会』『焚き火を使った即興演劇』『テントの中で紙飛行機世界大会』など、197回の奇抜なキャンプを実行してきた男の顔だ。富山の顔が蒼白になる。口元がピクピクと痙攣している。
「あのね石川、普通キャンプって自然を楽しむものであって...」
「自然の中でブレイクダンスするんだから自然を楽しんでるだろ!?」
「そういう意味じゃないでしょおおおおお!」
テント設営は驚くほどスムーズだった。石川と富山のベテランコンビの手際の良さに、千葉が「すごいですねえ!僕なんてまだ一人で立てるのに30分かかるのに!」と感嘆の声を上げる。わずか15分で3つのテントが立ち並ぶ。夕暮れの光がテントの生地を透かし、オレンジ色に染まっている。
「よし!じゃあダンスバトルのための準備だ!」
石川がハイエースの荷台をガバッと開ける。中から出てきたのは...巨大なBluetoothスピーカー。それも業務用かと思うほどの大きさ。高さ60センチはある黒い箱が、不吉な光沢を放っている。
「ちょ、ちょっと待って!それどこから持ってきたの!?」
富山が焦った声で詰め寄る。スピーカーに手を伸ばそうとするが、石川がサッと避ける。
「レンタルショップ!イベント用のやつ!音質最高だぜ!低音がズンズン来るんだ!」
「音質の問題じゃなくて音量の問題でしょおおおお!これ、野外フェス用じゃない!」
「そうだよ!だからキャンプ場全体がフェス会場になる!最高だろ!?」
「最高じゃないいいいい!」
さらにハイエースから段ボール箱が次々と運び出される。千葉が「何ですかこれ?うわ、重い!」と覗き込むと、中には膝当て、肘当て、ヘッドギアがぎっしり詰まっている。それぞれ蛍光ピンク、蛍光グリーン、蛍光イエローという、目が痛くなるような色。
「安全対策はバッチリだ!」石川がドヤ顔でサムズアップ。「これなら怪我しても大丈夫!」
「怪我する前提で話さないで!」
「あと、これも!」
ビニールシートとベニヤ板まで出てきた。さらに銀色のガムテープ、スプレー式のワックスまで。
「簡易ダンスフロア作るぞ!芝生の上じゃ回りにくいからな!このスプレーで滑りやすくするんだ!」
「本格的すぎるでしょ!!というか準備周到すぎるでしょ!いつから計画してたの!?」
「三週間前!」
「長いいいいい!その間に私に相談しようとは思わなかったの!?」
「相談したら反対されるだろ!」
「当たり前でしょおおおお!」
富山が頭を抱える。その姿を見て、千葉が「富山さん、大丈夫ですか?」と心配そうに声をかける。
準備を進めていると、隣のサイトから若いカップルが興味津々の顔でこちらを見ている。男性はメガネをかけた真面目そうな雰囲気、女性は小柄で可愛らしい。石川はすかさず手を振る。
「よお!今日はブレイクダンス大会やるんだ!一緒にどうだ!?」
「え、ブレイクダンス...ですか?」男性が困惑した笑みを浮かべる。メガネがズレている。
「そうだ!体力の限界まで踊り狂う!グレートだろ!?あ、ヘッドスピンとかできなくても大丈夫だから!」
「あ、あはは...僕ら、ダンスとか全然できないんで...というか、ブレイクダンスって相当難しいですよね...」
カップルが明らかに引いている。女性の方が彼氏の袖をギュッと掴んで、小声で「ねえ、場所変えようよ...」と囁いている。富山が「ほらあ...」と小声で石川に言うが、石川は全く気にしていない。
「大丈夫大丈夫!俺らもできねえから!みんなで一緒に恥かこうぜ!」
「いえ、遠慮しときます...あの、今日は早く寝たいんで...」
「まだ7時だぞ!?」
カップルが足早に自分たちのテントに戻っていく。女性が何度も振り返りながら、明らかに「怖い」という表情。富山の「だから言ったでしょ...」という視線が石川に突き刺さる。
「まあ最初はそんなもんだって!盛り上がってきたら絶対参加したくなるから!前も『巨大しりとり大会』の時そうだっただろ!?」
「あの時は結局誰も来なかったでしょうが!」
「一人来たじゃん!」
「あれ管理人さんが様子を見に来ただけでしょ!しかも怒ってたし!」
石川が楽観的に笑う。その自信はどこから来るのか。千葉は「そうですよね!楽しそうですもんね!僕、B-boyとかカッコイイと思ってたんですよ!」と全面的に賛同している。富山は両手で顔を覆った。指の隙間から「もう知らない...」という呟きが漏れる。
日が沈み、キャンプ場に夜の帳が降りる。各サイトで焚き火が灯り始め、調理の匂いが漂ってくる。石川達も夕食の準備を始めた。富山が手際よくカレーを作り、千葉が飯盒でご飯を炊く。石川は簡易ダンスフロアの最終調整をしている。
「いいぞいいぞ!このフロア、マジで回りやすそうだ!」
石川がベニヤ板にスプレーワックスをシューッと吹きかける。銀色の液体が板の表面に広がり、妙にテカテカしている。
「石川、あんたウィンドミルとか本当にできるの?」富山が鍋をかき混ぜながら不安そうに聞く。
「できるわけねえだろ!でもやるんだよ!挑戦することに意味があるんだ!失敗したってそれが思い出になる!」
その直後、石川が試しにフロアでクルッと回ろうとして、派手に転んだ。ドスンという音と「いってええ!」という叫び声。体が横向きになったまま、腕が変な方向に伸びている。まるでエビのような体勢。
「大丈夫ですか!?」千葉が飯盒を置いて駆け寄る。
「へへ...ワックス効きすぎだな...こういうのも含めて楽しいんだよな...」石川が腰をさすりながら立ち上がる。顔がニヤけている。痛いはずなのに楽しそうだ。富山が深いため息をつく。「もう知らない...」という言葉が三回目。
夕食を終え、石川が立ち上がった。その瞬間、周囲の空気が変わる。千葉の目が輝き、富山の表情が曇る。遠くで犬の鳴き声が聞こえる。不吉な予感。
「さあああああ!いよいよだぜええええ!第198回!俺達のグレートなキャンプ!『体力限界突破!ブレイクダンス大会』!開!幕!だああああああ!」
石川がスピーカーのスイッチを入れた。
ズンズンズンズン!ズドドドドド!
重低音が夜のキャンプ場に響き渡る。その音量たるや、周囲のサイトの焚き火の炎が本当に震えるレベル。地面が振動している。近くのテントが微かに揺れている。
「ちょ、ちょっと!音量!音量下げて!地震みたいになってる!」富山が叫ぶが、音楽にかき消される。
「最初は俺からだあああああ!」
石川が蛍光グリーンの膝当てと肘当てを装着し、蛍光ピンクのヘッドギアを被る。その姿はまるで未来から来た宇宙人のよう。いや、もっとダサい。決定的にダサい。色の組み合わせが完全に間違っている。でも石川の顔は真剣そのもの。眉間にしわを寄せ、鼻息が荒い。
「見てろよ!これが俺の...トップロック!」
石川が音楽に合わせてステップを踏み始める。左足を前に出し、右足を引く。両腕を横に広げ、上半身を左右に揺らす。その動きは...ブレイクダンスというより、盆踊りとラジオ体操を混ぜたような何か。腰の動きが完全におじさん。リズムも微妙にズレている。
「うおおおお!感じるぜ!ビートを!」
石川が叫びながら、右腕を大きく回す。風車のように。でも遠心力に負けて体がグラリと傾く。
「おおおおお!石川さん、カッコイイですよ!」千葉が拍手する。その純粋な目。曇りなき眼差し。
「だろ!?これがトップロックの基本だ!次は...フットワークに移行するぜ!」
石川がしゃがみ込み、両手を地面につく。そして左足を横に伸ばし、右足を前に出す。体が横向きになり、カニのようなポーズ。
「これが...シックスステップの...うおおおお!」
石川が足を動かそうとするが、ワックスが効きすぎていて足が滑る。ズルッ!体が前のめりになり、顔面からフロアに突っ込みそうになる。石川が慌てて手で支える。腕がプルプル震えている。
「お、おおおお...こ、これは...腕が...!」
両腕が限界を迎えている。肘がカクカクと折れ曲がる。顔が真っ赤になり、額から汗が滝のように流れる。
「う、うおおおお...!腕が...腕がああああ!折れる!折れるううう!」
三秒後、石川がバタンと倒れた。完全に倒れた。フロアの上で大の字になっている。胸が激しく上下している。
「石川!大丈夫!?」富山が駆け寄る。心配そうだが、どこか「ほら見たことか」という表情も混ざっている。
「だ、大丈夫だ...予想以上に...腕力いるな...あと背筋も...腹筋も...全身が...」
石川が息を切らしている。額の汗がフロアに滴り落ちる。呼吸が乱れている。
「次は...フリーズだ...!」
「まだやるの!?」富山が叫ぶ。
石川がムクリと起き上がり、再び両手を地面につく。そして...片手だけで体を支えようとした。
「これが...チェアー...!」
体が横に傾く。右手一本で全体重を支える。肘を腹に当て、体を浮かせようとする。だが。
「重い!重いいいいい!俺の体重が!」
石川の体重は約75キロ。それを片腕で支えるのは無理がある。右腕がブルブル震え、顔が苦悶の表情に歪む。目が泳いでいる。
「お、おおおお...!こ、これは...芸術だ...!」
一秒後、石川が再び倒れた。今度は横向きに。ゴロンと転がり、そのまま仰向けになる。両手を上げて降参のポーズ。
「無理...無理だわこれ...体力の限界突破どころか...限界に到達した...」
「だから言ったでしょ!」
その瞬間、隣のサイトから「すみませーん!」と声がかかった。さっきのカップルだ。男性の方が困惑した顔でこちらを見ている。女性は完全にテントの中に隠れている。
「あの...音、もう少し小さくしてもらえませんか...?というか、何やってるんですか...?」
「ブレイクダンス大会だ!」石川が倒れたまま答える。
「...はあ」
明らかに呆れた返事。カップルが再びテントに戻る。女性の「なにあれ、ヤバくない?」という声が聞こえる。
「おっと、すまんすまん!」石川が音量を下げる。ズンズンが、ズンズンに変わる。微妙な変化。そして、ムクリと起き上がる。
「次は千葉の番だ!」
「えっ!?僕ですか!?」千葉が飛び上がる。その反応は予想していなかったかのよう。
「当たり前だろ!お前も参加者だぞ!」
「わ、わかりました!やります!やりますよ!せっかくだから、派手にいきます!」
千葉が蛍光イエローの防具を装着し、フロアに立つ。その姿は初々しく、そして滑稽だ。でも顔は真剣そのもの。拳を握りしめ、深呼吸する。
「これが...ブレイクダンス...!」
千葉が音楽に合わせて動き出す。まず右足を前に出し、左足を引く。両腕を胸の前でクロスさせ、そのまま開く。その動きは...何かの準備体操のよう。
「イエエエエイ!」
千葉が突然叫び、ジャンプした。高さ30センチほど。そして空中で体を横に回転させようとして...
「うわああああああ!」
着地に失敗。足がもつれ、前のめりに倒れる。膝当てがガツンとフロアに当たり、大きな音。そのまま転がり、一回転して仰向けになる。
「いったああああああ!」
「千葉!」富山が三度目の救助に向かう。
「だ、大丈夫です!膝当てのおかげで!」
千葉がニッコリ笑う。顔は汗だくだが、目が輝いている。そしてまた立ち上がる。
「もう一回!今度は...ウィンドミルに挑戦します!」
「無理だって!」富山が叫ぶが、千葉は聞いていない。
千葉が地面に寝転がり、両手を広げる。そして体を横に回転させようとする。が。
「回らない!全然回らない!」
体が微動だにしない。ただ地面で左右にゴロゴロしているだけ。まるで魚が陸に上がったような動き。
「うおおおお!回れええええ!」
千葉が必死に体をひねる。だが回らない。完全に回らない。代わりに、フロアの上で横向きになったまま、手足をバタバタさせている。その姿はもはやダンスではない。
「やっぱりブレイクダンスって体力使いますねええ!あと技術も!あと才能も!」
千葉がゼエゼエ言いながら立ち上がる。服が汗でびっしょり。顔が真っ赤。
「だろ!?これが体力限界突破だ!」石川が満足そうに頷く。自分も倒れていたくせに。
そして、二人の視線が富山に集まる。まるでハンターが獲物を見つけたような目。
「...え?」
富山が嫌な予感に身を震わせる。体が硬直する。
「と、や、ま!お前の番だあああああ!」
「嫌よ!絶対嫌!」富山が両手を振って拒否する。後ずさりする。
「まあまあ!一緒にやりましょうよ!どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなるって言うじゃないですか!」千葉が目をキラキラさせて誘う。息は切れているが、笑顔は満点。
「ほら、俺達もやったんだからさあ!公平だろ!」石川がニヤニヤしながら近づいてくる。
「やだやだやだ!私はまともなキャンプがしたいの!こんな恥ずかしいこと...」
「恥ずかしがることないって!誰も見てねえよ!」
その瞬間、周囲のサイトから複数の視線を感じる。完全に見られている。家族連れ、カップル、ソロキャンパーのおじさん。みんなこっちを見ている。子供が指を指している。「ママ、あの人達何してるの?」という声が聞こえる。
「...見られてるじゃない」富山が小声で言う。顔が真っ赤になる。
「気のせい気のせい!」
石川と千葉に腕を掴まれ、富山がフロアへと連れて行かれる。もう観念したのか、富山が大きくため息をつく。肩が落ちている。
「...わかったわよ。でも一回だけ!一回だけだからね!あと、絶対に動画撮らないで!」
「よっしゃああああ!約束する!」
富山が蛍光ピンクの防具を装着する。その仕草には明らかに「やりたくない」というオーラが漂っている。でも、どこか諦めにも似た覚悟が見える。深呼吸を三回。目を閉じて心を落ち着かせる。
「...行くわよ」
音楽が変わる。少しスローなビート。富山がフロアに立ち、小さく息を吐く。そして。
富山が動き出した。まず右足を斜め前に出し、体重を移動させる。左足がそれに続き、滑らかにステップを踏む。腰が自然にリズムを刻み、両肩が交互に上下する。
「おおおおおお!?」
石川と千葉が驚きの声を上げる。富山の動きが...流れるようにスムーズなのだ。ステップがリズムに完璧に合っている。腕の動きも自然で、波のようにしなやかだ。
「と、富山!?お前、もしかして...」
「...昔、ちょっとだけヒップホップダンスやってたのよ」富山が恥ずかしそうに言う。でも体は音楽に合わせて自然に動いている。
富山が膝を曲げてしゃがみ込み、両手を地面につく。そして左足を横に滑らせ、右足を前に出す。体が低い姿勢のまま、足が素早く動く。
「これが...本物のシックスステップ...」
左足、右足、左足、右足。足が円を描くように動く。体の重心が完璧にコントロールされている。石川と千葉が同じことをしようとした時は、ただバタバタしていただけだったのに。
「すげええええ!富山、マジでカッコイイ!」
「富山さん、プロみたいです!」
富山の顔が赤くなる。でも、どこか嬉しそうだ。口角が上がっている。
「調子に乗らないで...っ!」
富山が立ち上がり、今度は片手を地面につく。左手だけで体を支え、右手を空に向けて伸ばす。足が宙に浮き、体が斜めになる。完璧なチェアーのポーズ。
「うおおおおお!」
石川が先ほど一秒で崩れた技を、富山が五秒キープしている。腕が全く震えていない。安定している。
そして富山が体を回転させ始めた。地面に背中をつけ、両足を上げる。そして...
「まさか...ウィンドミル!?」
富山の体が回転する。背中、肩、反対側の肩、背中。円を描くように、滑らかに。一回転、二回転、三回転。
「マジかよおおおおお!」
石川と千葉が絶叫する。周囲のサイトからも「おおっ!」という声が聞こえる。さっき見ていた子供が「すごーい!」と拍手している。
富山が四回転目を終えて立ち上がる。息は上がっているが、笑顔だ。
「...久しぶりにやったら、意外と楽しかったわ」
その瞬間。
「アンコール!アンコール!」
隣のサイトから声が飛ぶ。気づけば、周囲のキャンパー達が集まってきている。さっきのカップル、家族連れ、ソロキャンパーのおじさん。みんな拍手している。
「もう一回見たいです!」子供が目を輝かせている。
「え、ちょ、ちょっと...」富山が慌てる。
「富山!お前、隠してたな!そんな実力!」石川が興奮した顔で詰め寄る。
「別に隠してないわよ!あんた達が勝手にやってただけでしょ!私に聞かなかったじゃない!」
「いや、でもこれは...」石川の目がギラリと光る。「観客も集まってきたし...本格的にバトルしようぜ!」
「はああああ!?」
富山の悲鳴が再び響く。
「そうですよ!せっかくみんな見てくれてるんだから!」千葉も乗り気だ。
気づけば、キャンプ場のキャンパーが20人近く集まってきている。円を作って囲んでいる。スマホを構えている人もいる。完全に即席のサイファーが出来上がっている。
「ちょっと待って!これ以上は...」
「じゃあ俺が次だ!富山を超えてやる!」
石川が再びフロアに立つ。観客がざわめく。さっきの無様な姿を見ていた人達が「大丈夫か...?」という表情。
「見てろよ!これが...俺の本気だ!」
石川が両手を地面につき、逆立ちの姿勢になる。両足が宙に浮く。体が垂直になる。
「お、おお!?」
観客が驚く。石川の腕が震えているが、なんとか耐えている。顔が真っ赤で、血管が浮き出ている。
「こ、これから...フリーズに移行...」
石川が片手を離そうとする。が。
「ぐああああああ!」
バランスを崩し、石川の体が横に倒れる。そのまま地面に激突。ゴロゴロと二回転。最終的にうつ伏せで止まる。
観客から「あー...」という同情の声。子供が「おじちゃん、痛そう...」と心配している。
「だ、大丈夫...これも...計算のうち...」
石川が顔を上げる。鼻に泥がついている。ヘッドギアがズレている。
「計算のうちじゃないでしょ!」富山がツッコむ。
「次は僕です!」
千葉が意気揚々とフロアに立つ。観客が「頑張れー!」と声援を送る。
「今度こそ...ウィンドミルを成功させます!」
千葉が地面に寝転がり、両手を広げる。深呼吸を一つ。そして。
「回れえええええ!」
千葉が体をひねる。足を振り上げる。背中で地面を蹴る。すると...体がわずかに回った!半回転だけだが、確実に回った!
「おおおお!?」観客が湧く。
「もう一回!」
千葉が再び体をひねる。今度は勢いをつけて。足が大きく振り上がり、体が回転する。一回転!
「やったああああ!」
千葉が立ち上がり、両手を上げる。観客が拍手と歓声。子供が「すごいすごい!」と跳ねている。
「千葉、お前...成長したな...」石川が感動した顔で言う。まだ泥がついている。
「石川さんのおかげです!チャレンジする勇気をもらいました!」
二人が感動の抱擁。キラキラしたBGMが流れているかのような雰囲気。富山が「茶番やめなさい...」と呆れている。
「じゃあ次は...」
石川の視線が観客に向く。ニヤリと笑う。
「誰か挑戦者いないか!?」
シーンと静まり返る。誰も動かない。
「ほら、せっかくだから!」
「...じゃ、じゃあ俺が」
勇気を出したのは、さっきのカップルの男性だ。メガネの奥の目が輝いている。
「おお!ナイス!名前は!?」
「た、田中です...」
田中青年がフロアに立つ。膝当てを装着し、深呼吸。音楽が流れ出す。
「実は...中学の時、少しだけダンス部だったんです...」
田中青年が動き出す。ステップを踏み、腕を回す。動きは硬いが、基本ができている。
「おおお!いいじゃん!」
田中青年がしゃがみ込み、片手を地面につく。そして足を横に出し、体を回転させようとして...
「うわっ!」
バランスを崩して尻もちをついた。観客から笑い声。でも温かい笑い。
「もう一回!もう一回!」
観客が声援を送る。田中青年が再び立ち上がり、今度はシンプルなステップだけを披露。それでも観客は拍手喝采。
「次、私も!」
彼女の方も参加し始める。さらにソロキャンパーのおじさんも。家族のお父さんも。
気づけば、キャンプ場全体が即席ブレイクダンス大会会場になっている。
音楽が鳴り響き、笑い声と歓声が混ざり合う。成功する人、失敗する人、そもそも立てない人。でもみんな笑っている。楽しんでいる。
「これだよ!これが俺の求めてた『グレートなキャンプ』だ!」
石川が満足そうに腕を組む。顔の泥はまだついている。
「...まあ、結果オーライね」富山も笑顔だ。
「最高のキャンプですね!」千葉が目を輝かせる。
そして夜は更けていく。
月明かりの下、簡易ダンスフロアでは次々と挑戦者が現れる。子供達も参加し始め、くるくる回って転んで笑っている。
管理人さんがやってきた時は「また君達か...」という顔をしたが、楽しそうな雰囲気に呑まれて、最後には自分も踊っていた。50代の男性が本気でヘッドスピンに挑戦し、三秒で諦める姿は、この夜一番の見どころだった。
「体力の限界突破...できましたね」千葉が汗を拭きながら言う。
「ああ。でも、限界を超えた先に...」石川が夜空を見上げる。「新しい楽しみがあるんだよな」
「次は何するの?」富山が恐る恐る聞く。
「次はなあ...『真夜中の大声合唱大会リベンジ』を...」
「却下!絶対却下!」
富山の叫び声が、星空に吸い込まれていった。
焚き火が揺れる。笑い声が響く。音楽が流れる。
こうして第198回「俺達のグレートなキャンプ」は、予想外の大成功で幕を閉じた。石川のハイエースには、新たな傷が増え、富山の胃痛は悪化し、千葉のキャンプ愛はさらに深まった。
そして翌日、キャンプ場の掲示板には貼り紙が増えていた。
『夜10時以降、大音量での音楽再生、及びブレイクダンスを含む激しい運動は禁止とします』
「...規約が増えてるじゃない」
富山が呆れた声で言う。
「伝説を作ったってことだな!」
石川がドヤ顔で笑う。
こうして今日も、彼らの奇抜なキャンプは続いていく。
次回、第199回「俺達のグレートなキャンプ」は、果たしてどんな突飛な展開が待っているのか。
それは、また別の物語。
-完-
『俺達のグレートなキャンプ198 体力限界突破!ブレイクダンス大会』 海山純平 @umiyama117
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