電話のなる音 改宗編 ~この場合もすぐ電話を切るのが正解・無茶は禁物です~

泊波 佳壱(Kaichi Tonami)

電話のなる音 改宗編

 家の電話を解約した人が多い。携帯・スマホが普及してコストの面でも、それから家族の誰かが出て取り次いで……という、そういう昔懐かしい風景も、なんだか双方にばつがわるい。

 そんなことだから、お年寄りや、何か悩みを抱えて現状維持で済ませている人が家の電話をそのままにしていたりする。

 そういう人を見つけると「新興宗教」あたりが、その気持ちをかぎつけて寄ってくる。

 搾取して自分たちが肥え太るだけのズルい者、またその者たちに踊らされ、手先とされて加担させられている困った人たちが「信者」という次の獲物を狙って寄ってくるのだ。

 

 このお話しは、会話のやり取りだけで、「新興宗教」の質の悪い勧誘にどこまで対処できるか挑戦してみた時の記録。



 電話のなる音がリビングに響く。

「はい」

「こんにちは、最近困ったこと、お悩みなことは有りませんか? 」

『えー、いきなりそういうところから話し始めるのかーっ、それこそ警戒されるだろ、いや「渡りに船」って人を見つけるには有りなのか?』

 宗教の勧誘の人たちは、たいてい自分自身が切羽詰まった困った経験をしてきた、あるいは今も実はそんな中にいる、そういう感じのなんだか悲壮感を含んだ声で、電話をかけてくる。

 言ってる内容はどうあれ、この電話の向こうの人の声も悲壮感が漂っている。


 こういう手合いは、すぐにこの場で~チーン~と電話を切りましょう。

 長くかかわればかかわるほど、精神エネルギーを吸い取られるだけ損しかないです。

 絶対に幸せにしてくれたりしないですからね。すぐ電話切る、その一手が正解です。


 まあ今回は、また新たな挑戦なので続けてみる、あくまでこちらは気持ちの余裕、エネルギーを湛えた状態で。


「特にないですね」

「本当ですか? よーく考えてください。

 心のうちに耳を傾けてくださいきっと何かあるはずです」

 うわーいきなりカウンセラー気取り……気持ち悪い。


 よしよし、この手合いは面倒なので、速攻仕掛けて終わらせよう。

「話したら、解決してくれますか?」

「遠慮なく話してください。力になりますよ」

「よかったーそれは助かります」

 そう言いながら急いでる感を演出するために、早口でまくし立てる。


「今ね、大切な仕事関係の電話が掛かってくるんで、電話の前で待ってたんですが、そうしたら貴方から掛かってきたんです。

 今困ってます切っていいですか?」

「これは失礼しました」

~チーン~


 これでもう二度と掛けてこないと思ったら、数日後にかけてきて、

「この前は失礼しました、今はお時間有りますか?」

 と聞いてくるので、

「そんなに暇は無いんですが、貴方の方が何かお困りみたいだし、少しならいいですよ」

 ある意図をもってこんな風に応じてみる。


「そうですか、では今あなたにとって何かお困りのこと~」

 その話を遮ってこちらも話し始める。

「おんなじ展開ですか、前回と違って今は困ってませんよ。

 ただ時間を無駄にしたくないので、回りくどいの全部取り除いて、ズバリご用件をどうぞ」

「そうてすか……」

 いやいや宗教の勧誘なのに、警戒されるのを恐れてる?言い淀んでどうする?


「宗教の勧誘でしょ、どんな宗教でどんなメリットが?」

「◎◎教と申しまして、私自身、最初は宗教なんてと思ったんですが、今では自由と完全な安らぎが得られてます」

「自由と安らぎですか、私には充分足りてますね、いりません」

「そんな、話も聞かずに」

「いやー魅力を語ってもらわないと、貴方の口調や『気持ち?』そういう状況からは、そんな風に見えませんけど?」

「そんなことは無いです、今は満ち足りてますよ」

「そうですか? 新たな信者候補を捕まえて来いと、こうして電話で勧誘させられてるのが自由?」

「それはそれは、この教えが素晴らしいので、貴方にも知ってもらいたいのです」

「そうですか? 今の様子だけでももう、必死そうというかそういう悲壮感が伝わってきて、たいへんそうですね。

 満ち足りて幸せとは正反対のご様子ですが?」


「知りもしないのに、失礼な人ですね」

「いや怒ってもいいですけど、では、聞きますけど、クリスマスとかハロウィンとか、七夕とか、最近どんな行事を楽しみました?」

「私たちの教えでは、ほかの邪教の教えやそれにつながるイベントは排除して、仲間で集まってお祈りをします」

「えーっ、それがあなたの言う自由ですか? 全くひどいな」

「・・・」

「私の信じる神は『ありとあらゆる宗教・宗派のイベントでも、それが日常ならば、その日々の時間を存分に楽しめ』と教えてくれます。

 楽しければいいんです。

 プロテスタントでもカトリックでも、仏教でも神道でも、ヒンズーでもイスラムでも、何を考え何を大切に思っても自由だというスタンスです。

 ご存じです? 最近大人気のハロウィンはもともと、古代ケルトでしたっけ?」

「それ罰当たりだと思いませんか?」


「おおーーっ『罰当たり』すごい言葉が出ましたね、そんな脅しを受ける宗教ですか」

「いや、そんなことは……」

「宗教戦争で、未だに殺しあう人たちもいますからね。

 それを言ったら貴方、日本に生まれたことを心から感謝すべきだと思いますよ。

 いまだに多くの世界では、唯一神を祀る宗教がとても強くて、子供とかが他の宗教なんて言い出したら、貴方の言うように邪教だといって、身内でも改宗しないなら殺しちゃったりしてますからね」

「・・・」

「本当に多くの宗教は、とてもとても恐ろしい側面を持っているのです。

 それを考えたら、ほんと日本はすばらしいと、私は思いますよ」

「でも、なにも信じてないんでしょ」

「そう見えますか、全ての宗教が獲得してきた良い考えや教えは、みなすばらしいです、馬鹿になんかしません。

 もともと日本には多くの神々がいて、そこにその一つとして仏教だって受け入れ、キリスト教だってと、様々な多様性を受け入れてきた国です。

 だからこそ『宗教と科学の戦い』みたいな全く不毛で馬鹿らしいトラブルのない平和な国なんです。

 すばらしい国民性だとおもいますよ。

 あなたこの国きらいですか?」


「それはいいかもしれませんが、私には不幸が続き、周りは誰も助けてくれなかった、そんなとき、この◎◎教に救われたんです」

「ああ、病気や事故や、不運が続いた時とかに、宗教にすがるのは良くある話ですね。

 ご家族が亡くなったとか、お体がご不自由とか、さぞお辛いことがおありだったのでしょうね」

「いえ、わたしは、就職がうまくいかず、成績も振るわず~」


 どんどん話し始め、しばらくは我慢して聞いていたが、まったくどこにでもある話し、聞くに堪えなくなって思わず遮った。


「は? そんなの誰でも、みんな当たり前です。

 明日死ぬかもしれない病で、息をするだけでも痛みが伴うそういう友もいますが、その友も私も、貴方のその宗教には全く興味を持ちませんね」

「なぜそんなこと言い切れるんですか?」

「わたしの神はこう言いますよ『声は自らの成長や努力の中にしかない』

 だが、こうも言う『無理して自分を傷つける必要はない、有るがまま現実に身を任せるのもまた、よし』と、

 聞いてます?

 私にだって信仰がないわけではない」


「私の神は『祈れ! 神に感謝して、自らの努力をささげよ』と」

「私の神はそうは言いません、何も求めません、本当に自由で愛情深いですよ」

「そんなのあるわけないでしょ」

「いや、貴方のように電話で勧誘しろとか言われることもなく、好きな仕事で人様の役に立て、自己実現こそが素晴らしいと、心から応援して一緒に喜んでくれますよ」


「神が? あ、じゃなくて指導者ですよね」

「いやいやそんな階級とか立場とかないですって。

 あなたの◎◎教はどうだか知りませんが、私の神はこうも言います『自己実現は素晴らしい、だが、それでがむしゃらになるよりもまず、日常を穏やかに暮らしたり、家族や隣人を大切にしたり、そういう人間らしさこそが大切だ』とも」


 相手も負けてられないと思ったのだろう、ここにきてまた、頑張って布教家やお説法を説くような口調で話し始めた。

「神は尊い自己犠牲をかならず見ておられる、自らをできる限り律して、教えに従って……」

「いやいやいやいや、まてまてまてまて。

 私の神は、絶対にそんなことは言わない、


    『皆それぞれ3つの宝をもつと例えるなら、

     それを隠して更に他から奪う、そういう世界は不幸だ。


     だが誰かに命じられるまま、弱い者が強者に

     それを差し出す世界は、もっと不幸だ。


     皆がお互いに1つでも2つでも自らの意思で人に分け与える

     そういう世界なら感謝や幸せの連鎖で皆が幸せになれるのだ』


 自らを磨き、自信を持ち、自分らしさで活動してるからこそ、そういう気持ちの余裕が生まれるんです。

 貴方、それとは正反対に見えますよ、大丈夫ですか?

 以前よりますます苦しいんじゃないですか?」

「・・・」

「あ、重ねて言いますね。

 貴方と貴方の信じる神の関係? いやもっと言えば 貴方とその宗教のリーダーたちの関係は

 明らかに『命じられるまま、弱い者が強者に大切な時間や労働を差し出す世界』になってますよね。

 なんで、そんな所に囚われて、頑張ろうとするんですか?」


「ぐすん・・・」

 おいおい、電話の向こうでなんだか泣き出しちゃってるよ。


「あなたは、とても良い神様に出会われたようだ。それはどんな方なのですか、私にもぜひ、教えて頂きたい」


「ほんとうにそう思えました?」

「はい」


「自由になった方がいいですよ」

「はいそうしたいです。そうします。だから、ぜひどんな方なのか、どういうことなのかもっと教えてください」


「いや、なんか勘違いしてる気もするけど」


「そんなことはありません、どうか教えてください」


「それは…(間を開けて)…自分自身です」


「やはりあなたですか、どおりで、初めてお話しした時から特別でした」


「いやいやまってまって、えーーーっそんなことはないでしょ、私?

 ここに押しかけてくるとか言いませんよね、そんなんじゃないです。

 『セルフコントロール』って言葉分かりますか?

 人に握らせてはいけない、他の誰かの思惑ではなく、「自分自身」でコントロールしろってことです。

 自分の人生の主役も監督も、誰かにさせたらおかしいでしょ!

 「自分」でしょ 」


「おお胸に染み入る教えです、もっと」

「ちがーーーうっ、ネットとかで『セルフコントロール』って検索してみて」


「あなたこそか神、神がそうおっしゃているという事ですね」

「とにかくググってみて~」


「貴方の、神の御名は・・・」

 それでも相手は食い下がってくるが


「いや、ごめん。さすがにもう無理。

 電話、切りますね。

 自由になれるといいですね。」

 

 ~チーン~


ここにきて、耐えられずこちらから切ってしまった。





(C),2025 泊波佳壱(Kaichi Tonami).

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