第16話 ローストビーーーフ
「アントニオ、闘魂お願いしてよいかの?」
ラニは厨房に出向き、アントニオに尋ねた。
ラニの中のもう一つの意識―“私”の影響で、アントニオには妙なスキルが備わっていた。
名前を「闘魂注入」。
平手打ちの形を取るが、実際に叩き込まれるのは痛みではない。
魔力と生命力、そして精神力を一気に活性化させる強力な回復魔法である。
音がやたらと派手なのも仕様で、闘魂が入った証として、手形が淡く光る特徴がある。
今、アントニオはラニのお願いに応えるべく、その闘魂注入をしようとしている。
「元気ですかーーーーー!!!!(※これは回復儀式です)」
バチィィーン。
厨房に乾いた音が響くと同時に、ラニの頬に淡い光の手形が浮かび上がる。
「相変わらず、痛みは全くないのに音だけは派手だの」
アントニオに闘魂ビンタを授かったラニがポソリと呟く。
その後ろでは、控えるガイルが今にも噴火しそうに唸っていた。
「……いくら回復できるとはいえ、ラニ様を殴るなど…!!」
声を低く絞っているつもりでも、抑えきれぬ殺気がダダ漏れである。
たが、当のラニはというと、全快した魔力と胸の奥から湧き上がる熱い闘志に浮かされ、ガイルの不満など耳にも入っていない。
「うむっ!今こそ“ローストビーフ”を作る時ぞ!」
……なぜか?
酒ができたとなれば肴が欲しくなるのは道理だからである。
もちろん、その辺にあるナッツやドライフルーツで済ませても良い。だが――竜に助力を乞う席でそれではあまりにも味気ない。
ならば肉。豪快に、生々しい赤身の滴る肉を――!!
心に沸き上がる闘志の赴くまま、ラニは勢いで肴を作ることにした。
「行くぞアントニオ!」
ということで、料理の助手を務めるのは当然この男。
ラニの頬を真っ赤に染めた張本人、陽気なホムンクルスのアントニオである。
「ビーフですかーーーーー!!!!ビーフがあれば何でもできる!」
今日も彼は実に元気だった。もはや「最高に陽気なホムンクルス」という称号が相応しいほどである。
それはさて置き、まずは、一角牛のモモ肉を2kgほどに切り分ける。これはアントニオの仕事だ。
一角牛──その名の通り、額に一本の角を持つ厳つい牛である。出自は南の樹海。バッファローのように逞しく、肉は深紅の宝石のように美しい。角は薬効に優れ、皮は鞣して日用品や装飾に使えるという。捨てるところのない獣、素晴らしい素材というのは得てしてそういうものだ。
それゆえ、内臓もまた欲しくなるのだが……。
それはまた別の話として、いつか「魔王ラニの樹海狩猟ツアー」などを開催しても面白いかもしれない。
さて、準備した赤身肉に容赦なく塩と黒胡椒、そして摩り下ろしたニンニクを擦り込む。
その後、フライパンで表面に香ばしい焼き目をつけていく。
牛肉の焼ける匂いというのは、どうしてこうも本能を刺激するのだろう。まるで空腹を忘れていた者にも「食え」と囁く香りの魔法である。
焼き色がしっかりとついたところで、件の薪ストーブ型コンロの中央引き出しに肉を移し、遠火でじっくりとローストする。
そして──。
「アントニオ、まだだ。すぐにスライスしてはならんぞ」
ローストビーフは焼き上がっても、すぐに切るべきではない。熱々のうちにナイフを入れてしまえば、せっかくの肉汁が逃げ出してしまう。
そのため、まずは落ち着かせ、肉汁を内部にとどめる「寝かせ」の工程が必要なのだ。
肉を休ませている間に、ソースを作る準備に入る。
玉ねぎを摩り下ろす──これはアントニオの仕事。
続いてニンニクも摩り下ろす──これもアントニオの仕事。
その手を止めたアントニオが、涙混じりに顔をしかめる。
(……む?ホムンクルスとて玉ねぎは目にしみるのだな)
そんな新発見をひとつ挟みながら、調理は続行される。
肉汁とバター、赤ワインに、先ほどアントニオが泣きながら摩り下ろした玉ねぎとニンニク、そこに少しのハチミツを加え、フライパンで煮詰める。これでソースは完成だ。
十分に落ち着いた肉をスライスすれば、皿の上に桜色の肉の花が咲き誇る。
そこへとろりとした濃厚なソースをかければ、極上の酒の肴にふさわしい逸品──ローストビーフの完成である。
「では、味見をしようかの」
ラニは傍らに立つアントニオに笑いかける。
「え?恐れ多い?……何を言う。一番に食べられるのは、作った者の特権だぞ」
ナイフの先で切り取った一切れを口に運び、ひと噛みする。
「……あぁ、旨味の暴力」
上等な赤身特有のやわらかさとさっぱりとした後味、鼻に抜ける肉の香り。
一切れでは終わりたくない赤身肉の爽やかさよ。
隣ではアントニオも感動の表情を浮かべ、シェフらしく目を閉じながら味わって──
「うまいっ!!うまいっ!!ダァーッ!」
──と、叫ぶ。いちいち声がデカい。
「……味見だから、一切れで終わりだぞ?」
ラニが釘を刺すと、アントニオは名残惜しそうに皿を見つめる。
「食べたかったら、まだモモ肉はある。自分で作ってみるがよい」
そういうと、アントニオは勢いよく顔を上げた。
そして――
む?もっと欲しいから肉を狩りに行くとな?
……そなたはシェフであろう?
シェフはシェフでも燃える闘魂シェフとな?何じゃその新種のモンスターは…。
は?火魔法が使えるとな!?そんなこと妾は知らぬぞ!?!?
【悲報】妾が造った眷属なのに妾の知らない能力が備わっている件。
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読んでくださってありがとうございます!
明日は「第17話 いざ、古龍の里へ」です。
もし少しでも「楽しいな」と感じていただけたら、
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