第15話「諜報官」

王太子付の諜報官に、ユリウス・グレイという者がいる。

元々は文官志望だったが、王太子レオンの目に留まり諜報任務に就いている。

それほど政治に興味のないレオンのことだから、ただ少し気に入った者を取り立てただけだったのかもしれない。


だが、ユリウスには諜報の才があった。

記憶力と論理的思考に優れ、隠密行動に耐える体力もある。


ただ、今のユリウスは王太子から疎まれるようになってしまった。

リディア追放の際、レオンに諫言をしたからである。


追放の根拠となった噂の流布やエリザベートのドレスへの薬品など、ユリウスから見ればあまりに稚拙だった。

しかし、エリザベートを気に入っているレオンはユリウスの言葉を取り上げなかった。

それどころか、ユリウスのことを煙たがるようになったのだ。


ユリウスは、リディアに敬意を抱いていた。

諜報の成果をレオンに告げに行く時、リディアも一緒にいることが多かった。

レオンは、自分で聞いたり判断したりするのが面倒だったのだろう。


その際、リディアはとても丁寧に対応してくれた。

それだけでなく、内容についても深く理解し、さらにこういう情報が欲しいと明確に指示を出してくれた。

この人の下で働きたい、と何度思っただろうか。


とは言え、リディアを追い落としたエリザベートも働きぶりは真面目だ。

リディアの追放に反対意見を述べて冷遇されたユリウスは、重要な仕事を任せてもらえなくなった。

そこで、リディア追放の元凶であるエリザベートを調べ始めたのだ。


冷遇されるようになったので直接会ってはいないが、帳簿を見るにその仕事ぶりがよくわかる。

それでも、民のための出費を惜しまなかったリディアの方が、国庫を潤すことを一番に考えているらしいエリザベートよりもユリウスは好きだった。


そして、その調査の途中で怪しい動きが見えた。

エリザベートの侍女マリアンヌ。


彼女が密かに会っている黒ずくめの男はいったい誰だ。

敵もなかなかの手練れで、これ以上近づくと見つかってしまうという感覚がひしひしと伝わってくる。

別れた後を追おうとしても、こちらの気配を察知されないようにするのが難しい。


次にいつ会うのかが分かれば数人で追えるのだが……。


マリアンヌに直接聞くことは最後の手段だ。

諜報の素人のマリアンヌに直接問いただせば、必ず普段とは違う不自然なところが出てくる。

あの男なら、その気配に気づいてしまうだろう。


ユリウスは、リディアの追放は単なる公爵令嬢エリザベートのわがままだと思っていた。

だが、それ以上の裏があるのかもしれない、と思い始めている。

そのためにも、黒ずくめの男の正体を暴かなくてはいけない。


「どうせやることもない身だ」


自嘲の笑いを浮かべながら、ユリウスは机の上の短剣を手に取った。

その瞳には、静かな闘志が宿っていた。

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冷酷な伯爵令嬢は追放先の辺境で泣きながら戦い続ける ぐりとぐる @guritoguru

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