『俺達のグレートなキャンプ197 真冬の雪原で流しそうめん大会や』

海山純平

第197話 真冬の雪原で流しそうめん大会や

俺達のグレートなキャンプ197 真冬の雪原で流しそうめん大会や


「さっぶ!さっぶいって!マジで!」

千葉の叫び声が、標高800メートルの雪原キャンプ場に響き渡った。その声は凍てついた大気の中で妙に高く、まるでアニメのキャラクターのように甲高い。気温はマイナス8度。千葉の吐く息は瞬時に白い霧となり、彼の顔の前で渦を巻いている。鼻の頭は既に真っ赤で、まるでトナカイのルドルフのようだ。

「寒い寒い言うなって!体温めるには動くしかないだろ!」

石川が両手をブンブンと振り回しながら、まるで準備体操をしているかのように飛び跳ねている。彼のダウンジャケットは派手なオレンジ色で、この真っ白な雪原の中で異様に目立っていた。ニット帽からはみ出た黒髪には、すでに細かい霜がびっしりとついており、まるで白髪が生えてきたかのような有様だ。

「石川、あんたのテンション明らかにおかしいわよ」

富山が呆れたような声で言う。彼女は三人の中で最も防寒対策がしっかりしており、顔の半分をネックウォーマーで覆い、スキー用のゴーグルまで装着している。その姿はまるで南極探検隊のようだ。しかし、その完璧な防寒も、このマイナス8度の極寒の前では無力に等しい。彼女の睫毛にも細かい氷の結晶がキラキラと光っている。

「おかしい?おかしくないって!むしろ今、俺ものすごくクリアな気分!頭が冴え渡ってる!宇宙の真理が見えそう!」

石川が両手を広げて雪原を見渡す。その動きはどこか異常で、まるでトランス状態に入った宗教家のようだ。

「それ、低体温症の初期症状じゃない...?」

富山が心配そうにつぶやく。

キャンプ場は北陸地方の山間部、見渡す限りの銀世界だ。昨夜から降り続いた雪で、積雪は70センチを超えている。普段なら車で入れる場所まで、三人は膝まで雪に埋まりながら、30分かけて荷物を運んできた。その過程で、すでに全員の体力は8割方削られていた。

周囲には他のキャンパーのテントが点在している。赤、青、緑と色とりどりのテントが雪の中に映え、まるでクリスマスツリーの飾りのようだ。しかし、その全てのテントからはストーブの煙突が伸びており、中では暖かく快適な冬キャンプライフが営まれているのだろう。時折、テントの中から聞こえる笑い声や、コーヒーの香りが、この極寒の中での人間らしい営みを感じさせる。

「よっしゃ!竹の設置いくぞ!」

石川が雪の中から長さ3メートルの竹を二本引きずり出してくる。その竹の表面には、すでに薄く氷が張り始めていた。

「石川さん!これマジでやるんすか!?」

千葉が目をキラキラさせながら聞く。その目の輝きは、寒さで涙目になっているせいもあるが、明らかに興奮と期待に満ちている。彼の頬は凍傷一歩手前の紫色に変色しているが、本人は全く気にしていない様子だ。

「当たり前だろ!『真冬の雪原で流しそうめん大会』!これぞグレートなキャンプの真骨頂!第197回目にふさわしい企画だ!」

「ふさわしくないって絶対」

富山が小さく呟くが、その声は風に紛れて消えた。

三人が陣取ったのは、キャンプ場の北側斜面だ。普段なら見晴らしの良い絶景ポイントだが、今は視界を遮る吹雪が時折舞い、その景色も霞んでいる。斜面の勾配は約15度。流しそうめんをするには理想的な角度だが、この雪の量では設置作業だけで一苦労だ。

「富山!杭打ってくれ!地面固いから力入れろよ!」

「分かってるわよ!」

富山がハンマーを振りかぶる。カンッ!という音が響く。しかし、地面は凍てついて岩のように固く、ペグは数ミリしか入らない。

「くそっ!入らない!」

「じゃあ俺も手伝う!せーの!」

千葉が加わり、二人がかりでペグを打ち込む。カンカンカンカン!まるで鍛冶屋のような金属音が雪原に響き渡る。その様子を、隣のテントサイトの中年男性が、テントの入口からチラチラと覗いている。彼の表情は「一体何が始まるんだ...」という困惑と、少しの好奇心が混ざったものだ。

「よし、入った!次!」

富山の額には汗が浮かんでいる。マイナス8度の中で汗をかくというのは、相当な重労働をしている証拠だ。その汗はすぐに冷えて、彼女の顔をさらに冷やす。悪循環だ。

「くしゅん!」

千葉が盛大にくしゃみをした。鼻水が一瞬で凍りつき、鼻の下に氷の橋ができる。

「千葉、鼻水凍ってんぞ」

「マジすか!?」と千葉が手で触る。パリッと音がした。「うわ、本当だ!すげえ!」

「すごくないから!早く拭きなさい!」

富山が手袋越しにティッシュを渡す。

30分後、ようやく竹の設置が完了した。斜面に沿って美しいカーブを描く竹の樋。その長さは約6メートル。計算上、そうめんが流れる時間は約8秒。完璧な設計だ。少なくとも、石川の頭の中では。

「おっしゃ!次は水だな!」

石川が意気揚々とバケツを持って水場へ向かう。その足取りは妙に軽快で、まるでスキップでもしているかのようだ。

「石川さん、テンションおかしくないですか?」

千葉が富山に小声で聞く。

「寒すぎてハイになってんのよ。あいつ、昔からそうなの。気温が氷点下になると妙にテンション上がるの」

「へー、そういうもんなんすね」

「そういうもんじゃないわよ。普通は寒いと静かになるもんでしょ」

そう言っている富山自身も、足踏みをしながら、妙に早口でしゃべっている。彼女もまた、寒さでテンションが上がり始めているのだ。

「あれ?水出ねえ!」

遠くから石川の声が聞こえる。

「凍ってるに決まってるでしょ!」

富山が叫び返す。その声は普段の彼女からは考えられないほど大きく、明らかに興奮状態だ。

「じゃあ雪溶かす!」

石川が巨大な鍋を持って戻ってくる。その鍋の大きさは直径50センチはあろうかという業務用サイズ。一体どこから調達してきたのか。

「石川、その鍋どうしたの」

「管理棟で借りた。『流しそうめんやるんで』って言ったら、管理人さんが『またですか...』って顔しながら貸してくれた」

「『また』って、あんたここで何回変なことやってんのよ」

「さあ?10回くらい?」

「じゅ、10回!?」

富山が目を丸くする。

石川は大鍋に雪を次々と詰め込んでいく。ギュウギュウに詰めて、さらに上から踏み固めて、また雪を入れる。その作業を黙々と続ける様は、まるで雪だるまを作る子供のようだ。

「よし、満杯!バーナー点火!」

ゴォォォという音とともに、大型バーナーに火がついた。その炎は青白く、まるで溶接の火のような激しさだ。

「おお、温かい...」

三人が思わず鍋の周りに集まる。その姿は、まるで原始人が初めて火を見つけたかのようだ。

「あったけえ...あったけえよ石川さん...」

千葉が涙目になっている。それが寒さのせいか、感動のせいか、もはや本人にも分からない。

「おい、隣のテントの人がこっち見てるぞ」

富山が小声で言う。

隣のテントサイトの家族連れ──父親、母親、小学生の男の子二人──が、四人揃ってテントの入口から顔を出し、じっとこちらを見ている。その視線は、動物園の珍獣を見るようなものだ。

「あ、どうも!こんにちは!」

石川が手を振る。

「あ、こんにちは...何を...されてるんですか?」

父親が恐る恐る聞いてくる。

「流しそうめんの準備です!」

「流し...そうめん...?この...雪の中で...?」

父親の言葉が途切れ途切れになる。理解が追いついていないようだ。

「そうです!真冬に流しそうめん!グレートでしょ!」

千葉が親指を立ててグッドサインを作る。その親指には既に霜がついている。

「グレートかどうかは...その...大丈夫ですか?寒くないですか?」

「寒いです!めちゃくちゃ寒いです!でも楽しいです!」

石川が満面の笑みで答える。その顔は真っ赤で、まるで酔っ払いのようだ。実際、寒さで脳に酸素が回っていないのかもしれない。

「パパ、あのお兄ちゃんたち、変だよ」

小学生の兄が小声で言う。

「静かにしなさい」

父親が息子をたしなめるが、その父親自身も「確かに変だ」という表情をしている。

「すいません、お騒がせして...」

富山が申し訳なさそうに頭を下げる。彼女はまだ正気を保っている。まだ。

雪が溶け始めた。鍋の中でブクブクと泡が立ち、湯気がモクモクと立ち上る。その湯気は冷たい空気に触れて、すぐに白い霧となって広がっていく。幻想的な光景だ。

「よし、沸いた!そうめん茹でるぞ!」

石川が大量のそうめんの束を取り出す。その量は一人前どころか、10人前はありそうだ。

「石川、多すぎない?」

「多いくらいがちょうどいいんだよ!グレートなキャンプには、グレートな量が必要なの!」

石川がそうめんを鍋に投入する。ジャバジャバと音を立てて、そうめんが湯の中に沈んでいく。

「茹で時間は...えーと、2分くらい?」

「適当すぎるでしょ」

富山がツッコむ。

茹でている間、三人は寒さに耐えるため、その場で足踏みを始めた。タタタタタタ。まるで軍隊の行進のような音が響く。

「さ、寒い...さ、寒すぎる...」

千葉の歯がガチガチと鳴っている。

「体、体温めるには...そうだ!スクワット!スクワットしよう!」

石川が突然叫ぶ。

「スクワット?」

「そう!筋トレすれば体温まる!よし、みんなでスクワット開始!」

石川がその場でスクワットを始めた。一、二、一、二。その動きは機械的で、まるでロボットのようだ。

「マジでやんの...?」

富山が呆れるが、寒さには勝てない。彼女もスクワットを始める。

「う、うおおお!体が!体が温まる気がする!」

千葉も加わった。三人が揃ってスクワットする姿は、異様としか言いようがない。

「一、二、三、四!一、二、三、四!」

石川が掛け声をかける。

「隣の人たち、もっとこっち見てるわよ...」

富山が小声で言うが、もう止まらない。スクワットは加速していく。

「そうめん茹で上がったぞ!」

「おおお!」

三人が鍋に駆け寄る。その動きは、まるで獲物に飛びかかる肉食獣のようだ。

「よし、水で締めて...あれ?水どうする?」

石川が固まる。

「だから言ったでしょ、水場凍ってるって」

「じゃあ...雪!雪で締める!」

石川が周りの雪を掴み、茹で上がったそうめんにぶっかける。ジュワーッという音とともに、大量の湯気が立ち上る。

「おおお、冷えた!完璧に冷えた!」

「いや、冷えすぎでしょそれ」

富山がツッコむが、石川はもう聞いていない。彼の目は完全にイッている。寒さでハイになった人間の目だ。

「さあ、めんつゆだ!めんつゆ持ってきて!」

「了解です!」

千葉が荷物の中をゴソゴソと探る。

「あれ...めんつゆ...めんつゆ...」

「どうした?」

「あ、あった!これだ!」

千葉が大きなボトルを取り出す。茶色い液体が入っている。ラベルには「Whisky」と書かれている。

「それウイスキーじゃん!」

富山が叫ぶ。

「え?でも茶色いし...」

「めんつゆも茶色いけど!でもそれは明らかにウイスキー!」

「マジで?」

千葉がボトルをまじまじと見る。確かに「Whisky」と書いてある。それも度数43度のスコッチウイスキーだ。

「じゃあ、めんつゆどこ...?」

三人が荷物を探す。10秒後。

「...ない」

「...ないね」

「...ないわね」

沈黙。

「どうすんの」

富山が聞く。

「...ウイスキーで食べるか」

石川が真顔で言った。

「は?」

「だってもう茹でちゃったし。捨てるのもったいないし。ウイスキーもつゆっぽいし」

「つゆっぽくないわよ全然!」

「でも色は似てるし」

「色だけで決めないでよ!」

「富山、富山」

千葉が彼女の肩を叩く。

「何よ」

「俺、もう寒すぎて、何でもいい気がしてきました」

「え?」

「ウイスキーでも、めんつゆでも、醤油でも、もう何でもいいです。とにかく何か食べて、体温めたいです」

千葉の目は虚ろだった。完全に寒さで正常な判断力を失っている。

「ほら、富山も寒いだろ?やろうぜ、ウイスキー流しそうめん」

「...はあ。もう知らない。好きにして」

富山が諦めた。彼女もまた、寒さに負けたのだ。

「よっしゃ!じゃあ準備するぞ!」

石川がウイスキーのボトルを掲げる。その姿は、まるで勝利の旗を掲げる将軍のようだ。

「でも、ストレートは無理だから、薄めよう」

「何で薄めんの」

「雪解け水」

「もうメチャクチャだわ...」

三人は雪を集め、バーナーで溶かし、そこにウイスキーを投入した。割合は適当。誰も測っていない。完全にフィーリングだ。

「よし、できた!ウイスキーつゆ!」

薄茶色の液体が、プラスチック容器に入っている。それはもはや、めんつゆなのか、ウイスキーの水割りなのか、誰にも分からない謎の液体だ。

「じゃあ、流すぞ!準備はいいか!」

「いいです!」

「...もう何でもいいわ」

三人が竹の樋の周りに配置につく。石川が上流、千葉が中流、富山が下流。完璧な布陣だ。少なくとも、彼らの頭の中では。

「じゃあいくぞ!せーのっ!」

石川が冷やしたそうめんを竹に投入した。

シャーッ

「あ、流れた!」

そうめんが竹の上を滑り始めた。その速度はちょうどいい。が、問題はここからだ。

「待って、寒すぎて立ってられない!」

千葉が叫ぶ。

「じゃあスクワットしながらやろう!」

石川が提案する。

「スクワットしながら流しそうめん!?」

「そう!体温めながら食べる!一石二鳥!」

「意味わかんない!」

しかし、寒さは容赦ない。三人は結局、スクワットしながら流しそうめんをすることになった。

「そうめん、いくぞ!」

石川が投入。

「一、二!」

スクワットしながら箸を構える千葉。

「三、四!」

そうめんが流れてくる。

「取れた!」

千葉がスクワットしながらそうめんをキャッチ。ウイスキーつゆにつける。口に運ぶ。

「...うぇ!?」

千葉の顔が歪む。

「どう?」

「なんか...アルコールの味がします...」

「そりゃウイスキーだからな」

「でも、意外と...悪くない...?」

「マジで?」

富山の番。スクワットしながら、流れてくるそうめんを待つ。

「来た!」

キャッチ。ウイスキーつゆにつける。食べる。

「...あら?」

「どう?」

「確かに、意外と...いける...?アルコール強いけど、なんか温まる...」

「だろ?」

石川が得意げに笑う。彼もスクワットしながら流れてくるそうめんを食べる。

「おお!これはいけるぞ!ウイスキーの風味が新しい!」

三人がスクワットしながら流しそうめんを食べる姿は、もはや狂気としか言いようがない。

その様子を、隣のテントから家族が、その向こうのテントから若いカップルが、さらに奥のテントから大学生グループが、じっと見ている。

「ねえ、あの人たち...」

母親が呟く。

「見ちゃダメ。目を合わせちゃダメ」

父親が子供たちをテントの中に引っ込める。

しかし、10分後。

「あの...」

恐る恐る、隣のテントの父親が声をかけてきた。

「はい?」

石川がスクワットを止めて振り向く。その顔は真っ赤で、ウイスキーのせいか、運動のせいか、もはや判別不能だ。

「その...何をされてるんですか...?」

「流しそうめんです!ウイスキーつゆで!」

「ウイスキー...つゆ...?」

父親の思考が停止する。

「はい!めんつゆ忘れたんで、ウイスキーで代用してます!意外といけますよ!」

「そう...ですか...」

父親が困惑した表情で頷く。

「あと、寒いんでスクワットしながら食べてます!」

「スクワット...」

「体温まりますよ!やってみます?」

「いえ、遠慮しておきます...」

父親が後ずさる。

その時、管理棟の方から人影が近づいてくる。管理人だ。

「石川さーん!」

60代くらいの、温厚そうな顔立ちの管理人が、分厚いダウンジャケットを着て近づいてくる。

「あ、管理人さん!どうもー!」

石川が手を振る。

管理人は三人の様子を見て、深いため息をついた。

「...また、ですか」

「はい!今回は流しそうめんです!」

「真冬に...流しそうめん...」

「グレートでしょ!」

「グレートかどうかは...まあ、いいですけど」

管理人が呆れた顔をする。しかし、その目は少し笑っている。

「石川さん、あなたここで何回変なことやってるんですか」

「えーと...今回で12回目くらいですかね」

「12回...前回は確か、『真夜中の無音カラオケ』でしたよね」

「よく覚えてますね!」

「忘れられませんよ。夜中にマイク持って、声出さずに熱唱してたの見た時は、救急車呼ぼうかと思いましたよ」

「いやー、あれは名企画でしたよ!」

「名企画...」

管理人が遠い目をする。

「で、今回はウイスキーで流しそうめん...めんつゆ、忘れたんですか」

「はい!でも意外といけるんですよ!管理人さんもどうです?」

「遠慮しておきます」

管理人がキッパリと断る。

「あと、スクワットしながら食べるの、やめてもらえませんか。他のお客さんが心配して通報してきそうなんで」

「え、でも寒いんですよ!スクワットすると温まるんです!」

「それなら、テントの中でストーブ焚いてください。普通に」

「普通じゃつまらないじゃないですか!」

「つまらなくていいんですよ、冬キャンプは!」

管理人の声が大きくなる。しかし、その口元は笑っている。彼も、石川たちのバカバカしさに、どこか愛着を感じているのだ。

「まあ、怪我とか、凍傷とかには気をつけてくださいよ。あと、他のお客さんに迷惑かけないように」

「はい!ありがとうございます!」

管理人が去っていく。その背中は、どこか諦めと寛容さが混ざったものだった。

「いい人だな、管理人さん」

千葉が言う。

「だろ?12回も変なことやってるのに、まだ出禁になってないんだぜ」

「それ自慢することじゃないから」

富山がツッコむ。

そうこうしているうちに、周りのテントから、ポツポツと人が顔を出し始めた。

「あの...ちょっといいですか」

大学生くらいの男性が三人組で近づいてくる。

「はい、どうぞ!」

「その...流しそうめん...俺らもやっていいですか?」

「え!?」

三人が驚く。

「いや、なんか、すごい楽しそうで...俺ら、ずっとテントの中でダラダラしてたんですけど、それ見てたら、なんかやりたくなってきちゃって」

「マジで!?いいですよ!どんどん参加してください!」

石川が大喜びする。

「でも、ウイスキーつゆですよ?」

「全然いいです!むしろそっちの方が面白そう!」

大学生たちが箸を持って参加してくる。

「じゃあ、スクワットもやってもらいますね!」

「スクワット!?」

「体温めるために!」

「なるほど!面白い!やります!」

大学生たちがスクワットを始める。

「一、二、三、四!」

石川の掛け声に合わせて、全員でスクワット。

「そうめん、いくぞー!」

シャー!

そうめんが流れる。大学生の一人がキャッチ。

「取れた!」

ウイスキーつゆにつける。食べる。

「うおお!アルコール強っ!でも、なんか、いい!」

「だろ!?」

盛り上がる一同。

その様子を見て、他のテントからも人が集まってくる。

「私たちも混ぜてください!」

若いカップル。

「うちの子供たちも!」

さっきの家族連れ。父親は「本当にいいのか...?」という顔をしているが、子供たちが「やりたい!」と懇願している。

「みんな!ウェルカムです!ただし、子供にはウイスキーつゆはダメだから、別に普通の醤油用意しますね!」

富山が気を利かせる。さすがだ。

気づけば、20人近い人だかりができていた。全員がスクワットしながら、流しそうめんを待っている。その光景は、シュールを通り越して、もはや芸術的ですらある。

「せーの!一、二、三、四!」

全員でスクワット。

「そうめん、大量投入!」

石川が一気に大量のそうめんを流す。

「おおおお!」

歓声が上がる。

「取った!」「私も!」「あ、落ちた!」「もう一回!」

笑い声と叫び声が入り混じる。雪原に、暖かい空気が流れ始めた。それは物理的な暖かさではなく、人々の心の暖かさだ。

「楽しい!」「これ面白い!」「スクワット効いてきた!」「ウイスキーつゆ、意外といける!」

子供たちも大はしゃぎ。醤油で食べるそうめんに大喜びだ。

「お兄ちゃん!もう一回流して!」

「おう!いくぞ!」

石川がそうめんを追加する。

富山は、その光景を見ながら、小さく笑った。

「...まったく、バカバカしい」

でも、その顔は心底楽しそうだった。

1時間後、そうめんは完全に底をついた。

「あー、楽しかった!」

「すごい思い出になった!」

「また来年もやりましょうよ!」

参加者たちが口々に言う。

「じゃあ、連絡先交換しましょう!」

石川のスマホには、あっという間に15件の連絡先が登録された。

「石川さん、すごいっすね!一気に仲間が増えましたね!」

千葉が目を輝かせる。

「だろ?これが『グレートなキャンプ』の力だよ」

「...認めたくないけど、確かにグレートだったわね」

富山も認める。

人々が自分のテントに戻っていく。その足取りは軽く、みんな笑顔だ。

三人だけになった。

「さて、俺らも片付けするか」

「ですね」

竹を撤去し、道具を洗い、荷物をまとめる。その作業中も、三人は時々スクワットしている。もう習慣になってしまったようだ。

「なあ、富山」

「ん?」

「今回のキャンプ、どうだった?」

「...最悪よ。寒いし、めんつゆないし、ウイスキーで代用するとか意味わかんないし」

「でも?」

「...でも、楽しかったわ。すごく」

富山が素直に認める。

「だろ?」

「次は何やんの?」

「次?そうだなー...『真冬の海で流し牡蠣』とか」

「牡蠣は流さないでしょ普通!」

富山の全力ツッコミ。

千葉が大爆笑している。

その時、管理人が再び現れた。

「石川さん」

「はい!」

「評判良かったですよ。他のお客さんから『楽しかった』って声、たくさん聞きました」

「マジですか!」

「ええ。まあ、次回はもうちょっと常識的なことやってほしいですけどね」

「次回もやっていいってことですか!?」

「...はあ。まあ、怪我さえなければ」

管理人が苦笑いする。

「ありがとうございます!」

管理人が去っていく。その背中を、三人が見送る。

「よし、帰るか」

「ですね」

車に荷物を積み込む。エンジンをかける。暖房が効いてくる。

「ああ...温かい...」

三人が同時にため息をつく。

「やっぱり暖房最高だな」

「最初からテントの中でストーブ焚けば良かったのに」

「それじゃグレートじゃないだろ」

「...そうね」

車が動き出す。バックミラーに映るキャンプ場。雪原に残る竹の跡。提灯の残骸。そして、たくさんの足跡。

「第197回、『真冬の雪原で流しそうめん大会』、大成功だな」

「ですね!」

「...まあね」

三人の笑い声が、車内に響く。

「さて、次は何やろうか」

「石川さん、もう考えてるんすか!?」

「当たり前だろ。『グレートなキャンプ』は止まらないんだよ」

「次こそは普通のキャンプにしようよ...」

「普通?何それ?」

「...はあ」

富山のため息が、また車内に響いた。

でも、その顔は笑っていた。

雪原を走る車。その中の三人は、すでに次のバカバカしい企画を考え始めていた。

彼らの奇抜でグレートな冒険は、まだまだ続く──。

後日談

「だから言ったのに...」

病室のベッドに横たわった富山が、天井を見上げながら力なく呟いた。彼女の額には冷却シートが貼られており、点滴のチューブが腕に刺さっている。顔色は青白く、普段の活発さは微塵も感じられない。

隣のベッドでは石川が、同じく点滴を受けながら、ゴホゴホと咳き込んでいた。

「うぅ...寒い...布団...布団もっと...」

その向かいのベッドでは千葉が、ガタガタと震えながら丸まっている。彼の体温計は38.9度を示していた。

ここは、キャンプ場から車で40分の総合病院。三人は流しそうめん大会の翌日、揃って高熱を出し、緊急搬送されてきたのだ。

診断結果は、全員「急性上気道炎」と「軽度の低体温症」。要するに、バカみたいに寒い中で長時間過ごした結果の、重度の風邪である。

カツカツカツと、廊下から足音が近づいてくる。

ガラッと扉が開いた。

「失礼しまーす」

現れたのは、50代くらいの女性医師だった。白衣の下には緑色のセーター、首には聴診器を下げている。眼鏡の奥の目は鋭く、「有能な医師」という雰囲気を醸し出している。名札には「山田医師」と書かれていた。

「はい、石川さん、富山さん、千葉さん。容態はいかがですか」

山田医師が三人のカルテを確認しながら、穏やかな声で尋ねる。

「あ、先生...すいません...」

石川が申し訳なさそうに答える。その声は掠れており、喉の痛みが伺える。

「体温測りましょうね」

看護師が三人に体温計を配る。

ピピピピ。

「石川さん、38.2度。下がってきましたね」

ピピピピ。

「富山さん、37.8度。こちらも峠は越えました」

ピピピピ。

「千葉さん、まだ38.9度。あなたが一番重症ですね」

「うぅ...」

千葉が情けない声を出す。

山田医師がカルテに記入しながら、穏やかな笑顔で言った。

「それでは、改めて確認させてください」

そして、その笑顔のまま、静かに、しかし有無を言わさぬ口調で続けた。

「あなたたち、マイナス8度の雪山で、3時間以上、屋外で流しそうめんをしていたんですよね?」

「...はい」

三人が小さく頷く。

「しかも」

山田医師がカルテをめくる。

「スクワットをしながら」

「...はい」

「めんつゆの代わりにウイスキーを使って」

「...はい」

「その後、汗をかいたまま放置して、体を冷やしたと」

「...はい」

山田医師の笑顔が消えた。

いや、消えたわけではない。笑顔は保たれている。しかし、その目は全く笑っていなかった。むしろ、氷点下よりも冷たい視線が、三人に突き刺さる。

「あなたたち」

山田医師がゆっくりと口を開く。

「バカですか?」

ズバッと。

その一言が、病室に響き渡った。

「す、すいません...」

石川が縮こまる。

「いえいえ、謝罪は結構です。謝って済むなら医者は要りません」

山田医師が眼鏡を直す。その仕草が、なぜか威圧感を増す。

「まず、マイナス8度の環境で3時間以上の屋外活動。これ、登山家でも準備万端で臨むレベルですよ?あなたたち、ちゃんとした防寒着、着てましたか?」

「あ、いや...普通のダウンジャケットと...」

「普通の?」

山田医師の声のトーンが一段階上がる。

「普通のダウンジャケット?手袋は?」

「普通の手袋です...」

「靴下は?」

「普通の...」

「『普通の』『普通の』って!普通の装備で極寒の中で遊んだら、こうなるに決まってるでしょう!」

山田医師の声が大きくなる。しかし、怒鳴っているわけではない。あくまで冷静に、しかし強い口調で叱っている。

「石川さん、あなた。カルテによると、過去5回、低体温症で搬送されてますね」

「え...5回も...?」

「5回です。2019年、2020年、2021年、2022年、2023年。毎年冬になると、何かしらバカなことをして運ばれてくる」

「あ...そうでしたっけ...」

石川が目を逸らす。

「『そうでしたっけ』じゃないんですよ!学習能力はないんですか!」

「す、すいません...」

「富山さん」

山田医師が富山に視線を移す。

「あなたは、この石川さんの付き添いで3回搬送されてますね」

「...はい」

富山が小さく答える。

「なぜ止めないんですか」

「止めたんですけど...聞いてくれなくて...」

「なら、付き合わなければいいでしょう」

「でも...」

富山が言葉に詰まる。

「でも?」

「...楽しかったから...」

富山が小声で答える。

山田医師が深くため息をついた。

「はあ...楽しい。楽しいのは結構です。でもね、楽しさと命、どっちが大事ですか」

「...命です」

「そうです。命です。今回、あなたたちは運が良かった。軽度の低体温症で済んだ。でもね、あと1時間外にいたら、どうなっていたと思います?」

三人が黙る。

「重度の低体温症になっていました。そうなると、意識障害、不整脈、最悪の場合は心停止です」

山田医師が一人一人の目を見る。

「死ぬんですよ。死ぬ。流しそうめんで。そんなバカバカしい死に方、したいんですか」

「...いえ」

「だったら、もう少し考えて行動してください」

山田医師がカルテを閉じる。

「それに」

彼女が続ける。

「今回、あなたたちだけじゃなく、周りの人も巻き込んだんですよね」

「...はい」

「その中に、子供もいた」

石川の顔色が変わる。

「幸い、参加した人たちは全員無事でした。でも、もし子供が凍傷になったり、風邪を引いたりしていたら?あなたたち、責任取れますか?」

「...取れません」

「取れませんよね。だから、こういう企画をするなら、もっと安全面を考慮してください。防寒対策、時間制限、緊急時の対応。全部準備してから、やってください」

山田医師の言葉は厳しいが、その奥には心配と優しさが滲んでいる。

「あなたたちがやっていること自体は、否定しません」

山田医師が少し表情を緩める。

「実際、看護師たちの間で話題になってましたよ。『真冬に流しそうめんやった人たちが来た』って。面白いですね、確かに」

「あ...ありがとうございます...」

「でも、面白さと無謀さは違います。ちゃんと安全を確保した上で、楽しんでください。じゃないと、また病院送りですよ」

「...はい」

三人が揃って頷く。

「それと」

山田医師が最後に付け加える。

「ウイスキーをめんつゆ代わりにするのは、栄養学的にも、衛生学的にも、あり得ません。アルコール度数43度のウイスキーを薄めて食事に使うなんて、正気の沙汰じゃないです」

「...すいません」

「特に千葉さん」

「は、はい!」

千葉が慌てて返事をする。

「あなた、一番たくさん飲んでたみたいですね。カルテに『アルコール摂取による胃腸障害の疑い』って書いてありますよ」

「あ...そういえば、お腹も痛いです...」

「当たり前です。空腹時にアルコール度数の高いものを摂取したら、胃が荒れます。しばらく胃薬出しますから、ちゃんと飲んでください」

「はい...」

山田医師が立ち上がる。

「では、点滴が終わったら、もう一度診察しますね。それまで安静に」

「はい、ありがとうございます」

山田医師が病室を出ていく。カツカツカツという足音が遠ざかっていく。

静寂。

三人は、しばらく何も言わずに、天井を見つめていた。

「...怒られたな」

石川がポツリと言う。

「当然でしょ」

富山が答える。

「でも、先生、優しかったっすね」

千葉が言う。

「優しい?あれが?」

「だって、『やること自体は否定しない』って言ってくれたじゃないですか。普通だったら『二度とやるな』って言われますよ」

「...確かに」

石川が頷く。

「次からは、ちゃんと準備しようぜ」

「次もやるんかい」

富山がツッコむが、その声には呆れと同時に、少しの期待が混じっていた。

「当然だろ。第198回のキャンプ、どうする?」

「石川さん、まだ懲りてないんすか...」

「懲りるわけないだろ。『グレートなキャンプ』は止まらないんだよ」

「...はあ」

富山がため息をつく。

「でも、次は防寒対策バッチリでやろうな」

「ですね!」

千葉が元気よく答える。

その時、ガラッと扉が開いた。

「失礼しまーす」

入ってきたのは、若い看護師だった。

「あの、面会の方が来てますけど...」

「面会?」

「はい。キャンプ場の管理人さんだそうです」

「ああ!」

三人が驚く。

「入ってもらっていいですか?」

「はい、お願いします」

看護師が下がり、代わりに入ってきたのは、あの管理人だった。手には大きな果物の籠を持っている。

「やあ、石川さんたち」

管理人が苦笑いしながら言う。

「管理人さん!わざわざすいません!」

「いやいや、様子を見に来ただけですよ。大丈夫ですか?」

「はい、もう大丈夫です。ご迷惑おかけしました」

「迷惑だなんて。むしろ、心配しましたよ」

管理人が果物の籠をテーブルに置く。

「これ、お見舞いです。あと」

管理人がポケットから封筒を取り出す。

「これ、あの時参加した人たちからの寄せ書きです」

「え!」

石川が封筒を受け取る。中には、色とりどりのメッセージカードが入っていた。

「楽しかったです!また元気になったらキャンプしましょう!」

「子供たちが大喜びでした。ありがとうございました」

「次は暖かい季節に!」

様々なメッセージが書かれている。

「みんな、心配してましたよ」

管理人が優しく言う。

「ありがとうございます...」

石川の目が潤む。

「でもまあ、次からはもうちょっと考えてやってくださいね。私も心臓に悪いんで」

「はい...すいません」

「いえいえ。でも、あなたたちのおかげで、キャンプ場は盛り上がりました。それは本当です」

管理人が笑う。

「じゃあ、お大事に。また元気になったら、遊びに来てください」

「はい!必ず!」

管理人が病室を出ていく。

三人は、寄せ書きを読みながら、じんわりと温かい気持ちになった。

「なあ」

石川が言う。

「俺たち、バカだけど」

「うん」

「迷惑かけたけど」

「うん」

「でも、楽しんでもらえたんだな」

「...みたいね」

富山が微笑む。

「次は、もっとちゃんとやろうぜ。安全に、でもグレートに」

「賛成です!」

千葉が元気よく答える。

「...はいはい。付き合うわよ」

富山が呆れながらも、嬉しそうに答えた。

病室の窓から、冬の陽射しが差し込んでいる。

三人は、ベッドの上で、次のグレートなキャンプの計画を、早くも話し始めていた。

医師に叱られ、体調を崩し、反省したはずなのに。

懲りない三人の冒険は、まだまだ続く──。

「次は春に、桜の下でバーベキュー禁止バーベキューやろうぜ!」

「だから、それバーベキューじゃないって!」

「うるせえ!グレートならなんでもいいんだよ!」

「その思考回路が問題なのよ!」

病室に響く、いつもの掛け合い。

その声は、徐々に元気を取り戻していた。

(完)

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『俺達のグレートなキャンプ197 真冬の雪原で流しそうめん大会や』 海山純平 @umiyama117

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