第2話 新たな世界
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美人ギャングに育てられてたら強くなりすぎた
ep.2 第2話 新たな世界
掲載日:2025年12月05日 01時15分
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本文
血の赤とは違う、もっと澄んだ色。
朝焼けとか、夕焼けとか、そういうきれいな赤に近い。
長い髪を高い位置で一つに結んでいて、その先が肩のあたりで揺れている。
黒いロングコートの裾が、まださっきの風圧の名残でひらひらとなびいていた。
顔立ちは、日本人っぽい。
でも、雰囲気は日本人じゃない。
目元の濃い影。
すっと通った鼻筋。
薄く笑った口元。
テレビのドラマでも見たことないような、“映画の中から出てきた”みたいな女の人だった。
その手には、何も持っていなかった。
さっきの爆発みたいな音と、男が吹っ飛んだのは、この人がやった――としか思えなかった。
「……大丈夫?」
女の人は、血だまりを踏まないように慎重に歩きながら、僕の方へ近づいてきた。
声は驚くほど柔らかかった。
さっきまでの景色が地獄絵図だったせいで、その声だけが別世界の音みたいに聞こえる。
「……だ、いじょ……」
“ぶ”が出てこなかった。
大丈夫なわけがないのに、そう言おうとした自分がおかしくて、喉の奥がぎゅっと痛くなった。
女の人は、それ以上問い詰めなかった。
すっと膝をついて、目線を合わせてくる。
近くで見ると、目がすごく綺麗だった。
宝石みたいな派手さじゃないのに、吸い込まれそうな深さがある。
「……怖かったね」
その一言で、胸のどこかに貼り付けていた何かが、びりっと剥がれた。
「う、うあ……ああああああああああああああああ!!」
声にならない叫びが、勝手に飛び出した。
女の人は何も言わずに、僕の身体を抱き寄せた。
コートの下から、少し冷えたシャツの感触がする。
でも、その腕はしっかりと僕を包んで、震えを受け止めてくれた。
僕は、子どもみたいにしがみついた。
いや、実際子どもなんだけど、それでも自分で自分が情けないと思うくらい、必死で。
「おかあさん……おとうさん……っ、兄ちゃん、じいちゃん、ばあちゃん……っ」
名前を呼ぶたび、胸の中がえぐられるように痛んだ。
涙と鼻水とよだれで、女の人の服はぐちゃぐちゃになっていく。
それでも、彼女は一度も僕を離さなかった。
頭を撫でてくれた。
背中をさすってくれた。
どのくらい泣いていたのか分からない。
外が暗くなったのか、部屋の電気が切れたのか、それすら覚えていない。
気づいたときには、僕の意識は遠くなっていた。
胸の中はまだズキズキ痛いのに、身体だけが急激に重くなっていく。
最後に見たのは、女の人の横顔だった。
泣いている僕を抱きしめながら、その目はすごく遠くを見ていた。
それでも、俺は彼女の腕の中で目を閉じた。
目を覚ましたとき、天井が知らない模様だった。
白くて、四角いだけの天井じゃない。
ぐるぐると渦巻くような模様が彫り込まれていて、金色のなにかがきらっと光っている。
布団も知らない感触だった。
家の布団とは違う。
ふかふかで、沈み込むくらい柔らかくて、身体が布に包まれるみたいな感じ。
ぼんやりしながら、僕は瞬きを繰り返した。
「……夢?」
ぽつりと呟いて、首を横に向ける。
そこに、昨夜の女の人がいた。
近い。
思ったよりずっと近くで、僕の隣に寝ていた。
長い赤い髪が枕の上に広がっている。
顔は昨日より幼く見えた。
寝息は静かで、まつげが長い。
そしてなぜか裸だ
(……あっ)
6歳なりに“これは見ちゃいけないやつだ”という認識はあった。
「
うわぁぁぁっ!」
僕は反射的にベッドから飛び降りた。
足が床に届く前に、ずるっと滑って尻餅をつく。
床の感触も家とは違う。
ツルツルしていて冷たい。
「いててて……」
「ん……?」
小さく声がして、女の人が目をこすりながら上体を起こした。
掛け布団が少し持ち上がって、俺は思わず目をそらした。
「……おはよ。そんな隅っこで何してるの?」
眠たそうな、でもどこか楽しそうな声だった。
「な、なんでもない!」
耳まで熱くなっているのが自分でも分かった。
女の人は、くすっと笑った。
「顔、真っ赤」
「え、いや、その」
僕が目をそらしていると、彼女はベッドサイドにかかっていたガウンを肩に羽織った。
それだけで、なんだか安心した。
僕はやっと、周りを見る余裕を持てた。
部屋は、とにかく広かった。
壁は白じゃなくて、少しクリーム色で、ところどころに金色の模様が入っている。
窓は天井近くまであって、外から強い光が差し込んでいた。
窓の外には、見たことのない景色が広がっている。
高いビル。
ごちゃごちゃした街並み。
道路を走る車の形も、なんだか日本のものと違う。
看板に書かれている文字も、日本語じゃなかった。
「ここ……どこ?」
喉の奥がひりひりするくらい眠り疲れていたけど、その言葉だけはすぐに出てきた。
それと同時に、昨日のことが一気に蘇る。
血の匂い。冷たくなった家族の手。
見知らぬ男の笑い声。
赤い髪の女の人の腕の中で、泣き疲れた感覚。
「ここはね、日本じゃないよ」
女の人は、窓の外をちらっと見てから、僕の方に向き直った。
「やっと目、覚めた?」
「う、うん……」
答えながら、僕は布団の端を握りしめた。
夢ならよかった。
でも、身体のどこかが分かっていた。
これは夢じゃない。
家族の笑い声のする“いつもの世界”は、もうどこにもない。
胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
女の人は、そんな僕の顔をじっと見て、少しだけ目を細めた。
「名前、教えてくれる?」
僕は、小さな声で自分の名前を名乗った。
「そっか。私は――」
女の人は、ゆっくりと言葉を選ぶようにしてから、小さく笑った。
「神代かみしろ 茜あかね」
日本人が、なんで日本じゃないところにいるのか。
なんで家に来て、なんであの男を吹っ飛ばして、なんで僕をここに連れてきたのか。
聞きたいことはたくさんあった。
でも、それより先に、別の言葉が口から出ていた。
「お母さんたち……」
茜の顔色が、ほんの少しだけ変わった。
僕は、そこで堰を切ったみたいに話し始めた。
朝のこと。
保育園のこと。
帰ってきたときのこと。
リビングで見た光景。
冷たくなった手のこと。
知らない男のこと。
話しているうちに、言葉がぐちゃぐちゃになっていく。
涙で、何度も声が詰まった。
鼻水で、うまく息ができなくなった。
それでも、茜は一度も遮らなかった。
「うん」「そっか」と相槌を打ちながら、ずっと僕の話を聞いていた。
途中で僕の言葉が途切れて、拳で目をこすっていると、茜はそっとベッドに腰を下ろした。
僕の頭に、手を置く。
その手は冷たくもなく、熱すぎることもなく、ちょうどいいあたたかさだった。
「……つらかったね」
その一言で、もう一度涙が溢れた。
僕は泣きたくなかった。
これ以上泣いたら、全部が壊れちゃう気がして。
でも、止まらなかった。
茜は、僕が泣き止むまで何も言わなかった。
ただ、手を動かして髪を撫でていた。
母さんがよくやってくれたみたいに。
どれくらいしてからか、茜はようやく口を開いた。
「あなたの家族のことは、私が大人たちに話しておく。」
「お墓のことも、戸籍のことも、全部」
「…僕、どうなるの?」
それが一番怖かった。
家族を失った悲しみと同じくらい、これから先の自分がどこに行くのか分からない不安が、胸の中を縄みたいにきつく締め付けていた。
施設に入るのか。
親戚の家に引き取られるのか。
それとも、どこか知らない場所に送られるのか。
6歳なりに、うっすらと“この先”を想像していた。
茜は少しだけ考えてから、あっさりと言った。
「しばらく、ここにいなさい」
「……え?」
予想していなかった答えに、思わず顔を上げる。
「ここなら、とりあえず安全だから」
「安全……?」
昨日見たリビングの光景と、さっき見えた外の街並みが頭の中で交錯する。
「ここ、どこ?」
「国の名前を聞いても、まだピンと来ないと思うけどね」
茜は少し肩をすくめた。
「日本じゃない、遠いところ。あなたの家から、飛行機で十数時間ぐらい」
日本から、十数時間。
それがどれくらい遠いのか、正確には分からない。
でも、“もう簡単には帰れない場所”だということだけは、直感で理解できた。
「どうして……助けたの?」
ずっと喉の奥につかえていた言葉が、やっと出てきた。
「おねぇちゃんは、関係ないじゃん。」
「僕の家のことも、家族のことも、僕が誰かも、知らなかったのに」
僕は、自分でもびっくりするくらい尖った声を出していた。
助けてもらったのに、文句を言っているみたいで、胸がちくりと痛む。
でも、その疑問を飲み込むことはできなかった。
あのとき、茜が来なければ――全部、そこで終わっていたのに。
どうしてわざわざ危ない目をしてまで、知らないガキを助けたのか。
茜は、少しだけ目を細めた。
そして、ふっと笑う。
「きまぐれだよ」
「……きまぐれ?」
「うん。」
「たまたま通りかかったら、あなたの家の方から悲鳴が聞こえたから」
“仕事”という言葉の響きが、少し怖かった。
茜は続ける。
「悲鳴と、血の匂いと、一応、覗きに行っただけ」
「それで、あの人を……」
壁にめり込んだ男の姿を思い出して、身体がびくりと震える。
茜は軽く肩をすくめた。
「怖いところ見せちゃってごめんね」
「あなたを助けたのはね、ほんとにただの気まぐれ。……それと」
そこで少し言葉を切って、茜は俺を見た。
「あなたの泣き声が、どうしようもなく、放っておけなかった」
その瞬間、胸の奥に何かが落ちた。
それは、感謝とも違うし、安堵とも違う。
もっと曖昧で、でも確かに温かいものだった。
嬉しい、と言ってしまうには、あまりにも今の現実がつらすぎる。
だけど、完全な絶望だけだった世界に、ほんの指先ほどの光が差し込んだ気がした。
「……僕、ここで暮らすの?」
「そうなるね」
茜はあっさりと言った。
「日本の役所ともうまく話を通しておく。」
「あなたの戸籍も、手続きも。」
僕にはその意味が分かりきらないけれど、
少なくとも、彼女は何かとんでもない“力”を持っているらしい。
「私の“家”は、ちょっと特殊だけどね」
「私は、この国で一番大きなギャングのボス。」
「うちの組織には、八千人くらいの人間がいる」
八千という数字の大きさが、6歳の頭ではうまく消化できない。
ただ、“学校の全校生徒”よりずっと多い、くらいの感覚だけはあった。
「ギャングって……何?」
恐る恐る聞く。
茜はその質問に、少しだけ困った顔をした。
「うーん。」
「悪者かな」
僕にはそのときは理解できなかった
それ以上僕は追求しなかった
追求してしまったら、この人まで“いなくなってしまう”ような気がして。
家族を一度に五人も失ったばかりの僕には、もう誰も手放したくなかった。
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