#002.おじさん、初めてのスキルと初めての街

 キュリーに教えてもらった方向にトボトボと歩いていく。歩き始めてしばらく経った頃、少し休憩をとることにした。ペットボトルの水を一口飲み、さっそくスキルの試し撃ちをしてみることにする。

 

 おじさん、新しいおもちゃはすぐに遊びたくなるのだ。


 まずはメモ帳にナイフの図面を引いてみる。形は……少し大ぶりなコンバットナイフにしよう。材質は……うん、1095鋼で行こう。雑嚢に入っていた小振りなナイフを素材いけにえにして【設計顕現】を発動してみる。

 設計図と素材が光り、光が形を作る。光が収まるとそれらが消え、代わりにそこに設計図通りの大ぶりなナイフが鎮座していた。

 それを手に取りマジマジと観察する。明らかに素材いけにえの質量より増えているが、どんな原理なんだろう?

 次はナイフに向けて【隠遁鑑定】を発動する。すると、頭の中にナイフの諸元データが流れ込んできた。材質は指定した通り1095鋼でスキル製、製作者は"サエ"になっている。明らかに違う材質に変わっているが、どこまで乖離出来るんだろう……。

 しかし、鑑定結果はもっとこう、AR表示されるものかと期待していたんだが……。

 気を取り直して同じ要領でナイフの鞘も作る。素材は小振りなナイフの鞘だ。野戦戦闘服のベルトに通し、ハンドガンと反対の腰に吊るす。少しだけ重量のバランスが取れた。


 スキルの試し撃ちも終わりにし、再び歩き始める。

 太陽が中天にかかる頃、森の影が薄くなってきたことに気がついた。急ぎ足でヤブを抜けると、森が途切れ街道に突き当たる。

 キュリーに言われた通り街道を左へ進む。丘を登り街道の先を見ると、高い石壁に囲まれた街が見えた。

 その瞬間、胸の奥が熱くなる。

 

――あれが、この世界で初めての人の営みだ。


 森の湿った土と違い、街道の土は乾いていて歩きやすい。歩幅は大きく、ほとんど駆け足だ。

 街は思ったより遠くにあるようで、中々距離が縮まらない。

 それでも足は止まらない。

 脳裏では、見慣れない街並み、人々、魔法、そして食べ物の想像が暴走していた。


 胸のあたりが揺れるたび、その揺れに合わせるように装備がかすかに鳴る。まだ慣れないその重さと打ちつけられる少しの痛みが、これが現実だと教えてくれる。


 やがて石壁がはっきりと視認できる距離まで近づいた。

 壁は思ったより高く、規模も大きい。

 門の両脇には櫓のような見張り台があり、何人かの兵が立っているのが見えた。

 無意識に背筋が伸びる。


「……よし、行くか。」


 息を整え、足を早める。

 門前に並ぶ荷馬車や旅人たちの姿が見え、街の喧騒がかすかに耳へ届き始めた。


 異世界の最初の一歩――その扉が、すぐそこにある。 


◇◆◇◆◇◆

「よし!次!」

 

 門の行列に並び、私の番になった。なるべく堂々と門番の前に立つ。


「身分証を。」

「これで構いませんかね?」


 私はそう言いつつ、首元から認識票を取り出し提示する。認識票を一瞥すると、門番が困惑したような顔を向けてくる。

 

「あー、外国から来たのか?」

「はい。」

「そうか。他に身分証はあるか?」

「ダメでしたか。では、こちらではいかがでしょうか?」

 

 今度は白衣の首から下げて胸ポケットに挿しているIDカードを取り出し、提示する。

 

「ああ、済まないね。……この肖像は切り抜きの魔法か?」

「写真、と言われるものですね。」

「すごいな?ああ、外国人には二つの身分証を確認することになっているんだ。で、名前は?」

「サエです。」

「どこから来た?」

「ジャパンという国です。」

「ふむ、聞いたことないな。よし、書いてあることと相違はないな。来訪の目的は?」

「こちらの街で暮らしていければなぁ〜と思いまして。」

「うん、この街は帝国の中でも大きい方だからな。この街を目指したのは正解だ。」

 

 そう言いながら認識票とIDカードを手放す。

 

「よし、通っていいぞ。ようこそ、流通の街アオブシルへ。」

「……通行料とかはないんですか?」

「ああ、商人なら荷物に税がかかるが、……商人ではなさそうだからな。」

「そうなんですか?ありがとうございます。」


 私は門番に別れを告げ街中へ踏み入る。

 2〜3階建ての石と木で建てられた建物が立ち並び、通りには私と同じような鎧を身に着けた人物や、動物の耳を持つ獣人が行き交っている。

 

 映画のセットのような街並みに見とれていると、後ろから声をかけられる。

 

「おねえちゃん、どうしたの?」

 

 その声に振り向くと、小柄な少女が心配そうな顔でこちらをていた。

 

「うん?ああ、おじさん、街並みに見とれていただけだよ。」

「あははっ!おねえちゃん、おじさんじゃないよ?迷子になってるのかと思っちゃった。」

 

 ……そうだった。異世界の街並みに見とれてTSしたことを忘れてた。せっかくだし、今夜の宿でも教えてもらおう。

 

「でも、迷子ではあるかな?」

「大丈夫?一緒にお母さん探そうか?」

「大丈夫、大丈夫。それなら、いい宿を教えてほしいかな?」

「それなら私の家にくるといいよ!」

「いや、知らない人を家に連れ込んじゃダメだよ?」

「私の家、そこの宿屋なの!」


 少女は道沿いの建物を指さす。ジョッキとベッドをあしらった看板を掲げる3階建ての建物だ。


「そっか、それならお願いしようかな?」

「まかせて!私、ノーラっていうの!おねえちゃん、お名前なんて言うの?」

「私はサエ。最近この国に来たばかりなんだ。」

「サエおねえちゃん、よろしくね!じゃあ、こっちだよ!」


 ノーラちゃんは笑顔で私の手を引き建物へ入る。どうやらちょっとした食堂か居酒屋のような施設も併設しているようだ。昼間から飲みつぶれている二人組の女性の姿が見受けられる。

 ノーラちゃんは奥に進み、カウンターにいる女性に声を掛けた。


「お母さん、お客さんだよ!最近この国に来たおねえちゃんなの!」

「おや?いらっしゃい。食事かい?それとも泊まり?」

「泊まりでお願いします。これだと何日くらい泊まれますかね?」


 私は銀貨を一枚カウンターへ置く。


「銀貨一枚だと素泊まりなら六日、食事付きなら朝夕付きで三日だね。」

「食事付きで三日お願いします。ちなみに一泊だといくらです?」

「はいよ。部屋は2階の一番奥だよ。……一泊ならそれぞれ銅貨2枚と4枚だね。」

 

 そう言いながら、部屋の鍵を渡してくれる。

 

「ありがとうございます。」

「サエおねえちゃん、案内するよ!」

 

 再びノーラちゃんに手を引かれ、部屋へ案内される。


「ここだよ!ご飯は時間になったら呼びに来るからね!」

「ありがとう。」


 部屋に入り、バックパックを下ろし、装備を外してからベッドに横になる。

 知らない天井を眺めながら、ぼんやりとこれからの身の振り方を考える。

 前は忙しく生きていた気がするからな。ここではスローライフを送りたい。その為に、ここは一つテンプレ通り冒険者に……うん、無理だな。剣の使い方なぞわからんし、ハンドガンの弾も心もとない。やはり、【設計顕現】でものを作ってそれを売っていくか?

 ……しかし、冒険者というものに憧れがないわけではないんだよな。


 どうしようかな……。両方に登録してみるのもいいな。


 そんなことを考えていたら、いつの間にか眠ってしまっていた。


 ◇◆◇◆◇◆

 トントン……

 何かを叩く音がする……。

 

「おね〜ちゃ〜ん!ご飯だよ〜?」


 ノーラちゃんの声に起こされる。

 開け放たれた木窓から、夕方の光が差し込んでいた。

 起き上がり軽く背伸びをする。よほど疲れていたのだろう、寝落ちしていたようだ。


「おね〜ちゃ〜ん?」

「起きたよー。ありがとうね。」

「ご飯だからおりてきてね〜!」

「はーい。すぐ行くからねー。」


 トタトタと小さな足音が遠ざかっていく。その足音を聞きながら身だしなみを整える。野戦戦闘服に白衣を羽織り、袖をまくる。

 ……服も買わなくちゃな。

 一階に降りるとノーラちゃんが待っていてくれた。


「お待たせ。待っていてくれてありがとう。」

「おねえちゃん大丈夫?」


 ノーラちゃんが心配そうな顔で、こちらの顔をのぞき込んでくる。


「ちょっと疲れちゃっただけだから、大丈夫だよ。」


 笑顔で答えながらノーラちゃんの頭を撫でてあげると、くすぐったそうな顔をする。


「ご飯は食堂で食べてもらってるの!」

「そうなんだね。楽しみだな。」


 そんな会話をしつつ、案内された席に座る。ノーラちゃんは少し待っていてと言い残し、私の夕飯を取りに行ってくれた。

 待っている間、何となく周りを見渡してみる。席はそれなりに埋まっており、大半の人が上機嫌でジョッキを傾けている。見慣れたホモ・サピエンスと一緒に獣人も一緒にテーブルを囲んでいるところを見ると、同胞として扱われているようだ。

 人間観察をしながらしばらく待っていると、ノーラちゃんがプルプルしながらトレイに乗った食事を二つ持ってきた。周りの人が皆心配そうな顔で見ている。

 無事に私のいるテーブルまでたどり着くと、どこからともなく安堵のため息が聞こえた。そんな事はお構い無しに、ノーラちゃんは笑顔で言う。


「今日はおねえちゃんと食べるの!」

「大丈夫?お母さんに怒られない?」

「お母さんには言ってあるの!」

「そっか。じゃあ、おじさんと一緒に食べよっか。」

「あははっ!おねえちゃんは、おじさんじゃないって!」

「……そうだったね。それじゃ、いただきます。」


 食事の内容は、麦らしき粥と何かの肉を焼いたものにパンと言った質素なものだった。

 味の方は基本的に薄味で、可もなく不可もなくといったところだが、肉が妙に美味い。程よくついた脂身は甘く、変な臭みもない。硬さも硬すぎず柔らかすぎずちょうどいい塩梅だ。何の肉か気になってノーラちゃんに聞いてみることにした。


「ノーラちゃん、コレは何の肉なんだい?」

「うーんと、確かレッドボアだったはず!」


 うん、知らない子ですね。


「それはここの街の特産かい?」

「ん〜?レッドボアは深い森があれば大体いるって冒険者の人が言っていたよ!」

「そうなんだね。狩るのは難しい?」

「ん〜?わかんない!」


 ノーラちゃんは満面の笑みで答えた。うん、かわいい。

 ……私も結婚していたらこれくらいの子がいたのだろうか。


「そっかぁ。私も冒険者……やってみようかな?」

「おねえちゃん、冒険者になるの?」

「私にもできるかな?」

「大丈夫だと思うよ?」

「そっか。どこかで登録とか必要かな?」

「冒険者ギルドで登録すれば大丈夫なはず?明日、地図を書いてあげるね!」

「ありがとう。」


 ノーラちゃんと雑談しながら夕食を食べ終え、部屋に戻ろうとしたら女将さんに呼び止められる。何事かと思っていたら、桶に入ったお湯と手拭いを渡された。コレで体を拭くといいらしい。

 礼を言い、自分の部屋に戻る。さっそく服を脱いで体を拭い始める。

 まじまじと自分の体を眺めるが、出るとこはそこそこ出て、引っ込むところは引っ込んでいる、あまり下品すぎないプロポーションだ。そして、今まで付いていた相棒が消えた事に改めてショックを受ける。


 そのままベッドに倒れ込むように横になると、途端に睡魔が襲ってきた。

 ……明日は冒険者ギルドに行って……

 明日の予定を考えながら、私は眠りに落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る