第6話 一番弟子と会う
三日後、一番弟子が戻るという日に春信は宿を引き払って
「ただいま戻りました」
「おかえりやす」
表の方から聞こえるのは、大坂まで出かけていた一番弟子が戻った声だ。
祐信に呼ばれ春信は画室に急ぐ。そこで
「三郎、この者が鈴木春信や。しばらくうちで預かることにした。面倒みたってや」
「承知しました」
三郎は落ち着いた男で祐信の信頼も篤いのだろう。万事、ひと言で話が済むといった風だ。
「春信と申します。よろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしゅうお
見た目も声も佇まいさえも穏やかで、春の字はこの男にこそ似合いそうだ。改めて工房として使われている大きな画室を案内され、そこで初めて春信は三郎と話をした。
「春信はんは江戸のお人やて聞きました」
「はい。あたしは元々、祐信先生の絵が好きで絵を描き始めました。ただどうにも力不足で。それで先生に教えていただけないかと一念発起して京に参りました」
「それで来られはったんは、えらいお強いことやねえ」
三郎が春信に向き直る。丁寧に頭を下げられた。
「お
「いえ、たまたま居合わせただけですから」
「それでも礼を言わせてください」
そう言って三郎はまた頭を下げた。まだ心配が垣間見える表情だった。
工房を出て廊下を渡る。
歩きながら三郎は春信にここは何、これはここにあるからと、ひとつひとつ教えてくれた。
「明日は私、手ぇが空いてます。よければ京の町中を案内しましょう」
「それはありがたい。先生もあちこち見に行けとおっしゃっておられました。寺や神社でも屏風や掛け軸のいいものを持っているところが多いらしいですね。楽しみです」
それではと納戸の前で三郎と別れ、春信は大きく息を吐き出した。
「やれやれ、あのお人かい。お嬢ちゃんは高望みだねえ。穏やかでいい男じゃないか」
三郎もよほど心配だったのか無意識に心が漏れていた。この様子では互いのことを祐信が察しての縁談だったのかもしれない。まだ子どものような
ふと、この微笑ましい気持ちを描いてみたくなった。画帖を取り出し思案する。
「下手だろうが、あたしが描くだけなら文句は言われないはずさ。こういう睦言が描いてみたいね。こりゃあ、もう少しお嬢ちゃんが大人になったらいい
画帖に描かれたのは無理を言う
それでもと春信は心に誓う。今は拙い絵でも祐信の傍で少しでも描けるようになってやる。
「あたしもがんばるからさ。三郎さん、あんたもお嬢ちゃんのこと、がんばりなよ」
自分より
翌日からは三郎に連れられ京を歩き回ることになった。
祐信の絵を多く扱う
「しばらくはこうして一緒に回りましょう。顔覚えてもろたら、ひとりでも動きやすうなります」
「ありがとうございます」
礼を言いながらも春信は三郎の細やかさに舌を巻く。
おそらくは挨拶回りが目的だったのだ。それを負担に思わせないような立ち回りをさらりとしてくる。新参者にすらこの丁寧さとあれば師匠のことはどれほどだろう。祐信の工房を支えているのは確かにこの三郎なのだ。
「三郎さんは先生のところに来られてもう長いんですよね」
「せやねえ……もう十年になるやろか」
思えば長いことだと三郎が笑った。
「独立して描きたいとは思わないんですか」
「ええて言うてもろてますけど、私の絵ぇは
呟くように言って三郎が立ち止まった。
「独り立ちの時はいつか来るやろ思てます。けど今はまだその時やあらへん。そうも思てます。その時までは
言い切った三郎の目には覚悟があった。これが三郎の生き方なのだろう。
自分とは真逆だと春信は思う。写して描いて覚えて描いて、絵草子屋に持ち込んで、なにもかもをひとりで始めた。長く師匠の傍にいる三郎を羨ましく思う気持ちもある。だが自分もやれることはやってきた。これまでのことが三郎に劣ってるわけではない。そう、思いたい。
「私には春信はんのほうが難しそうやし大変な生き方しとるんやないかて思えるんやけど」
「あたしはただ絵を描きたいだけの馬鹿なんですよ」
互いに顔を見合せたふたりは笑い合う。
結局はどちらも絵を描くことが好きなのだ。春信にも三郎にも絵に対する思いは強いものがある。絵を描かない人生など考えられない。
「
「ええ、私を皆さんに引き合わせてくれた観音様だ。いくらお礼を言っても足りません」
歩き出した先には夏空に緑が映え、暑くなりそうな予感に輝いていた。
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