第11話

その時、アルフレッドさんが、部屋に入って来て、侯爵に何か耳打ちした。

「…エドワードの奴、もう来たのか」

「はい。お連れのご婦人もご一緒ですが、こちらに案内致しましょうか?」


「…いや、城のバルコニーに案内してくれ。俺もすぐに行く」

「かしこまりました」

アルフレッドさんが去って行くと、侯爵は私に申し訳なさそうな顔を見せた。

「すまない、思っていたよりも早く、友人が到着したようだ。きみはここでゆっくりしていてくれ」

「あの、私も行ってはいけませんか?」


侯爵の友人という事は、私もこれから長い付き合いになる人だ。

一度会っておいて、損はないだろう。

「…別に構わないが」

侯爵は、特に理由を聞く事もなく、快く同席を許してくれた。


城のバルコニーは、外海が一望できる特等席だった。

そこに2人の男女が立っていた。

太陽神と月の女神。第一印象は、それだった。

男性は、明るい金髪に、ブルーの瞳を持つ、輝くような美貌の持ち主。

女性は、月光色の髪に、濃紺の瞳を持つ、長身の美女。


しかも、私はその女性に見覚えがあった。

「…あ、あの…もしかして、エリザベス・スチュワート先生ですか?」

「…そうだが?」

私は彼女に駆け寄り、その手を握り締めた。

勢いが強すぎて、隣の美青年を突き飛ばしたくらいである。


「わっ、…危ないなあ…って聞いてないか」

美青年のぼやきをよそに、私は憧れの作家に会えた嬉しさに、大興奮していた。

「あ、あの、先生の御本は、全部読んでます!…その、半分は図書館で…すみません…」

最後の方は、段々と尻すぼみになってしまった。


落ちぶれ伯爵家の令嬢は、お小遣いも限られているのだ。

ぬいぐるみが売れても、売上金は、次の作品の材料費で、ほとんど消えてしまう。

大好きなロマンス小説も、1ヶ月に1冊買えればいい方だった。

村の図書館に数冊置いてある、エリザベス先生の本は、少なくとも3回は読み返していた。


エリザベスさんは、始めは驚いていたが、すぐに私の手を強く握り返してくれた。

「ありがとう。全部読んでくれているなんて、嬉しいよ」

「やあ、こんな所にも、きみの熱心なファンがいるなんてね。すごいな、エリーは」

美青年が、服の埃を払いながら言った。


私は今更ながら、彼に失礼な事をしてしまった事に気が付いた。

「あっ、すみません。お怪我はありませんでしたか?」

「傷ついたのは、僕のプライドだけさ。こんないい男を無視して、エリーの方に突進する女の子なんて、初めて見たよ」


「相変わらずだな、エドワード」

侯爵が、親しみのある微笑を見せた。

彼は、笑うと急に人懐っこい顔になる。

「元気そうだね、レイ」

給仕が、お茶の用意を始めた。


私達は、美味しいお菓子をつまみながら、楽しく会話をした。

エドワードさんは、4人の中で、一番よく食べよく飲み、よくしゃべった。

「彼はこう見えても、ブライトンの領主なんだ」

侯爵が、教えてくれた。

「えっ、そうなんですか?」

ブライトンといえば、貴族に人気のリゾート地ではないか。


「いやあ、大したことないよ」

エドワードさんは、照れたように笑った。

「ブライトンはいい所だぞ。きみ達の新婚旅行の行き先にぴったりだな」

エリザベスさんが、冷やかすような口調で言った。


「し、新婚旅行…?」

そんな事は、考えもしなかった。

ちらり、と侯爵を横目で見ると、彼は素知らぬ顔をして、お茶を飲んでいる。

そうだ、私達は、近い内に結婚する約束を交わしたのだった。


私は、今頃になって顔が赤くなってきた。

「あ~っ、アレクシア、顔が真っ赤だよ~」

エドワードさんにからかわれて、ますます赤くなる。

「やめろ、エディ。ご令嬢をあまりからかうものじゃない」

エリザベスさんに叱られて、彼は首をすくめた。


そういえば、この2人は、どういう関係なのだろう。

付添い人も付いて来ないし、もしかしたら…。

「…あの、お2人は、婚約されているんですか?」

途端にエドワードさんが、飲んでいたお茶を吹き出した。

「…な、な、何を言ってるんだい?そんな事、ある訳ないでしょう?」


「…えっ、だって、付添い人もいないですし、もう結婚は秒読み段階なのかと…」

侯爵も、驚いた顔をしている。

「そうなのか?俺に何も言わないなんて、水臭いぞ。エドワード」

「ち、違うよ。エリーとは、何もないってば」

「そうだ。私は当分の間、結婚はしないと決めているからな」


エリザベスさんの、きっぱりとした言い方は、私達を沈黙させる何かがあった。

彼女は結婚に対して、強い嫌悪感を抱いているようだった。

私達は、これ以上この話に触れるのは、やめる事にした。


「ところで、この島にはドラゴンがいる、と聞きましたが、本当ですか?」

エリザベスさんが、侯爵に尋ねた。

「…あれは伝説だ。実際に見た者は、おそらくいないんじゃないかな」

侯爵の返事は、何故か曖昧だった。


「…それは、もしかしたらいるかもしれない、という事ですか?」

エリザベスさんの追及は続く。

「この島には、ドラゴンに関する数々の伝承や、遺跡が残されている。だから、大昔はドラゴンに似た生物が、存在したのかもしれないな」


確かに、王家と公爵家の紋章には、ドラゴンが使われている。

それは「永遠の繁栄、力と富」の象徴であった。

ドラゴンは、巨大で強靭な肉体と、超常的な力と知能を持っている、と言われている。


彼らの凄まじい力を現わした伝説がある。

かつて、この地で2頭のドラゴンが戦った。

戦いの衝撃で、天は割れ、地面は裂け、戦場となった2つの国が跡形もなく消滅した。

昔は1つの大きな島だったこの地が、その時に、2つの島と小さな諸島に別れた、とも伝えられている。

当時を物語る、伝承や遺跡が、スカイレン島には数多く残されているそうだ。

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