第14話「侵食」

リディアは、ルナを連れて再び村の外れの祠に向かった。

辺境に棲む精霊たちを祀っている祠。

ここで紋様が浮かび上がった時、ルナとの絆を感じてとても暖かい気持ちになったのだ。


あれは何だったのか。

長老のセリナによると、自分がルナに選ばれたのだと言う。


だが、選ばれると言っても何に?

聖獣が国の危機を救ったという話を聞いたことがある。

また、別の話では資格なき者が触れると禍に見舞われるとも。


ただの罪人の私が、国の危機を救うことなどないだろう。

そして今のところは、禍に見舞われてもいない。

むしろ、幸せな日々を過ごすことができている。


「このまま穏やかに生きていければ、それだけでいいのだけれど」


選ばれし者だの国の危機だの、自分にはどう考えても縁がなさそうだ。

確かにルナは今まで見たことがない生き物だけれど、子供と楽しそうに遊んでいる姿を見ると無邪気そのものでしかない。


「やっぱりここに来ても何もわからないか……」


今回は、何の変化も起こらなかった。

紋様が浮かぶこともなく、ルナも普通にしている。


何もわからなくても、あの時の感覚がとても気持ち良かったので、せめてそれを味わいたいとリディアは思っていたのだ。

思惑が外れて、リディアは少しがっかりした。

だが、すぐにそんな自分を反省して祠に祈りを捧げた。


「精霊様、どうかこの穏やかな日々が続きますように」


両親のことは気になっている。

だが、今のリディアは間違いなく幸せだった。


しかし、野心ある者がその幸せに侵食してこようとしていた。


***


「エリザベート様は疑念を抱かれているようです」


エリザベートの侍女マリアンヌは、黒ずくめの男に言った。


「ふむう、こちらに寝返らせることは?」


「お父上ならまだしも、エリザベート様はラグリファル王国への忠誠心の厚い方ですので」


「わがままで高慢な公爵令嬢と聞いていたのだが、意外と操りにくいものだな」


「……」


自分の主人を蔑まれ、マリアンヌは少し苛立ちを覚えた。


「王太子レオンは政治に関心のない腑抜け。そこに操りやすい令嬢を持ってくる予定だったのだが」


「リディアの仕事の後を継いでみて、真面目さを知ったようです。こんな人があんな陰湿なことをするだろうかと」


「まあいい。今さらリディアの追放処分を取り消して王太子の婚約者に戻すなどということはできまい。エリザベートの方が操りやすいことには変わりない」


ここでも少しムッとしながら、マリアンヌは右手を出した。


「今月分の報酬を」


男は金貨の袋を手渡すと、薄く笑って闇に溶けた。


「では、次の刻に」


黒ずくめの男は、身軽な動きでその場から消えていった。


「私だって少しは贅沢してもいいわよね」


そう呟いて、マリアンヌは男とは反対方向に向かって歩き出した。

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