#005.おじさん、はじめての商業ギルド
商業ギルドへ向かって歩く。
門の近くではそこまででもなかったが、ギルドに近づくほど露店の数が増え、だんだんと賑やかになっていく。
屋台を構えている者、敷物を広げて商品を並べる者、地べたにそのまま並べている者まで様々だ。
売っている物も、飲食物、ちょっとした武器防具、日用品、アクセサリー……と、とにかく活気がある。
露店を冷やかしつつ歩いていくと、ゴードンさんに教わった通りの赤い建物が見えてきた。
看板には確かに「商業ギルド」と大きく書かれている。
「ここか……」
深呼吸を一つして、扉を押し開けた。
中には複数のカウンターが並び、それぞれで商人たちが交渉をしている。
カウンターを離れた場所では、商人らしき人物同士がコソコソと情報交換をしているようだ。
冒険者ギルドと違い、大人数のパーティは見当たらない。三人以上のまとまりは、一つだけだった。
ちょうどカウンターで言い合っていた商人が、肩を落としてとぼとぼと退散していく。
他に並んでいる人もいないので、私はそのカウンターへ向かう。
「こんにちは〜」
「はい、こんにちは。本日はどうされましたか?」
片眼鏡をかけた、物腰の柔らかそうな青年だ。
「商業ギルドに登録したくてですね……」
そう言った瞬間、彼の片眼鏡がキラリと光った気がした。
「では先にギルドの説明をいたします。まず、この街で商売を行うには必ずギルドへの登録が必要です。規模に関わらず、露店から大店まで一律です。登録せずに商売を行った場合、衛兵に拘束され、罰金と強制労働の刑罰を受けることになります。」
おそらく脅しではなく、本当にそうなのだろう。
私は神妙にうなずく。
青年も満足げにうなずき返し、説明を続ける。
「ギルドカードを作成すると、そこに商売の履歴が自動的に記録されます。」
「わっ!すごいですね。……手書きではないんですか?」
「魔道具ですよ。店を出す際は必ず見えるところに掲示してください。常設の店舗は壁に、露店の方は首から下げる方が多いようです。」
「なるほど。……履歴は何のために?」
「わかりますか?」
「……もしかして、税金ですか?」
「はい、その通りです。」
やっぱり。どこの世界でも税金は強い。
「最低でも年に一度、税の支払いとギルド資格の更新のためにお越しください。」
「わかりました。」
「ギルドではその他にも、商人・職人・冒険者の斡旋、卸し先の紹介、不動産の仲介、珍品の買い取り、預金、両替なども行っております。」
「おお〜。手数料はどのくらいで?」
「手数料はいただいておりません。」
「……ギルド、大丈夫なんですか?」
「ご心配なく。登録料・更新料・売買益でやっていけております。」
「なるほど。では登録料と更新料は?」
「店舗の規模により異なります。今はどれほどの規模をお考えですか?」
「ん〜……まずは露店から始めようかなと。」
「かしこまりました。実店舗を構える際は、再度申請にお越しください。」
「はい!」
「露店の登録料と更新料は銀貨一枚です。では、申込用紙をご記入ください。」
用紙には、氏名・出身地・店舗規模・取り扱い品種に加え、簡単な四則演算まで載っている。
取り扱い品種は……うん、色々、と書いておこう。
記入を終え、銀貨一枚をトレイに置くと、片眼鏡の青年が内容を丁寧に確認していく。
「はい、確かに受領いたしました。……ところで、品種が“色々”というのは?」
「はい、ナイフから雑貨まで色々扱う予定です。」
「なるほど、承知しました。それでは、こちらのカードに魔力を流してください。」
青年は握り拳ほどの魔石が埋め込まれた魔道具を取り出し、白紙のカードと申込用紙をセットした。
魔石に指を当てて魔力を流すと、カードの表面に内容が浮かび上がる。
「おお〜! すごいですね。」
「ありがとうございます。こちらの魔道具が普及してから、私共も大分楽になりました。」
「そうなんですね。こちらの魔道具って最近で周り始めたんですか?」
「はい。ここ五年ほどですね。」
「最近ですね?」
「お若い方が五年を最近というのも面白い話ですね。」
片眼鏡の青年がカードを確認しながら、物腰柔らかく笑う。
……おじさんの五年は最近なのだ。
「はい。これで登録が完了いたしました。」
「ありがとうございます。」
青年がカードをこちらによこしながら柔らかく言う。
「サエさん、ようこそ商業ギルドへ。
……偉い人だった。
「よろしくお願いします。早速なんですが、鉄と革と……銅と真鍮を探しているのですが、どこで買えますかね?」
「それでしたら……」
ハロルドさんが目をつぶり、額に指を当て少し考え込む。
「革はなめした状態のもの、金属類は小さなインゴットのものでよろしければ、少量ご用意できます。」
「そしたら、それぞれを銀貨一枚分お願いします。」
「かしこまりました。少々お待ち下さい。」
ハロルドさんはさらさらと何かを書きつけると、カウンター奥で事務作業をしている職員に渡した。
職員は一瞥してから奥へ消えていく。その背中を目で追っていると、ハロルドさんが話しかけてくる。
「今、ご用意いたしております。差し出がましいようで恐縮ですが、真鍮を銀貨一枚分ですと量が多くなりすぎますので、銅と真鍮を併せて銀貨一枚分でいかがでしょうか?」
「はい、それでお願いします。」
「承知いたしました。」
やがて木箱を抱えた職員が二人、戻ってきた。
ハロルドさんが中身を確認し、その中から真鍮をいくらか抜き取ると、抜き取った分を職員に返却するように指示を出す。
「はい、お待たせいたしました。こちらがご依頼の品物になります。」
「ありがとうございます。」
礼を言い、金貨を一枚トレイの上に置く。ハロルドさんはそれを受け取り、お釣りの銀貨を十七枚こちらへよこす。
「銀貨十七枚のお釣りです。お確かめください。」
「確かに受け取りました。ありがとうございます。」
「品物ですが、結構重いですよ?人手を手配いたしますか?」
「いえ、収納魔法を使います。」
「おや、珍しい魔法を覚えておられるのですね。差し出がましいことを申しました。申し訳ありません。」
「いえ、お気になさらず。行きます!」
キュリーにもらった収納魔法を使う。
「我は願い奉る、この荷を世の裏側に隠された蔵へ納めよ。
荷物がふわりと光に包まれ、その輪郭がぐにゃりと歪んだ。まるで空間そのものに沈み込むように、光の中心へと吸い込まれていく。
——ポン、と軽い音を残して、荷物は跡形もなく消えた。
地面には影ひとつ残らず、本当に「そこに存在していた痕跡」すら消えている。
「……おお……」
最初に声を漏らしたのは、ハロルドさんだった。
物腰の柔らかい青年は珍しく目を丸くしている。
「これは……見事な収納魔法ですね。収束の仕方が非常に滑らかです。ここまで綺麗に物が“消える”のは久しぶりに見ました。」
「他の人のを見たことがないので……何とも言えないですね。」
「他の人ですと、収束点がもう少し大きいです。それに比べますと、サエさんの収納の収束点はとても小さいです。これは収納容量が多いということにもなります。」
「そうなんですね。」
「ええ。サエさんは冒険者ギルドにも登録されているご様子。」
ハロルドさんが首元をトントン叩きながら言う。
「もしも、よろしければ運搬の依頼を出してもよろしいですか?」
「あー、しばらくは商人をやろうと決めてまして……」
「左様でございますか。もしも受けても良いとお考えになりましたら、お声がけ願います。」
「承知しました。あっ、後なんですがね。」
私は腰からナイフを外し、カウンターの上に置く。
「こんな感じのナイフを販売しようかと考えているのですが、いくら位が適正ですかね?」
「失礼します。少々叩いてみたり試し切りをさせて頂いても?」
「はい、かまいません。」
ハロルドさんはナイフを手に取りまじまじと観察する。懐から小さな打診棒を取り出し、軽くコンコン叩いてみたり、紙を試し切りしてみたりする。
「うん、素晴らしいナイフですね。素材もムラがなく、切れ味も素晴らしい。これであれば銀貨三枚は硬いです。」
ハロルドさんはナイフをカウンターの上に戻しながら答える。
……うん、高いのか安いのか分からないが目安はできた。
「ありがとうございます。参考にさせていただきます。本日はありがとうございました。」
「いえ、こちらも良いものを見せていただきました。」
ハロルドさんに礼を言い、商業ギルドを後にする。
さて、宿に戻って売り物を作ろう。
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TSおじさんだって異世界スローライフを送りたい 荒巻紙黄巻紙 @_aramaki
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