第4話「聖獣との絆」
ミルファーレ村に来てから数日が経った。
リディアは毎朝、畑の手伝いや家畜の世話をこなし、村人との交流を深めていた。
その姿をいつも隣で見守っているのが、あのとき道中で助けた聖獣の子ども――銀色の体毛に翡翠の瞳を持つ小さな獣、村の子どもたちから「ルナ」と名付けられた存在だった。
ルナは当たり前のようにリディアの家に住み着き、いつもリディアの後をついて歩いた。
リディアが畑に行けば畑へ、炊事場に行けばそこへ、まるで親に甘える子のように。
「ルナ、今日も元気ね。村のニワトリを追いかけちゃだめよ」
そう声をかけながらリディアが笑うと、ルナはしっぽを振りながら彼女の膝に頭をすり寄せた。
その仕草に村の子どもたちも笑い声を上げる。
「ルナちゃん、リディアお姉ちゃんのこと本当に好きなんだね!」
「うん、まるで心が通じ合ってるみたい!」
リディアはそれを聞いて微笑むが、実際、ルナとの間には言葉を越えた感覚的なつながりがあるのを彼女自身感じていた。
ルナが悲しんでいると、その気持ちが胸に流れ込むようにわかる。
嬉しいときには、胸の奥がぽっと温かくなる。
ある日の夕暮れ、リディアはルナを連れて村はずれの小さな丘に登った。
そこには古びた祠があり、辺境に棲む精霊たちを祀っていると村人に聞いていた。
風が優しく吹くなか、ルナが突然、小さく鳴いて祠の前に座った。
「どうしたの?」
問いかけた瞬間、リディアの胸にずしんとした重い感覚が走った。
まるで誰かが助けを求めているような、寂しさと痛みが入り混じったような気配。
それはルナから発せられているものだとすぐにわかった。
「……あなた、孤独だったのね。私と同じ」
彼女はそっとルナの小さな身体を抱きしめた。
その瞬間、風が止まり、祠の周囲にふわりと光が揺らめいた。
リディアの指先がわずかに光り、彼女の目の前に淡く透き通った紋様が浮かび上がる。
まるで聖獣の体毛をなぞったような紋章。
それは誰の目にも見えているわけではなく、リディアだけの内側に響いていた。
「これ……何?」
不思議と恐怖はなかった。
ただ、心が満たされるような感覚と、どこか懐かしい安心感が胸を包んだ。
ルナは穏やかに目を閉じて、リディアの腕の中で眠り始めた。
村に戻ったリディアは、長老のセリナにその出来事を話した。
セリナは驚いたように眉をひそめた。
「祠の前で光が……?そして紋様が?それは……まさか」
「まさか?」
「あんたは、もしかして“聖獣の心を受け取る者”かもしれない。
この地では稀に、聖獣と心を通わせた人間が神聖な力を宿すと伝えられている。
けれど、それは数百年に一度のことで、私も伝承でしか知らない」
「そんな、私にそんな力が……」
「今はまだ目覚めの兆しでしかない。
でも、聖獣があなたを選んだこと、それは確かだね」
その夜、リディアは眠れなかった。
静かな寝室で目を閉じると、胸の奥にルナの感情と自分の感覚が交差するように広がっていた。
かすかに聞こえる、遠い誰かの声。
まだ言葉にはならないそれを、彼女は心で聞き取ろうとした。
そして確かに思った。
――私には、まだ知らない力が眠っている。
でも、それは人を傷つけるためではなく、誰かを守るためにある力であって欲しい。
リディアの中には、自分を陥れた人間や自分を信じてくれなかった王太子に対する怒りの気持ちはある。
だが、その復讐にルナを利用したくはない。
この子は、心優しい聖獣なんだ。
――ならば私はこの村と、ルナと共にその意味を見つけていきたい。
小さな村で始まった、新たな出会いと不思議な力。その兆しはまだ淡く、けれど確かに光を宿していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます