質入りサンタ

襖山諄也

質入りサンタ

 踏み均されて固まった雪の上に、早朝から降った新雪が被せられている。

 行き交う人々が恐る恐るといった具合で歩く。ステッキを握る紳士は杖先を突き刺して支えとし、ヒールの高い靴を履く女性は腕を腰から微妙な位置に離してぎこちなく進む。老若男女、馬車を引く馬まで、その歩調は地面を踏み抜くことを心配しているように不慣れな歩き方をしている。

 その中を、滑ることも恐れずに腕を振って走る少年がいた。靴裏から伝わるだろう新雪を踏みしめる感触に気付かないほど急いで、彼は先を歩く人を次々と背にしていく。一心不乱に駆けていく彼の背中には感心と心配の視線が注がれる。

 時折少年は走りながら、捉えられる限り視界に収めているものがあった。

 赤色と黄色の飾りが目を惹くモミの木。

 あるものは軒先に、あるものは窓越しの部屋に。目に入るものは首が回らなくなるまで、覗き込むときには速度を緩めて。

 突如町に彩りが増したことに興奮を隠せない様子の少年は、それらが見えなくなるとさらに急いで走っていった。

 今日はクリスマスイブの、そのまた前日。

「ただいま!」

 ドアを開けて叫び、マフラーと上着をコート掛けに放る。

「おかえり」

 両親が出迎える。父も母も、早くに仕事を終えたようだった。少年が帰ってくるまでに二人が家にいるのは珍しいことだった。重なった声にクリスマスという日の特別さを感じる。少年の心が躍る。

「学校はどうだった?」

「うん、今日はクリスマスだからって少し早く終わったよ。父さんはもう後は休みでしょ?」

「ああ、そうだな」

 父が答えた後に、口をつぐむ。これは父が何かを言おうとして言葉を探している仕草だった。わざと目線を逸らして言葉を待つ。

「明日から、クリスマスだが」

 勉強道具を押し込んだバッグの中を整理していると、父が口を開いた。

「実は、サンタは父さんだったんだ」

「え?」

 いきなりの言葉に考えることを忘れる。拡散する意識を無理やり取り返して言葉をつなげて頭に浮かばせる。

 そういえば。学校の友達が、サンタは本当はいなくて家族がサンタなんだぞ、と喋っていたことを思い出していた。

 まさか自分から確認するまでもなく相手から答え合わせされるなんて。

「それでだけど、今年からはプレゼントはなしにさせてくれ」

「え、なんで!?」

 ショックにショックが重なる。今自分が立っているのか座っているのかが分からなくなってしまった。

「冬が終われば学校も卒業して仕事が始まるだろ。もう大人だ。そうなればもうプレゼントなんて言ってる年じゃなくなるだろう」

「なんで? 今はまだ学生なんだけど」

「予行練習だ」

「プレゼントがもらえないことに練習なんているの? 今年くらいあってもいいじゃん」

「もう決まったことだ。ともかく、プレゼントはなし」

 取り付く島もない。父が今度は口の端を上下ピタリと併せた。こうなれば父は何を言っても聞かない、答えない。

「ごめんね、その代わり料理はいつもよりちょっぴり豪華にしてるから」

 母はそう言うが、少年は捨て台詞を吐いて、乱雑に掛けたコートとマフラーを掴む。ドアを開け、力の限りに閉めた。

 日が暮れた町には、光がぽつぽつと浮かぶ。赤色、黄色の暖色の光が暗い緑も映し出す。ついさっきまではこれほど暗く少年の目には映っていなかったはずだった。

 雪を踏みしめると一定のところまでは足が沈むが、その下の固まった雪にぶつかると踏み込んだ力の向ける先が分からなくなる。

 町行く人々は明るい表情をしている。路地裏で背中を預ける自分は今どんな表情をしているんだろう。気になりはするが、鏡があっても見たくはない。

 暗い路地からは向こう側の商店街が一層明るく見えて心が痛んだ。

「だったらこれはどうだ!」

 遠くに聞こえる喧騒が耳をくすぐっていた中、つんざく男の声に肩を上げるほど驚き、咄嗟に声の下を振り向く。

 どうやってこの狭い路地に収まったのかという恰幅の良い男。その背中越しに、ローブをフードまで被ったひょろりと背の高い人物が騒ぐ太った男に応じている様子が目に入る。

「機織り工場の親父は知っているだろう? そいつが毎月売上からちょろまかしてるんだ。確かにあいつが言っていたんだ、酒が入っていたからな、調子に乗って言いやがったんだ。これでどうだ? これでいくらになる?」

「ふむ……」

 ローブの声は落ち着いていた。それでいて、耳をそば立てていなくともしっかりと聞き取ることのできる芯の籠った声をしていた。

「値打ちとしては、このようなところですかね」

「たった銀貨二枚!? これだけのはずはないだろう!」

 ローブは声を荒げた男の言葉がひと段落するまで待ち、そして答えた。

「仰った秘密ですが、影響範囲があまりに狭い。秘密の効力が行き届く範囲が狭すぎる。そのようなところを加味した上での値打ちがこちらです」

「これっぽっちじゃ馬車を使うこともできないじゃないか! そんなはずはない、もう一度しっかり――」

 男がさらに言葉を重ねようとした時。

「いたぞ、この路地だ!」

 その声を聞くなり、挟まっていたと言っても構わない状態の恰幅の良い男は悪態をついてこちらへ向かってきた。

「邪魔だ!」

 気圧されて後戻りし、表の通りへ出る。男は腹を擦りながらどうにかこうにか路地から出て、どたどたとぎこちなく走る。数歩進んだところで盛大に転んだところを二人の屈強な男に押さえつけられた。

「今日はクリスマス前だぞ、こんなこと、こんなこと――」

「雇用者を不当に扱ったことに時期は関係ないでしょう。その前に、クリスマス前に俺たち警察を働かせないでください」

 肩を支えられて連れられて行く。目まぐるしく繰り広げられた非日常の光景にただ視線を吸われていた。

「巻き込んでしまってすまないな、僕」

 振り返ってその姿を認める。

 太った男と会話をしていたローブを来た人物が立っていた。太った男と警察に挟まれていたこの男が背後に立っていた。

「怪我か何かはないかい?」

「あ、はい。大丈夫です」

 それはよかった、と笑ったところで、フードの下に白い髭が見えた。

「しかし、世間は何やら賑やかなようだが、なぜ僕はこんな狭っ苦しい場所へ?」

 しゃがみつつローブが尋ねる。言うべきかを迷い、そのことは言わないことにした。

「親と喧嘩しちゃって気まずくて……もうそろそろ帰ります」

「そうかそうか、親子喧嘩か」

 なぜかローブは高らかに笑った。それが気に食わず、きっと睨み返す。

「いやあ、すまない。そうか、それなら少し鬱憤晴らしでもしていかないかい?」

 思わぬ提案に、興味が惹かれる。それを感じ取ったのか、ローブが顔を近づけてくる。

「どんなに些細なことでもいい、君が知っている秘密を教えてくれないか。私は質屋。秘密専門の質屋なんだ」

 秘密。質屋。少年の頭の中に、反発する磁石のようにつながることのない単語が前に並ぶ。

「おっと、失礼。質屋とは何か分かるかい?」

 無言で首を横に振るとそうかそうか、と相槌が返ってくる。その時のローブはとても優しい顔をしていた。

「質屋というものは、まず不要となったものを私が預かる。そして、その価値に応じてお金を渡す。ここまでは普通の買い取りと同じ。だが、もしそれがやっぱり要る、となったときには決められた期間内であれば貰ったお金をそっくりそのまま返せば、ものが帰ってくるんだ。それが質屋さ。要するに、物とお金の取引、さらに必要となればやっぱりなし、とすることもできる。そんな商売なんだ」

 詳しいところまでは分からないが、おおまかなところは分かった気がする。ふーん、と少年が鼻を鳴らして応えるとローブは続ける。

「そこで、だ。せっかくだし、僕が持っている秘密を買い取らせてはもらえないかね。どんなにちっぽけなことだっていい。それに応じて対価をプレゼントしよう」

 プレゼント。その響きに心が躍ったを覚えている。

「分かった、やる」

「そうかそうか、ではどんな秘密があるかな?」

 だが、そう聞かれるとなかなか思い浮かばない。友達が幼馴染の女の子が好きなこと? でもこれは絶対に内緒と言われたんだっけ。つい最近おねしょをしてしまったこと? 絶対に言わない。

 そうだ。まだ友達皆が知っているわけではないこともある。これなら。

「サンタさんが――」

「うん?」

 目を細めて先を促される。

「サンタさんが、お父さんだったこと」

「ほう、サンタさん――」

 ローブが復唱する。

「そうか、分かった。その秘密、質草としよう。その、サンタさんとやらが、お父さん。ふむ……それなら、対価はこれだ」

 内ポケットに手を突っ込み、取り出して広げられるとそこには金貨が五枚握られていた。

「もし、もしもこの秘密はやっぱり誰にも言われなくなかったら、ここから一枚も使わずに返しに来るんだよ。分かったかい?」

「う、うん」

 初めて手の上に乗せる金貨の重さにどぎまぎしながら答える。

 すると、ローブは口を開いた。

「そうだった、もし取引が成立して期限までに返しに来なかった時、僕は私に言った秘密がなんだったかを忘れてしまうんだ。そして、その秘密自体がなんだったかすら忘れてしまう。ついでに、私に会ったこともね。だから、絶対に忘れたくない秘密だったら必ずまた来るんだよ、いいね?」

 忘れられるのなら好都合だった。知りたくなかったことを知らなくなることができる。

 大きく頷いて応じる。目の横に皺を浮かべてローブが立ち上がった。

「よし。それなら期限は――一週間後の十二月二十四日としよう」

 そう言い残すと、ローブははたと消えた。

 その年、クリスマスプレゼントがないままにクリスマスイブを迎えた。気が付くとコートのポケットの中にあった五枚の金貨は、気味が悪い、とそのまま入れっぱなしとしていた。

 町には赤い服に身を包み、白い髭を蓄えた男がやけに多く立っていた。



「ねえ、この子はどっちの飾りが好きかしら? サンタさんの人形とトナカイ。やっぱりサンタさん?」

 妻の呼び声に微睡んだ感覚が引いていく。

 ここは自宅。暖炉が暖かく部屋を包み、その一角には背の低い裸のモミの木が佇む。妻は床にしゃがみ込み、押し入れから一年ぶりに掘り起こしてきた冬物の服やら雑貨やらの中から、クリスマス飾りを物色している。

 妻は箱の中身をいじったかと思うと揺りかごの中ですやすやと眠る息子の寝顔に優しい眼差しを向けている。

 懐かしい夢を見ていた。記憶の奥底にあった昔の景色と、視覚で捉えているこの一室とが同時に存在する感覚が淡く残る。

「そうだね、サンタさんの飾りがいいと思うよ」

「よかった、そうよね」

 頂上の星にほど近い位置にサンタの飾りが括りつけられる。口にした言葉が妻にしっかりと伝わったことで今この瞬間が夢ではないことを確かめる。緑一色のモミの木に色が一色二色と注ぎ足されていく。

 ねえ、とその妻に呼びかけられる。

「この子も初めてのクリスマスだし、サンタさんにはどんなプレゼントをしてもらおうかしらね」

「サンタなあ」

 妻が真っすぐこちらを見つめてくる。

 物心ついてすぐの頃はプレゼントを貰っていたが、働き始める前にもうそんな出来事は起きなくなっていた。

 そういえば。サンタはどうやって家まで入ってプレゼントを渡すのだろう?

「まあ、そのうち」

「ちゃんと頼むのよ」

 請け負ったはいいが、どうすればいいのか。

 妻が息子に夢中の間、サンタの絵本を盗み読む。息子はまだ言葉も話せないどころか文字も読めないが、妻が早とちりで買ったものだ。

 赤い服に白い髭、肩から提げた大きな袋。その彼が空飛ぶそりに乗ってトナカイに引かれている。家へと入るのは煙突から。モミの木の下にプレゼントボックスを置いて家を去っていく。

 自分が子どもの頃となんら変わりない姿だった。ただ、それだけに疑問が残る。

 サンタはどうやって家に入ってくるのか?

 うちの暖炉は小さく、煙突はそれに伴って狭い。生まれたての息子が歩けるのなら、這ってようやくの隙間だ。大の大人がとても入れる煙突ではない。それなら当日は玄関の鍵はかけずにしておこう。こうしたら簡単にプレゼントを配れるはずだ。

 さらに疑問は尽きない。息子へのプレゼントはどう伝えよう。絵本を手に取り、ページを繰る。どうやらメモを書いて置いておくらしい。息子の最初のプレゼント。何がいいかと頭を悩ませ、紙にペンを走らせる。

「自分用のメモにこんなに丁寧に書く必要ないのに」

 メモを見て一言、妻が笑って言う。別に自分用ではないのに、と答えようとした時、まじまじとメモを見ていた妻が顔を綻ばせた。

「あら、このプレゼントいいじゃない。最初のプレゼントにぴったり」

 ひとまずは候補として洗い出したものの一つが妻からの評判もよかったので安心した。

 外はしんしんと雪が降り、町の明かりが雪を伝って空高くまでぼんやりと明るい。

 時が経つのは早く、幼い頃はこれほどではなかったはず、と否定したくなる。

 今日はクリスマスイブだった。

「よし、飾りつけ終わり。それじゃあ仕事に行くけど、今日は仕事が遅くまでかかりそうなの。日が回らないうちには絶対帰ってくるから、クリスマスのご飯の用意をお願い。あと、プレゼントもね」

「ああ、いってらっしゃい」

 妻を仕事へ送り出す。自分はすでに休みとなっていたので今日一日は自由だった。クリスマスに皆が浮かれる町へ赴き、今日の夕飯となる七面鳥とクリスマスケーキを買う。

 軒先でベルを振って客を呼び込むサンタ。手品を披露し客を集めるサンタ。赤い帽子を被らされてサンタに扮した馬まで。思ったよりも町にはサンタが溢れているんだな、としみじみと思う。このうち誰が家まで来てくれるのだろう。

 気になって店先でベルを振るう一人のサンタに声を掛ける。

「失礼ですが、私の家へは何時ごろ来られるのでしょう?」

「家? あなたの? いえ、行くつもりはないですが……」

 そのようなことなど考えることすら思いつかなかったように、サンタが断る。

 違うサンタなのかもしれない。人違いでした、と言い残して別のサンタへ。だが、どうしたことか町にいるほとんどのサンタに声を掛けても家へ来てくれるというサンタはいない。サンタの帽子を被った馬へは最後まで悩み抜いて声を掛けたが、同じだった。

 とうとう会えなかったと仕方なく家に帰り、食卓に七面鳥とケーキを並べて妻を待つ。

 八時、九時、十時。妻の帰りが遅いのはそうなのだが、肝心のサンタもなかなか来ない。

 ついに十一時を回り、こうしてはいられないと読書の手を止める。

 サンタはいつになったら来るのか。こちらから出向いてでも探さないとプレゼントが配られてこない。

 外へ出ようと鍵を開けたところで、家の鍵を開けたままにしないとサンタと行き違いとなったときに困ることを思い出した。

 だが、そうなると隙間風が入ってしまい、息子が風邪を引いてしまう。そう思い、妻が押し入れから持ってきた箱の中身を探る。冬物の衣服があるのなら、息子の防寒に役立つものの一つくらいあるだろう。

「このコート――」

 引っ掻き回していると、懐かしいものが見つかった。まだ学生だった頃、冬になると決まって着ていたコートだった。働き始めるころにはサイズが合わなくなり、こうして箱の番をさせてしまっていた。

 息子に着せるには大きくても、上から被せるくらいなら下手な毛布よりは暖かいだろう。

 一度埃を落としてから被せようと、襟を持って波打つように振る。すると、澄んだ高い金属音が鳴った。

 ポケットから聞こえるその音の下を探ると、金貨が五枚。

「なんだこれ……?」

 身に覚えのない金貨に妻のへそくりを疑うが、それなら箱を出しっぱなしで仕事に行くのもおかしい。

 ともかく、サンタを探さなくては。しかし、今から鍵を開けたまま家を出るのに金貨を置いていくわけにはいかない。今の自分に合うサイズのコートのポケットの中に入れ替えて、自宅を後にする。

 夜遅くとなっても町は遅くまで人通りが多い。それどころか、夕飯を買いに来た時よりも混雑している。人の多さに面食らい、思わず静かな裏路地へと入る。

 隙間を吹きすさぶ風の冷たさに、思わずコートのポケットに手を突っ込む。

 やはり金貨五枚。一体なんのお金なのだろう。

「こんばんは」

 路地の奥からの急な挨拶に驚きつつ振り返る。

 そこにはコートを羽織った背の高い男が立っていた。

「失礼ですが、お金に窮してはおりませんか?」

「いえ、特段……」

「そうでしたか。ですが、あっても困らないのがお金というもの。そこで、あなたの秘密を買い取らせていただきたいのですが、何かございませんか?」

 男が中腰となってようやく背丈が並ぶ。圧倒されるほどの高さから一転、目線の高さが合う。ローブは白い髭を生やしていた。まるでサンタだ。

「秘密を?」

「ええ、驚かれる方は多くいます。ですが、ただの通りすがりの情報屋みたいなものです。ただし、私は質屋として秘密の取引を行わせていただいております。なので、一度私にお売りいただいたものでも、期間内であれば代金を頂戴すればお返しもします」

「そんなことができるものなんですか?」

 そこらへんは、と言いローブが片目を瞑って人差し指を口に立てる。

「それに、お売りいただくだけでなくお買いになることもできますよ。見て行かれますか?」

「秘密を……買えるのでしょうか?」

「ええ、私が持ちえる限りの秘密ならどれでも。ただし、程度によっては頂戴する対価も変動します。では、どのような秘密をご所望でしょう?」

 ローブが手のひらを広げて尋ねる。

 秘密、秘密。少し考え、口にするかを最後まで悩んで正面のローブを見据える。

「実は……サンタがどうやってプレゼントを渡しにくるのかが分からないのです。どうやって家に入ってくるのかも、どうして欲しいプレゼントが分かるのかも」

「ほう、サンタ――」

 先ほどまでの町にいたサンタのように微妙な反応が返ってくるものと思い込んでいたところ、ローブは顎を擦って復唱した。すると、おお、と声を上げた。

「その名前に何か聞き覚えがあると思えば、昔私にそれに関する秘密を売っていただいた坊じゃありませんか。いやはや、すっかり大人になりましたな」

 白い髭が微かに上下する。懐かしそうに笑っているようだが、この人物に見覚えはない。

「私が? 人違いではないでしょうか?」

 町のサンタもこのような気持ちだったのだろうかと俯瞰した思いでローブに聞く。

「まあ、その反応が当然でしょうな。私の質に秘密を入れた者は、諸々を忘れてしまいますから。もちろん、私のことも」

 特段驚くことなく言葉を続ける。先ほどから状況には置いて行かれるばかりだが、今度はローブが回答を求めて来た。

「おお、そうでした。そのサンタ、という秘密のことです。昔坊が質に入れた秘密をまだ私が持ってるのですよ。この秘密は多くの人によって効力がある。そう思ってそれなりの対価を払いはしましたが、なぜだかこの秘密は売れないのです。坊が大人になった、今の今まで。つきましては、こちらを買い取ってはいただけないでしょうか。坊の求めている、そのサンタという情報が何か得られるかもしれません」

「本当ですか! ぜひ買わせてください。それで、いくらでしょう?」

「そうですなあ、打った値段が金貨五枚でしたね。ではそっくりそのままいただきましょう」

 ちょうどポケットに忍ばせていた金貨は五枚。これも運命か。誰から得たお金かは分からないが、この際ありがたく使わせてもらおう。

「どうぞ。金貨五枚です」

「おお、これはあの時私が渡した金貨そのものではないですか。こちらも懐かしい」

「渡した? 私にですか。それに、覚えているものなのですか」

「もちろんですとも、金に目ざとい私ですからな。こちらは坊から秘密をお売りいただいたときに渡した金貨たちに間違いありません」

 白い手袋に乗せると、ローブは摘まんで数える。

「ふむ、確かに五枚。では、お手を」

「手?」

「はい、どうぞ広げて」

 手のひらを差し出すと重みがかかった。

 金貨五枚、そのままが載せられたのだ。

「え? これ――」

「いやあ、どうしても私は子どもに弱い」

 ローブが後頭部を掻く。路地の中のため、上げた肘が狭苦しそうだった。

「子供の頃を一度見てしまっていると、どうしてもその時の姿が目に浮かぶ。秘密を知らない、無邪気な顔。そんな人からお金など取れません。さらに、その坊がサンタの秘密を知りたいとは。でしたら、その金貨はこれからの坊に必要な物です。私が代金をいただくわけにはいただきません」

 それだけ言うと、ローブは一歩引いた。

「ここでは私からのささやかな出産祝いとさせてください」

「本当にいいんですか、ありがとうございます。あれ、今出産祝いって。子どものことなんて口にしてないはずですが――」

「それでは。よきクリスマスを」

 問いには答えず、ローブの姿が隙間風に消えた。

 その時、思い出した。

 サンタの正体。考えれば当たり前だ。煙突に入る人なんていない。伝えていないプレゼントを渡すことなんてできない。

 だが、家に最初から居ればいい。何が欲しいか聞いて予め用意しておけばいい。

 そんなことよりも、今はやるべきことがある。

 路地から町の明かりを見上げ、歩き出す。向かったのはクリスマスの飾りが煌々と光る店が立ち並ぶ商店街だった。

「おかえり、ドアが開きっぱなしだったけど大丈夫? 何かあった?」

「ああ、いや、ごめん。閉め忘れだ」

 家に着いた時には、あと十分ほどで日付が変わる時間だった。肩で息をしながら後ろ手に鍵を閉める。

「料理、ありがとう。今日はごちそうね」

「冷めてなければいいけど」

 席に着き、料理を前に部屋を見渡す。

 離れていてもほのかに温かみを伝える暖炉。息子を抱え、慈愛の視線を注ぐ妻。緑の上に赤、黄の飾りを蓄えるクリスマスツリー。

 声に出したいほど満たされ、気分が高揚する。心臓の高鳴りを抑え、平常を明確に意識する。

 そして、二つの箱を差し出す。

「メリークリスマス」

「あら、私にも? 嬉しい。ほら、クリスマスプレゼントよ」

 妻が息子の分のプレゼントを揺りかごに乗せる。それでもぐっすりと眠り続けている。

 ねえ、と短く呼びかけられる。

「ありがとう、サンタさん」

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