NovelJam2025に参加してみた
粉雪
第1話 NovelJam2025体験記
物語を書くことで扉が開く。私にとってはそんな感じ。
今年8月、たまたま商業作家向けの掲示板で、NovelJam2025というイベントの参加者募集を目にした。
10月11日~13日の3日間で、その場に集まった著者・編集者・デザイナー計32名が、8チームに別れて3千~1万字の短編を完成させ、本の発売を目指すという。今年で7回目の開催らしい。
(ひとつのグループに著者は2人で、編集者とデザイナーは2作品を担当する)
お題も当日発表される、いわば即興小説。チーム分けも人数が少ない札幌や沖縄を除き、当日くじ引きで決まるらしい。
「おもしろそうじゃん!」
小説家になろうで連載し、4年間で本を10冊上梓するぐらいだ。短いスケジュールで作品を完成させるのも慣れている。
BookWalker様などスポンサーもついており、なんと東京・札幌・沖縄の3会場で同時開催だという。私はいちばん規模が大きい東京会場に申し込んだ。
実は申し込みをした時点で、募集はすでに締め切られており、「キャンセル待ちの補欠枠になります」ということで、しばらく連絡を待つことに。
9月になってから「キャンセルが出ました!」とメールを頂く。今回の場所はJR新小岩駅からバスで十数分の、江戸川区グリーンパレスと案内された。
けれどこのイベント、楽しそうだなぁと気楽に参加したら、プロ・アマ入り乱れてのガチ出版バトルだった。もちろん私以外に、プロの作家さんもいらした。そのうちのひとりが叫ぶ。
「新刊を4年出せてない!」
え、待って。切実。書くことを楽しむ人たちが参加するのかと思ったら、想像よりギラギラしていた。
会場に入るなりナンバータグを渡され、簡単な説明の後くじ引きで、私はEチームになった。
Eチームはデザイナーのいちじくさんに、編集の荒幡さん。カクヨム中心に活躍されている、もう一人の著者岡田さん。荒幡さんは細身でウェーブヘア。岡田さんは丸眼鏡で文豪っぽい雰囲気。私は何だろうな。
とりあえずあいさつ代わりに『魔術師の杖①』をお渡しする。皆さん快く受け取って下さった。
ごめん、それ続き物で10冊あるの。全部は持ってこられなかったの。続きはネットか本で読んでね。
「初参加です」と名乗ったら、なんとデザイナーのいちじくさん以外、全員初心者という構成だった。
「じゃ、ビギナーズラック狙おう」と、チーム名は『ビギナーズラック』に。
いちじくさんは2回目の参加で、美大志望の高校生だという。
「志望校に提出するポートフォリオに、この作品も入れたいです」
それを聞いて、がぜん張り切る。
この少子化。若者は全員サバイバル感覚で生きている。ぜひ志望校に合格するためにもグランプリの栄冠を!
で、グランプリってどうすればいいの?
説明によると審査員による審査だけでなく、今年からグループごとの売り上げも考慮されるらしい。
私がプロの作家ということで、荒幡さんが「これは心強い」とおっしゃる。待って、私なろうでもぺぇぺぇだからね。キラキラーンと輝いている作家さんじゃないから。
でも文章を3日間で仕上げるには、じっくり考える暇はない。ガッと手を動かして書けたものが、そのまま本になるってことだ。
「いつもの分野で勝負しろ」
注意事項で念を押される。たとえば私がいきなりホラーとか、歴史ものとか書こうとしても無理。それはわかる。
ここで会場の運営や参加者のアメニティなど、イベントを支えて下さっているスポンサーが紹介される。ありがたい。
そしてお題発表!
――『移住』――
ちなみに昨年は『3』だったらしい。丸眼鏡の文豪、岡田さんがおっしゃる。
「『移住』だとネタ被りが心配ですね」
「単なる引っ越しじゃないですもんね。移住かぁ……」
それから編集の荒幡さんと打ち合わせ。この時点ではどんな話にするか、どんなキャラクターが登場するかも決まっていない。
「ちょっと歩きましょうか」
荒幡さんの提案で、4階の会場からひとつ階段を下りて、3階にある郷土資料館に移動しながら、移住のイメージを話していった。
「移住って、人生を変えるイメージですよね。動機が必要です。主人公に移住を決意させるような……抑圧された環境、家族の病気とか」
「ネガティブな状況からの脱出。またはポジティブでハッピーな結末を目指しての移動、いろいろ考えられますね」
ちょうど資料館では学童疎開特集をやっていた。
「これも移住ですねぇ……」
なんとなく見て回る。けれど学童疎開では何も思いつかない。歴史もの、現代史、ドキュメンタリー。ここで最初の注意事項がよみがえる。
『いつもの分野で勝負しろ』
私が書いている分野は、キャラクター文芸と呼ばれるジャンルで、ふつうの小説より会話が中心だし、しかもキャラクターは立ちまくりだ。
困難から脱出する人物を想定して、セリフのやり取りを書きだしつつ、どんな困難かを考える。なんとなく書き出しが、ポンと頭に浮かんだ。
『その日、世界は終わったんだと思う』
そこから書いていった。セリフを羅列し、その間を埋めていく。状況を整理し、場面描写を加えていく。キャラクターのセリフや行動だけで、内面を表現して……。
書く。ひたすら書く。そしてキョロキョロする。隣の席では、デザイナーのいちじくさんがタブレットを操り、使えそうな素材を探していた。
すぐにお昼ご飯。Eチームの4人で、グリーンパレス1階のレストランに行く。私は江戸川区名物小松菜パスタを注文。リーズナブルな価格で、味もおいしい。会話もふつうに弾む。みんな優しい。
文豪の岡田さんに進捗を聞いてみる。
「岡田さんはどんな感じ?」
「腕を切り落とす話です」
どうやらテーマの『移住』は、拡大解釈できるらしい。意外とネタ被りはしなさそう。
結果的にフタを開けてみたら、全員てんでバラバラな、個性がちゃんと際立つ文章を書いていた。しかも手練れというか、皆さん書き慣れていらっしゃる。すごいな……と内心、舌を巻く。
私は特に奇をてらわず、男2人の脱出劇を書くことにした。バディ物だ。
「私、男性キャラ同士の掛け合いに定評あるんですよ」
書きながら荒幡さんに自慢したら、最終日にプレゼンテーションで、パワポを使ってしっかり強調されていた。荒幡さん、お茶目な人だった。
ええまぁ、「イケメンは世界を救うんですよ!」とも言いました。
イケメンが毎回ひどい目に遭うのが粉雪作品です!
1日目は18時にプロットを提出したら作業終了。残って作業を続ける人も多かったけれど、私は肉が届くことになっていて、早々に引き上げた。
ふるさと納税を頼んだまま、家族が旅行に出かけてしまい、受け取れるのが私しかいないという、なんとも間抜けな早退だった。
丸眼鏡の文豪、岡田さんは会場近くのホテルを取り、原稿に取り組んだらしい。偉すぎる。
2日目がスタートし、荒幡さんはさすが編集さんらしく、私に聞いてくる。
「何千字の予定ですか?」
「えー8千字ぐらいかな」
そう答えたけれど、まだ2千字ぐらしいしか書けていない。
「岡田さんは?」
「七千字です」
「ふおっ⁉」
「寝てません」
焦る。しかし文豪岡田さん、顔が土気色である。
「だけど字数がオーバーしそうで。それはそれで削るのが大変なんですよ」
「わかります。加筆より削るほうが難しいですよねー」
編集の荒幡さんはじっくりと、時間をかけて文章を読みこむと、赤を入れてくれた。
「この部分はいらないと思います。僕個人の感覚ですが、『わかりにくい』『伝わりにくい』と感じます」
しかもちょいちょい持ち上げてくれる。
「この部分、いいですね!」
わ、楽しい。私の隣ではいちじくさんがバリバリ描いている。チラッと見ながら私も書く。とにかく書く。バリバリ書く。
文章を読み直して、手を入れる。けっこう皆さん、この作業で音を上げるけれど、私は楽しい。
文章は読ませるもの。ストレスなく一気に駆け抜けるように、エンディングまで読者さんを連れて行く。
私の前には白い画面しかなくて、そこに文字列を打ち込むごとに世界が広がり、キャラクターが立ち上がって、セリフをしゃべり動きだす。
声優さんによる朗読会も、BGMで聞き流していたら、トリで読まれた。この時点でまだラストは書いておらず、「作家さん、続きは⁉」と叫ばれた。
バディ物なので、男性声優さんが1人2役で演じて下さり、セリフの掛け合いがめっちゃ楽しかった。きちんとした発声でセリフを聞くと、また別の感慨が湧く。
編集者会議もデザイナー会議も時間を決めて、同じ会場で行われている。それぞれ発表して進捗を共有し、何やら討論までしている。
運営さんは全体の流れを監視しつつ、サポートに入って下さる。初日はWi-Fiがつながりにくかったりと、トラブルはあったけれど、2日目は概ね順調なようだ。
午後に入り、私よりも早く書き上げた岡田さんが、伸びをして余裕なことをおっしゃる。
「これ、僕ら明日することありますかね?」
私はちょっと考えて、先輩作家風を吹かした。
「校了前のチェックがあります。すべてチェックして、最後にOKを出すのは著者の役目です。本は自分の名前で出るのですから」
かっこいいこと言っちゃったよ。実際、BCCKS上の作業に移ったとたん、直しが大量に発生して、岡田さんはめっちゃ汗をかいていた。
WEBやモニターで確認して大丈夫だと思っても、『本』という媒体だと、いろんな粗が見つかる。
ギリギリまで直したくなる。時間はいくらあってもいい。見直すたびに修正箇所がでてきてエンドレス。そのドツボから抜けだすために〆切がある。
私は私で、ふつうに出版社へ企画を出しても、通らなそうな話を書いていた。SFでデストピアで、男ふたりしか出てこない。
『いつもの分野で勝負しろ』
それでいくと、私のカテゴリは『キャラクター文芸』で、なおかつ『異世界転移錬金術ファンタジー』だけれど。
書いてみて、自分の文章の書きかたや組み立てかたを、改めて再確認した。うん、私の作風ぶれない。
結局、白衣着て働く人間書いて、空を飛ばせている。
最終日3日目、差し入れのアップルパイを持って行く。Eチームのみんなで食べると、疲れた脳みそに沁みる。
「うわ、効く!コーヒーがほしくなる!」
丸眼鏡の文豪、岡田さんは自販機に走っていった。そうなんよ、優しい甘さが沁みるんよ。しかもガツンと胃袋を満足させる重量感。名作を書きたかったらアップルパイを食べよう。
それ以外にも書いていると、ちょこちょこオヤツの補充があった。本当に皆さんありがとう。
東京会場の近くにコンビニもあり、1階には解放感のあるカフェもあって、気分転換もしやすい。カフェのテラスに出ると金木犀の香りがした。
沖縄や札幌の会場も、WEBで送られてくる画像を見るととても素敵で、岡田さんと「次はそっちで参加したいね」と話し合う。ゆくゆくは全国開催、NovelJamツアーとかあったら面白い。
私のほうも、ちゃんと8千字ちょいで『七日目の希望』という作品を仕上げ、荒幡さんに感心された。
「よく作家の方が『キャラクターが動き出す』という話をされていますが、それを間近で見れて感動しました。編集者冥利を体験させていただきました!」
できあがった原稿をBCCKS上で編集し、表紙やタイトル、章題や見出しなどをつけて本の体裁を整えていく。
私は荒幡さんにお任せしてしまったけれど、岡田さんはBCCKSに慣れたいと、ひとりで唸りながらやっておられた。
ゆくゆくは自分でジャンジャカ、本を発行されるに違いない。未来の文豪、ファイト!
そしてとっても大事なこと。とっつきにくい所もあるBCCKSには超便利な機能がある。
それは印税の『自動分配機能』。つまり売り上げから自動的に、著者や編集者、デザイナーに印税が支払われる。
これなら後からもめる要素が少なそう。信頼できる編集者が見つかれば、いつでも本が作れるということだ。
もちろん電子書籍販売の厳しさは私も知っている。これで即、ご飯が食べられるようになるわけじゃない。地を這うような努力がいる。
出版社で大勢が関わる作品は、軌道に乗せるまでが大変だけれど、いざ動き始めればダイナミックで面白い。
だが先日、コンテストで受賞したにもかかわらず、何年も待たされて結局、出版そのものが立ち消えになった作品があったばかりだ。
今の時代、情報を伝えるチャンネルはいくつあってもいいし、出せるタマはいくつあってもいい。
どんな形であれ、何か作品を創りあげることが大切で、それは自分の力になる。
近況報告代わりに「こんなの書きましたよ」と言えるものがいい。
自分でポンと本が作れる。それを持って地方の文学フリマを回る。そんな気楽な本作りも悪くない。
10月11日の朝、それまで思いつきもしなかった物語が、13日には出来上がっていて、キャラクターたちは生き生きと動きだした。
『七日目の希望』にでてくるカインもヤシロも、私にとっては大事なキャラクターになったし、できた本はやっぱり宝物だ。
それとデザイナーのいちじくさんは『七日目の希望』で、NovelJam2025のデザイン賞を受賞された。シンプルで力のある表紙はマジで美しい。やったね!
それをチームEビギナーズラックのメンバーだけでなく、会場に集まった人たち、遠隔でつながっていた沖縄や札幌の人たちと、全員で創りあげることができた。ひたすら楽しかった記憶しかない。
出版社とのやり取りは顔が見えないぶん、メールひとつでも気を遣う。
ふだんは家で黙々と書いているから、NovelJamではみんなでワイワイ、小説の話をしながら作業できるのが新鮮だった。
著者で参加したり、デザイナーで参加したりと、その年で役割を変える参加者もいる。創作エネルギーが有り余っているかたには、ぜひ参加をお勧めしたい。
参加はできないけど応援するぞって方は、クラウドファンディングも毎年募っているそうだ。そちらもぜひ!
NovelJam2025に参加してみた 粉雪 @konayuki0629
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