#004.おじさん、はじめての攻撃魔法
部屋の中に入ると、カウンターに歴戦の戦士のような風貌をした初老の男性が座っている。……受付の職員だろうか?恐る恐る声を掛ける。
「あの〜……」
「お?見ない顔だな?どうした?」
「資料室、使いたいんですが……」
「おお!勤勉なのはいいことだ!冒険者になって日が浅いのか?」
「はい、今しがた登録してきました。」
「はははっ、ヒヨッコもいいところじゃないか。俺はゴードン。ここの司書だ、よろしくな!」
ゴードンさんはそう言いながらゴツゴツの大きな手を差し出してくる。その手を握り返しながら自己紹介をする。
「サエです、よろしくお願いします。魔導書を読みに来たのですが……」
「ここに置いてあるのは初級だけだぞ?」
「はい、そちらを見せていただこうかと。」
「ちょっと待ってろ。」
そう言うと、ゴードンさんはカウンターの下から一冊の革張りの本を取り出した。表紙に一つの大きな宝石が埋め込まれている。
「これが初級魔導書だ。この石に手を当てて魔力を流してみろ。」
言われた通りに石に手を当てて、魔力を少し流してみた。すると石が光り、体に何かが逆流してくるのを感じる。
「そうすると、その魔導書の中を読むことができるようになる。ただし、その魔導書が"認めた"箇所しか読めないようだがな。ほれ、あっちで座って読みな。」
「ありがとうございます。」
勧められた席に座り、早速魔導書を読み始める。ページをめくる度、頭の中に魔法の使い方が流れ込んでくる。
最後の章まで読み終えると、どうやら事象の顕現の仕方には二つのアプローチがあることがわかった。
すでに存在している意味が込められた呪文を詠唱する方法。
強いイメージを持ち、新しい呪文を作る方法。
――つまり新しい魔法が作れるってことか?
私が首を傾げていると、ゴードンさんが声をかけてきた。
「そのページまで開ける奴は珍しいな。」
「そうなんですか?」
「ああ、スジのいいやつでも、その前の章までだな。大体は最初の章で開けなくなる。その章まで開ける奴は……そうだな、俺が知る限りでは一人だけだった。」
「どんな人だったんです?」
「そうだな、……一言で言ってしまえば変わり者だったよ。ある時フラっとここのギルドにやって来てな、『異世界から来た』だの何だのと騒いでいた。」
「……その人は今?」
「今もどこかで元気に冒険者をやっているはずだ。"跳躍の魔女"なんて二つ名で呼ばれているよ。」
ゴードンさんが、何処か懐かしそうに遠くを見ている。
「跳躍?それはまた何で?」
「ん?ああ、『異世界に帰るんだ!』とか何とか言いながら、空間魔法を極めてな。跳躍の魔法を作っちまったんだよ。……
「……変な人ですね。その人は異世界には帰れなかったんですか?」
「ああ、何かが足りないと落ち込んでいたな。で、そんな奴以来だ、そのページを開けたのは。」
「どれくらい前なんです?」
「5年……いや、10年だったか?そうか、もうそんなに経つのか……。」
あっ、この顔は知っている。それが最近だと思っていたら、思ったよりも前で年を取ったなと実感している顔だ。
「珍しいんですね。」
「ああ。サエと言ったか?きっとお前もゆくゆくはそんな二つ名持ちになるだろうな。」
「……どうせならカッコいいのがいいですね。」
「はははっ!楽しみにしてるぞ。」
「微力ながら善処します。」
「何だか商人みたいな言い回しだな?」
「商業ギルドにも登録しようかと思ってまして。」
「うん、若い内に色々やってみることはいいことだ!」
「それでですね、商業ギルドの場所を教えて頂けたらな〜と。」
「そんなことか。ここを出たら街の中心に向かって少し歩くと、赤い大きな建物があるからそこだ。天秤の形をした看板と、大きく"商業ギルド"と書かれているからすぐわかるはずだ。」
「ありがとうございます。あと、魔法の試し撃ちをしてみたいのでいい場所ありませんかね?」
「それなら、ここの訓練所を使うといい。受付に言えば教えてくれるぞ。」
「ありがとうございます。早速行ってきます!」
「おう!無理すんじゃないぞ。」
ゴードンさんに礼を言い、一階へ戻る。ライカさんはまだ受付カウンターに座っていて、私に気づくとにこやかに顔を上げた。
「すいません、ライカさん。」
「あら、サエちゃん。どうしました?」
「あのですね、魔法の試し撃ちをしたいので訓練所を使いたいのですが……。」
「まあ!無事に魔法を覚えれたのですね、おめでとうございます。」
そう言うと、ライカさんは微笑みながらパチパチと小さく拍手をしてくれた。
「ありがとうございます。それで……」
「訓練所ですね、少々お待ち下さい。……はい、現在誰も利用していないので問題ありません。では、行きましょうか。」
ライカさんが受付カウンターに"離席中"の札を出し、立ち上がる。案内だけなのか見学していくつもりなのか。……きっと後者だろうな。
「え?」
「ふふっ、折角ですし、案内ついでにサエちゃんの"ハジメテの魔法"を見学しようかと。」
やはり後者だった。何だか初めてのニュアンスがおかしい気がしたが、きっと気のせいだろう。
「あの……収納魔法持ってます……。」
「あら?でも、放出系は初めてですよね?」
「それは、まぁ、はい。」
「ふふっ、では、行きますよ。」
ライカさんは私の手を取り歩き出した。うん、きっと元の姿だと"連行される人"にしか見えなかっただろう。
受付横の扉をくぐると、屋根のない小さめな体育館程はある広場にやってきた。地面は踏み固められ、魔法でついたであろう焦げ跡や、剣でつけられたであろう線があちらこちらに残されている。
……うん、今日もいい天気だ。
「はい、ここが訓練所です。魔法は奥に並んている的に向かって撃ってくださいね。」
ライカさんが指を向けた広場の反対側には、人型をした木製の的が並んでいる。
「何でもいいんですか?」
「あまり強力なのは撃たないでくださいね?」
「わかりました!では……行きます!」
期待に胸が高鳴る。
的に向かって指を差し、魔導書から流れ込んできた呪文を唱える。
「火よ、その姿を矢と成し、敵を射抜け!
次の瞬間、私の指先にひと筋の赤い光が凝縮し、それが矢の形を成した。
細い火の矢は空気を焦がしながら飛び、実際の矢よりわずかに遅い速度で一直線に的へ向かう。
ドッ――
火矢は人形の胸を貫き、跡形もなく消えた。
残されたのは、丸く抉れた穴と黒く焦げた周囲だけ。
その結果に私の中の少年が狂喜乱舞する。
「おおっ!」
「サエちゃん、とてもお上手ですね。」
ライカさんが柔らかい目をして、またパチパチと拍手をしてくれる。思い返せばおじさんになると、こんな感じに褒められることもなくなっていた気がする。褒められると何処か恥ずかしさすら覚える。
「何だか照れくさいですね。」
「あら?サエちゃんはあまり褒められ慣れていないのですね。」
「おじさんになると、どうにも……。」
「ふふっ、サエちゃんは面白いことを言いますね。こんなにも可愛らしいおじさんがいるのなら、是非とも私も会ってみたいです。」
……ライカさん。今、目の前にいますよ。
そんな言葉をぐっと飲み込んで、次の魔法を撃ってみる事にする。火を撃てたなら、次はやはり氷だろう。
水?ウォーターカッターならイメージできるが、矢とか槍はどうも強いイメージが持てない。
「次、行きます。」
落ち着いて呼吸し、呪文を紡ぐ。
「氷よ、その姿を矢と成し、敵を射抜け!
力ある言葉が空気を震わせ、指先に透き通る氷の矢が形成される。
矢の周囲には白い冷気が渦巻き、細かな氷の粒がキラキラと舞った。
氷の矢はそのまま人形の頭部を射抜き、霧散する。
残されたのは、周囲が薄く凍りついた小さな穴。
「よしっ!」
「おぉ〜……サエちゃん、本当にお上手ですね。」
ライカさんは嬉しそうに微笑み、また小さく拍手を送ってくれた。
「ありがとうございます。……試し撃ちはこれくらいにしたいと思います。」
「ふふっ、楽しい時間をありがとうございました。」
ライカさんと別れ、冒険者ギルドを出る。
さぁて、商業ギルドに行くとしようかな。
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