第17話 いざ、古龍の里へ

ローストビーフで眷属に謎のスキルが備わっていると判明した翌日。

恐らく、妾と“私”という二つの意識が同時に存在していることが原因なのだろう。

とはいえ打つ手はなく、考えるのはいったん保留。

気持ちを切り替えたラニは、いよいよ例の件を実行に移すことに決めた。


「酒、良し。肴も良し。では、爺や、ガイル、古龍訪問の供を頼む」


魔王ラニが高らかに宣言し、まさに飛び立たんとするその時だった。


「なぜ私は連れて行ってくださらないのですか?私だって、ラニ様の“肉壁”くらいにはなれましょう」


まるで空気を割るように、どこからともなく現れたのは悪魔族のメイド長・セレーネだった。

拗ねた口調とじっとりとした高い湿度、しなだれるような立ち居振る舞いに、気配の無さが拍車をかける。

彼女に限ったことではないが、悪魔族は総じて気配を断つのが上手い。爺やといい、セレーネといい、時折背後に立たれて心底驚かされることがある。こちらの心臓のことも少しは気遣ってほしい。


しかしながら、何故に彼女は戦う前提なのだろうか。

今回の目的はあくまで「お願い」だ。

それも穏やかに、誠意を込めての訪問である。

そもそも“肉壁”とは何とも物騒な言い回しだ。それを口にするとは、どうにも物語が血腥くなるばかりである。


ラニがたしなめようとするのも束の間、セレーネは勝手に話を先に進め始めた。


「天上の美しさを持つラニ様を、古龍が見染めてしまうかもしれない。いえ、間違いなくそうなるわ。だって、私が古龍なら、そうなってしまうもの。そしてラニ様を攫って、どこか遠くで二人きりで……フフフ」


焦点の合わない目で虚空を見つめ、すでに妄想の世界に旅立っている。

思考は完全に彼方へと飛び、戻ってくる気配もない。


悪魔という種族は、元より雌雄の別を持たぬ個体が多い。

セレーネも爺やも、ラニが創造する際にその姿を「そう望んだ」からこその外見であって、本来の悪魔たちはそれぞれの美的感覚で好き勝手な姿をしている。

その上で、彼らの性愛対象となる性別は、外見とはまるで関係ない。

享楽を愛し、快楽を貪り、惑わせ、堕落させ、そして破滅させる。それが悪魔という種族の得意とする手口であった。


中でもセレーネは、まさにその典型だった。

朝露のように清らかな透明感と、月明かりに照らされたような淫靡さを兼ね備える容姿。

それは見る者の心に深く刺さり、抗いがたい魅力を持つ。

ラニが意図してそう造形したこともあり、彼女の“泥沼のような魅力”は刺さる人には深くぶっ刺さるに違いない。


ガイルも相当に重症だが、セレーネはまた別の方向で病の深さを極めていた。

ラニがため息をついたその刹那、セレーネがハッと我に返り、両手に魔力を集めながら叫ぶ。


「絶対!絶対にそんなことはさせない!!」


声に合わせて、紫紺の魔力が彼女の身体を取り巻く。目に宿った熱意は、もはや狂信の域に達していた。


だからこそ彼女は、今回の旅には連れて行けない。


「はぁ…眠らせてくれ」


ラニの心中はその一言に尽きる。


その言葉に応じるように、爺やが風のような動きでセレーネの背後へ回り込む。

目にも留まらぬ速さで手刀を打ち込み、僅かな呻き声と共にセレーネの身体が傾いだ。


すかさず現れたのは、無表情のドール。

慣れた様子でセレーネの腰に手を回し、お姫様抱っこで抱え上げる。

ラニに一礼し、そのまま軽やかな足取りで去って行った。


完璧な連携だった。まるで舞台の一幕のように、何一つ無駄がない。


このような騒ぎに振り回されるドールたちには、そろそろ何らかの報酬を考えねばならないだろう。

ラニはそう心に誓い、再びドラゴニュートの里への出発に意識を戻した。


風に乗り、魔王一行は静かに空へと飛び立っていった。



——————————————————


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

明日は「第18話ドラゴニュート」です。


少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、

無理のない範囲で、【☆】や【♡】を置いていってもらえたら嬉しいです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る