脳髄闘争

最弱の味噌汁

第一章

第1話

 その瞬間、日本中の家庭で、同時に“異変”が起きた。


 夕食どき。

 テレビが勝手に切り替わり、スマホが一斉に震え、店頭ディスプレイまでもが同じ映像を映す。


 黒背景の中央に、光の粒子があふれた。


 そして——現れたのは、魔法少女だった。


 だが、その可愛さは一目で偽物とわかる。顔はプリクラ加工のように不自然に大きく、目はやたら発光し、頬には安っぽいスタンプ。

 CGの質は妙に粗いのに、妙に実在感がある。


「こんばんわぁ、日本のみんなぁ。今日から、中間テストのおしらせだよぉ♡」


 声は少女のもの。

 しかし表情の動きとわずかにズレていて、違和感しかない。


 じんは、箸を持つ手を止めた。

 天城高校一年、日本最難関校のひとつに通う高校生だ。


 横で叔父の蒼馬そうまが腕を組んだ。

 警視庁で刑事をしている。


 映像の中の魔法少女は、ゆるふわポーズのまま言う。


「一週間後にねぇ、“中間テスト”をするの♡…日本ぜ〜んぶのひとが対象だよっ♡」


 迅は唖然とした。「…んだこれ。」


 蒼馬が低く呟く。


「……乗っ取りか。だが、随分派手だな」


 次の瞬間、魔法少女はまるで聞こえたように、カメラの向こうでニタァッと笑った。


「お馬鹿さんはー、爆破しちゃいまーす♡…どーん♡」


 指先を弾き、小さな爆発の仕草をする。

 その軽さが、不気味さを何倍にもした。


 迅は、息を呑んだ。


 理由はわからない。

 ただ、胸の奥がざわつく。

 脳の奥を、があった。


 そいつ魔法少女は続ける。


「勉強してもあんまり意味ないよ?だってねぇ……

 いまのみんなのー、ほんとの力で勝負するテストだからぁ♡」


蒼馬がリモコンを連打するが、映像は消えない。

スマホも、タブレットも、テレビも。

部屋の空気が、未知の何かに占拠されていく。


魔法少女が手を振る。


「じゃあ一週間後にねぇ♡…まほう、ぜ〜んぶに届くからぁ♡」


「……ばいば~い♡」


ブツッ、と画面が切れた。


数秒の静寂。


その後、スマホが一斉に通知を連発し始めた。

SNSが大炎上している。


《誰だよこれwww》

《中間テストって何www》

《プリクラ魔法少女テロかよ》

《怖いけど草》

《ハッキングかな?》

《政府なんとかしろよ》


テレビのニュースも緊急速報を入れたが、

口調はどこか冷静だった。


「全国的な映像ハッキング被害とみられますが、犯行声明の内容の信ぴょう性は低く、当局は悪質ないたずらとみて……」


政治家たちも記者に質問されて困った顔をするだけ。


誰も本気で信じていない。


ただの奇妙な事件として扱われていた。


だが——迅だけは違った。


あの瞬間、確かに何かが脳の奥底に入り込んだ。


「……叔父さん。さっき、変な感覚しませんでした?」


「ん?変なって?」


「頭の奥に……ノイズが走ったような。触られたような……」


蒼馬が少し驚いた顔をした。


「……俺は何も感じなかったぞ。でも……」


「お前がそう言うなら……気に留めておく」


迅は自分でも理由が説明できなかった。

けれど、本能が警告していた。


これはいたずらではない。

これは、始まりだ。


そして一週間後、

日本の半分が本当に『どーん♡』で消し飛ぶことを——

今はまだ誰も知らない。

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