第22章 決戦
夏の昼下がり 旧タツミ保護院-
食堂の窓から深緑の香りを乗せた優しい風が吹く。
長椅子でうたた寝をしていたヒロが、陽射し除けに顔に被せていた本を指先で
クイッと持ち上げた。
そのまま玄関の扉を見つめる。
「・・・おいおい、まじか?」
数分後、保護院の呼び鈴が鳴った。
「あ、どうかお構いなく。」
「お前は構わねえーよ!」
旧タツミ保護院の食堂にて、ヒロがアブルと相対して座っていた。
「お久しぶりですね、ヒロ様。」
聖天マドラス教会の法衣を身に纏い、依然と変わらぬ笑みを湛えた長髪の男が
ヒロを見つめた。
「お前、絶対死んだよな?なんでここにいんの?」
「ああ、そんな事ですか。我が神マルドゥクスは創造神。私を復活させる為に再創
造して下さったのですよ。天族ではよくある事です。」
「は?・・・まじで!?・・・くっそ面倒臭えーなおい。とりあえずもっかい殺すか。」
「勘違いしないで頂きたい!私は貴方を恨んでなどいませんし、敵対しようとも思っ
ておりませんよ!」
「神族はそういう私情とか感情とか持てないだろ。ただのマルドゥクスの操り人形
なんだし。」
「はは・・・。確かにそうですね。」
「でも、なんかお前は・・・少し違うみたいだな。」
ヒロの双眸に神眼と天眼が宿り、美しく光っていた。
「貴方に隠す事は何もありません。私は此度の再創造に際して、父マルドゥクスの
特別な計らいにより、神族初となる「自我」と「自由意志」が発露した特異体と
なったのです。」
ヒロがアブルを見つめる。
「とはいえ、私は父の定めた理から逸脱した存在ではありません。父は価値ある話
し相手を求めて私という存在を再創造なさいました。私は神族の中で最愛の御子、
独り子とも呼ばれて来ております故。」
「ふーん。あっそ。で?」
「で?と申されましても・・・」
「ここに何しに来たんだよ、あんた。」
「ああ、そうでしたね!ヒロ様、10日後の24の刻に貴方様をお迎えに上がり
ます。私と共に神々が集う神殿、天界の創世神殿に御招き致しますので。」
ヒロが纏う空気が変わった。
「敵意はございません。我が父マルドゥクスは貴方を正式に神に召し上げ、五柱神と
して迎え入れる為に話し合いを所望しておいでです。」
「断ったら?」
「毎日、毎晩、私は貴方様の元に馳せ参じ、父の招集に応じて頂けるように真摯に
お願いを申し上げるだけです。ヒロ様に何度殺されようと、私は復活してお願いに
参ります。」
「お前、脅迫の権能でも持ってんのか?涼しい顔してえらい怖い事言ってんぞ?」
「え・・・そうでしょうか?それが私に与えられた神命ですし、私なりに誠意をお見せ
したく・・・」
「やっぱやべーよお前等・・・。完全にぶっ壊れてんじゃん。意味分かんねえ・・・。」
「はは。誉め言葉として受け取ってお-」
「誉めてねーんだが!」
ヒロが頭を掻き毟った。
「ではヒロ様、準備は宜しいでしょうか?」
「おい、アブル。最初に言っとくぞ。俺はマルドゥクスを信用してねえ。面倒臭い話
なら断るし、敵になるなら一切容赦しねえ。そん時はお前も敵だ。」
「致し方ありません。全ては創造神の御心のままに。」
化肉を解いた天神たる神天使が微笑み、ヒロの手を取った。
「参りましょう。」
光に包まれたと感じた瞬間-
与奪神の称号を持つ少年は、どこまでも青く澄み渡った空と、その空を鏡のように
映し出す蒼い水面に挟まれた空間に立っていた。
目の前には3つの純白の御座があり、正面には白髪の老神が座っており、その右に
精霊神フェアリアが、そしてアブルが左の座についた。
「てめえがマルドゥクスか。」
「いかにも。我が名は創造神マルドゥクス。・・・其方が我に対して良い感情を持っていない事は重々承知しておる。とはいえ、そう感情を昂らせるでない。今日は其方と
腹を割った話しがしたいのだ。」
「ほーん。」
「警戒など不要。近寄れ、与奪神よ。」
ヒロが3人の御座に近づいていくと、ヒロの背後にも純白の御座が現れた。
「座るがよい。」
マルドゥクスがゆっくりと神々を眺めていく。
「神たる者達よ、よくぞ参った。これより-」
「待った。」
創造神の言葉を与奪神が遮った。
「前置きは結構だ。俺は五柱神になりたいとは思わない。正直、神でいたいとも
思ってねえ。」
神々が一斉に与奪神を見つめた。
「俺は仲間達と一緒に年を取って、最後に笑って死ねればいい。・・・それだけだ。」
少年が立ち上がった。
「待つがよい、与奪神よ。」
マルドゥクスがヒロを見つめる。
「ここまで来てこちらの話を全く聞かずに帰るつもりか。・・・其方の想いは理解し
た。少しだけでいい。私の話に耳を傾けて行け。」
ヒロは溜息をついて再び御座に座る。
「手短に本題だけ話してくれ。」
「あい分かった。・・・神を忌む者よ。現時点で其方には選択の機会がある。もう一度
問う。我の召しを受け、正式に神となるつもりはないか。」
「くどい。」
「・・・そうか。仕方ない。・・・・・・では、我の贄となれ。」
その瞬間、ヒロは座っていた御座に縛り付けられた。
「神縛。如何なる者も、神とてその縛めに抗う事は出来ぬ。与奪神よ、其方の自由
も権利も権能も・・・ありとあらゆるものを縛った。」
ヒロが全力で抵抗を試みるも体が全く言う事を聞かず、声も塞がれ、まるで目に
見えない鎖で全身を縛り上げられているようで、指一本動かす事が出来ずにいた。
「マルドゥクス、話が違います。」
次の瞬間、フェアリアも神縛によって全てを封じられた。
「精霊神よ、今は其方が口を出す時ではない。黙って見ておれ。」
マルドゥクスが再びヒロを見つめた。
「与奪神よ。其方に与えられた選択は・・・神になるか、それとも我の贄になるか、で
あった。其方は自ら後者を選んだのだ。」
ヒロの眼が怒りに震え、必死に立ち上がろうとする。
「その様な無駄な抵抗は、憐れさと愚かさが増すのみぞ。・・・我が言う「贄」とは
何か。其方も知りたいであろうに。」
与奪神の鼻息が荒くなる。
「我は・・・熟慮を重ねて創造し、世界に据えた不変の取り決め、「理」を何よりも
尊ぶ。理は万物の神聖なる礎。何人たりとも理を犯す事を禁ず。これは我とて例外
ではない。我は決して理を犯さぬ。犯せぬのだ。」
創造神が笑んだ。
「我はこの世界の頂点に立つべき存在として、神々を超えた究極の高みへと到らねば
ならん。しかしそれは余りに過酷で長き棘の道。どうすればよいのか?そんな険しき
道を選ばずとも、我が目指す究極の存在として我自身を再創造すればよいのではない
か?否!それは我が尊ぶ理に相反する!熟練度とは、使い、また戦う事によってのみ
獲得出来るもの。それ以外の手段を我は・・・そして理は決して認めぬ。」
ヒロは束縛から逃げ出そうと必死に身を捩ろうとするが、依然として指一本動かす
事が出来ずにいた。
「故に、我は通常の祝福とは異なる「異端の祝福」なるものを、この世に少なから
ず撒いて来た・・・。強奪、吸収、複製、交換、反転、侵食、改竄、時間操作や空間
操作、そして会得促進。その数30を超える。其方に与えし「抽出」もそのうちの
一つ。これら異端の祝福を手にした者の中には、己が祝福を十分に活用し劇的な
成長を見せる者がおる。そう、其方のようにな。・・・我は長きに渡り、そうした者達
を「贄」として食ろうて来た。彼の者達が成長しきった暁に屠り、その力を、その
熟練度を余すところなく我が物とする事で、我は更なる高みを目指して来たのだ。」
ヒロは憎悪を込めた眼でマルドゥクスを睨んだ。
「我が目指すは・・・神々を遥かに超えた力の頂。そこまであと僅か。・・・其方はよく
やった。五大種族をこの世に誕生させて以来、五柱神を越えて己が権能の名を付した
神位に到達した者、「覇神」は・・・我を除けば其方だけぞ。しかもこの短期間で覇神
にまで到るとは我も予想出来なんだわ。大いに褒めてつかわす。・・・其方は史上最高
の「贄」ぞ。」
老神は最高の笑みを返した。
「では・・・そろそろ幕引きにしよう。褒美に、其方と同じく「与奪の権能」にて終焉
を迎えさせてやろぞ。さらばだ、与奪神。・・・心から神を忌んだ者よ。」
マルドゥクスは、絶叫するかのように身を固くする少年に向けて掌を向けた。
「抽出。」
神々の前で少年の姿が消え失せた。
「事は成った!!」
マルドゥクスの中に文字が走る。
与奪の権能・抽出管理始動
与奪の権能・抽出により
効果 :神幻、神写を獲得
「・・・なにっ?」
突然、背後からマルドゥクスの後頭部が鷲掴みにされた。
それを見て驚いたアブルが立ち上がるも間に合うことはなかった。
「抽出。」
老神の耳元で少年の声が聞こえた瞬間、僅かな神力を残して創造神マルドゥクスが
持っていた、ありとあらゆるものが少年に奪われた。
「これっ、これは!?いったいどういう・・・!これっ・・・これはっっ!?」
数秒前まで美しい神装を纏う創造神だった老体が、全裸となり錯乱したかのよう
に取り乱す。
「なっ・・・無い!!わっ・・・、私の力っ、永劫の時を経た積み重ねがっっ!?・・・・・・
ああっっ、あああああああっっっ・・・」
「うるせーな。黙って座ってろ、クソ爺。アブル、テメーもだ。座れ。」
「失礼致しました。仰せの通りに、我が主よ。」
天神アブルが静かに御座に座った。
-我が主?・・・・・・ああ、爺から一切合切全部奪ったから、アブルの中で俺の立場も
書き換えられたのか。・・・「全被造物の父」・・・この称号効果だな。
フェアリアを縛る神縛を一瞬で解き放ちつつ、ヒロは自分の御座に座って足を
組んだ。
自由になった精霊神の頬を涙が伝う。
ヒロはそのまま自分に神癒を使った。
「ふう・・・。おい、クソ爺。与奪仲間だったよしみで教えといてやる。ヤバめのを
抽出して気分が悪くなったら、気絶する前に治癒を使え。マジ効くぞ。」
ヒロが前髪をかき上げた。
「さてと・・・じゃあ、マルドゥクス。褒美だ。テメーに選択肢をくれてやる。」
少年は地面に伏して悶えるマルドゥクスを見つめた。
「俺の贄になるか、俺の奴隷になるか、好きな方を今すぐ選べ。選ばないなら
贄決定な。」
呆然自失の状態だったマルドゥクスが、焦点の合わない目でヒロを見つめた。
「我は・・・我は・・・・・・死にたく・・・ない。」
ヒロの眼が鈍く光ると、マルドゥクスの手の甲に誓約奴隷の刻印が刻まれ、その
刻印が急速に全身に広がった。
「はっ・・・ハッ!?・・・神呪奴隷っっ!?・・・我が、この我が奴隷に堕ち・・・なぜっ・・・
なぜだっっっ・・・」
老人が胸を掻き毟って呻いた。
「死にたくねーっつったのはテメーだろが。その神呪で死にたく無きゃ黙って従っ
とけ。」
ヒロが溜め息をついた。
「あんた、俺を神眼でずっと見てた事があったよな?俺がすぐ気付いて、探知を打ち
返したの覚えてっか?あんたを見つけ出してバッチリ目が合ったろ。」
奴隷が主人の問いに答える為、歯を食いしばりながら首を縦に振る。
「正確に言うとあれは探知なんかじゃねえ。複数の探知で挟んで巧妙に偽装した
索敵だ。あの時、探知と索敵の両方に反応したって事は・・・あんたは俺に明確な敵
意、殺意を持ってたって事だ。そんな奴のとこに、何の準備もせずに丸腰で来るわけ
ねーだろが。」
マルドゥクスが呆然とヒロを見つめる。
「確かに権能の数や力の点では、あんたは俺より遥かに格上だったよ。だけど、余り
にも戦闘の経験が無さ過ぎだ。偽装索敵も見抜けずに惚けたアホ面で目線を合わせて
笑ってるようなド素人だしな。神幻と神写の「権能の複合技」がどんだけ見抜け難い
のか、神透、神隠、空無の「権能の複合使用」がどんだけ見つかり難いのか、身に染
みて分かったろ?・・・あんたの敗因は、自分の圧倒的な力を過信して戦いの経験を積
んで来なかった事、戦術の研究と開発を疎かにした事にある。あんたは・・・人間族に
負けたんだ。」
「ああああ・・・・・・ああああああっっ・・・・・・」
「うるせーな。命令だ、黙れ。」
マルドゥクスが顔面を何度も地面に打ち付け、激情を飲み込んだ。
「まー、このままだとすぐに老衰するだろうし・・・ちょっとだけ力をやるか。お前
みたいな腹黒い老害でも、世界を無から創造した功労者だしなぁ・・・。」
ヒロが指を鳴らす
称号:観察者
祝福:不老不死 最上級
千里眼 最上級
察知 最上級
記録 最上級
を獲得
創造神だった老爺の脳裏に言葉が走る。
「マルドゥクス、お前はこの天界から出る事を永久に禁じる。外界に干渉する事も
永久に禁じる。ま、この神殿からなら・・・最上級の千里眼と察知があれば、十分過ぎ
るくらい世界を見渡せるだろ。今まで通りお前が造った理が犯されないか、ここか
ら観察でもしとくんだな。何かあれば俺に念話してこい。あとは俺が適時判断する。
以上だ。」
「・・・」
「返事はどうした。」
「了解・・・しま・・・した。」
「奴隷の返事は、畏まりました、ご主人様、だ。」
「畏まりました・・・ご主人・・・様。」
元創造神は頭を抱えて己の髪を鷲掴みにし、声を押し殺して泣き出した。
ヒロがアブルに視線を移す。
「アブル、テメーはどうするよ?俺と戦うか?」
「それは何故でしょうか、偉大なる父ヒロよ。私の愛と忠義は全て貴方様のもの
です。至高なる方に仇為すなど、私には考えられぬ事。」
「ならアブル、これからは俺を「父」と呼ぶな。俺は未婚のガキだ。」
「未婚・・・人間族の取り決めですね。それでは「我が神」、また「
呼ぶ事をお許し頂けますでしょうか。」
「それならギリ許す。・・・ついでにお前に神命を与えとく。」
「何なりとお申し付けを。我が主よ。」
「好きに生きろ。」
「え?・・・と言われましても・・・「好きに」、でしょうか?」
「ああ。自分はどう生きて何がしたいのか、今まで通りの生活をしながら考えるん
だ。天族の神としてでもいい、化肉した人間としてでもいい。お前が進むべき道を
ゆっくりでいいから見つけろ。時間は無限にある。せっかく「自我」を手に入れた
んだ。自由に命を楽しめばいい。」
アブルがヒロを見つめる。
「私が・・・進むべき道・・・」
「ただし、何かやらかしたら問答無用で殺すからな。」
「私は決して「理」を犯す様な真似は致しません。どうかご安心下さい。・・・そし
て、私は・・・第五神、神天使アブルであると同時に聖天マドラス教会の枢機卿でも
あります。・・・まずは我が主が仰る通り、今与えられているそれらの役割を継続する
事から始めてみます。」
「おう。何かあったら念話してこい。いつでも相談にのってやっから。頑張れよ!」
「・・・感謝致します、我が主よ。」
アブルが寂しそうに微笑んだ。
「ヒロ・・・。」
「お、おっす、フェアリア!・・・ひ、久しぶりだな!」
グリニア大陸での衝撃の経験-別れ際のフェアリアの頬への口づけが脳裏を掠め、
ヒロは顔を赤らめて目線を逸らした。
-くっ・・・目が見れねえ。なんか意識しちまう。
「貴方が本当に死・・・死んだと思って・・・私は・・・私は・・・」
己の神装の裾をギュッと掴み、フェアリアは再び溢れ出す涙を必死に堪えた。
「え、え?・・・あ、ごめん!・・・いや、マジで驚かせてスマ・・・あのー・・・ほんと、不徳
の致すところ?で・・・」
「・・・だったら私の願いを一つだけ聞き届けて。」
フェアリアが涙で濡れた目で、ヒロを見つめる。
-うっ・・・やめて。その可愛さ反則だから・・・
「あ、ああ。俺に出来ることだったら何でもするけど-」
「私を貴方の守護精霊に迎えて。それで許します。」
「あー、守護精霊なー・・・・・・えっっ!?」
「決めたの。・・・私はずっと貴方の傍にいる。そして死なせない。それもまた私の
安寧の為。」
-ず、ずっと傍にぃ!?ほっぺにチュウした相手にそれを言うかあ!?それって
もう・・・・・・・・・あー、いやいや、落ち着け!俺の勘違いだったら、恥ずかしいどころ
の話じゃなくなる!
「でもほら、フェアリアは精霊神だし、俺の守護精霊になるってのはさすがに・・・
な。神としての務めというか-」
「なら、これからは二人一体となって神としての務めを果たせばいいでしょう。その
方が効率的です。」
-はぁい!?ふたっ、二人一体・・・
老人ばかりの村で育ち、恋愛経験がほぼ無い少年の心に、精霊神の何気ない言葉
が面白いように突き刺さっていく。
-・・・いや、だから落ち着け!なんでこんなに意識してんだ!これは守護精霊の契約
の話なんだぞ!
「異論があるのかしら?」
「い、異論は・・・無いけどさ。俺、こういう当事者間の合意で結ぶ精霊契約って初め
てなんだ。フェアリアは本当にそれでいいのか?・・・なんか無理とかしてない?」
「貴方の傍にいない方が無理。」
-あふっ!
少年は致死性の言葉の連続攻撃に必死に耐えた。
ブルク村 旧タツミ児童保護院-
ブルク村の夜が静かに明けだした。
輝く星空が美しい紫色に、そして壮大な朝焼けの朱へと色を変えて行く。
ヒロとフェアリアの姿が忽然と保護院の玄関前に現れた。
「ここが俺の家なんだ。」
「私達の家、でしょ?」
「も、・・・勿論!・・・・・・ふぅぅー、色々あり過ぎて疲れた。まあ、とりあえずそこの
長椅子にでも座ってろー。ティー淹れてやるよ・・・ん、あれ?フェアリア?どこに
行った?」
精霊神は神速で院内を突き抜け裏庭に飛び出していた。
「な、何!?この空間・・・!!」
精霊神は驚きの声を上げ、一瞬で実体化を解いて霊体に戻る。
「素敵!すごく素敵っ!!」
「ああ、裏庭にいたのか。落ち着くだろ?王様も誉めてくれた自慢の庭なんだ。」
ヒロの鼻が高くなる。
「こんなにも神に愛され祝福された神域・・・見た事無いわ!!」
「神域?・・・ん?うちの裏庭が?」
「神域とは、神格化した者の強き思いや執着が、神力と融合して浸透した地の事。
ここは・・・貴方の最高純度の神力と、深い愛情がどこまでも浸透している場所。ほら
見て、大地も自然も、空気や陽の光さえも、この上ない至福の時を刻んでいるわ!
私達精霊族にとってはまさに最高の楽園よ!!」
「楽園にしちゃー・・・狭くね?」
「ちょうど私好み!狭い方が落ち着くの、私!」
フェアリアが嬉しそうに裏庭を飛び回った。
「でも・・・どうして精霊達がいないのかしら。こんな場所があればすぐに棲みつく
はずだけど。・・・あ、でも・・・私も外からはこの神域に気が付かなかった!この建物
の中に入って初めて存在に気付けた・・・。」
精霊神がヒロを見つめる。
「分かった!権能を使って多重結界を展開してるのでしょう!神域が広がらずに、
この狭い範囲に固定されている事だって本来ありえないもの!」
「おー、正解。20種類の結界張ってこの家を守ってんだ。俺、ちょくちょく留守に
するからさ。」
「待って。という事は・・・・・・ここを独り占めできちゃうじゃない!!・・・ヒロっっ
!!」
フェアリアが飛んできて実体化した瞬間に神装を纏った。
「うん?」
「私、今から急いでアルカンの月光神殿に戻って来ますっ。」
「えらい急だな。送ろっか?」
「大丈夫。一瞬で戻れるから。」
「お、そっか。」
「私、今日からこの家に完全移住する事に決めました。色々取って来ないと!」
「そ、それは別にいいけど、あのでっかい綺麗な神殿はどうすんの?なんかもったい
なくね?」
「世界にこの裏庭以上の場所などありませんっ!ここは精霊神にこそ相応しい場所。
あの精霊の森と月光神殿は姉のナフィアと彼女の群れに譲ります。聖域や神域って
神か精霊が棲んでいないとすぐに弱まっちゃうの。」
「へー、そうなんだ。とりあえず引っ越し手伝うよ。」
「人間族のお引っ越しとは全然違うから大丈夫。棲んでる本人がいけば十分なの。
待ってて。すぐに戻るから。」
精霊神が消えた。
ヒロがミントティーを淹れたカップを片手に食堂の長椅子に座った。
窓から一日の始まりを告げる美しい朝日が差し込み始める。
「はあ・・・マジで激動の夜だったー・・・。」
少年は欠伸をして目を擦る。
-ってか、あいつ、すぐに戻るって言ってたけど、いつ戻ってくんだろ・・・。
「とりあえず帰って来たらティーでも淹れてやっか・・・。」
長椅子の背もたれに体重を預ける。
-あいつ・・・俺が死んだと思ってマジで泣いてくれてたんだよなー・・・。
ボーッとしていた少年は、いつの間にかフェアリアの事ばかり考えていた自分に
気が付き、頬が急速に赤く染まっていく。
そして思わず机に突っ伏した。
「・・・何考えてんだ、俺。・・・・・・はぁ。」
腕を枕にして窓の外を見つめる。
-あー、今分かった。・・・俺、あの子に惚れてんだ。・・・たぶん、最初に会ったあの
夜から-
「こんな気持ち初めてなんだが・・・。」
暫くして少年はムクッと起きた。
「いかんいかん!切り替えろ!やる事があるだろ!・・・まず-」
ヒロが抽出状況を確認した。
与奪の権能・抽出管理始動
与奪の権能により
神装ランヴァル1 天啓の錫杖1 真理の法衣1 権威の帯1
創造の腕輪1 破壊の腕輪1 天の指輪1 地の指輪1 海の指輪1
を獲得
神位 :創造神を獲得 既得神位:与奪神に統合
神威 :無限を獲得 既得神威に統合
権能 :創造、理、命、神権、神捌、神智、神奪、他7を獲得
既得各権能に分散統合
効果 :天外強化系2種を獲得
称号 :創造神を獲得 既得称号:与奪神に統合
加護 :創造神の加護を獲得 既得加護:与奪神の加護に統合
召還眷属 :神獣王ユニコーン
誓約奴隷 :神族12400000000
を獲得
称号 「主神」「英神」「剛神」「才神」「義神」「偉大なる大器」他300
を獲得 与奪の権能により既得称号:与奪神に統合
派生能力 「神威万象」「心技体」「万物操作」「一撃必殺」他210を獲得
与奪の権能により既得各権能に分散統合
神位「与奪神」から「神帝」へ神聖究極昇華
神帝への神位昇華に伴い、称号「与奪神」から称号「神帝」へ神聖究極昇華
神帝への神位昇華に伴い、神位と称号を統合し「神名」へ神聖究極昇華
神名「神帝」を獲得
権能「与奪」「不老不死」「全知全能」を統合、権能「神帝」へ神聖究極昇華
加護「与奪神」から加護「神帝」に神聖究極昇華
「神帝・・・か。」
-あいつが目指していた神々を遥かに超えた頂ってのはこれか。
「まあ、確かに悪くはねえけど・・・力と権力に狂った老害向きの仕様だな。」
ヒロは大きく伸びをして、息をついた。
そして改めて自分を簡易鑑定する。
名前 ヒロ
神名 神帝
神威 無限
権能 神帝
加護 神帝
守護精霊 :精霊神フェアリア・ローズ
召還眷属 :神獣王ユニコーン
誓約奴隷 :神族1240000000001
-おっと忘れてた。マルドゥクスから奪った眷属・・・神獣王ユニコーンか。・・・
ほー、すげーな、この馬。・・・将来性を見込んで、この子はこのまま俺の眷属でも
いっか。・・・あと奴隷の数も質も半端ねーじゃん。アブルと大差ねえ個体もチラホラ
いるし・・・。天族は贄にしなかった・・・したくなかった。・・・あいつなりの自負心、
自尊心の現れか。
少年が溜め息をついてティーカップを置いた。
「さてと、神帝の初仕事といきますか。・・・既存の理は消す事も、改変も出来ねえ。だけど・・・」
神帝の指先が宙を舞い、光る文字を描いていく。
{異端の祝福の授受を停止}
{異端の祝福の発動を停止}
{異端の祝福の昇華を停止}
{隷属化の祝福の授受を停止}
{隷属化の祝福の発動を停止}
{隷属化の祝福の昇華を停止}
少年は空中で消えていく文字と自分の中に流れて行く文字を確認した。
-理の「運用」なら変更出来る。・・・これで時の経過と共に地上から消えていく
だろ。
「この世界に「贄」も「奴隷」も必要ねーから。」
少年は大仕事を終えたかのように大きく伸びをした。
「・・・でも、これだけじゃ奴隷制度自体は無くならないんだろうなぁ・・・。祝福なん
か使わなくたって奴隷の縛り方なんかいくらでもあるしな・・・。あのクソ老害、ほん
と厄介なもんを造りやがって。」
少年は溜息をついた。
「ヒロ、ただいまっっ!!」
複数の淡い光を身に纏い、緑色の光の珠を抱えたフェアリアが現ると、そのまま
裏庭に飛び出して行った。
夜-
「湯浴みって本当に気持ち良いわね。癖になりそう・・・。」
寝衣に着替えたフェアリアが乾燥布で頭を拭きながら食堂に入って来た。
「何か飲むかー?」
ヒロが立ち上がる。
「私が淹れて来てあげる。冷たいティーの作り方ならお昼に覚えたから。」
「お!んじゃあ頼もう・・・かな?」
「任せて。」
フェアリアが腕まくりをして調理場に駆け込んで行った。
「おぉ・・・美味しい。味も香りも申し分ない。」
「でしょ?これからはお料理も覚えるつもり。人間族のお料理って・・・霊薬の創作
実験みたいで凄く楽しいわ。」
「それは良かった!だったら・・・俺なんかより料理が上手い人に教えてもらった方が
いいなー。」
「ヒロより上手い人って誰?」
「この村の住人ならほぼ全員。俺、料理系の権能は持ってんだけど、作ってると面倒
臭くなってすぐにあっちこっち手を抜くからさ。あんま美味くないんだ。」
「貴方らしい・・・。」
フェアリアがクスクスと笑った。
「フェアリアは普段から料理作ったりする?・・・ってか、精霊族も実体化してる時は
食べたり飲んだりするんだよな?」
「普通はしないわよ。」
「え、そうなんか!」
「勿論、化肉している子達や、亜人種の子達は養分の物理的摂取は必須になるけど、
化肉化と実体化は似て非なるものだから。私達のように実体化の場合は、大地や
自然と繋がる事で滋養物を摂取するの。」
「ほおー・・・」
「でも、私は物理的摂取も嫌いではないわ。「美味しい」って分かるもの。・・・あ、
生活様式は全部ヒロに合わせるつもりだから心配しないで。」
「無理しなくていいよ。あと・・・共同生活なのにフェアリアだけに苦労させるのは
なんか違うし、何かあったら遠慮せずに言ってくれ。俺もフェアリアに合わせられ
る所は合わせるから。」
「ありがとう。じゃあ・・・ひとつだけお願いしていいかしら?」
「何なりと!」
「母も姉も私のことを「フー」と呼ぶの。貴方にも・・・そう呼ぶことを許可します。」
「そ、それはどうも。」
「呼んでみて。」
「えっ・・・フ、・・・フー。」
「もう一度。」
「フー。」
「・・・うん。名前で呼ばれるのも好きだけど、貴方には愛称で呼ばれたい。」
「お、おう・・・。」
少年の顔が真っ赤になった。
「それで、これからの俺達の動きなんだけどさ、」
「うん。」
「まずは、欠けた五柱神を早急に揃えるべきだと思うんだ。特に魔族は神になろう
として無茶してる奴等が多すぎじゃん?」
「そうね。私も魔神と獣神の選出が最優先課題だと思う。でもどうやって神へと召し
上げるつもり?」
「神の称号を獲得した個体に、創造の権能で神体の根源となる「神源」ってのを創造
付与するだけでいいみたいなんだ。後は勝手に変化していくっぽい。」
「そうだ、神への「召し」の儀式も全部貴方が継いだのね。であれば、召しはヒロ
がいれば大丈夫として、あとは候補が神の称号を獲得出来るまで待たないと・・・ね。」
「うん。だけど時間が相当かかる。」
「そうね。・・・でも、こればかりはどうしようもないかも。・・・歯痒いけど。」
「だったらさ、俺達で信頼出来る奴を育てた方が早くね?」
フェアリアが何かに気付いたようにヒロを見つめた。
「そういえば、ヒロは従者達を短期間で急成長させていたわよね?」
「うん。結論から言うと天族を大量に倒させたんだ。」
「どうやって?天族は最下位の者でも五種族の王より遥かに強いはず。それに彼等は
神命を受けるまで天界から出て来ないから、遭遇する事さえも稀なはずだけど。」
「抽出って育つとかなり優秀な祝福でさ、色んなものを抽出して自分のものに出来る
んだよ。勿論、相手の眷属や奴隷もね。」
「あ・・・・・・、なるほど・・・」
「俺はアブルから奪った大量の天族の眷属や奴隷を、祝福や装備を極限まで抽出で
削った状態で仲間達に倒させたんだ。」
ヒロがフェアリアを見つめる。
「天族が可愛そうだと思うか?」
「哀れには思う。だけど・・・天族は創造神の神力で動くただの像。神によって「生きる事」から切り離された禁忌の種族。その最悪の不幸から彼等を解き放つ事に反対
はしないわ。」
「そっか。・・・俺も全く同じ意見だ。」
哀しみの色が滲んだ瞳で少年は苦笑した。
「さっき確認したんだけど、マルドゥクスは全ての天族を誓約奴隷にしてたんだよ。
おかげで今、膨大な数の最高位の天使達が俺の手の内にある。こいつらを使えば・・・
あと、一時的に異端の祝福の「会得促進」を復活させて対象者に付与すれば、問題
無く五柱神を揃えられると思う。」
少年の言葉に僅かな迷いを感じ、フェアリアは静かに少年を見つめた。
「貴方の判断は間違っていないと思う。私は貴方の守護精霊としてその決定を全力
で支えます。」
フェアリアの力強い言葉を聞いて、ヒロは何かを吹っ切るように目を上げた。
-俺が先頭を突っ走らなきゃ。
「ありがと!よーし・・・それでなんだけど、俺が神帝になった今、五柱神はフーと
アブルしかいない事になる。」
「残るは人神、魔神、獣神の3柱ね。・・・選定はすんでいるの?」
「うん。一応目途はついてんだけど、フーは神に推薦したい奴って誰かいる?」
「私はいない。他種族の深い知り合いなんてヒロとマルドゥクス以外いないもの。」
「そっか・・・。なら、もう少しだけ観察して、五柱神の候補者として自信を持って
紹介出来ると思ったら、全員ここに呼ぶからさ。その時はフーとアブルで本当に
信頼できる奴かどうか、見極めてくんねーかな。」
「私とアブルで?・・・いいの?」
「ん?当たり前じゃん!」
フェアリアは両手を胸に添え、ヒロをじっと見つめる。
「確と承りました。神帝様。」
そして少女は心から微笑んだ。
「こういうの・・・凄く良いと思う。」
「ん?」
「今までマルドゥクスに呼ばれて五柱神が集まっても・・・私達に意見を求められる事
なんて一度も無かったから。」
フェアリアが苦笑するた。
「一人で全部背負える程、俺は強くねーし。・・・だからその・・・ずっと傍にいてくれる
と・・・嬉しい。・・・です。」
-い、勢いで言っちまった・・・。
フェアリアが驚いたように神帝を見つめる。
「・・・はい。」
ラベンダーの花の甘い香りが、夏の風に乗ってカーテンを優しく揺らした。
半年後-
「ヒロ、起きて。」
額に柔らかな感触を感じて目が覚める。
「・・・ん・・・・・・オハヨ・・・ゴザッシュ・・・・・・」
「ほら、また寝ないの。勇者達と英雄達の合同結婚式に遅れてしまってもいいの?」
「・・・ダメ・・・ッス。」
「朝ご飯にしましょう。早く起きて来て。」
モゾモゾとベッドから這い出して来た少年は、眠気と闘いながら朝の光が零れる
食堂に辿り着く。
「髪、すごい寝ぐせ・・・。」
2つのカップにホットティーを注いだ少女は、少年の髪を指で梳かしながら
クスリと笑った。
「ねえ、ヒロ。二人で加護を交換しない?」
「・・・うん?」
「私達の・・・指輪交換。」
フェアリアの唇が頬に触れた。
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