第5話 酪農の街
木曜日。凄まじい暴風雨により急遽半日授業になった。昨日まではカラっカラに晴れていたのに何故こんな天気に…?
疑問を抱きつつ本を開く。最早日常になっている。
サイカイシマスカ
▷ハイ
▶︎イイエ
………え?何急にカタカナになってんの?しかもカーソルは“いいえ”に設定されてるし…。不気味なんだけど何これ…。
————“はい”が選択されました。
(+1 : 4)
ん?何だこの数字。あ、消えた。
何だったのだろう?
パンパンと手をはたいているレムの横で、ニーナは蹲って頭を抱え込んでいる。
「さて。モタモタしていては到着が遅れます。進みましょう。ほらニーナ、いつまで痛がるフリをするつもりだ?」
フリではなく本当に痛いのでは…?などと考えるキョウスケの気も知らず、少女はケロリとした様子で立ち上がる。
「流石にバレバレだったか」
軽く言い放ち、思い切り伸びをする。驚いて言葉も出ないキョウスケはロイドを見る。彼は気にせずレムの後を追っていた。
………置いてけぼり感が酷い。
自分の感性がおかしいのだろうか。首を傾げつつキョウスケもレムを追う。
ハゲワシに襲われた後は魔物と出会さず、目的の街が遠目に確認できるところまで来た。
「ワッツタイムー?」
「7時46分だ」
ニーナの問いに間髪入れずにレムが答える。どうりでお腹が空く訳だ。再び鳴き始めた腹の虫を宥めるようにキョウスケは腹部を押さえる。
「腹減ったな。キョウスケ、なんか食べられそうな草とか生えてないのか?」
見渡す限り草原だ。ロイドの質問にキョウスケは。
▷あの草の根っこは意外と美味しいですよ。
▷この辺りには無いようですね。
▶︎その辺の草でもどうぞ。
ロイドの聞き方のニュアンスにもよるかもしれないけどさー。最初から喧嘩腰ってどうなのさー。
“この辺りには無いようですね。”が選択されました。
残念な様子で首を振る。彼の反応にロイドは舌打ちした。
「なんだよ使えねーな」
「じゃーロイ君は魔物をスパパーって倒せるようにならないといつまでも使い物にならないねぇ」
側で聞いていたニーナが笑いながら言う。思わぬ助け舟にキョウスケは驚いて彼女を見、すぐにロイドに視線を向けた。彼は悔しげに口を引き結んでいる。
「でも勇者くんもだからね?旅に出るにしては二人とも腕が貧弱すぎ。もっと頑張るべし」
飴の後は手厳しい鞭が待っていた。キョウスケは気合を入れ、敬礼する。彼の様子を見たニーナは笑った。
「うむ!やる気があってよろしい!ほらロイくん、勇者くんのこの姿勢は見習ったほうがいいよー?」
「あーはいはい善処しまぁーす」
雑な返事だなぁ。キョウスケは苦笑した。その瞬間、殺気を感じ慌てて武器を構える。
一瞬後には硬い音が響き、武器と武器がぶつかり合っていた。自分に武器を向けていた相手がレムであることを確認し、キョウスケは驚く。しかも彼女の顔には表情が無い。
自分が彼女に何かしてしまっただろうか。それとも何もできないからこの仕打ちなのだろうか。レムの真意がわからずキョウスケは怯えていたが。
「………キョウスケさんなら合格ですね」
唐突に構えを解き、レムは微笑んだ。
キョウスケは首を傾げる。ポカンとしている彼を見、レムは言う。
「今の一撃はゴブリン程度を屠れる威力なのですが、初期のロイドはこれを受け止められませんでしたから。今はどうか知りませんが。ですので、王立騎士団実技試験は合格となるのです。つまるところ旅に出るにあたって必要最低限の腕はあるということです。ニーナも異論はあるまいな?」
「………うぃっす」
「それからニーナ。お前はピスィカは可愛いから正義だと言ったそうだな?」
その言葉にニーナは硬直する。普段の彼女に似付かわず表情も硬い。
「猫は確かに可愛いがアレは猫型の魔物だ。家畜を食らい畑を荒らし人を襲う害獣だ。加えて奴らは自分達の見てくれの可愛さを逆手に取って人に害を成すタチの悪い魔物だ。
キャティは確かに可愛かった。あの子の最期が悲惨だったことも分かる。しかしあの子と他の魔物を一緒くたに考えるな。良いな?」
「………はい」
ニーナにしては随分と汐らしい。しかしキャティとは誰のことだろうか。疑問を抱いたキョウスケはロイドに尋ねる。一呼吸置き、彼は説明した。
「グラナトゥム王立騎士団で少しの間面倒を見ていたピスィカの子供だ。親と逸れていたところをニーナが拾ってきてな。団員皆で世話をしていたんだ。でも最期は……。いや、知らない方がいいな。とにかくそういう奴がいたんだ」
一番知りたいところなんですけど!俺嫌だよ?あの王様が生物兵器にしちゃったとかいう話だとものすごく嫌だよ!?違うかもだけどさ!
その子の最期がどうだったのか、キョウスケには分からない。しかしロイドやニーナの表情を見るに、かなり惨かったのだろう。キョウスケは目を伏せた。
「やっぱり魔王って倒すべきだよね。うん。勇者くん、頑張ろうね」
両の拳を握り、ニーナはキョウスケを見上げる。彼女の強い眼差しを正面から受け止め、キョウスケは。
▷コクリと頷く。
▷親指を突き立てる。
▶︎キャティの最期について訊く。
空気読めし!!散々伏せてんだから皆言いたくないんだよ!!
“コクリと頷く。”が選択されました。
一つ、大きく頷いた。彼の反応を見たニーナはくにゃりと破顔する。
「………もう目的の街に着きますよ。ここが最初の目的地、カウンフィルです」
レムの言葉に三人は上を見上げる。木造の大きな門に“Welcome to the Counphir!!”と彫られていた。
「ここカウンフィルは酪農が盛んな街なんです。卵も牛乳もとても美味しいんですよ」
「ただちょっと牛乳の言い方がアレなんだけどさ」
レムの説明にニーナが付け加える。どういう意味かとキョウスケは疑問を抱いたが、それはすぐに解消した。
「やぁいらっしゃい!お兄さんはカウンフィル初めてかな?ちょっと失礼させてもらうよ!」
目の前に突然現れた男性は捲し立てるように言い、キョウスケの体を調べ始めた。驚いて固まっているキョウスケなど気にもせずに独自の見解を語り始める。
「ふむふむ。筋肉はそれなりにあるけどちょっとヒョロいねぇ。骨も細っこいみたいだ。魔物の攻撃なんか食らおうものなら一発でアウトだね!」
初対面なのにボロクソ言ってくれるじゃーん…。
「でもこれを飲めばさぁ安心!カウンフィル一のうしちちだよ!筋力増強!骨増強!カルシウムでストレス緩和!栄養満点で美味しいうしちちをレッツがぶ飲みだーっ!!」
男性はハイテンションで言いながら牛乳瓶をキョウスケの頬に押し当ててくる。戸惑いながら受け取ったキョウスケは。
▷いただきます。
▷じっくり観察。
▶︎「俺牛乳嫌いなんですよね。」
好きですけど?勝手に好き嫌い決めないでほしいんですけど!?
“じっくり観察”が選択されました。
渡されたそれをじっくりと眺める。どこからどう見てもただの牛乳に見える。観察を終えた彼は栓を開け、一口飲み込む。すると口内に広がったのはまろやかな甘味と力強い旨味だった。間違いなく人生で一番美味しい牛乳だ。
「ど?美味しいでしょ!うちのうしちちはこの街で一番だからね!!」
「お兄さーん!私にもうしちちくださいなっ!」
「おにっ!?やっはははお嬢ちゃんいい子だねーっ!そんな君には出血大サービス!お友達の分も含めて八本!あげちゃおう!」
「やったーっ!!お兄さんみたいに太っ腹な人私大好き!!」
「僕もお嬢ちゃんみたいな素直ないい子は大好きさ!僕の牧場はここから5分くらいのところにあるから良かったら寄っていってね!!」
男性は暫く手を振り、次の客へと向かっていった。やはりハイテンションで。
「ニーナ、よくやった。ありがとな」
「どーいたしまーして。でもこれで牛乳ゲットだね」
「ここではなるべく“うしちち”と言え」
「おっとそーだった。はーい」
一体何故?牛乳ではダメなのだろうか。言い方は違えど意味は同じだろうに。首を傾げたキョウスケにレムが気付く。
「不可解だという顔をしていますね、キョウスケさん」
貰った牛乳を飲み干し、何度か頷く。そんな彼にレムは人差し指をまっすぐ立てて説明した。
「この街では牛を奉っているんです。その“お牛様”のお乳ということで“うしちち”と呼んでいるのです。牛乳という言い方では有り難みが無いそうで」
信仰の関係で言い方が違うのか。何気なく牛乳と言ってしまっているけど、俺の知らない何処かの地域ではもしかしたらそう呼んでいるのかもしれない。
レムの説明に得心したキョウスケはロイドが近くにいないことに気付く。辺りを見回せば少し遠くで若い女性から籠を受け取っていた。首を傾げて見ているキョウスケに気付いたロイドは得意げに笑う。
「お待たせ。こっちは卵ゲットだぜ」
三人の元へ戻ってきた彼は籠の中のそれを見せる。そこにはこれでもかというほどの量の卵が犇めいていた。
「おー!ロイくん意外とやるじゃーん!」
「あぁ。助かる。ロイドもありがとう」
二人の女子からの賛辞に照れくさそうに鼻をかき、キョウスケヘ視線を向ける。
「で、キョウスケは何か戦果はないのかよ?」
キョウスケは困り顔で頰を掻く。何かないかと周囲を見回せば、花売りの少女と目が合った。その少女は浮かない顔をしている。彼女の元へ走り、キョウスケは笑いかけた。
————選択してください。
▷花を見せてもらっても?
▷何か困りごと?
▶︎お嬢ちゃん可愛いね!
ロリコンじゃねええぇぇぇよ!!!許容範囲は一個下くらいだよ!!!
“花を見せてもらっても?”が選択されました。
花を見せてほしいと頼む。少女は俯きがちに手にした花を差し出した。少女の手の中のそれを見たキョウスケは目を見開く。どれもアレアでは高くて手が出せない薬草だった。
キョウスケは少女に花の値段を尋ねる。少女は小さな声で答えた。
「気に入ったのならお兄さんにあげる。値段はつけてないの。うしちちや卵みたいに立派な物じゃないから…」
これほど新鮮で立派な薬草だというのに値段を取らないとは。一つは解毒、一つは麻痺解消、一つは疲労回復、幾つか合わせることで万能薬にもなりうる代物すらある。
少女の態度がどうにも気になったキョウスケはなけなしの所持金を彼女へ渡す。
「え…?お兄さん、値段付けてないんだって」
困惑する少女にキョウスケは自分の気持ちだと伝える。瞳を瞬いていた少女の口元は次第に緩やかな弧を描いた。
「ありがとう。ほんっとうにありがとう!」
最後には心からの笑顔を浮かべ、少女は去っていった。満ち足りた気持ちで振り返ったキョウスケだったが。
「お・ま・え・な!!食料を手に入れろってんだよ!こんな草っ葉が何の役に立つんだよ!しかも金まで出しやがって!タダで手に入る貴重な機会をふいにすんな!」
彼の手の中にあるそれらをはたき落とそうとするロイド。キョウスケは慌てて躱す。
「ロイくん程じゃないけど、勇者くん、ちょっといただけないねえ」
ニーナも肩をすくめる。
レムは非難はせず、キョウスケの持っている草を眺めた。
「グラナトゥム王都では見かけない草花ですが…。キョウスケさんは使い道をご存知で?」
湧いた汗を拭い、頷く。そうして彼はそれぞれの花の効用について説明した。
説明を聞き終えたレムは納得したように頷く。
「なるほど…。カウンフィルを越えると少々大きい森に入るのですが、そこで出るスミンという魔物は毒を持っているのです。その草の一つが解毒薬になるのであれば安心して進めますね」
そこで思い出したようにレムはロイドを見た。
「そういえばロイドの出身はフロース王国なのだろう?こういった薬草の知識はそれなりにあるんじゃないのか?」
これに、ロイドは肩を竦めた。
「フロースの花は殆どが観賞用だ。薬として何か効用があったとしても俺は知らないな」
殆どと説明する辺り、僅かに実用されている花もあるのだろう。或いは飾られている花々は知られていないだけで薬として重宝するものもあるのかもしれない。キョウスケはそう考えたが。
「なぁロイド。お前がキョウスケさんより優れていることは何だ?戦闘の腕も植物の有効活用の知識も彼の方が上だ。それなのに何故お前は彼に偉そうな態度ばかりとっているんだ?」
レムの質問にロイドは口を噤む。暫し沈黙が続いた後。
「まただんまりか。どうやら都合の悪いことを訊いてしまったようだな」
呆れた声音で呟き、レムは雑貨屋へ歩んでいく。ロイドは乱雑に頭を掻き、彼女の後を追った。
ニーナは一つ息を吐き、キョウスケを見る。
「ごめん勇者くん。これはちょっと私が無知だったわ。グラナトゥム王都だとどうも植物は軽んじられがちだからさ。毒があるかないかだけ分かれば良いって感じなの」
薬師でもないならそれで十分。キョウスケは微笑んでニーナに告げる。彼女は2回瞬きし、口角を少し持ち上げた。
「勇者くんって意外と優しいよね。キャティの事も深追いしないし。そういうとこ、結構好感持てるよ。さ、私達もレムを追おう。もしかしたら寝ちゃってるかもしれないし」
頷き、二人も雑貨屋へ向かう。扉を開けると、レムが店員と談笑している姿が目に入る。
「それにしてもナイトハイツのお嬢ちゃんも立派になったねぇ。ちょっと前には王立騎士団の部隊長になったっていうし。凄いじゃないの」
「いえ、今はしがない斥候です。そんな立派なものではないですよ」
「あー、なんか妙な病気に罹っちゃったんだっけ?いきなり眠っちゃうっていう。日中急に症状が出るんでしょう?大変よね」
苦笑する彼女の少し後ろでロイドが口を引き結ぶ。
「どのような戦であれ、戦場での慢心は命取りになる。かの戦では身に染みました」
一歩踏み出そうとしたロイドをニーナは止め、キョウスケを振り返る。
「勇者くん、ロイくんをよろしくー」
軽い笑顔の中に圧を感じたキョウスケは素直に頷く。そのままニーナはレムの隣に立ち、店員と雑談を始めた。
キョウスケからは後ろ姿しか見えないが、ロイドの手は硬く握り締められている。レムが病気になったことに責任を感じているのだろう。
キョウスケは彼の隣に立ち、笑いかけた。
▷絶対に治す術を見つけましょう!
▷何も言わずにハンカチを渡す。
▶︎強く背中を叩く。
これってアレ?元気出せよ!的な?逆ギレされかねないと思うんですけど?
“何も言わずにハンカチを渡す。”が選択されました。
懐からハンカチを取り出し、ロイドに手渡す。彼はキョウスケを一瞥し、短く礼を言ってそれを受け取る。
「ところで後ろに控えている少年たちはお嬢ちゃんたちのお友達?」
「天啓にあった勇者殿とフロースの弓使いです。今は共に旅をする仲間といったところです」
「へぇ〜。なんかゴツい鎧を着ている方が勇者の子?鎧はともかく結構紳士的な感じだったけど」
「あの勇者くん見た目にそぐわず意外と紳士なんですよ〜」
「へぇ〜。で、その隣の少年が弓使いの子って訳かー」
興味津々といった様子で自分を見ている女の店員にキョウスケは。
▷笑顔で会釈する。
▷居住まいを正し、頭を下げる。
▶︎軽く会釈する。
選択の間隔短過ぎないか?あとそれは少々失礼ではないか?
“笑顔で会釈する”が選択されました。
微笑みかけ、少し深めに会釈する。
礼儀正しい勇者の態度に店員は瞳を見開く。
「えーちょっと本当にいい男の子なんじゃない?カウンフィルにあんなキッチリした男いないよ?」
「そうでしょー。えっへん!」
「なんでニーナが得意げなんだ?」
何故か持て囃されて歯痒くなったキョウスケはロイドにことわって店の外に出る。
玄関で三人が店から出てくるのを待っている彼の前に一人の男性が現れた。
「失礼。先程花にお金を払ってくださったのは貴方でしょうか?」
キョウスケは少々訝りながらも男性の質問に頷いた。
————今日はここまでにしますか?
▶︎はい
▷いいえ
よっし今日の分はこれで終わり!
「お疲れ様」
「うん、ありがと……ってうわあっ!」
顔を上げると目と鼻の先に戸倉さんの顔がある。お陰で素っ頓狂な声を上げる羽目になってしまった。
しかし本人は全く気にしていない。にこにこと優しい笑顔を浮かべながら俺を見ている。
「城崎くん、凄く楽しそうに読んでたね。見ている私もなんだか楽しくなってきちゃった」
「…………ありがとう?でも戸倉さんはなんでここに?」
「風紀委員のお仕事。もうとっくに今日の最終下校時刻を過ぎてるから、伝えようと思って。雨も止んだしね」
言いながら彼女は窓の外に顔を向ける。つられて同じ方に視線を遣れば、真っ青な空が広がっていた。
………あれ?暴風雨だったよな?あれ??
「国道の川を渡って振り向いたらマンホールの上で傘がくるくる………ってなる心配はしなくてよさそうだね」
「……ウェザーリポート?」
「うん。好きなんだ、BUMP OF CHICKEN」
確かにさっきまでの風と雨ならその心配をしないといけなかったかもしれない。
いや、むしろ傘を軽く吹っ飛ばしそうな勢いの風だったから自分の体が吹っ飛ばされる心配をしないといけなかったはずだ。校庭にこそ雨の痕が残っているものの、空は何事も無かったようにすっきり晴れ渡っている。
「あ、城崎くんは知ってた?」
「何を?」
「最近、先生達が城崎くんのことを気にかけていること。放課後も帰ろうとしないから自宅で何かあったんじゃないかって」
いやいやいやいや。家でコレやっていると妹にちょっかい出されそうだから教室に残っているだけで城崎家は至って平和だぞ。
「全然知らなかったけど、そんな風に思われているんだ、俺………」
「何にもないなら後で先生達に伝えておくね。さ、帰ろ?」
やはり戸倉さんは俺の手を取ろうとしてくる。昨日と同じように丁重に断り、リュックを背負って立ち上がる。そこで一つ疑問が浮かんだ。
「そういえば、戸倉さんは俺を待っていた訳じゃないんだよな?ただの風紀委員の仕事ってだけだよな?」
下駄箱に向かいながら尋ねる。彼女は少しだけむくれた。
「だって城崎くん、また明日って言ったのに全然話しかけてくれないんだもん。痺れ切らせちゃったよ」
………俺と戸倉さんってそこまで親しいわけでもなかった気がするのだけど…。
「それは…えぇと、ごめん…?」
謝れば、彼女は柔らかく笑う。
「冗談。城崎くんが面白そうに読んでいるのを見てるのが楽しくて。本に真剣に突っ込んでいる人、初めて見たから」
……………嘘、俺、まさか声出てた!?
「そ、そっか〜………。は、ははは………」
ヤバい。恥ずかしすぎて顔から火が出そうだ。変な汗が出てきた上に心臓が暴れ狂っている。特に好きではない女の子とはいえ本に突っ込んでいるなんて奇行を見られれば居た堪れなさすぎて死にそうだ。
「私しか見ていないし、他の人は知らないよ。私も誰かに話すつもりもないから、二人だけの秘密だね」
「そうして貰えるとすごくスゴク凄く有難いです…」
その後の会話は覚えていない。気が付けば分かれ道に来ていた。
「じゃぁ、ここで。城崎くん、また明日」
「はい。また明日」
戸倉さんは笑顔のまま小さく手を振って去っていく。
………なんだか久しぶりだ。この、心臓を握られている感覚。でもお陰で心臓吐き出さなくて済んだから良かったのかもしれない。
ひとまず深呼吸して気を落ち着け、改めて帰路に着いた。
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