TSおじさんだって異世界スローライフを送りたい

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#001.おじさん、気がついたら森の中

 私は由仁部 冴(ユニべ サエル)。

 国防軍所属のしがないおじさん研究員だ。45歳、独身。最近の趣味は若い子達に勧められたWeb小説を読むことだ。柔軟な発想に感心するし、何よりも少年の心を思い出させてくれる。


 さて、なぜ私がこの様な自己紹介をしているかというと、だ。

 今、私は深く濃い森の中でポツンと立っている。

 しかも、なぜか。

 なぜか、恐らく、きっと。

 女性の身体で、である。

 なぜそんな事がわかるかって?

 足元に視線をやったら、見慣れない髪色の長い髪と"豊かな膨らみ"でつま先が見えなかったんだ。


 落ち着け。落ち着くんだ。まだ、慌てるような時間ではない……はずだ。

 知っているぞ、コレはアレなんだろう?

 異世界で、チートで、俺何かやっちゃいましたか、なんだろう?

 さぁ、言うぞ。言うぞ。

 高鳴る鼓動を胸に、期待に打ち震えながら声を上げる。


「ステータス!」


――しかし、期待したウィンドウは表示されない。

 

 私は膝から崩れ落ちた。

 ああ、胸が重い。……物理的な意味で。

 

「ふふっ、どうしよう……。」


 私のつぶやきに答えるものはおらず、ただ風にかき消されていくだけであった。


 気を取り直して、とりあえず今の装備を確認しよう。

 服は……着ているな。ブカブカだが、いつもの野戦戦闘服に白衣だ。

 持ち物は……認識票とIDカードにメモ帳、万年筆とボールペンにタバコ、あとスマホと財布。

 武器の類は……腰に着けた10mmオートのハンドガン一丁のみ。予備弾はなし。うん、おじさんのいつもの装備だな。


 他に何かないかと周囲を見渡すと、少し離れた場所にバックパックが転がっていた。

 駆け寄って中身を確認するが、ペットボトルの水とブロッククッキー位で、他に使えそうなものは何もなかった。予備マガジン位入れておけばよかった……。 

 ため息とともに、バックパックを担ぐ。


「さて、とりあえず移動しますかね。」


 誰に言うわけでもなく呟き、硬めの木の棒を拾う。杖にも武器にもなる便利なやつだ。

 方角も分からないので、棒を倒して出た方向へ歩き出す。きっとレンジャーの連中ならもっといい方法を思いついたに違いない。


……クソッ、私はただのおじさん研究員だぞ。


 森をトボトボと進んでいると、大きな木が目に飛び込んできた。その木の反対側の地面に、人の足のような物が投げ出されているのが見える。

 思わず駆け寄りそうになるが、駆け出す直前で脚が止まる。

――その足の持ち主が友好的ではない可能性。

――そもそも言語が通じない可能性。

 そんな考えが、一気に頭をよぎった。


 大きく回り込み、茂みからそっとのぞき込む。

 そこにあったものは、人だったものだった。

 首のない鎧のような物を着た白骨死体。頭蓋骨は地面に転がっている。

 

「うわ……」

 

 初めて見る白骨死体に思わず声が出る。ビビりつつも、慎重に近づいていく。罠がないことを確認し、白骨死体を検める。


 鎧は革製だろうか?必要最低限の範囲を防御できるようだ。主は朽ちているのに、見た目には腐食などは認められない。……魔法か?

 頭は首の骨に傷がないことから、切られて落ちたというわけでもなさそうだ。


 そばに転がる雑嚢らしき袋を開けてみる。

 巾着と複数個の小袋、革製の水筒らしき革袋、小振りナイフが入っていた。巾着には貨幣だろうか?金貨が2枚に銀貨が13枚入っている。鋳造の具合からして技術はそんなに発展していなさそうだ。


「すまんが、コレはもらっていくぞ。」

 

 私は白骨死体に手を合わせ、雑嚢ごとバックパックに放り込む。他に身につけた所持品を改めようと白骨死体に触れた瞬間。


――パリッ!


 指先から紫電が走った。

 

「うわっ!」

 

 衝撃に思わず指を引っ込めると、その勢いで尻もちをついてそのまま後ろに倒れてしまう。

 

「いてて…」

 

 尻をさすりながら起き上がると、――そこには半透明の少女が佇んでいた。

 思わず木の棒を向け、誰何する。

 

「誰だ!」

「おっ!やっと気づいてくれた〜!」

 

 毒気のないおっとりとした口調で、少女は嬉しそうに続ける。

 

「ボクはそこに転がっている体の、持ち主だよ。」

「え……?なんだって?」

 

 私の疑問を無視して、少女は明るく言った。

 

「そして、キミがこの世界に来ることになった原因……かな?」

「えっ?」

 

 何か不穏な単語が聞こえた気がした。

 

「ボクのその体が想定外の死を迎えちゃってね?その時に余剰エネルギーがば〜んって出ちゃってね?」

「……それでなぜ私が?」


 少女が視線をそらしながら答える。


「うん、本当にごめんね?そのエネルギーが"世界の壁"を超えちゃってね?偶々死ぬ直前のキミに当たっちゃったみたいなの。それでね……」


 少女の言葉を遮り、私は問い詰める。


「え?ちょっと待って!私は……死んだのか?」

「うん、元の世界ではね?それでね、エネルギーを消費するためにボクの世界に来てもらったんだ。」

「ちょっと待て?"ボクの世界"ってことは、なんだ?君は……神だとでも言うのかね?」


 少女は首を傾げながら答える。


「う〜ん?この世界の人達はボクを崇める人もいるけど、神……ではないかな?"下働きの管理者"ってところかな?」

「私は……元の世界に戻れるのか?」

「う〜ん、戻る方法はあるけど……。」

「その方法は?」

「えっとね〜、来た時と同じくらいのエネルギーを集めて〜、キミのいた世界が接近してきた時に〜そのエネルギーでキミを射出すれば戻れるかな?」

「……つまり、不可能に近いってことか。」


 私が諦め気味に吐き出すと、管理者は申し訳なさそうに眉を下げた。


「本当にゴメンね?お詫びってわけでもないんだけど、キミにはユニークスキルを付与させてもらうよ。」

「スキル?ってことは魔法もあるのか!?」

 

 私の食いつき具合に、管理者は少し引きながら答える。


「う、うん……奇跡も魔法もあるよ?」


 その回答に思わずガッツポーズをする。


「きたぁぁぁぁぁぁ!」

「す……すごい喜びようだね?」


 引きながら答えた管理者に、私は早口でまくし立てる。


「スキルと魔法と異世界にときめかない男の子はいないさ!」

「えっ!?キミ、女の子……じゃないの?」

「えっ!?この体は君が作ったんじゃないのかい?」

「「えっ……?」」

 

 気まずい空気が流れる。


 管理者が何かを確認するように視線を動かしたかと思うと、顔の前で両手を合わせ謝罪の言葉を吐き出す。

 

「ホントにごめんね!転送時にすでにキミの前の体が素粒子レベルまで分解されちゃってて、肉体を正しく再構成できなかったみたい!」

「……身につけていたと思われる物はちゃんとあるみたいだが?」

「それはね〜キミの記憶から再構築したからだね。」

「なんで私の体は記憶から再構築されなかったんだ?」

「端的に言えば生物かどうかの違いだね〜。」

「……まるで魔法だな。」

「う〜ん、これは分類としては奇跡かな?」

「魔法のない世界から見たら両方とも変わんないよ。」


 私が苦笑しながら言うと、管理者はにこりと微笑んでから話を続けた。


「ふふっ、そうかも。よし!キミにあげるスキルを作ったよ〜。」

「お?どうせなら魔法を使ってみたいな。」

「ふふっ、魔法はこの世界の人なら誰でも使える素地はあるよ。キミにあげるスキルは【設計顕現】ってスキルだよ〜。」

「……魔法じゃないのか。」


 落胆する私を管理者がなだめる。


「ほら、魔法は覚えれば誰でも使えるからね〜。コレも中々キミの言うところの魔法みたいなものだよ?」

「どんなスキルなんだい?」

「えっとね〜、正しい設計図と少しの素材があれば、そのものが出来上がるってスキルだね〜。何でも作れちゃうよ〜。」

「……なんでも?」

「さすがに永久機関とかは無理だけどね?矛盾のない設計図があれば何でもだよ〜。」

「永久機関はちょっと仕組みが思いつかないな。トランジスタみたいな部品もか?」

「それはもちろん。一度設計図を登録すればそれを参照呼び出しもできるよ〜。」

「そいつはいいな。……薬品とかは?」

「構造式が描ければ作れるかも?」

「……そっか。あと、設計図はどうかけばいい?」

「何でもいいよ〜。スキル上でも書けるし、紙に書いたものでも大丈夫。」

「至れり尽くせりだな?」

「ちょっと頑張っちゃったよ〜。他に聞きたいことあるかな?」

「たくさんあるぞ。まずは管理者さんの名前は?」

「あれ?言ってなかったっけ?ボクはキュリーって呼ばれているよ。」

「私は由仁部、由仁部冴だ。よろしく。」

「よろしくね〜。うん、キミは今日からサエと名乗るといいと思うよ〜。」

「サエか……。郷に入っては郷に従えって言うし、せっかく勧めてくれたんだ。そう名乗ろうかな。」

「キミ……サエは柔軟だね〜。」

「流されやすいんだ。私がなぜ死んだか分かるか?」 

「ちょっと待ってね〜。…………うん、縮退炉の暴走事故に巻き込まれたみたいだね。」

「なるほど?……思い出せないな。」

「色々欠落しちゃってるからね〜。」

「増えもしたぞ。」


 そう言いながら胸を持ち上げる。


「あははっ、ひょっとしたら全部そっちに行ってしまったのかもね〜。」

「割に合わんな。定番の収納とか鑑定はないのか?」

「収納は使える人は珍しいけど、魔法にあるよ〜。鑑定はスキルだよ〜。」

「……おまけしてほしいな?」

「うん、正しく再構成できなかったお詫びにあげるつもりだったよ〜。」

「おお!ありがとう、キュリー!ステータスとか見れないの?」

「あはは、ステータスは数値化するようなものでもないからね。自分のスキルは頭の中に一覧で浮かんでくるはずだよ〜。」

「どれどれ。」


 試しにスキルの一覧を出そうと考えると、脳裏に浮かんでくる。

 

スキル

 【設計顕現】★

 【隠遁鑑定】★

魔法

 【収納】

奇跡

 ―

 

「あっ、できた。なんか星がついてるんだけど?」

「お?筋がいいね〜。それがユニークスキルだね。」

「【隠遁鑑定】って?」

「バレないように鑑定できるスキルだね〜。」

「普通のはバレるのかい?」

「違和感を覚えるからね。あと、サエの首の認識票とIDカードを書き換えておいたから、街に入る時は外国から来たとでも言えばいいと思うよ〜。」


 慌てて認識票を確認すると名前がサエになっていた。IDカードを見てみると、こちらも名前がサエに、写真は知らない少女になっている。

 ピンクベージュのロングヘアで美少女に分類される顔立ちだ。

 

「この写真は?」

「うん、今のサエの顔だね〜。」

「……コレは地毛なのか?」

「地毛だね〜。」

「……目立つんじゃないか?」

「大丈夫だとおもうよ〜?」

「それに……大分若くないか?」

「この世界の成人年齢で再構築されたみたいだね〜。」

「そっか。最後に……また会えるかい?」

「うん、街の礼拝堂で祈ってくれればまた会えるよ。」

「そっか。じゃあ、近況報告に行くよ。」

「ふふっ、楽しみにしているよ〜。ああ、ボクから装備をはいで持っていくといい。この辺にはいないけど、街に向かう途中には魔物や野生動物がいるからね。」

「やっぱりいるんだな。あっ!街はどっちだ?」

「ふふっ、最後じゃなかったのかい?街はこっちにまっすぐ進んで、街道に当たるからそれを左に行けばいいよ。」

「ありがとう。スキルも装備も大事に使わせてもらうよ。」

「本当にゴメンね?じゃあボクの世界を楽しんでね。」

 

 そう言うとキュリーは風に掻き消えるように姿を隠した。

 

 私はキュリーの体から装備を剥ぎ取り、自分で装備していく。人の遺体から物を奪うことに、ほとんど抵抗を感じていない自分がいた。これも、この新しい体と、奇妙な状況のせいだろうか。

 

「さて、行きますか。」


 誰に言うわけでもなく呟き、バックパックを背負い直す。

 由仁部冴ではない、ただのサエとして。私は街に向け、一歩を踏み出した。


――――――――――――――

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カクヨムコンエントリーのため新しい話を始めました。

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