第2話
「とりあえず明日、早速練習しようか」
「いきなりだな…」
「部活に入るまでに春馬を少しでも上手くなってもらいたいからな」
そう言いながら、心底楽しそうな表情をしている琢磨に俺は少しだけ息を吐いて、肩を竦めた。
「まぁ、いいけどさ。何すんの?」
「決まってるだろ。フォーム作りと基礎だ。
春馬は才能はあるけど素人だからな」
「素人って…まぁ、そうだけど」
琢磨はバットを構えながら続けた。
「今日の打ち方だと、ただ身体能力でなんとかやっているだけって感じだ。フォームとか覚えたらもっと良くなる」
そんな風に言われると、俺でも凄くなれるかもしれないと流石に期待してしまう。
「明日十時、いつもの公園集合な。遅刻したら罰としてノック百本な」
「やめてくれ…死ぬだろ」
「はは、 楽しみにしとけよ!」
そう言って笑う琢磨の顔を見たら、なんだかちょっとは真剣にやってみようと思った。
その日はそのまま店を出て、帰り道を歩きながら他愛もない話をした。
琢磨は相変わらず興奮しっぱなしで、俺は俺でぼんやり野球部に入るのかという事を考えながら家に帰った。
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翌日
天気は晴れており春だけあって少しだけ暖かい。
俺は公園に着き、軽く伸びをしながら待っていると琢磨の声が聞こえてきた。
「おーい、春馬!」
琢磨の方に振り返ると大きめのスポーツバッグを肩に掛けて駆け寄ってきた。
中にはボール、グラブ、バットにトスバッティング用のネットまで入っていた。
「なんかめっちゃ本格的なんだけど…」
「当たり前だろ。俺から春馬を誘ったんだから」
琢磨はそう言って、グラウンドの端にネットを組み立て始めた。
当然だが動きが慣れているというか、やる気に溢れ過ぎていて少しだけ笑ってしまう。
「高校入ったら周りのレベルが、マジで高いと思うぞ。だから今から形だけでも整えねぇとな」
「形だけって…本格的すぎるだろ…」
「準備は大事なんだよ。よし、バッティング練習するぞ。トスするから打て」
「え、いきなり?」
「いいから構えろって」
琢磨に押されるように、俺はバットを握って
ネットの前に立った。
ただ…自分で言うのもなんだが、フォームはめっちゃくちゃだと思う。
「春馬、とりあえず構えてみろ」
言われるままに形を作ると、琢磨は数秒固まり
「いや、なんだそのクセしかないフォーム。絶対まともに当たらないだろ、それ」
と結構辛辣な一言を頂いた。
「知らないよ。誰かに教わったわけでもないし」
「まぁ、それもそうか。まず軽くトスするぞ」
琢磨がボールを軽く上げた。
落ちてくる球に合わせて、俺はバットを振った。
カンッ!
乾いた音とともに、ボールは綺麗に真っすぐネットへ飛んだ。
「…は?」
琢磨の顔が完全に固まった。
「いやいや、今の当たり何!?フォームと結果が一致してねぇんだけど!」
琢磨はパニック気味に二球目をトスする。
カンッ!
またも同じ角度でネットへ吸い込まれた。
「春馬…ちょっと待て。お前、その肘の高さでなんで下から綺麗に叩けるんだよ」
「俺に聞かれても困る」
バットのどこを使えばいいかも、なんとなく分かるのだ。
「今度は、連続で行くぞ」
カンッ!
カンッ!
カンッ!
三球連続で、ほぼ同じ場所に突き刺さる。
琢磨はバットを持つ俺をまじまじ見つめてきた。
「…なぁ春馬。フォームとか全部間違ってるのに結果だけ凄いんだけど」
「褒めてんの? 貶してるの?」
「いや、どっちかって言うと恐怖だな」
呆れ顔で言いながらも、どこか嬉しそうな声をしている。
そして、ゆっくり言葉を続けた。
「春馬、こんなの才能以外に言いようが無い。
マジで将来凄い選手になるぞ」
琢磨はしばらく俺の握るバットと、踏んでいる足の位置を交互に見比べていた。
「とりあえずフォームを直さないとだな。今のままだと絶対限界が来る」
「マジかよ」
「いやマジ。天才だが動きは初心者以下だから、一番タチが悪いタイプだ」
「めっちゃ悪口じゃん」
「悪口じゃあない。将来の為だ」
琢磨はそう言って、俺の背後に回った。
そして、迷いのない手つきで肩や肘、足の幅を順番に直していく。
「まず足の開きの幅が狭すぎるんだよ。あと肘下がりすぎ。腰の向きも逆で、バットの角度もおかしい」
「全部じゃあないか」
「事実だからな。はい、足をもう少し広げて。
そして肩はこう。肘はここまで上げて…いや上げすぎ。そう、それくらい」
琢磨は真剣な表情をしながら、次々と修正を入れる。
正直、めっちゃくちゃ恥ずかしい。
「なぁ琢磨。これ俺、変じゃあない?」
「変なのは前のフォームだ。見てられないフォームだったぞ」
「そんなレベルかよ!?」
「むしろあれで打ててた方が奇跡だ。いや怪奇現象だ。それだけ凄い才能ってことだが」
散々な言われようである。
だが、形はさっきより確かにそれっぽい。
野球経験ゼロの俺でも分かる。
「よし、これが基本のフォームだ。まだぎこちないけど、まずは身体に覚えさせねぇとな」
「身体にって、そんなの1日で覚えられるのか?」
「覚えられるまでやるんだよ」
そう言いながら琢磨がニッと笑った。
流石野球バカというだけの事はある。
頼れるというかなんというか。
「じゃあ春馬、今のフォームで一回打ってみろ」
もう一度、琢磨が軽くトスする。
俺は、教えられたフォームをなんとか維持してバットを振った。
カンッ!
さっきほど完璧ではないが、真っ直ぐネットへ飛んだ。
「おお、悪くねぇぞ春馬! むしろ初日なら十分すぎる。なんでフォーム直したのにちゃんと打ててるのか意味わからないけど」
「いや、俺も分からないけど」
「でも絶対こっちの方がいい。ケガもしにくくなるし、伸びしろが段違いだ」
琢磨はボールを拾いながら、嬉しそうに笑った。
「春馬、今日からしばらくフォーム固めやるぞ。
基礎さえ作れれば、マジでお前は化ける」
春の風がちょうど吹いて、汗ばむ額を冷やした。
なんか少しワクワクしている自分がいた。
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