夕陽のまじない。A Spell Painted in Twilight.

砂嵐番偽

ミステリアスなあの子。



 私には、幼馴染がいる。

 黒彩マキ。ミステリアスで、私をからかうのが大好きな女の子。

 小さい頃から美人さんと評判の、整った顔の子。

 私たちは幼稚園よりも前からの仲良しで、どんな時でも一緒だった。


 パンケーキを食べる時も一緒。マキは私のパンケーキの一切れを勝手に食べて、私は泣き出してしまった。


「カホちゃんのも、おいし~! ……えっ、カホちゃん、なんでないてるの⁉ ゴメンね、わたしのもあ~ん! たべて!」


 そしたら、直ぐに自分の分を差し出してきて、私をなだめてきたっけ。


 ただ、あの子は私をからかうばかりじゃなくて、私の手を引っ張ってくれることもある。


 私は昔から鈍くさいから、他の子からいじめられることがよくあった。


「……アンタたち、カホに何してるの? あっ、コラ、逃げるな! 顔覚えたわよ! 絶対呪って……いや、先生に言いつけてやるから!」


 けれど、その度にどこからともなくマキが駆け付け、私に手を差し伸べてくれた。


「はぁ。えっと、大丈夫? 怪我してない? ……ふふ、よかった。カホを好きにしていいのは私だけなんだから、私から離れたらダメよ?」


 マキは昔から真意が読めない。

 私をからかうかと思えば、不意に優しかったりする。

 それでも一つ、確実なことがあるとすれば。


 私は、そんなマキの事が大好きだということだ。



       ♪


 高校二年生となった年のある冬の日。

 私たちは進路指導を受けた。


 私は第一志望の大学に、マキの第一志望と同じ大学を書いた。

 目の前で面談をしてくれている先生は、非常に険しい顔をしている。


「……森永さん、あなたがこの大学を遊びで選択しようとしているわけではないのは分かっているよ。でもねぇ……今の成績では……」


 無理、と言いたげな口をして、言葉は続かない。

 ただ先生は唸り声を小さく上げていた。


 正直、それは私自身が一番分かっている。

 マキが第一志望に入れている大学は、成績優秀者でも非常に合格の難しい大学だ。


 私は、高校のテストでも精々平均点より上程度で、満点も取ったことがない。

 赤点は取ったことないけど、それはマキが私に勉強を教えてくれていたからだ。


「……こんな事も分からないのぉ? まったくカホはしょうがないなぁ」


 悪態をつきながらも、マキは付きっ切りで勉強を教えてくれた。

 お陰様で、私は怒られることも褒められることもない成績を維持している。


 それでも、マキの成績には遠く及ばない。

 つまり、私はマキと同じ大学に行くことはできないということだ。


 そもそも、今の高校に入るのもギリギリの成績だった。

 必死に勉強して何とか合格できたのだ。


 そこまでしたのは、マキと一緒の高校に通うため。

 マキも、行こうと思えば一番難易度の高い高校に行くこともできたはずだ。


 だけど、マキは黙って今の高校に行くことを選んだ。

 理由は聞いたことがない。何となく、理由を聞くのが怖かったから。


 自惚れた事を思うなら、私の為だったのかもしれない。

 私が行けるギリギリの高校を選んでくれたのかもしれない。




「……挑戦しようとする意志は尊重したいとは思うけど、流石に今の森永さんがこの大学を受けるのは、かなり厳しいと思うよ」




 先生の言葉で、私は思考の海から現実に引き戻された。


「……やっぱり、無理ですか」


 疑問を問いかけるわけでもなくただ諦めたように、私は気怠く返した。


「確実に無理と言うわけではないよ。でも、今のようにただテストに間に合わせるような勉強をしているようでは、この大学は絶対に合格できない。茨の道だよ。正直言うと、私はもう少しランクの低い大学を受けた方がいいと思っています」


 そう言って先生は、いくつかの大学のパンフレットを出しながら、私に説明してくれた。


 だけど、その説明のほとんどは私の耳から素通りして、頭に残らなかった。


 このままでは、マキと同じ大学に通う事はできない。

 どんな時も一緒だったマキが、私の隣からいなくなってしまう。


 そもそも私たちは、趣味も食べ物の好みも何もかも違う。

 小さい頃に偶然出会って、ずっと一緒にいるだけ。


 私たちを繋ぐものは、一緒の学校にいる事くらいのものだ。


 その事ばかりが、私の頭の中を支配していた。



       ♪



 気が付けば面談はとっくに終わり、放課後になっていた。

 私とマキは部活に入っていないから、何もなければいつもそのまま家に帰ることになる。


 今日も私とマキは、突き刺すような肌寒い空気の中、二人きりで帰り道を歩いていた。


 辺りは、既に夕陽に照らされていた。

 帰り道にはあまり人通りがなくて、ただ遠くから響いてくる、誰かの生活している証拠だけが、私たちに届いていた。


 帰る途中、私たちは一言も話していなかった。

 私たちは、別に会話が少ないわけではない。

 いつもなら、どちらともなく話を振り始めてたわいのない会話を始めている、筈だ。


 私もマキも、どちらも口を開かないまま、ただ私たちから伸びる影が長くなっていった。


 沈黙に耐えられなくなった私は、ふとマキの横顔を見た。

 マキは私の方は見ずに、夕焼けの空を見つめながら歩いていた。

 ただ景色を眺めている様子にも見える。

 けれど、マキは考え事をする時に空を眺める癖があるから、もしかしたら何か悩んでいるのかもしれない。


 ……昔から思っていたけど、やっぱりマキの顔は綺麗だ。


 かわいい。かっこいい。整っている。色々な感想が思い浮かぶけど、一番合っている表現はやっぱり『綺麗』だと思う。


 その綺麗な横顔は、昏い夕陽に照らされ、いつもよりも神秘的に見えた。


 だからだろうか。その横顔を見て、私は。




「……きれいだなぁ」




 ついそんな言葉が、私の意志とは裏腹に口から出てきた。


「……? なぁに、カホ?」


 私の声が耳に届いたのか、空を眺めていたマキは私を見て、目を細めて笑った。


 その仕草を見て、私の胸はドキンと高鳴った。


 今までも、マキを見て胸が高鳴ることはあった。


 それは、私がが男子にいじめられていた所にマキが突撃してきて、男子たちを一喝してくれたとき。

 そして、高校受験に弱気になっていた私に、マキが外へ連れ出して気分転換に一緒に遊んでくれたとき。


 私の胸が高鳴るときは、いつもマキが私を助けてくれる時。

 それと、マキが私に笑いかけてくれた時だ。


 マキが私に手を差し伸べてくれる度に、私に笑いかけてくれた度に。

 その手の温かさが、その笑顔の柔らかさが。私に伝わって、私の胸は温かくなるんだ。


「どうしたの? 私の顔に何か付いてる?」


 オレンジの光に昏く照らされているマキが、わざとらしく自分の頬を指さしながらクスクスと笑った。


「ううん、何でもないよ」


 私は咄嗟に誤魔化した。

 まさか、あなたの顔に見惚れてました、何て言えない。

 例え、気の知れた幼馴染だとしても。


 そう私が思っていても、マキはいつだって、私の油断や隙を見逃さずに突いてくる。


 私が誤魔化したことに気がついたのか、マキは愉しそうに口端を上げた。


「ふぅん? 別に遠慮しなくていいわよ? ほら」


 そう言いながらマキは、横から私の進む先をふさぐように顔をのぞかせ、私の目をじっと見つめてきた。


「ほらほら。もっと見てもいいわよ? この顔が好きなんでしょう? この

私の顔が!」


「ちょっと、やめてよぉ! 恥ずかしいから! 見惚れちゃうから!」


 顔が熱い。マキに目を向けられない。

 思わず言うべきではない言葉すら漏れてしまうほど、至近距離のマキのきれいな顔は心臓に悪かった。

 自分でも気色悪い事を言ってしまったかと後悔していると。



「いいわよ? 見惚れても」



「……ふぇ?」


 あまりにあっさりと、マキからお許しの声がでた。

 その表情は、私を小馬鹿にするようにニマニマと笑っていたけど。


 からかいの言葉だと分かったからか、茹っていた私の頭はスッと冷えた。


「……昔から、マキは美人さんだよね。私、思えば昔からマキの事、見惚れちゃってた気がする」


 これは本音だ。

 頭が冷えたからか、なんとなく安堵したからか、私の口からポロっと本音が漏れてしまった。


「……………………」


 すると、先ほどまでのからかうような笑みから一転。

 マキはポカンと口を開けて、ボーっと私を見ていた。


「あっ、ごめんマキ、変なこと言っちゃったね……」


 私の言葉に気を悪くしてしまったのかと思い、思わず謝ってしまった。


 だけど、マキは怒りや呆れなどを見せることはなく、それどころかすっと目を細め、何か考え込むように顎に手を当て始めた。


 マキがこのような仕草を私に見せることは少ない。

 この子が他人に隙を見せることは殆どないからだ。


「マキ? どうしたの?」


 マキの珍しい様子に、私は思わず問いかけてしまった。

 それでも、マキは考え込む姿勢を崩さない。


 ここまで私に対して無防備な姿を見せたのは、生まれて初めてかもしれない。

 それほどマキは何かを真剣に悩んでいるようだった。


 今なら、ぽっぺをつついても気が付かないんじゃないだろうか?

 そう思って、こっそり手を上げようとすると。


「カホ、少しいいかしら?」


 考える仕草をやめて、突然こちらを向いてきた。


「へっ? な、なに?」


 取り繕うように返事をする私に、マキは少し首を傾げたけれど、直ぐに取り直して私を真剣な目で見つめた。


「ま、マキ……?」


 私をからかったり、心配するような目を向けることはあっても、こうして私を真っすぐに見つめてきた事は、今まで何回あっただろうか?


 あまりにじっと見つめてくるせいで、少し恥ずかしくなって目を逸らしそうになる。

 どうしたものかと目を泳がせていると、漸くマキが口を開いた。




「ねぇ、カホ。あなたは、実は、って言ったら信じる?」




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