一話完結短編の集まり

貴殿之セイジャ

オブライエン教授のロボット講義

 約三平方のリビングにはソファーが四脚とテーブルが一卓。その下にはなんと悪趣味なことか、豚同士の性行為の様子を初めから終わりまで、まるでアニメーションの絵コンテのように緻密に模様として描写したペルシャ風絨毯が敷かれている。テーブルを挟み暖炉側のソファーに座るのは訪問者のデック・フォード氏、そしてその反対側に座するのは悪趣味な家主のベンジャミン・オブライエン教授であった。オブライエンは口に含んだ紅茶を容赦なく食道に流し込むと、両手に構えたイギリス流のティーカップとソーサーを、一切の無駄な音なく懇切丁寧にテーブルへと戻した。


「”自律人型汎用作業機労働用アンドロイド”なんて言えば聞こえはいいがね」


 オブライエンはフォードに語る。


「実際のところ、世に出回っているアンドロイドの大半は愛玩用のラブドールだ。最近開発された、精密人口皮膚ニューロシリコンだったか? あいつは熱には弱いわよく切れるわ、それならまだ変えが効くが、直立二足歩行なんぞ不安定で常に高い転倒のリスクと隣り合わせだ。ごく一部の職種は使用しているみたいだが、それでもなんとも非効率極まりない。ミスターフォード、そうは思わんかね。作業用器械なんてものは、わざわざ維持費も修繕費も馬鹿にならない人型なんぞ使うより、全身をステンレスと対腐スプレーで覆った四足歩行型フォーレッグ昆虫型インセクスにしてしまった方がよっぽどコストパフォーマンスが良いんだ。」


「その割には随分と金喰い虫を飼育なされているようですが。」


 フォードは部屋の隅からトレイにチョコレートとクッキーを乗せてやってくる女児の影に目を向けながら聞いた。フォードにはそれが修学するかしないかほどの三乃至五歳児ほどに見えたが、それと同時に明らかに人間に寄せることを目的とされていない歪な目の形から、それがシルエットだけは女児を模しているだけのアンドロイドであることも認識した。オブライエンはそんなフォードの様子を見て驚かしてやろうと、やってきた女児のスカートをガバッと開いた。フォードは「何を?!」と言いかけ、オブライエンへの抗議の言葉を頭の中で抽出しようとしたが、そんな思考はそのスカートの中身を見てどこかへと打ち捨てられてしまった。


「どうだ、驚いただろう。」


 なんともそれは歪であった。そんなものがあっていいのかと、先祖二十代に渡るカトリックの家で育ったフォードにとって、それはなんとも存在を認め難い代物であった。


「両性具有小児奇形ラブロイドさ。よくできているだろう、私が設計した。」


 そこにあったのは二本の足でも、それに準ずる股関節部でもなく、そこにあったのは歪に結合したように見える一本の足と、その足の中央上部から生える、フォードには脳の中では分析も言語化も、何なればその情報を取り込むことも躊躇う情景であった。だが、そのフォードの脳の煩雑に追い打ちをかけるように、そのアンドロイドはオブライエンに向け、口内喉部に装着されたスピーカーより音声を出力する

「さっさとその吐きかけのタンカスのような薄汚い前足を退けろ、ヒューマン。」


 フォードの頭を今まで体験したことのない量の思考が支配した。天使の姿を目視した黙示録のヨハネはこんな気持ちだったのか、禁断の果実を口にして醜い姿となったアダムとイブの姿を楽園の神はこのように見ていたのかと、フォードは思った。思わざる負えなかった。オブライエンは下裾を捲る左手を離しながら「驚いたか!私の趣味さ。まるで生きているようだろう!今にもこんな醜い姿で産んだ人間共に復讐をしてやると言わんばかりの迫力だろう!」と、放心状態のフォードに語る。


「この瞬間だけ切り取れば、あたかもアンドロイドが自我を持ち、そして人類に反旗を翻す日が現れるように思えるだろう。だが実際は違う。このアンドロイドは私がプログラムした命令にそのまま従っているに過ぎないし、その命令以外の行動を実行することは物理的にできない。私が一言一句このセリフを言うようそれに入力したのだ。時に、君は動物を飼っているかね?」


 フォードはどうにか正気を取り戻すと「会社では人工犬を飼育しています。」とオブライエンに返答する。オブライエンはそれに対し「電気か?交配か?」と再び聞くと、フォードはそれに対し「電気です。」と返した。オブライエンはふむ、と心の中で一息つくと「最近の電気動物は何とも面白いものでね。」と新たなる持論の展開の用意を済ませた。


「聴く話によるとなにやら”電気病”という機能が搭載された新型モデルが巷で人気を博しているようじゃないか。従来の人工愛玩物はどうにか欠陥や摩耗を無くして、とにかく長持ちすることを、とにかく長い間飼い主と共に暮らせる電気家族サードファミリーをモットーに試行錯誤を重ねられてきたものだが、それとは全くの対象的なアプローチ、愛していた動物の死や体調不良というイベントを人工的に再現して疑似愛情アンプラトニックの生産性を高める。生産者側はそれにより部品や加工のコストを下げ、また電気動物が病死した家に新型モデルを売りつけることで長期の利益を見込める。場所によっちゃあ”電気病治療薬”とかいうものを別売りにして高値で販売しているとか、愛情ビジネスなんていうものはなんとも、昔からボロい商売だ。」


 フォードは教授の言葉をかみ砕くと、教授に自らの本来の役目を果たすべくあからさまに話題を逸らして自分が聴かねばならない質問をする。


 「昨今の人口意識プログラムが1センチ四方に持つ思考計算用組織ニューロプログラムの数は同様の大きさの範囲に持つ人間の脳の細胞の数を優に越えているとの結果も出ています!これに対しどうお考えですか。」


「おそらく宇宙から地球に怪獣や知的生命体がやってきたとしても、彼らは我々の持つ進化の系譜の仲間に入ることはできないだろう。もちろん交配も、愛し合うことはあるかもしれんが、だがその間の溝が人と家畜以上の関係に縮まることはない。私にとって、アンドロイドや人口意識が持つ「自我」とはその程度のものなのだよ。」


 オブライエンは一息つく。


「それにだ、人口意識がどれほど進化しようと、人間が持つ「感情移入」という機能を再現することはできない。現に君はさっきのラブロイドを見て、馬鹿正直な嫌悪や困惑という感情を入力しただろうが、一瞬でも「可哀想」と言う感情を認識したかい?」オブライエンは続ける。「でも、君の会社、アルハンブラメディアだっけ?はよく考えたものだよ。記者という仕事において対象に無駄な同情を抱かず、そして取材の始まりから終わりまでを淡々と全てリアルタイムでクラウド上に保存して共有できるんだからな。うってつけだと思うよ。」


 ミスターフォードは、アルハンブラメディアより命令された任務の完了を入力すると、手足を次々と仕舞い込み、八十センチほどのダルマへと変形し、背部に装着された半磁力浮遊装置を起動すると、まるで廃墟に漂うハウスダストかのようにふわふわと浮いて、そしてオブライエン氏の悪趣味な宅の天窓より本部へと帰投した。


 終わり。

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一話完結短編の集まり 貴殿之セイジャ @Seija_Kidenno

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