第4話 実践!?スパルタ指導
「まずは、かかっておいで。」
よぞらさんの声が、閉じられた広い訓練場に響く。
先ほどの先輩の様子からは想像できないほどの支配圧を感じ、私は一瞬怖気付いてしまうが、それ以上に驚きが勝ってしまい、叫び声に変わる。
「……えぇぇぇ!?ど、どうしてそんな急に!?」
友達とも喧嘩とか闘いとかだなんてしたことがないというのに、いきなり初対面の先輩にどうやって戦いに挑んでいけばいいかなんてわからない。
「……あぁぁぁぁ!!!えっと、ごめんねそんなイキったこと言っちゃって!!…とは言っても……とりあえず、かかっておいで…?そのほうが私、向いてる、かも…?」
「えぇ!?いやいやいや!!どうやって戦えばいいのかも知らないですし、それに先輩に勝てるだなんて思ってもないし…!!」
「もう!!いいから早くかかってきて!!!私だって限界なの!!メンタルが!!!」
「メンタルの問題ですか!?」
やや自暴自棄になりかけている先輩は、勢いよく両手を上にかざし、こう叫んだ。
「こはるちゃんがかかってこないなら、私から仕掛けちゃうよ!?__Meteor Shower…!」
先ほどまで、先輩の頭上には何もなかったというのに、まるで流星群のようなものが数え切れないほど発生し、私を容赦なく追い込んでゆく。
「ぎゃー!!!私死んじゃいますって!!」
「死なないよ!ここはラブラさんによって制御されてるからね!怪我の一つでさえしないような施設なの!」
先輩の声は、先ほどより明るく快活であった。
戦闘の時だけはやや明るく、はっきりとするタイプなのだろうか。
先輩の技は止まることなく私に降り注ぐようにして襲いかかる。
咄嗟に逃げ回ってしまうけれど、それでは埒が開かない。
私も何か技を放ってみたいものだけど、一体何を、どのようにしたらいいのかわからない。
私は、ただ手を握っては開きを繰り返し、何か技が出てはくれないだろうかと願うが、ただ時間が流れてゆくだけだった。
それでも、私の足は先輩の攻撃から逃げ惑うようにして走るだけで、まるで初めて変身したときのようだった。
ヒーローなのに、まとめに戦えないだなんて。
自分がとても情けない。
これじゃあ、自分すら守れずに無駄死にするだけだ。
先輩の放った技によって、訓練室内の床が大きく、荒く削れていく。
それでも、床は貫通する気配すら見せない。
身を隠せそうなほどの瓦礫の山がいくつか出来上がり、私はそこにしゃがむようにして隠れた。
走って乱れた息を整えながら、瓦礫の影から頭を出して、先輩の姿を覗き見する。
先輩は、一旦技を止めて、訓練場内を動き回りながら私の姿を探しているようだった。
一体どこのホラーゲームだろう。
そう思ってしまうほど、今の私から見た先輩の姿は、異質さをまとった、舞台の悪役のようだった。
どこかで起死回生を目論んでみたいものだが、一体どうしたら技なんて放てるのか。
それっぽいセリフ?それっぽい動き?
とりあえずと意気込み、私は瓦礫の後ろに身を隠したまま仁王立ちになって、手を前に突き出し、思いついた言葉を大きく叫んだ。
「え、エターナルフォース・ブリザード!」
その声は響き渡り、帰ってくるのは静寂。
時間差で、私の顔は羞恥心で熱くなってくる。
「……そこにいるの?こはるちゃん。」
よぞらさんの声が、私にかけられる。
今の声できっと、居場所がバレたんだ。
今更になって、口に手を当ててしゃがみ込む。
次に何を試そう、何をするべきなんだろうと頭をフル回転させ続けていると、小さな手が私の前で揺れた。
驚いて、声が漏れ出そうになる。
それを必死に抑え、その手の主を見上げるようにして確認すると、そこには、先ほど出会ったばかりのかえで先輩がぽつりと立っていた。
「かえで先輩!?」
「新人、困ってるのか?」
私は、声を抑えて彼女に問いかけてみると、私の驚きとは対極的に、かえで先輩は落ち着きを見せ、私の様子を不思議そうに見つめていた。
いったい、いつの間にこの訓練場に入ってきたのだろうか。
少なくとも、私がよぞら先輩とこの訓練場に入った時には一緒にいなかったはずだ。
そんなことを頭の片隅で考えていたが、私はそれどころではない現状にしょぼくれて、眉を下げながら、ぶつぶつと先輩に悩み事をこぼしていく。
「実は、技が出せそうになくてですね……どうやったらいいのか…」
「よぞら、教えるの下手だからね。」
先輩は、そう言いながら私の横にしゃがみこむ。
まるで公園で相談をしているかのようなほどの空気感が漂い、私は少しの安堵と共に、よぞら先輩への恐怖も未だ持ち続けていた。
不安になって、また瓦礫からよぞら先輩の様子を伺うと、彼女はまだ私のことを探しているようだった。
ため息をつきながら、私はまた瓦礫の後ろに隠れてため息をつく。
そんな様子の私を見てか、かえで先輩は立ち上がって、私にこう言った。
「新人。技はイメージ。それと、想いと願い。ブランドカードは持ち主の心に正直に応える。ただ、それだけ。」
「想い、ってなんですか?」
「新人がブランドに選ばれたとき、何を願った?」
「何って……それは… 」
思い出してみれば、あの時私は何を願っていたのだろう。
ヒーローになりたいって思ったっけ。それとも逃げたいって思ってたっけ。それとも……
目を瞑って、大きく深呼吸をする。
私は、あの日の、あの瞬間の私に思いを馳せる。
少しずつ、あの日の光景が古い映画のようによみがえり、過ぎ去ってゆく。
そして、決定的なあの瞬間、私が決意を固くし、叫んだ言葉が鮮明に聞こえる心地がした。
______私がっ、セイラちゃんを守るんだ__!
あの日の光景が、言葉が、やけに鮮明に脳裏に蘇る。
そうだ、私が願ったことは___
「ここまでがヒント。あとは自分で探すこと。」
「……ありがとうございます、かえで先輩!私、今ならやれそうで___」
目を開き、かえで先輩の声の方を振り返ると、彼女は瓦礫の影からのこのこを出ていっている最中だった。
「せ、せせせせ先輩!?今外に出ちゃ__!」
私も衝動的にかえで先輩を追いかけるように飛び出すと、一瞬で私の声に、足音に、気配に反応したよぞら先輩がぐるりと振り返り、私に照準を合わせるようにして目を合わせた。
「こはるちゃん、みぃつけた。」
どこか高揚したような声色で、よぞら先輩は私に微笑みかける。
それは、慈愛の笑みではなく、獲物を見つけたハンターのような、期待と興奮に満ちたものに近かった。
「答えは見つかったかな〜?さっきまでの会話、私聞こえてたんだから。わかる?私すっごく悲しかったんだよ?私だけハブられて、ひとりぼっちで。……こんな性格だからひとりぼっちなんだろうけどさ。」
よぞら先輩は、再び両手を上にかざす。
多分きっと、最初と同じ技を出すんだろう。
チラリと横を見るが、かえで先輩の顔を見ることはできなかった。
先輩は逃げることも抵抗することもなさそうに、ただぼーっとしながら立ち尽くしているだけで、その小さな後ろ姿からは何を考えて、何をどう感じているかさえわからなかった。
「かえで先輩、逃げてください!先輩、変身してないままですし、危ないですよ!?」
そう私が慌てて警告しても、先輩は声を発することも、指一つすらも動かさず、ただその場に在るだけだった。
「こはるちゃん。そろそろいいかな?私、後輩の成長ってのを見てみたいなぁ。私の後輩って、みんな優秀で天才型ってのが多かったからさぁ……私すっごく肩身が狭かったの。でも、こはるちゃんみたいにいかにも一般人で努力型って子が入って来てくれて、仲間意識湧いちゃって、嬉しかった!だから___一緒に頑張ろうね、こはるちゃん!!」
そう語ったよぞら先輩は、円満の笑みを浮かべ、最初の比にならないほどの威力を纏っていそうな流星群を大量に頭上に出現させて、それを私に降り注ぎ始めた。
その攻撃を喰らうのが私だけならまだしも、そのすぐそばにいるかえで先輩にも被害が及ぶのがわかりきっている上に、二人まとめて塵屑になってしまいそうなそうな未来が簡単に予想できる。
一瞬、かえで先輩の様子が気になって見つめると、今度は先輩の顔を見ることができたものの、先輩は、先ほどの余裕を感じさせる程の無表情からは信じられないほどに、恐怖を感じて怯えているただの子どもの表情を浮かべていた。
かえで先輩も、怖い、って思うんだ。
そう理解した私は、無意識の間に震えている両足を勢いよく叩き、目の前に迫ってきている流星群を睨む。
グッと奥歯を噛み締め、かえで先輩を庇うように前に立ち塞がる。
そして、震える両手を何かに導かれるようにしながら前に真っ直ぐ伸ばし、頭に浮かぶように現れたその言葉を、声に乗せた。
「____Flowering Wall___!」
その瞬間、強い衝撃と共に、目の前が煙のような、嵐にもよく似た濁った突風で覆われて、何も見えなくなる。
目を反射でつぶってしまうが、私は手を前に突き出すように伸ばし続けていた。
体感数分。でもきっと、実際は数秒ほど経った頃だろうか。
目の前に渦巻いていたあの突風と恐怖が消えたあと、私は目をゆっくりと開いた。
するとそこには、淡い色の光の壁のようなものが私を中心に広がっていた。
その壁から離れた場所は、最初の訓練場からは想像できないほどにボロボロで、瓦礫以外のものが見つけられないぐらいだったのに反し、私の光の壁より後ろは、怪我の一つすら負っていないかえで先輩が、再びまたあの無表情を浮かべ、まっすぐ立っていた。
先ほどの年相応の怯えた顔が嘘のようで、なんだか呆気に取られて、私は腰を抜かしてしまった。
座り込んだ私の元に、かえで先輩が歩み寄り、私と目線を合わせるように足をかがめた。
「お疲れ、新人。よくできました。でも、ヒーローとしては、ちゃんと最後まで立ってたら花丸。」
そう言いながら、小さな手で私の頭を撫でる。
……先輩、先程までただの子供同然に怯えていなかったっけ……??
「……あれ、かえで先輩って……さっきまであんなに怖がってたはずじゃ…」
「あんなの怖くもない。それに、ここはラブラによって怪我の一つさえすることはない。……聞かなかった?」
そういえば、そんな話をよぞら先輩が最初に話していた気がする。
あまりにも動揺して、私はそんなことを忘れてしまっていたようだ。
かえで先輩は、未だぽかんとしながら情報の処理を続ける私から手を離し、瓦礫の山を軽々しく越えて、いつのまにか変身を解いたであろうよぞら先輩に近寄る。
「よぞら、やりすぎ。でも頑張った。褒める。」
きっと多分、私と同じように頭を撫でられているのであろう。
先輩方の姿は完全には目視できないけど、声だけははっきりと聞こえてくる。
「___う、わぁぁぁぁ!!!忘れてください忘れてください!!ごごごごごめんなさいごめんなさいぃぃ!!いやぁぁぁ!!!」
まるで断末魔のようなよぞら先輩の声が、私の耳に突き刺さるようにして届く。
さっきのよぞら先輩の発言は、あれは本心だったのだろうか。
少々恐怖心は持ってしまったままだけれど、あの先輩の姿も、今の先輩の姿もきっと、どちらも先輩そのものだったんだろう。
私は再び立ち上がり、かえで先輩の通った道をなぞるようにして辿ると、体を小さくたたみ、かえで先輩のそばで土下座をするよぞら先輩の姿が真っ先に目に飛び込んできた。
「あの、よぞら先輩…!」
「うわぁぁ!!見ないで!!さっきのこと忘れて!!!」
あわあわと土下座の姿勢からやや頭を上げたよぞら先輩は、変身前の姿で、変身前のような言動や態度で慌てふためいていた。
それでも、私は心から伝えたいことがあった。
「ご指導、ありがとうございました!」
私は、真っ直ぐに先輩に頭を下げ、精一杯の感謝を伝えた。
「そして、かえで先輩も!ありがとうございました!」
かえで先輩にも同じように感謝をし、私はどこか晴れやかな表情を浮かべて顔をあげ、先輩方の目をまっすぐ見た。
どこか、ヒーローとして成長できた気がする。
戦闘において、敵を攻撃するような技ではないけど、誰かを守る、という私の原点は掴めた。
よぞら先輩は、私の顔を見て、不安げに瞳を揺らしながら立ち上がった。
「こはるちゃん……ごめんね。こんな指導法で、それでこんなダメダメな先輩で……!きっと他のヒーローの方がわかりやすいし優しいし優秀だし……」
「それでも!私の先輩でよかったって思います。これからもどうか、ご指導よろしくお願いします!」
先輩は、何かを悩むように口を閉じてしまった。
ちょっと距離を詰めすぎただろうか。
「……こちら、こそ。」
そうやって心配していた私は杞憂だったようで、私の目の前には、戸惑いつつも美しい笑みを浮かべるよぞら先輩が佇んでいた。
心が通じた気がして、私は舞い上がってしまいそうになる。
その感動と喜びを打ち砕くように、警告音のようなサイレンが訓練場内に響き渡った。
[レイダーの侵攻を確認しました。出撃可能なヒーローは直ちに現場に向かいなさい。繰り返します、レイダーの侵攻を___]
「な、なんですかこれ!?」
私が一人、きょろきょろと周囲を慌ただしく見渡しているのと相反して、先輩方はただ落ち着いて、ブランドカードを手に持ち、素早く変身した。
よぞら先輩の衣装は先ほどと同じく美しく、初めて見たかえで先輩のヒーロー衣装は、先輩の子供らしい可愛らしさを残しつつも、どこか不思議で、御伽話のような森を思わせるような、それでいてどこか壊れそうな、危うげな人形感を醸し出していた。
「敵が現れた。よぞら、こはる、行くよ。」
かえで先輩の冷静な声が響く。
それに黙って頷き、足早に訓練場から出ていくかえで先輩の背を追うよぞら先輩についていきながらも、私は戸惑いを口にした。
「わ、私もですかっ!?」
「こ、こはるちゃん。デビュー戦だよ!大丈夫、こはるちゃんは自分の身を自分で守れるようにはなってるし!それできっと、多分かえで先輩は連れて行くって判断したんだと思うよ、多分、きっと……おそらく…?」
確信も自信もなさそうな口調でそう語るよぞら先輩は、素早く駆けて行くかえで先輩の迷いない動きを見失うこともなく、尚且つ後ろを走る私にも気を配りながら駆けてゆく。
エレベーターでも使って地上へ上がるのだろうか?
でも、緊急避難の際には階段を使うイメージなんだけれどなぁと私が一人で頭を悩ませていれば、かえで先輩は、エレベーターの横にある、二、三人ほどが通れるくらいの暗闇が広がる空間の入り口であろう前で立ち止まっていた。
一体どこに繋がっているのだろう?
かえで先輩はこちらを振り返り、私たちに的確かつ簡潔な指示を出してゆく。
「よぞら。こはると現場までおいで。」
「了解しました。」
「こはる。後で説明するから、口閉じてて。」
「え?一体何を___」
そう言いかけた時、かえで先輩は何やら細い糸のようなものをどこからか出し、操りながら、それを私とよぞら先輩にぐるぐると巻きつける。
そして、それに巻きつけられて身動きが取れなくなった私たちを、かえで先輩は身体全体を器用に動かし、私たちを暗闇の中に放り投げた。
「___う、わぁぁぁぁああああ!!!!」
勢いよく、上に投げられたのだろうか。
暗闇だけが視界に広がっていたはずなのに、小さな点のような光があったかと思えば、それはどんどん近づいてくる。
光のあまり、一瞬目を瞑ると、次に、浮遊感。
目を開くと、私はこのビルの屋上のさらに宙に浮いているようだった。
その瞬間、私を拘束するかのように巻きつけられていた糸が急に解け、腕も足もぶらぶらと宙に浮く。
「____きゃあああぁぁぁぁぁあ!!!!」
恐怖のあまり、私の叫び声がビル街にこだました。
私がビルの屋上に叩きつけられてしまいそうな時、先に着地に成功していたであろうよぞら先輩が、私を抱き抱えて、ゆっくりと屋上におろしてくれた。
見上げた先輩の顔は、ヒーローとして覚悟の決まっている、あの凛々しい表情であった。
さっきまであんなにヒーローとして成長できたと思ったのに、やっぱり私はまだまだなんだろうな。
ちょっと情けないなぁなんて思いながら、私は先輩に感謝を伝えた。
「こはるちゃん。今から、レイダーの位置まで移動するよ。私の後についてきて。」
「わかりました!」
そして、先輩はビルの屋上をかけて、道幅の大きい道路を挟んだ、前にそびえ立つビルまで大きく飛び跳ねて移動する。
……………道路を、挟んでいる、ビルまで?
「………私、本当にヒーローできるかなぁ!?」
そう叫びながらも、私は先輩を追いかけ始めた。
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