宝石 〜最果ての桃源郷に至る呪い〜
iTachiの隠れ家
第1話 黒すぎる宝石
ロンドン郊外の村の通りを駆け抜け、僕は街の外れの森にある、秘密の洞窟にやってきた。手ぶらではなく、一つカバンを携えて。
カバンの中から魔法石と、人参のような形をした不格好な杖を取り出し、杖の底面に魔法石をはめ込んだ。
彼女の手紙の通りなら、ここにイギリス魔術省でも解析できない秘宝が眠っているのだ。
高揚感を胸に、僕は小さく呟いた。
「ルーメン」
ポッ、とホタルのような光が杖の先から飛び出し、ちょっと進んだ所で浮遊した。触れても熱くはないし、洞窟内でも酸素を使い切ることはない。
ただ、魔法石がだんだん小さくなっていくことに気をつけていれば良いのだ。
「よし……」
外の気温とは打って変わって、冷たく、重い雰囲気の洞窟に足を踏み入れた。ザクッ、ザクッという小石を踏む音と、僕の息遣いだけが洞窟に反響した。
小さな光を杖で上手にコントロールしながら、奥へ奥へと進んでいく。幾つもの分かれ道も、彼女の手紙のとおりなら、間違えることもないだろう。
森の音が消え、小石も少なくなったせいか足音もだんだん小さくなり、残ったのは僕の奇妙な高揚感だけだった。心音が洞窟で反響しているように感じて、ろくに進んでもいないのに小休憩を取り、また歩き出した。
そして、洞窟の一番奥に到着すると、砂塵の被った古びた小箱が置いてあった。光を手元で停止させ、杖をカバンにしまって、箱を恐る恐る手に取り、持ち上げた。
軽い。宝石一つ分くらいの重さだ。
深呼吸をして、箱の蓋に手を重ねた。
ゆっくりと持ち上げると、箱は特に何の面白みもなく開いた。
箱の中を覗き込み、中の物と対面した。
「……髪飾りか?」
僕は小さくつぶやき、中の物を取り出し、光で照らした。
黒くくすんだ宝石の嵌め込まれた髪飾りだけだった。
「これが……そうなのか?」
僕は髪飾りをじっくりと観察したあと、箱に蓋をしてカバンに入れた。そして、杖を取り出し、帰路についた。
道中、ずっと箱の中の髪飾りについて考えていた。
本当にあれがイギリス魔術省も解析できないような秘宝なのか、と。
いたずら好きの彼女のことだ。もしかしたら、ただの石ころの可能性だってある。もしそうだったら、今度手紙を出す時に苦言でも書いてやろう、そう思っていた。
「ただいま〜」
誰もいない家の扉を開け、荷物を整理し、隣接されている工房に、先程の髪飾りだけを持って行った。
「おう!チェイス!どこ行ってた?」
「ちょっと散歩さ。新作人形のアイデアが纏まったんだ」
「本当か〜?また爆発させるんじゃねえぞ」
親方の軽い冗談を無言で受け流し、僕は自分の作業机の魔導顕微鏡に髪飾りを置いて、観察を開始した。
表面が黒いだけの石ではなく、宝石特有の魔力も纏っている。しかし、観測できる魔力波は非常に弱い。ルビーにも及ばない程度だ。
そして、宝石を嵌めている長方形のフレームは、どうやら黄金で出来ているようだ。
……フレームだけを売ったら金になるんじゃないか?
そんな邪な考えを吹き飛ばし、更に細かい観察を行った。
髪飾りの、本来ピンのあるはずの部分には、魔法陣の書かれた針が付けられており、魔法陣の文様からして、恐らく人形の始動に使われるものだ。
なら、手紙にあった彼女の話は本当なのかもしれない。試してみる価値はある。
僕は親方の方を向いて言った。
「この前の僕の試作人形、使っても良い?」
「ああ、構わねえが、何をするつもりなんだ?」
「いやぁ、少し、試したいことがあってさ。ほら、さっき言った新作人形のやつだよ」
「爆発は勘弁だぞ……」
親方の言葉を許可と受け取り、僕は工房の金庫を開けて、一体の人形の形代を引っ張り出した。左手がやや不格好だが、この程度であれば宝石人形になった時に修正される。
親方が用意してくれている耐爆スーツを着て、工房の裏手に人形を運び出し、丸太の上に人形を置いた。
髪飾りを取り出し、小さく呟く。
「いくぞ……頼む」
人形の左前頭部に、ゆっくりと針を差し込んだ。
―――妙な冷や汗が背筋を伝った。
その瞬間、一発の衝撃波があたりを駆け抜けた。
ズドオォォォオン!
音が遅れて聞こえたような感覚を覚えた。周囲の建物には一切の損害がない。恐らく強力な魔力波が一気に放出されたのだろう。
今まで感じたことの無いような魔力波に唖然としていると、眼の前の人形の関節の隙間から糸が這い出してきていた。
シュルシュルと器用に縦波と横波が交差し、服を織り上げていった。
シャツ、ズボン、靴、ベスト、そして最後に赤黒いマントが編み上がり、気づけば人形の顔には既にパーツが完成していた。
人形、いや、彼女はゆっくりと目を開けた。
凛とした顔立ちに、芯が通った真っ黒な瞳。そして背中まで伸びた黒い髪は、魔力波に靡いていた。
彼女は、小さな口を開いて、言葉を発した。
「ご主人……?」
「……ああ。そうだ……?」
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