売れない小説家、売れる小説になる。

星屑

邂逅

「来見田くん、残ってて」

「ひえ」

 売れない小説家「来見田のの」、絶滅の危機です。

 来見田のの――二年前にデビューした期待の新星。それなのに、恐ろしいほど売れず、今にも契約破棄されそうになっている。そんな作家が居残りを命じられて想像することは、わかりきっているだろう。

 もう一度言おう。「来見田のの」が絶滅の危機です。


 他の人がいなくなったところで、「さて」と編集さんが言った。

「来見田くん、君の現状は理解しているよね」

「………はい」

「我々としても、君に期待をしているんだ。是非とも売れっ子になって我が社の代名詞になってほしいし、何より君の小説の世界を世間に見てもらいたい。だからね」

 現実を見ろ、という事だろう。いい年の大人なんだから、こんな夢に縋り付いていないで、もっと真面目に世界を見なさい、と。

 しかし、彼の口から出た言葉は、すごく意外なものだった。


「君に紹介したい人がいる。恐らく名前くらいは耳にしたことがあるだろう」

 そうして彼が口にした名前は、この出版社で一番の売れっ子、会社の代名詞、世間を賑わす流行作家、「七つ星すばる」。その美しい世界観と柔らかいタッチで読者を魅了している。

 そんな人がなぜ、今、話題に出るのだろう。あのような人になれってことだろうか。

 困惑の色を見て取ったのだろう。編集さんが、さて、また言った。口癖なのだろう。

「来てもらっている。とりあえず呼んで来よう」

 あっという間についたての向こうに姿を隠す編集さん。その数分後、少し背が低い人を連れて戻ってきた。

「この人が『七つ星すばる』くんだ。なかなか会える人じゃないよ」

 そう言って、「こっちが『来見田のの』くん」と、丁寧に紹介してもらった。

 会釈をすると、「七つ星すばる」が被ったパーカーのフードの中から視線が飛んでくるのを感じ、身を固くする。

 だが、挨拶も返してこないし、編集さんに何か言って、フードの下にヘッドフォンをつけ、それきり黙ってしまった。

「いやぁ、すまないね。彼、ちょっといろいろあるから」

「いえ、謝ってもらうほどのことでもありませんし………」

 と言いつつ、本心では真っ赤な火山が噴火していた。ナンダコイツ。ガブガブ。モグモグ。パクパク。

「『七つ星すばる』くんが今度書く小説の取材をさせてほしいと言っていてね。その役に、見事君が大抜擢されたんだよ。しかし、君も取材されるだけじゃあ、面白くないだろう。という事で、彼に小説の技術について教わったらどうかな、と思って来てもらったんだよ。ははは、どうだい。実に名案じゃあないか」

 妙に早口になる編集さん。不思議に思っていると、「七つ星すばる」がスマホをいじって編集さんに見せている。

 焦った様子の編集さん、しばらく困ったようにわたわたしていたが、やがて、「呼ばれたのでちょっと席外しますね~。あっ、二人は雑談でもしていてください。それでは少し失礼します~」と、何とも言えない表情で、何処かへ行ってしまった。一瞬、哀れみの視線をこちらに投げかけた気もするが、気の所為だと信じたい。


「ええっとぉ…………」

 初対面の二人、片方はがちがちの緊張状態、片方はヘッドフォンで外部を拒絶している。

 問一、この二人の会話は弾むか。

 解――弾むわけがない。


 永遠とも感じられる沈黙の後、腹を括った「来見田のの」。天気の話題をぶち込もうとした瞬間、先ほど編集さんにしたように「七つ星すばる」がスマホを差し出した。考えてみれば先程からスマホを前に、首をひねっていた気がする。考えてくれていたのか。

〈来見田のの、作品は全部読んだ〉

「えぇっ‼」

 本気で驚いた。

 小説家という職業の忙しさは知っている。それが売れっ子ともなれば、自分と比べられないほどの忙しなさなのだろう。だのに、全部読んだ?流石に没にされたのはないだろうから、既刊六巻を?信じられなくて目の前の顔を見上げるが、フードに隠れて目が合うことはない。

〈構成とキャラクター、世界観は良い。ただ、要素と技術が追い付いていないみたい。だから、そこを中心に鍛えればすぐに流行りの作家のレベルまで追いつける〉

「ふぇえぇ…………」

 褒められた喜びと、痛いところを突かれた苦しさが混ざり、思わず変な声が出た。

「七つ星すばる」は、静かに文章を差し出してくる。

〈あんた、ボクの創作講座、受ける?〉

 考える。正直言って、就職を考えている。何時までも夢を見たままでは、立派な大人にはなれないから。でも、ここで夢を諦めたら、憧れから目を逸らしたら、きっと、一生この物語世界が誰かに届くこともない。だったら。


「よろしくお願いします」

〈だったら、売れない小説家の取材させて〉


 衝撃を受け、口から叫び声が漏れる二秒前。

 叫び声を聞いた「七つ星すばる」が〈うるさい〉とテキストを差し出す三秒前。

 何事かと編集さんが駆けつける十秒前。


 そして、結局同意する二十秒前。

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