熟れない吟遊詩人
つにお
裕福な貴族
少女は裕福であった。少女には才能があった。そしてまた、世間知らずであった。
数年にわたる隣国との争いに終止符が打たれ、宮廷とその周囲にも、やっと安寧の実感が感じられるようになってきた頃、当然の如く、嗜好に浸る上流階級の輩が増えてきたのかと思えば、今度は突然、庶民のほうでも新しい娯楽運動が始まったようであった。その動きをいち早く察知したのか、宮廷のほうも、ただそれを沈黙して見ているわけもなく、それは勿論、多大なる矜持に立派な傷をつけたことに疑いはなかったであろうが、やはり、その運動とやらを物真似してみることにしたそうだ。
どうやらその頃、既に庶民の間では、詩に深く精通した者もあったそうなのであるが、そして、それは上流の者にもしっかりと通達がいきとどいていたはずであるが、例の矜持のせいか、はたまた、それに裏付けられた高みの手腕の自覚のせいなのか定かではないが、宮廷に仕える詩人は、皆が身内の者であり、下流の者は一切として受け付けなかった。
以前の宮廷にも演奏の類の娯楽が存在しなかったわけではないが、この吟詠は既成の音楽とは趣の異なる新興であった。
やがて幾月か経ち、例の
外戦が起こる少し前、宮廷にあった中等の貴族二人の間に、一人の子が授けられた。戦争が起こる頃には、子は簡単な言葉を話すことが可能になってきた時期であった。寧ろ、物騒な噂ではあろうが、そんな戦時中にも関わらず、その子は大変、宮廷の大人たちに可愛がられていたそうだ。そんな、裕福な寵愛のもと、痛みのひとつさえ知らぬであろう無垢の一人娘は、スクスクと成長していった。やがて、いつの間にやら戦争が終わった。
少女が7つになった頃、彼女は宮廷の一室にて、初めて
しかし、どうであろうか、彼女の歌の才能の真髄が、その時分に発揮せられていたのかと問われれば、それは微妙な問題である。というのも、それまで、彼女に対する叱責の一切がなかったのは、若しかしなくとも、大人たちの、稚児に対する忖度があったからであろう。つまるところ、ほとんど全ての赤子や稚児、少なくとも貴族の子に限っては皆、有り得んばかりの才能を持っているに違いないということである。言い換えれば、子には、自身の能力を過大にみせる才能を持っているということであり、翻ってそれは、大人を欺く術なのかもしれないし、自身を欺く術なのかもしれない。
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