第12話

「あれは、戦場になった二つの国が、ドラゴンを自分達の思い通りに動かそうとして、彼らの怒りを買って自滅した、という説が有力だな」

「そうなの?僕は、ドラゴン同士の縄張り争いだって聞いたけど」

「あら、私は、一人の美しい乙女を、ドラゴン達が取り合った、って聞きましたけど」

「…つまり、真相は闇の中という事か」


私達の聞いた昔話は、それぞれ違っていた。

伝説は、年月が経つに連れて、内容が少しずつ変化していくものだ。

最終的には、当時の原形を留めない話になっていてもおかしくはなかった。


男性二人が「男同士の話があるから」と言って退室した後、私はエリザベスさんと二人きりになった。

憧れの作家さんと向かい合っていると、今更ながら緊張してくる。

「…あなたは、親が決めた婚約に、不満はないのか?」

エリザベスさんは、真剣な顔をしている。

彼女は、結婚について、何か思う所があるのかもしれない。


私は率直に話す事にした。

「…うちは祖父が投機に手を出して、莫大な借金を作ってしまったんです。家も土地も差し押さえられて…。今は知り合いの所に、お世話になっているんですが、正直かなり生活が苦しいんですね。それで、このお話が来た時は、まさに天の助けだと思いました」

「そうだったのか…」

エリザベスさんは、驚いているようだった。


親が決めた人と結婚するのは、貴族の女性なら、そう珍しくもない事だが、彼女は違うのだろうか。

私は生まれも育ちも田舎なので、都会の貴族とは、考え方が違うのかもしれない。


「…それで、家族を助ける為に、結婚を決めたという事か?恐ろしくはなかったのか?色々と恐ろしい噂のある人物なのに」

「はい。ブラックウィンド侯爵が、どんな方でも、結婚するつもりでした」

たとえ候爵が、噂通りの人だったとしても、私は彼と結婚しただろう。


しかし、実際の侯爵と会ってみて、噂とは当てにならないものだと思い知らされた。

彼は、私の仕様もない話にも、真剣に耳を傾けてくれる紳士である。

いつもは無表情なのに、笑うと親しみやすい雰囲気に変わる、男らしい顔つき。

そして、あの素敵な低い声。

あれを聞くのは、私にとって至福の時である。


今では彼との結婚は、家族の為というよりは、私の強い望みに変わっていた。

わずかな期間で、この考え方の変化の早さには、我ながら驚いている。


つまり、始めは一か八かの大博打のつもりで受けた縁談は、私にとっては大当たりだった、という事だ。

私は、あの時の自分の決断に、非常に満足していた。


エリザベスさんは、私の決意に胸を打たれたようだった。

「…きみは凄いな。私とは大違いだ」

「そんな、私は降ってわいた幸運に、飛びついただけで…その時は、これは家族を助ける為だって、必死に自分に言い聞かせていたんですよね…」

実際、公爵夫人が、私の作品のファンでなかったら、この話は実現しなかっただろう。

人生、いつ何が起こるか、分からないものである。


エリザベスさんは、大きなため息を吐いた。

「…私は、一年前まで、親の決めた婚約者がいた…」

そして、彼女は辛い出来事を、話してくれた。


私は、彼女の元婚約者に対して、強い怒りを覚えた。

「…ひどい奴ですね。そんな男とは、縁が切れて正解ですよ」

「…まあ、あいつは最終的に、自分で自分の首を絞めたんだが…どうもすっきりしなくてな」


妹さんは、その時彼の子供を妊娠していたそうだ。

エリザベスさんは、生まれてくる子供から、父親を取り上げてしまった気がしたのだろう。


「彼に理想の花嫁になって欲しい、と言われた時、始めは頑張ったんだ。しかし、ロバートの定めた基準は高すぎてな。途中で挫折してしまった」

「…そんな、エリザベスさんは完璧な淑女じゃないですか」

たとえ、話し方が少々男前だったとしても。


エリザベスさんは、嬉しそうに微笑んだ。

「…ありがとう。今考えると、私達に足りなかったのは、お互いへの信頼だったのかもしれないな」

ご縁があって婚約したのに、相手に素直に心を開く事ができなかった。

「だから、彼はシャーロットに魅かれたのかもしれないな…」


完璧な貴婦人だが、よそよそしい態度を崩さない姉。

彼を王子様のように敬って、大切に扱ってくれる愛らしい妹。

誘惑に弱く小心者だが、プライドだけは高い男性が、どちらを選ぶかは、火を見るよりも明らかであった。


「…そんな、エリザベスさんは、悪くないです。浮気する方が悪いに決まってます!」

私が彼女だったら、そいつにパンチの一つもお見舞いしてやるのに。


私がそう言うと、エリザベスさんは、大きな声で笑い出した。

「あっはっはっ…その場面が目に浮かぶよ。きみは見かけによらず、荒っぽいんだな」

二十年間も、田舎に住んでいれば、伯爵令嬢も戦闘的になるというものだ。

畑を荒らす獣や鳥、小動物達と、日夜闘わなければならないからである。


「ロバートとは、もう二度と会う事もないが、もし、私がまた婚約するような事があったら、相手には、私から心を開いてみるつもりだ」

「それがいいですよ」

それはエドワードさんの事だろうか。

二人は、とてもお似合いに見えたからだ。

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